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妻は敵を懐柔する
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夫は妻を激しく抱いたというのに翌日にはマリエッタと睦まじい様子を見せて愛を囁く。
「この世で愛しているのはマリィだけさ」
「まぁ、嬉しいわシルヴァン、私も同じ気持ちよ」
好天に恵まれたその日、彼は愛しい彼女の手を引いて庭園の四阿でいちゃつきしばし歓談する。
それを館の窓から見下ろしているロクサーヌはぼそりと言う。
「美しい愛だこと……私には理解できそうもないけど」
「左様でございますか奥様、今の発言はご主人様にお伝えしておきます」
「ふん、勝手になさい。でも誰がこの離れの実権を握っているのか理解できないのね。そういう愚か者は雇うつもりはないの、だって無駄だものね」
それを聞いた侍女長は急激に青褪めて「坊ちゃまがそんなの許すわけがない」と強気に出た。
「いいえ、出来るわよ。なにせ侯爵家での稼ぎ頭は私ですからね、本邸に私の冷遇と許可なく愛人を連れ込んだと知れたら拙いのは夫なの。義両親はね、私の能力が欲しいのよ。機嫌を損ねるようならバカ息子など追い出すでしょうね、息子がダメなら遠縁から継ぐ者を呼ぶことでしょう」
「そ、そんな!?……も、申し訳ありませんでした。お許しください……」
事実を聞かされた年嵩の侍女はクビになったら困る様子で、必死に頭を下げて他の者にも内情を報せ指導しますとまで言った。
屋敷に味方はおらず邪魔者である妻は侍従達から目の敵にされている、どうせ嫌われているのならと歯に衣着せぬ発言をしたのだ。結果、良い方向へ事が動いたことにロクサーヌは微笑む。
***
「ふむ、やはり侯爵家の懐事情は芳しくないようね」
帳簿を見るまでもなく、屋敷全体をくまなく観察して周ったロクサーヌは人目につきにくい裏庭や外壁を見て呟く。庭師はいるが広すぎる庭園をたった一人で手入れするのは難しい。
仕事の合間の休憩と称して散策していた彼女だが、これまで無視を決め込んでいた侍従達が次々頭を下げるようになっていて驚く。侍女長の反省は本物のようだ。
「あら、意外に素直だったのね。一癖ありそうだったのに」
長年仕えているであろう侍女長は保身もあってのことだろうが、侯爵家の愚息に対して情があるようだ。
「愛人を連れ込んでロクに仕事もしない息子なんて価値ないものね」
彼女がそう嫌味を零しながら庭園を行けば、耳にした侍従らは狼狽えていた。秘密裡に連れ込んだ妹マリエッタの存在が露見すれば、見ぬふりをしていた彼女らにも類が及ぶ。
「私がバラしちゃえば簡単だけど、それじゃつまらないわ」
夫と妹が利用していた四阿とは違う反対側へ歩を止めてベンチに座る、いつの間に準備されていたのか簡易テーブルの上に良く冷えた茶が鎮座していた。
「ふふ、気が利くじゃない。そこの貴女、特別に駄賃をあげるわ」
「よ、宜しいのですか!ありがとうございます」
屋敷に仕えてまだ浅いらしい若い侍女が嬉しそうに微笑む、その者に数枚の金貨を掴ませる。基本給金の三分の一程度だが、下位の侍女にしてみれば大金だ。
後に丁寧に仕えれば駄賃が貰えると噂が広まり、ロクサーヌが歩く度に彼女らは侍って付くようになった。逆に敬遠され出したマリエッタは扱いが雑になったことに腹を立てた。
「なんでよ!呼び鈴を鳴らしても下女しか来ないなんて!」
純愛を貫き姉に恋人を奪われた哀れなヒロインとして、手厚く扱われていた彼女にしてみれば計算外だったろう。
しかも食事の内容があからさまに贔屓されていた。
毎回と姉のものが二品ほど多く、デザートの豪華さは一目でわかった。
怒ったマリエッタはシルヴァンに泣きついたが、耐えてくれという言葉が返るのみだった。
「どうしてシルヴァン!私が虐げられるなんてあり得ない!」
「……マリィ、本来の形に修正されただけだよ、誰も虐げてなどいない。あっちは本妻でキミは愛妾なんだから」
こればかりはどうしようもなく、侍従らが忖度するのを停止しただけに過ぎない結果だ。
「うぅ……そんなぁ。私は次期侯爵に愛されてるのに、シルヴァンの愛は私のものなのに」
婚姻に際して宣言通りにロクサーヌに愛は囁かないシルヴァンだが、金子のことは別件である。嫡男ではあっても自由に出来る資金があるわけではなかった。恫喝して妻から金を強請ることも出来そうだが、そのような行為が親に漏れれば囲っている愛人の存在が露見する危険が伴う。
「わかってくれマリィ、俺達が共に暮らすには静かに生活するほかないんだよ」
「何よそれ……姉様に機嫌伺いしないと何も買えないなんて実家の暮らしとほぼ変わらないじゃないの!」
本音をぶちまけたマリエッタに彼は少し苛立ったが、やはり惚れた弱みなのか強くは出られない。
宥めることしか出来ない甲斐性なしのシルヴァンにマリエッタは気持ちが冷えて来た。
「侯爵なら金持ちかと思えばとんだ見当違いだわ!」
「この世で愛しているのはマリィだけさ」
「まぁ、嬉しいわシルヴァン、私も同じ気持ちよ」
好天に恵まれたその日、彼は愛しい彼女の手を引いて庭園の四阿でいちゃつきしばし歓談する。
それを館の窓から見下ろしているロクサーヌはぼそりと言う。
「美しい愛だこと……私には理解できそうもないけど」
「左様でございますか奥様、今の発言はご主人様にお伝えしておきます」
「ふん、勝手になさい。でも誰がこの離れの実権を握っているのか理解できないのね。そういう愚か者は雇うつもりはないの、だって無駄だものね」
それを聞いた侍女長は急激に青褪めて「坊ちゃまがそんなの許すわけがない」と強気に出た。
「いいえ、出来るわよ。なにせ侯爵家での稼ぎ頭は私ですからね、本邸に私の冷遇と許可なく愛人を連れ込んだと知れたら拙いのは夫なの。義両親はね、私の能力が欲しいのよ。機嫌を損ねるようならバカ息子など追い出すでしょうね、息子がダメなら遠縁から継ぐ者を呼ぶことでしょう」
「そ、そんな!?……も、申し訳ありませんでした。お許しください……」
事実を聞かされた年嵩の侍女はクビになったら困る様子で、必死に頭を下げて他の者にも内情を報せ指導しますとまで言った。
屋敷に味方はおらず邪魔者である妻は侍従達から目の敵にされている、どうせ嫌われているのならと歯に衣着せぬ発言をしたのだ。結果、良い方向へ事が動いたことにロクサーヌは微笑む。
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「ふむ、やはり侯爵家の懐事情は芳しくないようね」
帳簿を見るまでもなく、屋敷全体をくまなく観察して周ったロクサーヌは人目につきにくい裏庭や外壁を見て呟く。庭師はいるが広すぎる庭園をたった一人で手入れするのは難しい。
仕事の合間の休憩と称して散策していた彼女だが、これまで無視を決め込んでいた侍従達が次々頭を下げるようになっていて驚く。侍女長の反省は本物のようだ。
「あら、意外に素直だったのね。一癖ありそうだったのに」
長年仕えているであろう侍女長は保身もあってのことだろうが、侯爵家の愚息に対して情があるようだ。
「愛人を連れ込んでロクに仕事もしない息子なんて価値ないものね」
彼女がそう嫌味を零しながら庭園を行けば、耳にした侍従らは狼狽えていた。秘密裡に連れ込んだ妹マリエッタの存在が露見すれば、見ぬふりをしていた彼女らにも類が及ぶ。
「私がバラしちゃえば簡単だけど、それじゃつまらないわ」
夫と妹が利用していた四阿とは違う反対側へ歩を止めてベンチに座る、いつの間に準備されていたのか簡易テーブルの上に良く冷えた茶が鎮座していた。
「ふふ、気が利くじゃない。そこの貴女、特別に駄賃をあげるわ」
「よ、宜しいのですか!ありがとうございます」
屋敷に仕えてまだ浅いらしい若い侍女が嬉しそうに微笑む、その者に数枚の金貨を掴ませる。基本給金の三分の一程度だが、下位の侍女にしてみれば大金だ。
後に丁寧に仕えれば駄賃が貰えると噂が広まり、ロクサーヌが歩く度に彼女らは侍って付くようになった。逆に敬遠され出したマリエッタは扱いが雑になったことに腹を立てた。
「なんでよ!呼び鈴を鳴らしても下女しか来ないなんて!」
純愛を貫き姉に恋人を奪われた哀れなヒロインとして、手厚く扱われていた彼女にしてみれば計算外だったろう。
しかも食事の内容があからさまに贔屓されていた。
毎回と姉のものが二品ほど多く、デザートの豪華さは一目でわかった。
怒ったマリエッタはシルヴァンに泣きついたが、耐えてくれという言葉が返るのみだった。
「どうしてシルヴァン!私が虐げられるなんてあり得ない!」
「……マリィ、本来の形に修正されただけだよ、誰も虐げてなどいない。あっちは本妻でキミは愛妾なんだから」
こればかりはどうしようもなく、侍従らが忖度するのを停止しただけに過ぎない結果だ。
「うぅ……そんなぁ。私は次期侯爵に愛されてるのに、シルヴァンの愛は私のものなのに」
婚姻に際して宣言通りにロクサーヌに愛は囁かないシルヴァンだが、金子のことは別件である。嫡男ではあっても自由に出来る資金があるわけではなかった。恫喝して妻から金を強請ることも出来そうだが、そのような行為が親に漏れれば囲っている愛人の存在が露見する危険が伴う。
「わかってくれマリィ、俺達が共に暮らすには静かに生活するほかないんだよ」
「何よそれ……姉様に機嫌伺いしないと何も買えないなんて実家の暮らしとほぼ変わらないじゃないの!」
本音をぶちまけたマリエッタに彼は少し苛立ったが、やはり惚れた弱みなのか強くは出られない。
宥めることしか出来ない甲斐性なしのシルヴァンにマリエッタは気持ちが冷えて来た。
「侯爵なら金持ちかと思えばとんだ見当違いだわ!」
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