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王妃と宝石
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良好な仲とは言えない様子のヘンゼル王子が彼女に接触してきたのには理由があった。それは王妃の切実な願いを叶える為である。
「母上がねどうしてもキミを茶会に招待したいと申されている。キミは嫁いでからというもの一度も顔を見せていないそうだね。いくらキミが傲慢とはいえ王家は宝石売買において上客だろうに……理由は?」
王子の質問に逡巡したエレンディアであったが、挙式直後に昏睡状態に陥って半月ほど目を覚まさずにいたこと、記憶障害を患っていること、そしてどのような招待状が届いたとしても義母が握りつぶしていたことを告白した。
「メルゾニア夫人が外界との接触を阻んでいたと?」
「はい、侯爵家にとっては不都合な何かがあったのでしょう。さすがに国主催の建国祭を欠席させるのは難しかったようですが、いまも何処かで監視していることですわ」
侯爵家長男に惚れこんで嫁いだ彼女の経緯を知っている王子は、婚家の内情はエレンディアにとって針の筵であることを知って気の毒に思う。
「なるほど……侯爵家の思惑はなんとなくわかった。キミを飼い殺しする算段なのは見え見えだよ。ジャルド殿は抵抗していたようだが、コレティーノ伯爵が残した遺産はとんでもないからな。侯爵夫妻は是が非でも嫁に欲しがったのだろう。しかし、突然の昏睡に記憶の喪失、出来過ぎているハプニングだと思わないか?キミも気が付いてるだろう」
王子の鋭い質問にエレンディアは面食らいつつ素直に同意した。
「王子殿下の御指摘通りです、目覚めてすぐの診察も怪しいものでしたのよ。侯爵に飼い慣らされていた医者は患者の言葉など聞こうともしませんでした。誤診以前の問題ですわ」
「そうか、キミの態度の豹変には驚いたがまさか記憶を失っていたとはな。だが、私はいまのキミ、いや貴女のほうが万倍も輝いて見えるよ。どうかそのままでいて欲しいな」
今現在のエレンディアのほうが遥かに魅力的であると重ねて褒めちぎる王子に、彼女は戸惑い、どう返答して良いものかと悩む。苦笑を返すのがやっとという有様だ。
「ほらね、慎ましい貴女はとても可憐だ。以前ならば褒め称えられて当たり前という態度だったから」
「そ、そうでしたの。私はなんて愚かな女だったのでしょう……夫に嫌われて当然ですわね」
「やはり上手くいってないのかい?」
「はい、お恥ずかしい話ですが手を触れた事すらございません」
冷えた夫婦の事情を聞かされた王子は済まなかったと配慮に欠けた質問を謝罪した。そして、王妃の茶会に来られるようにと王家側が迎えをやる手配をしようと約束してくれたのだ。
***
翌週、早速王家の馬車が侯爵家へエレンディアを迎えに現れた。
これには流石の義父母も断わりようがなく、顔を引きつらせて送迎にやってきた女官たちへ愛想笑いで対応した。当初は義母も共に参じたいと申し出たが「招待された者のみお乗りください」とピシャリと言われた。
このやり取りを見ていたエレンディアは義母の図々しさに心から軽蔑した。
歯噛みするギリリという軋轢音が聞こえそうなほど、義母ベラリアの唇が醜悪に歪んだのには女官は引いていた。
「王妃陛下、お目通り叶いまして至上の喜びに存じます、これまで登城しなかったことを深くお詫び申し上げます」
御前に参じたエレンディアは美しい膝折礼を見せた。それを眺めた王妃は水鳥が舞い降りたかのような所作であると褒める。
「恐れ入ります」
「いいのよ、そう畏まらないで調子が狂ってしまうわ」
以前のエレンディアの愚行の数々を見てきた王妃はバサリと大扇を広げその陰でクツクツと笑った。嘲笑とも取れるその仕草は少々癇に障る。
茶の給仕が終わると早速と本題を切り出す王妃パルメンデの瞳はギラギラと物欲に満ちていた。
「先の夜会でのことなのよ、ご招待した隣国の宰相夫人がそれは見事な大粒ダイヤを見せびらかしてくれてね!私も負けないような宝石は身に着けてはいたのに……こちらが霞んでしまったわ。由々しき事態と思わなくて?」
「はあ、なるほど……心中お察しいたします」
王侯貴族は面子と矜持を競い合い相手を蹴散らしてなんぼの生き物だ。見栄を張るのが大好きな王妃はそれは悔しかったに違いない。エレンディアは国家興亡に関わるかのように宣う王妃を”大袈裟な”と密かに冷笑した。
「では王妃陛下、ダイヤ以上で対抗したいと望まれるのならレッドスピネルが至高かと、それかレッドダイヤ……しかし後者は我が鉱山でも採れません」
「ならばスピネルを戴きたいわ!私の全財産を搔き集めてでも欲しいの!」
「畏まりました、では一室をお借りしたいのですが」
「そう!良かった話が早い事!いいわ客間をすぐに用意させましょう」
同意を得たエレンディアはその部屋で秘密倉庫を開き、目当てのルビーを王妃に差し出すのだった。
「ああなんという煌き!大粒で溢れるこの気品!この透明度は素晴らしいわね」
「はい、ピジョンブラッドも良いですが、あちらは濁りがございますから王妃様にはこちらが似合うかと」
「ええ!そうね!とても気に入ったわ!」
至高の宝石を手に入れた王妃は、毒婦などと蔑称されていたエレンディアの名誉回復に尽力することを約束したのである。場を設けることに一役かったヘンゼル王子の助言も効いているだろうことはエレンデイアは気が付いていた。
「ほんと食えない人だけど気が回るのよね」
「母上がねどうしてもキミを茶会に招待したいと申されている。キミは嫁いでからというもの一度も顔を見せていないそうだね。いくらキミが傲慢とはいえ王家は宝石売買において上客だろうに……理由は?」
王子の質問に逡巡したエレンディアであったが、挙式直後に昏睡状態に陥って半月ほど目を覚まさずにいたこと、記憶障害を患っていること、そしてどのような招待状が届いたとしても義母が握りつぶしていたことを告白した。
「メルゾニア夫人が外界との接触を阻んでいたと?」
「はい、侯爵家にとっては不都合な何かがあったのでしょう。さすがに国主催の建国祭を欠席させるのは難しかったようですが、いまも何処かで監視していることですわ」
侯爵家長男に惚れこんで嫁いだ彼女の経緯を知っている王子は、婚家の内情はエレンディアにとって針の筵であることを知って気の毒に思う。
「なるほど……侯爵家の思惑はなんとなくわかった。キミを飼い殺しする算段なのは見え見えだよ。ジャルド殿は抵抗していたようだが、コレティーノ伯爵が残した遺産はとんでもないからな。侯爵夫妻は是が非でも嫁に欲しがったのだろう。しかし、突然の昏睡に記憶の喪失、出来過ぎているハプニングだと思わないか?キミも気が付いてるだろう」
王子の鋭い質問にエレンディアは面食らいつつ素直に同意した。
「王子殿下の御指摘通りです、目覚めてすぐの診察も怪しいものでしたのよ。侯爵に飼い慣らされていた医者は患者の言葉など聞こうともしませんでした。誤診以前の問題ですわ」
「そうか、キミの態度の豹変には驚いたがまさか記憶を失っていたとはな。だが、私はいまのキミ、いや貴女のほうが万倍も輝いて見えるよ。どうかそのままでいて欲しいな」
今現在のエレンディアのほうが遥かに魅力的であると重ねて褒めちぎる王子に、彼女は戸惑い、どう返答して良いものかと悩む。苦笑を返すのがやっとという有様だ。
「ほらね、慎ましい貴女はとても可憐だ。以前ならば褒め称えられて当たり前という態度だったから」
「そ、そうでしたの。私はなんて愚かな女だったのでしょう……夫に嫌われて当然ですわね」
「やはり上手くいってないのかい?」
「はい、お恥ずかしい話ですが手を触れた事すらございません」
冷えた夫婦の事情を聞かされた王子は済まなかったと配慮に欠けた質問を謝罪した。そして、王妃の茶会に来られるようにと王家側が迎えをやる手配をしようと約束してくれたのだ。
***
翌週、早速王家の馬車が侯爵家へエレンディアを迎えに現れた。
これには流石の義父母も断わりようがなく、顔を引きつらせて送迎にやってきた女官たちへ愛想笑いで対応した。当初は義母も共に参じたいと申し出たが「招待された者のみお乗りください」とピシャリと言われた。
このやり取りを見ていたエレンディアは義母の図々しさに心から軽蔑した。
歯噛みするギリリという軋轢音が聞こえそうなほど、義母ベラリアの唇が醜悪に歪んだのには女官は引いていた。
「王妃陛下、お目通り叶いまして至上の喜びに存じます、これまで登城しなかったことを深くお詫び申し上げます」
御前に参じたエレンディアは美しい膝折礼を見せた。それを眺めた王妃は水鳥が舞い降りたかのような所作であると褒める。
「恐れ入ります」
「いいのよ、そう畏まらないで調子が狂ってしまうわ」
以前のエレンディアの愚行の数々を見てきた王妃はバサリと大扇を広げその陰でクツクツと笑った。嘲笑とも取れるその仕草は少々癇に障る。
茶の給仕が終わると早速と本題を切り出す王妃パルメンデの瞳はギラギラと物欲に満ちていた。
「先の夜会でのことなのよ、ご招待した隣国の宰相夫人がそれは見事な大粒ダイヤを見せびらかしてくれてね!私も負けないような宝石は身に着けてはいたのに……こちらが霞んでしまったわ。由々しき事態と思わなくて?」
「はあ、なるほど……心中お察しいたします」
王侯貴族は面子と矜持を競い合い相手を蹴散らしてなんぼの生き物だ。見栄を張るのが大好きな王妃はそれは悔しかったに違いない。エレンディアは国家興亡に関わるかのように宣う王妃を”大袈裟な”と密かに冷笑した。
「では王妃陛下、ダイヤ以上で対抗したいと望まれるのならレッドスピネルが至高かと、それかレッドダイヤ……しかし後者は我が鉱山でも採れません」
「ならばスピネルを戴きたいわ!私の全財産を搔き集めてでも欲しいの!」
「畏まりました、では一室をお借りしたいのですが」
「そう!良かった話が早い事!いいわ客間をすぐに用意させましょう」
同意を得たエレンディアはその部屋で秘密倉庫を開き、目当てのルビーを王妃に差し出すのだった。
「ああなんという煌き!大粒で溢れるこの気品!この透明度は素晴らしいわね」
「はい、ピジョンブラッドも良いですが、あちらは濁りがございますから王妃様にはこちらが似合うかと」
「ええ!そうね!とても気に入ったわ!」
至高の宝石を手に入れた王妃は、毒婦などと蔑称されていたエレンディアの名誉回復に尽力することを約束したのである。場を設けることに一役かったヘンゼル王子の助言も効いているだろうことはエレンデイアは気が付いていた。
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