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1話
お腹いっぱい、召し上がれ
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『おいしい!あおくんのプリンがいちばんだよ!』
その瞬間、未来が開けた。自分よりもずっと小さな君の喜ぶ顔がこの先もずっと、見ていたくてーーー
「パパ!パーパ!」
「あははっ、本当だ。パパだねぇ」
「パパ、らいしゅき!」
「うん、オレもパパ大好き」
「てえびみう!」
「いいけど食べてねぇ」
朝。元気にしゃべる2歳児とそれに応える妻の声。
都心から離れたいわゆるベッドタウン。周りには住宅が並ぶその中の一つ、白を基調とした家造り。外から見ればどこにでもあるような家だが、中身はおそらく違うだろう。
一般家庭よりやや大きめな冷蔵庫。広い作業スペースはキッチンとの動線が考えられた程よい距離。収納スペースは充実していて色々な大きさと形のフライパンや鍋がその時の活躍まで仕舞われている。何より、キッチンとリビングの間を無くした事。ここで作業をしていても妻や子どもの顔がすぐに確認出来る。
二人のやり取りに蒼の口角が小さく上がった。
「そんなに観られてると照れる」
「あははっ、でも照が観るのもわかる。だってあおくんカッコイイもん」
「もん!」
「いや、うん」
自分がカッコイイのなら晃と照は可愛い。そんな甘い言葉を言うのは今は少々恥ずかしいから喉の奥に飲み込んだ。
「ほら、俺ばっかり見てないでさっさと食べろよ。デザートも出来ちまったぞ」
「ばーとぉりんぎょ!」
最後の盛り付けを終えて蒼はテーブルへとやって来た。白いご飯に鮭にお味噌汁。仕上げはフルーツヨーグルト。完璧なる朝食。藤白家のご飯を作っているのは一家の大黒柱、藤白蒼。
「よーぐううと~」
「その前にご飯食べちゃおう」
食卓の真ん中に置かれたフルーツヨーグルトに必死に手を伸ばすのは藤白家長男、藤白照。そしてその隣にいるのは藤白家の母、藤白晃。
「パーパ、マーマ、おいちぃね!」
「そうか」
「ふふっ、美味しいね」
たった一言。”おいしい” が広がる食卓。大きな窓からはお日様が明るく三人を照らしていた。
「照行くよー!それ!」
「きゃー!」
近所の公園に晃と照はやってきた。蒼は仕事のため朝ご飯を食べて見送った。玄関で見送りをすれば照も行きたがって少しばかりぐずってしまった。毎度の朝起きている光景だ。しかし、お気に入りのテレビ番組を観れば機嫌もすぐに直った。今はボールを持ってきて投げっ子遊びに大はしゃぎ。
この街に越してきたのは一年前。蒼と結婚してすぐに実家からは離れた所に暮らそうといくつか下見に出かけた。その時、住宅は密集しているものの、あまり干渉しなさそうな雰囲気が良くこの街を選んだ。暮らしてみると読みは当たったようでご近所さんとは挨拶を交わして少し世間話をする程度。何も干渉されない自分たちのことを詮索されることもないこの空気感が心地よい。
「ねぇ今朝のアオイキッチン観た??」
「観た観た!今日もすごく美味しそうだったよねぇ」
照と遊んでいるとご近所の主婦同士の会話に耳が行った。
「一般家庭の家にある調味料だけでやってくれるから真似しやすいよね」
「子どもが好きそうながっつりメニューとかもやってくれるし」
「本当に助かるわー」
思わずうんうんと頷いてしまう。
今朝、照が食い入るように観ていたのは蒼の料理コーナー。朝のニュース番組の企画枠。一般家庭にある食材、調味料をメインとし誰でも作れるように考案され、尚且つ男の子でも満足なガッツリメニューや女の子が好きそうなデザートメニュー、シニア向けの和食がメインの物まで幅広く展開。これが全国の視聴者に瞬く間に気に入られ、たった10分のコーナーなのに高視聴率を叩き出している。そんな晃も照もその視聴者の一人。
「何よりイケメンだよねー!」
「あのハーフアップがもうダメ。カッコ良すぎる」
「あまり喋んないしいつも表情一定だけどまたそこがいい」
「あれだよね、約束されたα」
「藤白蒼の番なんてもうそれだけで勝ち組だわ~」
そして赤面。いや、とてもわかる。別に自分に直接言われたわけではないが、こうして蒼が褒められているのは嬉しいし、自分がその蒼の番だということに少しながら優越感。
「はあっ、わかる。ずっとずっとカッコイイもんなぁ」
しゃがんで顔を手で覆った。蒼は昔からカッコよくて優しくていつも気遣ってくれて……そんなカッコいい蒼が自分の番だなんて今でも信じられない。
「ママー?」
すると、照が不思議そうに覗き込んできた。しまった、今は照と遊んでいるのだった。
「ああっ、ごめんごめんーーー」
すぐに立とうとしたが、代わりに照がしゃがんだ。そして、小さな手で照自身の顔を覆っていた。
「いあい、いあいーーばあっ!」
「!」
両手から出てきた笑顔がすごく眩しい。それから、優しい心。
少しでも様子が変だと気にかけてくれる。蒼との大事な存在。
「ふ、ふふっ」
思わず笑いが口から漏れた。そんな晃の笑いに照もニコニコと笑っていた。
「ありがとう。遊ぼっか!」
「あい!」
照を引き寄せグリグリと頬擦り。
ほんの一瞬、胸がザワついた。Ωとして生まれた自分に時々伸し掛る劣等感。けれど照の笑顔がすぐに鎮めてくれた。目の前の照がそうではないと証明してくれているから。
都心に位置するビル。いくつかテナントが入っている中、そこが今日の蒼の出勤地。
「みなさん無事に出来たようですね。ご自宅でもやってみてください」
パチパチパチッ。
盛大な拍手が鳴った後、ざわざわと室内が賑わった。それぞれのテーブルには若い女性達と自分よりも年上であろう女性達が目の前の出来た料理を口にしつつ談笑。
「ふうっ」
作業台を綺麗にして一段落。目の前の美味しそうな肉じゃがは少し冷ましてから持ってきたタッパーへ移し替える。
「今日もおつかれー」
そう声を掛けてきたのは中学からの腐れ縁、相川直良。蒼のマネージャーとサポートをしている。
「いやー、満了御免大繁盛」
「そりゃどうも」
都内の料理スタジオ。幾人も居る料理研究家やシェフ達が撮影や一般人向けの料理教室などを開く際に使われる。その中でも蒼は、今一番人気の料理研究家だ。そのため、定期的に開かれる料理教室はすぐに満了。
それは女性客に限った話……でもない。
「蒼の凄い所は女性だけじゃなく男性向けの教室でも満了になるところだよな」
蒼の確かな腕と分かりやすさが料理経験のない男性達にも人気でこちらもすぐに埋まってしまう。つまり、顔だけでは決してなく蒼の実力で今の人気を獲得しているのだ。
「蒼みたいに顔が良いと同性には好かれにくいんだけど、やーっぱりαは違うな」
「αは関係ない。というかお前もαだろ」
「いやいや、蒼程じゃないって」
男女の他にあるもうひとつの性。蒼も直良も優れていると言われるα性。この性に悩まされ翻弄された時もあったが、今ではそれも落ち着いた。
「あの藤白先生」
今日の生徒さんが声を掛けてきた。料理をするには似つかわしくない胸元が大胆に開いたトップスに料理に付いているであろう香水の香り。
「藤白先生の教室やっと予約が取れました。今日は本当にありがとうございました。家でも参考にしてみたいと思います」
「どうも」
咽る香水の匂い。スタジオがほんのり臭うと思っていたが、女性が近づいてきて匂いがハッキリわかった。すると女性は作業台に手を着いて前のめりになった。
「ねぇ、先生。私Ωなんです。良かったらぜひ今度お食事にーーー」
「臭い」
「へっ?」
想像していなかった答えが返ってきてどこか勝ち誇ったかのような女性の表情が一変した。
「次あったら香水と、そのフェロモンダダ漏れ何とかしてきて。料理に移って不味くなる」
「えっ、あっ」
最後のトドメ。女性は引き攣り固まった。それに対して蒼は一切表情を変えることなく、ただただ料理人として当たり前の事を言っただけに過ぎなかった。
「つっ!」
他の生徒達の視線が女性へと刺さった。それに耐えきれなくなった女性は自分の席に戻り荷物をまとめてスタジオを出て行った。
「相変わらずの塩対応」
「当たり前じゃね?」
料理をしに来ているのならそちらに集中してほしい。せっかく作った料理が人工的に作られた匂いに上書きされてしまうだなんて。そしてそんな上書きされた匂いの香る食べ物を誰かに出すなんてことは決してしたくない。それもこれも全ては “おいしい” と喜んで食べてくれる笑顔を見たいから。
「なんだよ」
「ふふーん、また晃くんと照くんの事考えてたな?」
「どうかな」
「あははっ!素直じゃないな!久しぶりに遊び行こうかなぁ」
「来なくていい」
「オッケーオッケー、行くわー」
少々強引な腐れ縁。でも、このやり取りを嫌いなどと思ったことはない。むしろ中学から今までも、直良には助けられた場面がたくさんある。
蒼のことも、晃のことも、生まれてきた照のことも、一から全て知っている唯一の理解者。直良が居てくれてよかったと心底思う。
冷めたおかずをタッパーに詰めながら晃と照の顔が浮かんだ。
仕事を終え蒼は帰ってきた。家用のエプロンに切り替えて夕飯の支度。味噌汁とご飯は晃が作っておいてくれたため、蒼が作るのはメインのおかずだ。今日は豚肉がメイン。でもそれだけでは栄養が偏るから小松菜のお浸しを。照も食べられるように苦くならずでも栄養が逃げないようサッと茹でるだけ。小鉢に盛り付けた後、メインに取り掛かる。ジューっとフライパンから焼ける音。厚めのロースを香ばしく中をジューシーに。盛り付けてから照のは肉半分で一口サイズに。
「おいちぃ!」
「小松菜茹でたのにシャキシャキ感が残ってる!」
「サッと潜らせる程度なんだ」
「へー、小松菜って何となくちゃんと茹でないといけないイメージだった」
よくある4人掛けテーブル。照を挟んで左隣には晃、右隣には蒼が。テーブルの斜め半分はまるで何もない。けれどこの集まって食べていることに温かさを感じられた。
「うぶっ」
「ははっ、ゆっくり食べろよ」
「あいっ」
スプーンにたくさん掬ってお口にパクリッ。まだまだ上手には食べられないから照の口周りはご飯粒やソースでいっぱい。蒼は近くにあった布巾で照の口を拭った。でも、汚いだなんて思わない。むしろ口に付いてしまうぐらい夢中で食べてくれてることに喜びが湧く。
「照また付いてーーー」
「晃もな」
「へっ?」
ヒョイッ、パクッ。
気がつけば晃の口端にもご飯粒がくっ付いていたから躊躇いなく摘んで口に含んだ。
「ママもいっちょ」
「おっちょこちょいなんだよママは」
「もうー!恥ずかしいっ!」
笑いが絶えない食卓だった。
「今日直良が…また家に来たいって」
「直良さんが?」
食事後、蒼が照の風呂を入れ晃は洗い物を済ませ後に風呂へと入った。夜は蒼にとって照との貴重な触れ合いの時間。歯磨きをして先に布団に入って絵本の読み聞かせ。
照のお気に入りは 「もりのおっきなたまごやき」
なんで卵焼き?と思うが、このおかげで照は卵焼きが好物になったのだ。絵本とは凄いものだと思う。
読み聞かせている間に照は眠ってしまって、ソッと布団を被せた。それから暫くして晃がやってきて、家族三人が揃った。
「晃と照に会いたいんだと」
「あははっ。直良さんに暫く会ってないからオレも会いたいかも」
「会わなくていい」
「もう、あおくんったら」
そう言った蒼からは僅かにフェロモンが出ていた。蒼の自分を独占したいという欲。
「今日、照と公園に行ったらね、ご近所の人があおくんの話してた」
「俺の?どんな?」
「あおくんのレシピ再現しやすいんだって。家にある調味料で作ってくれるから。それからね、無口で無表情なのにイケメン!約束されたαだよね、番の人勝ち組、だってさ」
「勝ち組って…」
どんな内容かと思えば最近よく言われる。別に無口になりたくてなっているわけではない。本当にしゃべる内容がないし特に笑うところもないからだ。何よりその勝ち組とやらが気に入らない。
「あ、っ」
ソッと、晃の後ろ首に手を伸ばした。番の証である噛み跡を優しくなぞった。
「俺は晃を番にしたかった。晃しか考えられなかった。ただそれだけだ」
「うん…だから、ね。ちょっと優越感だった。だって、あおくんの番はオレなんだもん」
自信たっぷりに言うものだから。蒼は自然と笑みが零れていた。目の前の愛おしい存在と二人の間にいる愛の結晶。番が晃ではなかったらどうなっていたのだろうか。今となっては考えられない。
「晃」
「あおく…んっ」
体を起こして少しばかり晃を引き寄せ、唇を重ねた。ちょっとだけ舌も混ざった大人のキス。
砂糖よりも蜂蜜よりも甘くて美味しい。蒼の大好物。
「愛してる」
「!」
だから飛び切りの甘ったるい言葉を晃に贈った。
「オレも愛してる」
もう一度、甘いキスを。蕩けてしまいそうな甘さが晃の全身を駆け巡った。
その瞬間、未来が開けた。自分よりもずっと小さな君の喜ぶ顔がこの先もずっと、見ていたくてーーー
「パパ!パーパ!」
「あははっ、本当だ。パパだねぇ」
「パパ、らいしゅき!」
「うん、オレもパパ大好き」
「てえびみう!」
「いいけど食べてねぇ」
朝。元気にしゃべる2歳児とそれに応える妻の声。
都心から離れたいわゆるベッドタウン。周りには住宅が並ぶその中の一つ、白を基調とした家造り。外から見ればどこにでもあるような家だが、中身はおそらく違うだろう。
一般家庭よりやや大きめな冷蔵庫。広い作業スペースはキッチンとの動線が考えられた程よい距離。収納スペースは充実していて色々な大きさと形のフライパンや鍋がその時の活躍まで仕舞われている。何より、キッチンとリビングの間を無くした事。ここで作業をしていても妻や子どもの顔がすぐに確認出来る。
二人のやり取りに蒼の口角が小さく上がった。
「そんなに観られてると照れる」
「あははっ、でも照が観るのもわかる。だってあおくんカッコイイもん」
「もん!」
「いや、うん」
自分がカッコイイのなら晃と照は可愛い。そんな甘い言葉を言うのは今は少々恥ずかしいから喉の奥に飲み込んだ。
「ほら、俺ばっかり見てないでさっさと食べろよ。デザートも出来ちまったぞ」
「ばーとぉりんぎょ!」
最後の盛り付けを終えて蒼はテーブルへとやって来た。白いご飯に鮭にお味噌汁。仕上げはフルーツヨーグルト。完璧なる朝食。藤白家のご飯を作っているのは一家の大黒柱、藤白蒼。
「よーぐううと~」
「その前にご飯食べちゃおう」
食卓の真ん中に置かれたフルーツヨーグルトに必死に手を伸ばすのは藤白家長男、藤白照。そしてその隣にいるのは藤白家の母、藤白晃。
「パーパ、マーマ、おいちぃね!」
「そうか」
「ふふっ、美味しいね」
たった一言。”おいしい” が広がる食卓。大きな窓からはお日様が明るく三人を照らしていた。
「照行くよー!それ!」
「きゃー!」
近所の公園に晃と照はやってきた。蒼は仕事のため朝ご飯を食べて見送った。玄関で見送りをすれば照も行きたがって少しばかりぐずってしまった。毎度の朝起きている光景だ。しかし、お気に入りのテレビ番組を観れば機嫌もすぐに直った。今はボールを持ってきて投げっ子遊びに大はしゃぎ。
この街に越してきたのは一年前。蒼と結婚してすぐに実家からは離れた所に暮らそうといくつか下見に出かけた。その時、住宅は密集しているものの、あまり干渉しなさそうな雰囲気が良くこの街を選んだ。暮らしてみると読みは当たったようでご近所さんとは挨拶を交わして少し世間話をする程度。何も干渉されない自分たちのことを詮索されることもないこの空気感が心地よい。
「ねぇ今朝のアオイキッチン観た??」
「観た観た!今日もすごく美味しそうだったよねぇ」
照と遊んでいるとご近所の主婦同士の会話に耳が行った。
「一般家庭の家にある調味料だけでやってくれるから真似しやすいよね」
「子どもが好きそうながっつりメニューとかもやってくれるし」
「本当に助かるわー」
思わずうんうんと頷いてしまう。
今朝、照が食い入るように観ていたのは蒼の料理コーナー。朝のニュース番組の企画枠。一般家庭にある食材、調味料をメインとし誰でも作れるように考案され、尚且つ男の子でも満足なガッツリメニューや女の子が好きそうなデザートメニュー、シニア向けの和食がメインの物まで幅広く展開。これが全国の視聴者に瞬く間に気に入られ、たった10分のコーナーなのに高視聴率を叩き出している。そんな晃も照もその視聴者の一人。
「何よりイケメンだよねー!」
「あのハーフアップがもうダメ。カッコ良すぎる」
「あまり喋んないしいつも表情一定だけどまたそこがいい」
「あれだよね、約束されたα」
「藤白蒼の番なんてもうそれだけで勝ち組だわ~」
そして赤面。いや、とてもわかる。別に自分に直接言われたわけではないが、こうして蒼が褒められているのは嬉しいし、自分がその蒼の番だということに少しながら優越感。
「はあっ、わかる。ずっとずっとカッコイイもんなぁ」
しゃがんで顔を手で覆った。蒼は昔からカッコよくて優しくていつも気遣ってくれて……そんなカッコいい蒼が自分の番だなんて今でも信じられない。
「ママー?」
すると、照が不思議そうに覗き込んできた。しまった、今は照と遊んでいるのだった。
「ああっ、ごめんごめんーーー」
すぐに立とうとしたが、代わりに照がしゃがんだ。そして、小さな手で照自身の顔を覆っていた。
「いあい、いあいーーばあっ!」
「!」
両手から出てきた笑顔がすごく眩しい。それから、優しい心。
少しでも様子が変だと気にかけてくれる。蒼との大事な存在。
「ふ、ふふっ」
思わず笑いが口から漏れた。そんな晃の笑いに照もニコニコと笑っていた。
「ありがとう。遊ぼっか!」
「あい!」
照を引き寄せグリグリと頬擦り。
ほんの一瞬、胸がザワついた。Ωとして生まれた自分に時々伸し掛る劣等感。けれど照の笑顔がすぐに鎮めてくれた。目の前の照がそうではないと証明してくれているから。
都心に位置するビル。いくつかテナントが入っている中、そこが今日の蒼の出勤地。
「みなさん無事に出来たようですね。ご自宅でもやってみてください」
パチパチパチッ。
盛大な拍手が鳴った後、ざわざわと室内が賑わった。それぞれのテーブルには若い女性達と自分よりも年上であろう女性達が目の前の出来た料理を口にしつつ談笑。
「ふうっ」
作業台を綺麗にして一段落。目の前の美味しそうな肉じゃがは少し冷ましてから持ってきたタッパーへ移し替える。
「今日もおつかれー」
そう声を掛けてきたのは中学からの腐れ縁、相川直良。蒼のマネージャーとサポートをしている。
「いやー、満了御免大繁盛」
「そりゃどうも」
都内の料理スタジオ。幾人も居る料理研究家やシェフ達が撮影や一般人向けの料理教室などを開く際に使われる。その中でも蒼は、今一番人気の料理研究家だ。そのため、定期的に開かれる料理教室はすぐに満了。
それは女性客に限った話……でもない。
「蒼の凄い所は女性だけじゃなく男性向けの教室でも満了になるところだよな」
蒼の確かな腕と分かりやすさが料理経験のない男性達にも人気でこちらもすぐに埋まってしまう。つまり、顔だけでは決してなく蒼の実力で今の人気を獲得しているのだ。
「蒼みたいに顔が良いと同性には好かれにくいんだけど、やーっぱりαは違うな」
「αは関係ない。というかお前もαだろ」
「いやいや、蒼程じゃないって」
男女の他にあるもうひとつの性。蒼も直良も優れていると言われるα性。この性に悩まされ翻弄された時もあったが、今ではそれも落ち着いた。
「あの藤白先生」
今日の生徒さんが声を掛けてきた。料理をするには似つかわしくない胸元が大胆に開いたトップスに料理に付いているであろう香水の香り。
「藤白先生の教室やっと予約が取れました。今日は本当にありがとうございました。家でも参考にしてみたいと思います」
「どうも」
咽る香水の匂い。スタジオがほんのり臭うと思っていたが、女性が近づいてきて匂いがハッキリわかった。すると女性は作業台に手を着いて前のめりになった。
「ねぇ、先生。私Ωなんです。良かったらぜひ今度お食事にーーー」
「臭い」
「へっ?」
想像していなかった答えが返ってきてどこか勝ち誇ったかのような女性の表情が一変した。
「次あったら香水と、そのフェロモンダダ漏れ何とかしてきて。料理に移って不味くなる」
「えっ、あっ」
最後のトドメ。女性は引き攣り固まった。それに対して蒼は一切表情を変えることなく、ただただ料理人として当たり前の事を言っただけに過ぎなかった。
「つっ!」
他の生徒達の視線が女性へと刺さった。それに耐えきれなくなった女性は自分の席に戻り荷物をまとめてスタジオを出て行った。
「相変わらずの塩対応」
「当たり前じゃね?」
料理をしに来ているのならそちらに集中してほしい。せっかく作った料理が人工的に作られた匂いに上書きされてしまうだなんて。そしてそんな上書きされた匂いの香る食べ物を誰かに出すなんてことは決してしたくない。それもこれも全ては “おいしい” と喜んで食べてくれる笑顔を見たいから。
「なんだよ」
「ふふーん、また晃くんと照くんの事考えてたな?」
「どうかな」
「あははっ!素直じゃないな!久しぶりに遊び行こうかなぁ」
「来なくていい」
「オッケーオッケー、行くわー」
少々強引な腐れ縁。でも、このやり取りを嫌いなどと思ったことはない。むしろ中学から今までも、直良には助けられた場面がたくさんある。
蒼のことも、晃のことも、生まれてきた照のことも、一から全て知っている唯一の理解者。直良が居てくれてよかったと心底思う。
冷めたおかずをタッパーに詰めながら晃と照の顔が浮かんだ。
仕事を終え蒼は帰ってきた。家用のエプロンに切り替えて夕飯の支度。味噌汁とご飯は晃が作っておいてくれたため、蒼が作るのはメインのおかずだ。今日は豚肉がメイン。でもそれだけでは栄養が偏るから小松菜のお浸しを。照も食べられるように苦くならずでも栄養が逃げないようサッと茹でるだけ。小鉢に盛り付けた後、メインに取り掛かる。ジューっとフライパンから焼ける音。厚めのロースを香ばしく中をジューシーに。盛り付けてから照のは肉半分で一口サイズに。
「おいちぃ!」
「小松菜茹でたのにシャキシャキ感が残ってる!」
「サッと潜らせる程度なんだ」
「へー、小松菜って何となくちゃんと茹でないといけないイメージだった」
よくある4人掛けテーブル。照を挟んで左隣には晃、右隣には蒼が。テーブルの斜め半分はまるで何もない。けれどこの集まって食べていることに温かさを感じられた。
「うぶっ」
「ははっ、ゆっくり食べろよ」
「あいっ」
スプーンにたくさん掬ってお口にパクリッ。まだまだ上手には食べられないから照の口周りはご飯粒やソースでいっぱい。蒼は近くにあった布巾で照の口を拭った。でも、汚いだなんて思わない。むしろ口に付いてしまうぐらい夢中で食べてくれてることに喜びが湧く。
「照また付いてーーー」
「晃もな」
「へっ?」
ヒョイッ、パクッ。
気がつけば晃の口端にもご飯粒がくっ付いていたから躊躇いなく摘んで口に含んだ。
「ママもいっちょ」
「おっちょこちょいなんだよママは」
「もうー!恥ずかしいっ!」
笑いが絶えない食卓だった。
「今日直良が…また家に来たいって」
「直良さんが?」
食事後、蒼が照の風呂を入れ晃は洗い物を済ませ後に風呂へと入った。夜は蒼にとって照との貴重な触れ合いの時間。歯磨きをして先に布団に入って絵本の読み聞かせ。
照のお気に入りは 「もりのおっきなたまごやき」
なんで卵焼き?と思うが、このおかげで照は卵焼きが好物になったのだ。絵本とは凄いものだと思う。
読み聞かせている間に照は眠ってしまって、ソッと布団を被せた。それから暫くして晃がやってきて、家族三人が揃った。
「晃と照に会いたいんだと」
「あははっ。直良さんに暫く会ってないからオレも会いたいかも」
「会わなくていい」
「もう、あおくんったら」
そう言った蒼からは僅かにフェロモンが出ていた。蒼の自分を独占したいという欲。
「今日、照と公園に行ったらね、ご近所の人があおくんの話してた」
「俺の?どんな?」
「あおくんのレシピ再現しやすいんだって。家にある調味料で作ってくれるから。それからね、無口で無表情なのにイケメン!約束されたαだよね、番の人勝ち組、だってさ」
「勝ち組って…」
どんな内容かと思えば最近よく言われる。別に無口になりたくてなっているわけではない。本当にしゃべる内容がないし特に笑うところもないからだ。何よりその勝ち組とやらが気に入らない。
「あ、っ」
ソッと、晃の後ろ首に手を伸ばした。番の証である噛み跡を優しくなぞった。
「俺は晃を番にしたかった。晃しか考えられなかった。ただそれだけだ」
「うん…だから、ね。ちょっと優越感だった。だって、あおくんの番はオレなんだもん」
自信たっぷりに言うものだから。蒼は自然と笑みが零れていた。目の前の愛おしい存在と二人の間にいる愛の結晶。番が晃ではなかったらどうなっていたのだろうか。今となっては考えられない。
「晃」
「あおく…んっ」
体を起こして少しばかり晃を引き寄せ、唇を重ねた。ちょっとだけ舌も混ざった大人のキス。
砂糖よりも蜂蜜よりも甘くて美味しい。蒼の大好物。
「愛してる」
「!」
だから飛び切りの甘ったるい言葉を晃に贈った。
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もう一度、甘いキスを。蕩けてしまいそうな甘さが晃の全身を駆け巡った。
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