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千秋楽
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貴族街に構えるスプレーモ歌劇団が大盛況のまま見事に千秋楽を迎える。そして、その一方で上演期間半ばでナサニエルが在籍する劇団は解散となった。当初から興行収入が芳しくなく、日割りで借りていた劇場の借料が払えず追い出されたのだ。
百席の小規模会場に来た観客は一日平均3人だったのだから当たり前と言える。初日こそ6割を埋めたのだが、それはスプレーモとの格差を確認したいだけの暇人ばかりだった。元より相手側は千を超える大劇場だったのだから太刀打ちできるはずもなかった。
「無駄ですわぁ、あんな劇団に金を落とすなんてドブに投げ銭ですわよ」
「まぁ、シュリーったら相変わらず毒舌ねぇ」
”湖上の貴婦人”の千秋楽に訪れていた彼女らは絢爛豪華な馬車に揺られてとあるレストランへ向かっているところだ。
「やっと誘いに乗ってくれたねエンドルフ嬢、粘った甲斐があったよ」
「……強引なんですもの、貴方もシュリーもね」
馬車のシートの対面に長すぎる足を組み微笑むのは花形俳優マイルズ・レインドースである。良く通るその良い声は車内に響いてアメリアの心を大きく揺さぶる。
「なんて良い声!腹の立つ!」
「お褒めに預かりまして、ねぇ苦い恋は甘い恋で上書きするのが一番良いらしいよ?」
「私は舞台の上の恋だけで十分ですわ」
恋破れたばかりの彼女には些か早すぎる展開だ、食事の誘いに応じただけでも譲歩というものだ。そんな様子を見守っていたシュリーは「急いては事を仕損じますのよ」と意味深く笑う。
「そうだねぇ、シナリオ通りに行かないのが恋と人生。演じているからこそ良くわかるものさ」
「あら、その真髄を知らずに消え散った者がおりますわ、彼は演じることに溺れすぎていたのかしら」
車窓を流れる風景を見ながらアメリアは呟いた。その視線を追うマイルズの顔はまだ幼さが残る彼女に見惚れている。
角を曲がる頃合いで馬車が駆ける速さが緩やかになった。
その時に車外から何かを発見したらしいアメリアが短く驚嘆の声を上げた。
巨大なミノムシのようなものがノソノソと歩いているのが見えたのだ。だがそれは蠢く虫などではない。人が藁ゴザを身に纏って移動しているだけだった。
その者の面差しに覚えがあった彼女は信じられないと目を見開いた。
たった数週間前に会ったはずのその人物は最底辺にまで落ちぶれきっていたからだ。下町で人気を博していた俳優ナサニエルは街を彷徨うルンペンになっていたのだ。
「どうかして?アメリア」
「ううん、なんでもないわ。それより喉が渇いたわ、良く冷やしたロゼシャンパンが飲みたいわね」
少し慌てた様子の彼女にマイルズは微笑んで言う。
「そうかい、とびきりのシャンパンを御馳走するよ」
「期待しているわ」
俳優ナサニエルは今もどこかの街角で浮浪者を演じている事だろう。
それは終わりの観えない苦い人生劇である。
完
百席の小規模会場に来た観客は一日平均3人だったのだから当たり前と言える。初日こそ6割を埋めたのだが、それはスプレーモとの格差を確認したいだけの暇人ばかりだった。元より相手側は千を超える大劇場だったのだから太刀打ちできるはずもなかった。
「無駄ですわぁ、あんな劇団に金を落とすなんてドブに投げ銭ですわよ」
「まぁ、シュリーったら相変わらず毒舌ねぇ」
”湖上の貴婦人”の千秋楽に訪れていた彼女らは絢爛豪華な馬車に揺られてとあるレストランへ向かっているところだ。
「やっと誘いに乗ってくれたねエンドルフ嬢、粘った甲斐があったよ」
「……強引なんですもの、貴方もシュリーもね」
馬車のシートの対面に長すぎる足を組み微笑むのは花形俳優マイルズ・レインドースである。良く通るその良い声は車内に響いてアメリアの心を大きく揺さぶる。
「なんて良い声!腹の立つ!」
「お褒めに預かりまして、ねぇ苦い恋は甘い恋で上書きするのが一番良いらしいよ?」
「私は舞台の上の恋だけで十分ですわ」
恋破れたばかりの彼女には些か早すぎる展開だ、食事の誘いに応じただけでも譲歩というものだ。そんな様子を見守っていたシュリーは「急いては事を仕損じますのよ」と意味深く笑う。
「そうだねぇ、シナリオ通りに行かないのが恋と人生。演じているからこそ良くわかるものさ」
「あら、その真髄を知らずに消え散った者がおりますわ、彼は演じることに溺れすぎていたのかしら」
車窓を流れる風景を見ながらアメリアは呟いた。その視線を追うマイルズの顔はまだ幼さが残る彼女に見惚れている。
角を曲がる頃合いで馬車が駆ける速さが緩やかになった。
その時に車外から何かを発見したらしいアメリアが短く驚嘆の声を上げた。
巨大なミノムシのようなものがノソノソと歩いているのが見えたのだ。だがそれは蠢く虫などではない。人が藁ゴザを身に纏って移動しているだけだった。
その者の面差しに覚えがあった彼女は信じられないと目を見開いた。
たった数週間前に会ったはずのその人物は最底辺にまで落ちぶれきっていたからだ。下町で人気を博していた俳優ナサニエルは街を彷徨うルンペンになっていたのだ。
「どうかして?アメリア」
「ううん、なんでもないわ。それより喉が渇いたわ、良く冷やしたロゼシャンパンが飲みたいわね」
少し慌てた様子の彼女にマイルズは微笑んで言う。
「そうかい、とびきりのシャンパンを御馳走するよ」
「期待しているわ」
俳優ナサニエルは今もどこかの街角で浮浪者を演じている事だろう。
それは終わりの観えない苦い人生劇である。
完
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