8 / 9
0.7
しおりを挟む
約束通りの三日後。
ほぼ時間通りにやってきたニコラスは早速薬を受け取って共に来いと言う。
彼はメイジーに犯罪の片棒を担がせる気なのだ。彼女がベタ惚れしているのをいいことになんでもやらせる。
この時も彼女は不満そうな顔をしたものの大人しく付いてきた。
「アシュトン侯爵が湖で余暇を過ごすと情報を手に入れたんだ。これを利用しない手はないからな」
「へぇ、良くやるわねアナタ。かなり嫌われていると噂に聞いているけど」
ついこの間の醜聞のことを出されたと思ったニコラスはカッとなってメイジーの頬を叩いた。
「何をするのよ!一人じゃ何もできないボンボンの癖に!このまま帰っても良いのよ」
「っ!すまなかった……つい。最近ついてなくて苛立ってるんだ」
痴話喧嘩に発展しそうになった二人だが、静かな別荘地で騒いでは悪目立ちする。拙いと思ったニコラスはメイジーの機嫌を宥める。手伝ってくれたら優しく抱いてやると囁く。
だがメイジーは気持ち悪いと思ってしまう、事実これからやる卑怯な謀は女子を辱めることなのだから。
「他所の女を手籠めにしたその手で私の事を触らないでよね」
「わかったよ、手伝ってくれたらそれでいいから機嫌直してくれ」
ニヤニヤと下品に笑うニコラスの様子は、メイジーでなくとも気持ち悪いと思うに違いない。
ニコラスの計画では陽が落ちてから別荘へ忍び込み、食堂裏にて薬を仕込む算段だという。
「警備や侍女とて食事はとるからな、水瓶にこれを混入させれば……ふふふ」
「……なるほど、通りで昏倒薬を多めに作らせたわけね」
無味無臭だというメイジーが調合する薬は気取られる心配はなさそうだ。先ずは別荘外の護衛らがいるそこに薬を散布して眠らせた。そして食堂の様子を伺い、仕込みに必死そうな厨房を確認すると水瓶の隙間へそっと薬瓶を傾けた。
まんまとうまくいったニコラスは声を殺して笑う。
水瓶から汲んだ水を使いスープを作り出した様子を見て、そこから退避した。
「うまくいったな!後は食事が終わった頃合いに」
「ねぇ、まだ時間があるわよね。ボートを借りて湖を楽しもうよ」
せっかくなのだからとメイジーは彼を誘った、陽が落ちた湖は幻想的な美しさを見せている。軽食を摂りながら景色を楽しむのもありだろうとニコラスは説得された。
「わかったよ、ちょっとだけだからな。三十分後には屋敷へ入るんだから」
「それでいいわよ、デートなんて久しくしてないから嬉しいわ」
愛人にそう言われた彼は満更でもない様子でボートに乗り込む。軽くオールを動かせば緩々と湖面を走った。
そして、やや奥まったところまで来た時、休憩しようとメイジーが言う。
「炙り肉のサンドを作ったのよ、それから果実水」
「ああ、気が利くじゃないか」
喉が渇いていたらしい彼は水筒を受け取るとゴクゴクと飲み干していく。すっかり空にしてしまってから「悪いな」と詫びた。
「いいのよ、最初から貴方のためにだけ用意したのだもの」
「そうだったのか?」
さらにニコラスはサンドに手を伸ばしてガツガツと食み始めた、メイジーの分まで食べそうな勢いに彼女は笑う。
「相変わらずがっつきね……ふふ」
「あ~食った……少し眠いな。少し寝ていいか?」
「ええ、いいわよ。好きなだけ休むといいわ」
「いや、それは駄目だ。計画が……ふあああ、クソ困ったな」
彼はしきりに頭を振って眠気と戦っていた、だが次第に手足が痺れてきて異変に気が付く。
「残念……こっちが本当の薬入りだったのよ、愚かなニコラス」
空瓶を足元に転がしてメイジーはクスクスと笑った。
「な、なんで?どうしてそんな裏切りを……」
朦朧とする意識、その最中に聞いたのは彼女の恨み言だった。
「裏切ったのは貴方じゃない、あの時の恨み晴らさせて貰うわ」
手足がどんどん麻痺して動けなくなっていく、抗うがうまく行かない。苛立ってメイジーを掴もうとしたが弾かれた。その弾みで湖へと落ちてしまった。
足掻き助けてと叫ぶニコラスにメイジーは面白そうに笑う。
「苦しいでしょ?ふふ、体の自由を奪われて惨めに沈みなさいよ。運が良ければ誰か助けてくれるかも、でも駄目ね霧が濃くなってきたわ。目視できる人なんていないし人気もない残念」
逆行して蘇っていたのはルシアナだけではなかったのだ。
妻の家族を亡き者にした後、事情を知る愛人の存在が邪魔になったニコラスはメイジーまでも手にかけていたのだ。
愛した者に騙された彼女はこの時をずっと待っていた。
ゴボガボと苦しみ、必死に泳ごうとしているが睡魔と麻痺で思うように動けない。
「さようなら、ニコラス」
ゆっくりと岸に戻って行く舟の上でメイジーは失恋の歌を口ずさむ、その頬には一筋光るものがあった。 オールで出来た波紋が、僅かに湖面に浮いていた彼の顔を覆う。
「が、っは……た、すけ、……ゴボボ」
青く光る湖に白い霧が立ち込める時、美しく悲し気な歌声が聞こえてくると伝承が残る。
それは遠い遠い昔の話。
ほぼ時間通りにやってきたニコラスは早速薬を受け取って共に来いと言う。
彼はメイジーに犯罪の片棒を担がせる気なのだ。彼女がベタ惚れしているのをいいことになんでもやらせる。
この時も彼女は不満そうな顔をしたものの大人しく付いてきた。
「アシュトン侯爵が湖で余暇を過ごすと情報を手に入れたんだ。これを利用しない手はないからな」
「へぇ、良くやるわねアナタ。かなり嫌われていると噂に聞いているけど」
ついこの間の醜聞のことを出されたと思ったニコラスはカッとなってメイジーの頬を叩いた。
「何をするのよ!一人じゃ何もできないボンボンの癖に!このまま帰っても良いのよ」
「っ!すまなかった……つい。最近ついてなくて苛立ってるんだ」
痴話喧嘩に発展しそうになった二人だが、静かな別荘地で騒いでは悪目立ちする。拙いと思ったニコラスはメイジーの機嫌を宥める。手伝ってくれたら優しく抱いてやると囁く。
だがメイジーは気持ち悪いと思ってしまう、事実これからやる卑怯な謀は女子を辱めることなのだから。
「他所の女を手籠めにしたその手で私の事を触らないでよね」
「わかったよ、手伝ってくれたらそれでいいから機嫌直してくれ」
ニヤニヤと下品に笑うニコラスの様子は、メイジーでなくとも気持ち悪いと思うに違いない。
ニコラスの計画では陽が落ちてから別荘へ忍び込み、食堂裏にて薬を仕込む算段だという。
「警備や侍女とて食事はとるからな、水瓶にこれを混入させれば……ふふふ」
「……なるほど、通りで昏倒薬を多めに作らせたわけね」
無味無臭だというメイジーが調合する薬は気取られる心配はなさそうだ。先ずは別荘外の護衛らがいるそこに薬を散布して眠らせた。そして食堂の様子を伺い、仕込みに必死そうな厨房を確認すると水瓶の隙間へそっと薬瓶を傾けた。
まんまとうまくいったニコラスは声を殺して笑う。
水瓶から汲んだ水を使いスープを作り出した様子を見て、そこから退避した。
「うまくいったな!後は食事が終わった頃合いに」
「ねぇ、まだ時間があるわよね。ボートを借りて湖を楽しもうよ」
せっかくなのだからとメイジーは彼を誘った、陽が落ちた湖は幻想的な美しさを見せている。軽食を摂りながら景色を楽しむのもありだろうとニコラスは説得された。
「わかったよ、ちょっとだけだからな。三十分後には屋敷へ入るんだから」
「それでいいわよ、デートなんて久しくしてないから嬉しいわ」
愛人にそう言われた彼は満更でもない様子でボートに乗り込む。軽くオールを動かせば緩々と湖面を走った。
そして、やや奥まったところまで来た時、休憩しようとメイジーが言う。
「炙り肉のサンドを作ったのよ、それから果実水」
「ああ、気が利くじゃないか」
喉が渇いていたらしい彼は水筒を受け取るとゴクゴクと飲み干していく。すっかり空にしてしまってから「悪いな」と詫びた。
「いいのよ、最初から貴方のためにだけ用意したのだもの」
「そうだったのか?」
さらにニコラスはサンドに手を伸ばしてガツガツと食み始めた、メイジーの分まで食べそうな勢いに彼女は笑う。
「相変わらずがっつきね……ふふ」
「あ~食った……少し眠いな。少し寝ていいか?」
「ええ、いいわよ。好きなだけ休むといいわ」
「いや、それは駄目だ。計画が……ふあああ、クソ困ったな」
彼はしきりに頭を振って眠気と戦っていた、だが次第に手足が痺れてきて異変に気が付く。
「残念……こっちが本当の薬入りだったのよ、愚かなニコラス」
空瓶を足元に転がしてメイジーはクスクスと笑った。
「な、なんで?どうしてそんな裏切りを……」
朦朧とする意識、その最中に聞いたのは彼女の恨み言だった。
「裏切ったのは貴方じゃない、あの時の恨み晴らさせて貰うわ」
手足がどんどん麻痺して動けなくなっていく、抗うがうまく行かない。苛立ってメイジーを掴もうとしたが弾かれた。その弾みで湖へと落ちてしまった。
足掻き助けてと叫ぶニコラスにメイジーは面白そうに笑う。
「苦しいでしょ?ふふ、体の自由を奪われて惨めに沈みなさいよ。運が良ければ誰か助けてくれるかも、でも駄目ね霧が濃くなってきたわ。目視できる人なんていないし人気もない残念」
逆行して蘇っていたのはルシアナだけではなかったのだ。
妻の家族を亡き者にした後、事情を知る愛人の存在が邪魔になったニコラスはメイジーまでも手にかけていたのだ。
愛した者に騙された彼女はこの時をずっと待っていた。
ゴボガボと苦しみ、必死に泳ごうとしているが睡魔と麻痺で思うように動けない。
「さようなら、ニコラス」
ゆっくりと岸に戻って行く舟の上でメイジーは失恋の歌を口ずさむ、その頬には一筋光るものがあった。 オールで出来た波紋が、僅かに湖面に浮いていた彼の顔を覆う。
「が、っは……た、すけ、……ゴボボ」
青く光る湖に白い霧が立ち込める時、美しく悲し気な歌声が聞こえてくると伝承が残る。
それは遠い遠い昔の話。
106
あなたにおすすめの小説
禁断の関係かもしれないが、それが?
しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。
公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。
そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。
カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。
しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。
兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
王家の面子のために私を振り回さないで下さい。
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。
愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。
自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。
国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。
実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。
ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。
夢を現実にしないための正しいマニュアル
しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。
現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事?
処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。
婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
義兄のために私ができること
しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。
しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。
入り婿である義兄はどこまで知っている?
姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。
伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。
そんな世界なら滅んでしまえ
キマイラ
恋愛
魔王を倒す勇者パーティーの聖女に選ばれた私は前世の記憶を取り戻した。貞操観念の厳しいこの世界でパーティーの全員と交合せよだなんてありえないことを言われてしまったが絶対お断りである。私が役目をほうきしたくらいで滅ぶ世界なら滅んでしまえばよいのでは?
そんなわけで私は魔王に庇護を求めるべく魔界へと旅立った。
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる