冷凍睡眠からおれを目覚めさせたのは、異形頭でした

秋山龍央

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食事

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 その後、おれも自身の自己紹介をアルにすませ、当面はこの黒い異形との共同生活を営むことに決定した。

 ところがおれの自己紹介が終わるやいなや、アルは無言のまま扉を押し開けて、廊下の奥へと姿を消してしまった。
 それはあまりに唐突で、引き止める間もなかった。

 しばらくの後――重い扉が再び軋み、黒い異形が戻ってきた。
 その腕には、真空パックされたねずみ色の衣服と作業靴、そして、銀色のケースに収められた保存食が抱えられていた。

「適合する衣服を発見。作業員用保管庫に真空パック状態で残存していた」

「……探してきてくれて、ありがとう。でもさ、今後は黙って出ていくのはなしにしよう。どこに行ったのか分からないし、戻ってこないから心配したよ」

 苦笑いを浮かべながら、アルから真空パックに包まれた荷物を受け取る。
 アルは一拍置き、無機質な声で答えた。

「私は探索能力、兵装ともに完全に整備されている。君の心配は不要。非効率的だ」

 冷たい響きに、思わず肩をすくめる。
 けれどおれは首を横に振り、わざと軽口めかして返した。

「うーん……でも、非効率的なことをやりたがるのが人間なんだよ」

 そう返すと、つるりとした黒い頭部のラインが、チカチカと瞬いた。
 いつも規則的に光るそれが、妙に不規則に揺れているように見える。

 返事はなかったが、否定もない。
 気まずい沈黙がしばらく続く。

 最初に顔を逸らしたのは、おれの方だった。
 真空パックの袋を破り、中から作業着を取り出すふりで、アルに背中を向ける。

 中に入っていたのは、簡素な下着と、ねずみ色の上下の作業着。
 いかにも作業員用といった無骨さで、色気のかけらもない。

 冷凍睡眠用の薄い術衣を脱ぎ捨て、新しい服に袖を通す。
 布の感触がまだひどく冷たくて、肌に貼りつくのが妙に気になった。

 着替えを終え、ふと視線を上げたその瞬間――
 アルが仁王立ちのまま、じぃっとこちらを見下ろしているのに気がついた。

「……なんで見てるんだ?」

「君の着替えを録画していた」

「はっ……はぁ!?」

「今後、君の衣服を調達するにあたり、身体データは重要な記録資料となる。加えて、ウイルス耐性を持つ君の情報は最重要の観測対象だ」

「いやいや、勝手に人の着替えシーン録画とか犯罪だから!?」

「法律とは人類同士に適用される規範。人工機械生命体は適用外だ」

「そこはちゃんと法整備してから宇宙に行ってくれよ、人類! だいたい、おれ前に言ったよな? そういうのは事前に許可をとるようにって!」

「私は了承の返事をしていない。それに、君から言及されたのは体液の採取について。録画データについては申告がなかった」

「あ、ああ言えばこう言うなぁ、お前……! 本当に感情ないのか?」

「肯定。私に感情はない」

 その断言に、思わずがっくりと肩を落とす。
 これから、こんな融通の利かない相手と本当にうまく共同生活をやっていけるのだろうか。
 考えるだけでため息が出そうだ。

「はぁ……じゃあ改めて言うけど、今後、勝手におれの録画データを取るのはなしにしてくれ」

「…………」

 しかし、返ってきたのは沈黙だった。
 アルの頭部の光が一度、規則正しく明滅する。

「アル、返事は?」

「……なるべく善処する」

「いや、なるべくじゃなくて、確約してほしいんだけれど……」

 思わず苦笑しながら、服が入っていた真空パックの袋をゴミ箱に放り込む。
 今度は保存食のパックを開けてみた。

 中に入っていたのは、四角く固められたビスケットタイプの栄養食品と、真空パックされた水の袋。
 どちらも無機質な銀色のパッケージに入っていて、見た目だけなら医療用器具と大差ない。

 指先でビスケットを割ると、かすかに甘い香りが立ちのぼった。
 口に含むと――粉っぽい食感に、薄いチョコレート味がした。

「……三百年ぶりの食事がこれとは、ずいぶん味気ないなぁ」

「この地下施設の探索はまだ大部分が進んでいない。今後探索を広げれば、他の衣類や食料が見つかる可能性は高い」

 思わず目を瞬かせる。
 ……それって、まるでおれのために探してくれるみたいな言い方じゃないか?

 そう思ったものの、目の前の相手には表情というものが存在していない。
 なめらかな黒い頭部を走るラインと、頭頂部の耳の内側の光が規則的に明滅するだけ。

 その光の瞬きに意味があるのかどうかすら分からず、結局、彼がなにを考えているのか、さっぱり掴めなかった。

「そういえば、アルは食事はどうするんだ? それに、服の着替えとか」

「私の着用しているスーツは自己修復機能を備えている。また、大気圏外でも作業可能な耐性を備えている」

「それはすごい! ……で、食事は?」

「本来は専用の栄養液が必要だ。だが、製造施設はすでに消失している。代替エネルギーとして、有機体由来の物質を利用可能。地球上にある動植物を取り込み、体内で栄養液へと変換するシステムを備えている」

「ふーん……つまり、動植物を食べてるってことか?」

「肯定。ただし、栄養液への変換処理には数時間を要する。ゆえに今後も定期的に、施設外で動植物を採取する必要がある」

「なるほどな。じゃあ、こういうビスケットは食べられるのか?」

 ビスケットを指先でつまみ、アルに見せる。
 黒い頭部がわずかに傾き、無機質な声が返ってきた。

「摂取は可能。ただし、それは人間用の栄養補助食品。私の変換システムの対象外」

「……ん? それって、食べること自体はできるんだよな?」

「肯定。摂取自体は可能」

「じゃあさ、こっちに座って一緒に食べようよ。一人で食べるんじゃ味気ないしな」

 自分の腰掛けているベッドの傍らを掌でぽんぽんと叩き、隣にくるように促す。
 しかし、すぐに否定の言葉が返ってきた。

「食料は貴重。無駄にはできない。保存状態の良い栄養食品が今後も発見できるとは限らない。ゆえに、人類の栄養補助食品を私が消費することは非効率的だ。加えて、私は食事を必要としない存在。食料を君に優先するのが最適解となる」

 あまりにも理路整然とした返答だった。
 そして、その内容が正しすぎて、反論の言葉も見つからない。

「……そっか、残念だな。せっかくだし、アルと食事がしたかったんだけど」

 肩を落とし、頭をぽりぽりとかきながら苦笑する。
 胸の奥に広がるのは、妙なさびしさだった。

 しばらく沈黙が落ちた後、意外にも声を発したのはアルの方だった。

「……私の摂取方法は、人類の食事とはかなり異なる。見れば、君が気分を害し、私自身に嫌悪感を抱く可能性がある」

 告げられた言葉にはっと顔を上げる。
 その頭部を横切るラインは、いつの間にか緑の光へと変わっていた。

 声音は先ほどと変わらず、冷たく無機質なままだ。
 それなのに、なぜだろう。

 おれの思い込みかもしれないけれど……その緑の光が、まるで気まずさを隠した言い訳のように見えて。
 思わず、口の端がゆるんだ。

「なんだ、そんなこと心配してたのか。でもおれなら大丈夫だよ!」

「君の回答は著しく非合理的であり、根拠不明。『大丈夫』と断定するには論拠が欠如している。加えて、君の回答は常に突発的すぎる」

「相変わらず、いきなり辛辣になるよな!? ……でもさ、これから二人で一緒に生きていくなら、アルの食事風景を目にすることだって絶対あると思うんだ。突発的に出くわすよりも、あらかじめ心構えができる状況で見ておいた方がいいんじゃないか?」

「…………」

「それにさ……せっかく二人でいるのに、一人だけで食事するのはちょっと寂しいだろ? “同じ釜の飯を食った仲”って言葉もあるくらいだしな」

 しばらく沈黙が落ちた後――意外にも、アルが無言のまま隣へ腰を下ろした。
 その大きな身体が傍らに座ったとたん、ベッドがギシリと音をたてて沈み込み、思わずおれは「おっ」と小さく声をあげてしまう。

「アル、じゃあこれ……」

 いそいそとアルにビスケットを手渡そうとした――その時。
 アルはおもむろに、両手の手袋を外した。

 あらわになった左手は、人間のものよりも関節が一つ多い。
 しかも一本一本、長さも形も微妙に異なっている。
 その肌には、ところどころ金属の筋が浮かび上がり、まるで肉体と機械が溶け合っているようだった。

 対照的に、右手の方はおれのそれと変わらなかった。
 肌の色もおれのものと近しい。
 だからこそ、左手の異形さが一層際立って見える。

 思わず息をのんでまじまじと見つめると――なんと、その左の掌の中心が、くぱりと音を立てて開いた。

 まるで口のように開いたその奥から、ぬるりと赤黒い触手がゆっくりと這い出してくる。
 表面は濡れたように艶めき、動くたびに水気を帯びた光がぬらぬらと反射する。触手の先端は幾本にも割れて、それぞれが独自に蠢いている。
 湿った空気を纏いながらうごめくそれは、どこか艶かしくて、おれの背筋をぞくりと震わせた。

「そ、それで食べるのか……?」

「……肯定。君が不快感を感じているなら、今すぐ中止する」

 慌てて首を横に振った。

「嫌じゃないって! ただちょっと、驚いただけだから」

「……了解。君の不快感が限界に達した場合は、即座に中止する」

 そう言って、アルは何のためらいもなくビスケットを触手で掴むと、そのまま掌の口へと取り込んでいった。
 赤黒いそれがぬらりとうごめき、乾いた食品を一瞬で包み込み、咀嚼するように内部へと引きずり込んでいく。

 ……まさか、こんな食事の取り方をするとは、予想外だった。
 けれど、一番の予想外は――どうしてか、アルの食事風景から目が離せないことだ。

 赤黒い触手が器用にぬらぬらと動くさまに、目が釘付けになってしまう。
 心臓がやけに早鐘を打っている。

 そうして――気づけば、口が勝手に動いていた。

「あ、あのさ……それ、触ってみていい?」

 そう尋ねた瞬間、アルの触手がビスケットを取り込む動きがぴたりと止まった。
 頭部の光が一度、緑色に強くちかりと瞬く。

「……君の要望は、想定外だ。記録に該当する事例もない」

「ご、ごめん、いきなりこんなこと言って! 嫌だよな!」

「……私に感情はない。ゆえに、君の言動に嫌悪感を覚えることもない」

 そう答えると、アルはすっと掌を差し出してきた。

 おそるおそる指を伸ばす。
 そして指先が触手の先端にちょんっと触れた瞬間――ひやりとした粘膜の感触が伝わり、思わず身をすくませた。

「へぇ、こんな感じなんだ。けっこうやわらかいんだな……ひゃっ!?」

 次の瞬間、触手がぬるりと動き、自らおれの指の間にするりと絡みついてきた。

「えっ、ぁ、アルっ……!?」

 わずかに湿り気をおびた触手が、指の股をぬるぬると這い上がっていく。
 触手の表面は冷たいのに、芯にはどこか熱を帯びたような感触がある。
 その奇妙な触感に、震えがぞくりと背筋を駆け抜けた。

「ア、アル……あの、なんか、触り方が……」

「嫌ならすぐに中止する」

「い、いやじゃ……ない、けど……」

 触手はするすると這い回り、今度はおれの指を一本ずつ撫でるように絡みつく。
 いやらしいほど執拗な動きに、息が詰まりそうになる。

「人間の皮膚に内部器官で直接接触したのは、今回が初事例。
 また、君の指紋データも、この機会に記録しておきたい」

 その言葉の直後、触手がさらに強く指に絡み、じわりと締めつけられる。

「んっ、ぅ……!」

 声が漏れた瞬間、頭部のラインが青白い光から黄金色へと変わり、揺らめくように脈打った。
 あからさまな光の変化に、おれは思わず彼を見上げて尋ねる。

「アル、その色って……なにか意味があるのか?」

「色とは?」

「その頭の……表面に一筋だけ走ってる光のラインだよ。
 普段は青白いのに、さっきは緑になったり……今は黄金に光ってるから……んっ」

 そう問いかけた瞬間――おれの指に絡みついていた触手が、ぱっと離れた。
 唐突に解放され、思わず目を瞬かせる。

「……指紋データの記録、完了」

 アルは短くそう告げると、するすると触手を掌の口へと戻していった。
 その仕草が、どこか気まずげに見えてしまったのは、おれの錯覚だろうか?

「う、うん。ありがとうな、触らせてくれて」

「…………」

「えーっと、こうしてお互いの食事事情も分かったことだし! これからは、一緒に食事しような!」

 場の空気をなごませるように、あえて明るい声をあげながら、アルの左手にそっと触れる。

 人間の皮膚とはあまりにもかけ離れた、冷たく硬質な黒い肌の手だ。
 それなのに――不思議と今は、どこか親しみを感じ始めていた。
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