完結 振り向いてくれない彼を諦め距離を置いたら、それは困ると言う。

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
4 / 12

恋に溺れる雛

しおりを挟む
出会いから再会まで長かったアメリアは有頂天である、シュリーの警告を無視して彼女は時間があれば足げく劇場へ赴いた。

「私に出来る事は応援することですもの、毎日ワクワクして推しがいるのは素晴らしい事だわ」
夢見る少女化している彼女は、舞台俳優ナサニエルに心酔していて後に戻れない状態に陥っていた。心配して屋敷へ尋ねて来たシュリーは彼女の部屋を見てアングリと口を開いて固まる。
部屋中所狭しとナサニエルのグッズが並んでいたからだ、壁は貼られたポスターで隙間なく埋め尽くされていたし彼を模したヌイグルミやプリントハンカチ、とにかく様々な雑貨の数々が溢れていた。

「センスを疑うレベルね、お世話する侍女が気の毒ですわ」
「まぁなんてことを仰るの、この素晴らしさが分からないなんて!」
彼女曰く、どこを向いてもナサニエル、寝具に寝そべってもナサニエル、茶を嗜んでいてもナサニエルを感じられる、それこそが楽園に他ならないと熱弁するのだ。
「まさに至高の部屋!」
「はあ……」

舞台女優のように大袈裟な身振り手振りでアメリアは恋する乙女を演じているようにシュリーの目には映る。
「その様子では私財を湯水の如く注いでいるのでは?」
「あら、こんなの序の口ですわ。ほんとうは天井にも貼りたいのだけで届かないから」
「はぁ……」

グッズを買い漁り売り上げ貢献しただけでは飽き足らず、近いうちには劇団の後援者になるのだと彼女は言う。
「アメリア!貴女って子は……嫌な予感が当たってしまったわ。連れて行かなけれ良かった」
「何よう、いまでは一人でも劇場へ行けるのです、もちろん護衛付きだけど大丈夫!」
「そういう事ではなくて……」
ちっとも窘める言葉が通じないことにシュリーは頭痛をおぼえる。

***

恋を覚えたばかりの雛ことアメリアは彼の為ならばと努力を惜しまない。
いまでは顔パスで劇場へ入り、楽屋にまで出入りが許されていた。これはナサニエルにとって自分は特別なのだと思いこんでも仕方ない。
「やあ、アメリア。丁度稽古が終わったところでね、悪いけど」
「ええ、わかっておりますわ。浄化魔法ですわね!」
「そうそう、それ」

汗にまみれて不快そうな彼を慮って彼女は魔法をかける、透明に光る粒が身体を包み清潔にしていく。身体をすっきりさせれば次は髪の毛を整える、柔らかな絹のように仕上がった御髪は美しく輝いた。
「うん、すっきりしたよ。仕上げは顔だ」
「ええ、任せて」
彼女は手の平に魔力を集めると彼の頬に優しく触れる、この時がアメリアにとって至福の時間であった。解された顔は血行が良くなってツヤツヤすべすべになった。
今ではこれらの行為が当たり前になっていて、彼が喜ぶことはなんでもしたいと彼女は思う。

「ところでね支援のことだけれど、新しい演目に是非協力願いたい」
「もちろんだわ、再来月から公開なのでしょ?応援を惜しまないわ」
「ありがとう、頑張るよ」
演劇はとてもお金がかかる、舞台装置はもちろんだが衣装代がバカにならない。趣味の範疇であれば団員が持ち寄り収支度外視で良いが、彼らはプロであって演技で食べている。このような小さな劇団では後援者がいなければ成り立たないのである。

協力を惜しまないという彼女の本当の好意を、知ってか知らずかナサニエルは当たり前のように享受している。果たして彼の謝礼の言葉は心からのものなのか。まるでただ働きの付き人のように甲斐甲斐しく世話をするアメリアの心は報われるのだろうか。

***

「あの子に資金を出させるのですって?純粋そうな子を誑かしていけない人」
「真珠姫……お疲れ」
誑かすという言い草に苛立ったらしい彼は少し不機嫌さを孕んだ言葉を返す。ブルムゲット歌劇団の看板女優サンドラは妖艶な笑みを浮かべて彼の横に腰かけた。

「これまでパトロンだった伯爵が去年死んじゃったものねぇ、それからは自転車操業でいつ潰れても可笑しくなかった。悪くない話だけれどあまり調子乗らないことね。相手は公爵令嬢なのでしょ?大物過ぎて怖いわぁ」
「……」
たかが平民集団で繕っている小さな劇団だ、いかにお人好しな令嬢だったとして裏切った後がとても恐ろしいとサンドラは言う。

彼女は赤く染めた指先で彼の顎を持ち上げて息を吹きかける。
「アンタは面が良いからさぁ、勝手に女が寄ってくるでしょ、気をつけてよね」
「わかっているさ、でも恋仲なわけでもない。演者とファンそういう関係だよ」
「ふぅん、でもあっちは違うよね?あれは恋する目だわ、それを利用するのはどうかと思うのよねぇ」
ネチネチとした物言いをしてくる女優の指を払い除けて彼は言う。

「利用なんてしてない!見縊らないでくれよ!」




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?から大公様に見初められて~誤解だと今更いっても知りません!~

琴葉悠
恋愛
ストーリャ国の王子エピカ・ストーリャの婚約者ペルラ・ジェンマは彼が大嫌いだった。 自由が欲しい、妃教育はもううんざり、笑顔を取り繕うのも嫌! しかし周囲が婚約破棄を許してくれない中、ペルラは、エピカが見知らぬ女性と一緒に夜会の別室に入るのを見かけた。 「婚約破棄」の文字が浮かび、別室に飛び込み、エピカをただせば言葉を濁す。 ペルラは思いの丈をぶちまけ、夜会から飛び出すとそこで運命の出会いをする──

不貞の罪でっち上げで次期王妃の座を奪われましたが、自らの手を下さずとも奪い返してみせますわ。そしてあっさり捨てて差し上げましょう

松ノ木るな
恋愛
 カンテミール侯爵家の娘ノエルは理知的で高潔な令嬢と広く認められた次期王妃。その隠れたもうひとつの顔は、ご令嬢方のあいだで大人気の、恋愛小説の作者であった。  ある時彼女を陥れようと画策した令嬢に、物語の原稿を盗まれた上、不貞の日記だとでっち上げの告発をされ、王太子に婚約破棄されてしまう。  そこに彼女の無実を信じると言い切った、麗しき黒衣裳の騎士が現れる。そして彼は言う。 「私があなたをこの窮地から救いあげる。これであなたへの愛の証としよう」  令嬢ノエルが最後に選んだものは…… 地位? それとも愛?

あなたの1番になりたかった

トモ
恋愛
姉の幼馴染のサムが大好きな、ルナは、小さい頃から、いつも後を着いて行った。 姉とサムは、ルナの5歳年上。 姉のメイジェーンは相手にはしてくれなかったけど、サムはいつも優しく頭を撫でてくれた。 その手がとても心地よくて、大好きだった。 15歳になったルナは、まだサムが好き。 気持ちを伝えると気合いを入れ、いざ告白しにいくとそこには…

「ばっかじゃないの」とつぶやいた

吉田ルネ
恋愛
少々貞操観念のバグったイケメン夫がやらかした

愛されるのは私じゃないはずなのですが

空月
恋愛
「おかしいわ、愛されるのは、私じゃないはずなのだけど……」 天から与えられた『特性:物語』によって、自分の生きる世界の、『もっとも物語的な道筋』を知るリリー・ロザモンテは、自分が婚約者のゼノ・フェアトラークに愛されないだろうことを知っていた。そして、愛を知らないゼノが、ある少女と出会って愛を知ることも。 その『ゼノが愛を知る物語』を辿らせるために動いてきたリリーだったが、ある日ゼノから告げられる。「君を愛している」と。

わたくしを許さないで

碧水 遥
恋愛
 ほら、わたくしは、あなたの大事な人を苛めているでしょう?  叩いたり罵ったり、酷いことをしたでしょう?  だから、わたくしを許さないで。

愛する事はないと言ってくれ

ひよこ1号
恋愛
とある事情で、侯爵の妻になってしまった伯爵令嬢の私は、白い結婚を目指そうと心に決めた。でも、身分差があるから、相手から言い出してくれないと困るのよね。勝率は五分。だって、彼には「真実の愛」のお相手、子爵令嬢のオリビア様がいるのだから。だからとっとと言えよな! ※誤字脱字ミスが撲滅できません(ご報告感謝です) ※代表作「悪役令嬢?何それ美味しいの?」は秋頃刊行予定です。読んで頂けると嬉しいです。

【完結】義妹と婚約者どちらを取るのですか?

里音
恋愛
私はどこにでもいる中堅の伯爵令嬢アリシア・モンマルタン。どこにでもあるような隣の領地の同じく伯爵家、といってもうちよりも少し格が上のトリスタン・ドクトールと幼い頃に婚約していた。 ドクトール伯爵は2年前に奥様を亡くし、連れ子と共に後妻がいる。 その連れ子はトリスタンの1つ下になるアマンダ。 トリスタンはなかなかの美貌でアマンダはトリスタンに執着している。そしてそれを隠そうともしない。 学園に入り1年は何も問題がなかったが、今年アマンダが学園に入学してきて事態は一変した。

処理中です...