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「ねぇん、お願いよ。王都までで良いの!出来れば国境までお願いしたいけど」
「い、いや。それは拙いのではないかなシスター」
修道院に物資運んできた業者の男を色香で惑わすのは元王女カレドナだ。半月に一度だけ雑貨類を届けに来ていた所に目を付けられたのだ。彼女の厭らしい手は男の下腹部を執拗に攻めた。
「困るよ……そりゃ地方を行脚する修道女はそういう色事サービスをするとは聞くけどさ」
「いいじゃないのぉ、互いに気持ち良くなって万々歳じゃない」
もしこのような爛れた好意が露見すればカレドナは院から追い出されて、もっと過酷な道を歩むことになるだろう。だが、それでも戒律厳しい修道院に留まることは苦痛なのだと彼女は訴えた。
「お願い、荷馬車の隅に乗せてくれたら良いだけよぉ、ね?」
「……仕方ねぇな空樽の中に隠れくれ、サービスは王都についてからでいい」
「わあ!ありがとう!」
こうして修道院脱走を企て見事にことを進めたカレドナは早速と馬車へ乗り込むのだった。
馭者の男としてはバレたとしても「勝手に乗り込んだ」と言ってしまえばどうとでもなる。下半身の熱を一旦冷ました男は馬の尻を叩いて、来た道をガラガラと車輪音を立てて引き返していく。
「ふふ、待っていてフリードベル様!貴方の花嫁に相応しいのはこの私なんだから」
***
約一年後の初夏、リリジュアは白銀の衣装に袖を通して幸せを噛みしめていた。
「リリ、結婚は夫婦の始まりです。決して驕ってはいけないわ。殿下共に正しき道を歩みなさい」
「はい、お母様!国の為に務める王太子妃として気を引き締めます。立派な国母となるために」
娘の決意を聞いた母は鷹揚に頷くと心配は杞憂だったと満足そうだ。
花嫁になるこの良き日、浮つきがちになるものだが、生真面目なリリジュアは違うようだ。
縁を切った実父に代わりエスコートをするのはインパジオの宰相エイルマーである。とても優しい面差しの御仁は教会の入口で待機していた。
「お世話になりますわ、宰相様」
「はは、大役を任されて光栄でございますよ。リリジュア様、幸せになってください」
「もちろんですわ!そして卿と母もね!」
悪戯な笑みを浮かべてそういう彼女に宰相は面食らった。
「な、なんの話ででしょうなぁ」冷や汗を滴らせて宰相は目を泳がせた。
「あら、お恍け!ねぇ、お母様?」
すかさずすぐ側にいた母に話を振れば、顔を茹蛸のようにしている姿が確認できた。益々と嬉しくなったリリジュアは「次に挙式をあげるのは誰か決定ね!」と笑う。
「揶揄わないで頂戴!まったくもう!口ばかりが達者になって」
「なら、ブーケは要らないかしら?残念!」
すると母は自力で捥ぎ取って見せますと鼻息を荒くする。ブーケトスの時間は戦場と化しそうだと花嫁は肩を竦める。
「さぁ、参ろうか。きっと殿下が首を長くして待っておられるよ」
「はい!未来の御父様!」
大聖堂の扉が開かれると参列者が一斉に振り向いた、パイプオルガンが彼らを祝うように曲を奏でだす。ゆっくりとバージンロードを行く花嫁はとても美しく輝いていた。
「やぁ、私のリリ。まさに三国一の花嫁とは君の事だね」
「まぁ……大袈裟ね。でも嬉しいわ」
互いに見つめ合い微笑むとそれぞれの位置に着いて神遣いの言葉を待った。聖書を開いた大司教が朗々と読み上げて行く。感極まったらしい誰かが涙して鼻をすする音を立てる。幸福の最中にいるリリジュアの瞳にも涙が膨れ上がった。
そして、宣誓し合い指輪を交換して誓いのキスという場面にやってきた。会場が水を打ったように静まりその瞬間を見守る。フリードベルがベールに手をかけて愛しい彼女の顔をじっと見つめる。
「愛しているよリリ」
「私もよ、ベル」
薄く微笑んだ彼が花嫁の清い唇に接近する、――その時だった。
大音と共に扉が開かれて「待ちなさーーーい!」という悲鳴のような抗議の声が響いた。
「この耳障りな声は……カレドナ」
「え、あのビッチ女か!?」
無遠慮にビッチ呼ばわりする新郎の大声に会場の者たちが一斉に噴き出した。大司教までも顔を赤くしてプルプル震えて笑っているではないか。
「あぁ、厳かな雰囲気が台無しね」
リリジュアは大切な瞬間を邪魔されて少々膨れた顔をして背後を振り返った。想像通りにそのはた迷惑な人物が仁王立ちしているのが視界に入る。
場違いで迷惑な珍客カレドナは白い衣装を身に着けてドヤ顔をしているではないか、だがよくよく観察してみればそのドレスはどうも様子がおかしい。
「まさかアレは……カーテン?」
「本当だ、巧みに誤魔化してはいるけれどあれは白カーテンだね……」
どこで手に入れたやら所々に染みと黄ばみが点在していた、それが花嫁衣裳だなどととんでもないことだ。
「正気とは思えない出で立ちね。ベル、彼女は貴方と結婚したいみたいよ?」
「冗談でも止してくれよ!あんなのを娶るくらいならばデク人形の方が万倍マシじゃないか」
「プフッ!だそうよ?カレドナ」
リリジュアには珍しく相手を煽るような言い方をした、かなり腹に据えかねているようだ。
「リリ、ひょっとして大激怒?」
「当たり前でしょう!今日は何の日と思って?」
「だよねぇ」
ここまで好き勝手に乗り込ませるとは、城の護衛騎士達は何をしているのかと穏やかな性格のフリードベルも怒った。婚礼衣装の彼は剣を佩いていないことがかなり悔しいと歯ぎしりする。
「フリードや、良ければこれを貸そうか?」
「はい、父上。有難くお借りします」
新郎親族席にいた父王からサーベルを借り受けたフリードベルは真っすぐと珍獣カレドナの方へ歩いて行く。
その様子を見たカレドナは盛大な勘違いをして喜びの声を上げた。
「キャー!フリードベル様!やっぱり私のことを!さぁ私を抱きしめて!」
「い、いや。それは拙いのではないかなシスター」
修道院に物資運んできた業者の男を色香で惑わすのは元王女カレドナだ。半月に一度だけ雑貨類を届けに来ていた所に目を付けられたのだ。彼女の厭らしい手は男の下腹部を執拗に攻めた。
「困るよ……そりゃ地方を行脚する修道女はそういう色事サービスをするとは聞くけどさ」
「いいじゃないのぉ、互いに気持ち良くなって万々歳じゃない」
もしこのような爛れた好意が露見すればカレドナは院から追い出されて、もっと過酷な道を歩むことになるだろう。だが、それでも戒律厳しい修道院に留まることは苦痛なのだと彼女は訴えた。
「お願い、荷馬車の隅に乗せてくれたら良いだけよぉ、ね?」
「……仕方ねぇな空樽の中に隠れくれ、サービスは王都についてからでいい」
「わあ!ありがとう!」
こうして修道院脱走を企て見事にことを進めたカレドナは早速と馬車へ乗り込むのだった。
馭者の男としてはバレたとしても「勝手に乗り込んだ」と言ってしまえばどうとでもなる。下半身の熱を一旦冷ました男は馬の尻を叩いて、来た道をガラガラと車輪音を立てて引き返していく。
「ふふ、待っていてフリードベル様!貴方の花嫁に相応しいのはこの私なんだから」
***
約一年後の初夏、リリジュアは白銀の衣装に袖を通して幸せを噛みしめていた。
「リリ、結婚は夫婦の始まりです。決して驕ってはいけないわ。殿下共に正しき道を歩みなさい」
「はい、お母様!国の為に務める王太子妃として気を引き締めます。立派な国母となるために」
娘の決意を聞いた母は鷹揚に頷くと心配は杞憂だったと満足そうだ。
花嫁になるこの良き日、浮つきがちになるものだが、生真面目なリリジュアは違うようだ。
縁を切った実父に代わりエスコートをするのはインパジオの宰相エイルマーである。とても優しい面差しの御仁は教会の入口で待機していた。
「お世話になりますわ、宰相様」
「はは、大役を任されて光栄でございますよ。リリジュア様、幸せになってください」
「もちろんですわ!そして卿と母もね!」
悪戯な笑みを浮かべてそういう彼女に宰相は面食らった。
「な、なんの話ででしょうなぁ」冷や汗を滴らせて宰相は目を泳がせた。
「あら、お恍け!ねぇ、お母様?」
すかさずすぐ側にいた母に話を振れば、顔を茹蛸のようにしている姿が確認できた。益々と嬉しくなったリリジュアは「次に挙式をあげるのは誰か決定ね!」と笑う。
「揶揄わないで頂戴!まったくもう!口ばかりが達者になって」
「なら、ブーケは要らないかしら?残念!」
すると母は自力で捥ぎ取って見せますと鼻息を荒くする。ブーケトスの時間は戦場と化しそうだと花嫁は肩を竦める。
「さぁ、参ろうか。きっと殿下が首を長くして待っておられるよ」
「はい!未来の御父様!」
大聖堂の扉が開かれると参列者が一斉に振り向いた、パイプオルガンが彼らを祝うように曲を奏でだす。ゆっくりとバージンロードを行く花嫁はとても美しく輝いていた。
「やぁ、私のリリ。まさに三国一の花嫁とは君の事だね」
「まぁ……大袈裟ね。でも嬉しいわ」
互いに見つめ合い微笑むとそれぞれの位置に着いて神遣いの言葉を待った。聖書を開いた大司教が朗々と読み上げて行く。感極まったらしい誰かが涙して鼻をすする音を立てる。幸福の最中にいるリリジュアの瞳にも涙が膨れ上がった。
そして、宣誓し合い指輪を交換して誓いのキスという場面にやってきた。会場が水を打ったように静まりその瞬間を見守る。フリードベルがベールに手をかけて愛しい彼女の顔をじっと見つめる。
「愛しているよリリ」
「私もよ、ベル」
薄く微笑んだ彼が花嫁の清い唇に接近する、――その時だった。
大音と共に扉が開かれて「待ちなさーーーい!」という悲鳴のような抗議の声が響いた。
「この耳障りな声は……カレドナ」
「え、あのビッチ女か!?」
無遠慮にビッチ呼ばわりする新郎の大声に会場の者たちが一斉に噴き出した。大司教までも顔を赤くしてプルプル震えて笑っているではないか。
「あぁ、厳かな雰囲気が台無しね」
リリジュアは大切な瞬間を邪魔されて少々膨れた顔をして背後を振り返った。想像通りにそのはた迷惑な人物が仁王立ちしているのが視界に入る。
場違いで迷惑な珍客カレドナは白い衣装を身に着けてドヤ顔をしているではないか、だがよくよく観察してみればそのドレスはどうも様子がおかしい。
「まさかアレは……カーテン?」
「本当だ、巧みに誤魔化してはいるけれどあれは白カーテンだね……」
どこで手に入れたやら所々に染みと黄ばみが点在していた、それが花嫁衣裳だなどととんでもないことだ。
「正気とは思えない出で立ちね。ベル、彼女は貴方と結婚したいみたいよ?」
「冗談でも止してくれよ!あんなのを娶るくらいならばデク人形の方が万倍マシじゃないか」
「プフッ!だそうよ?カレドナ」
リリジュアには珍しく相手を煽るような言い方をした、かなり腹に据えかねているようだ。
「リリ、ひょっとして大激怒?」
「当たり前でしょう!今日は何の日と思って?」
「だよねぇ」
ここまで好き勝手に乗り込ませるとは、城の護衛騎士達は何をしているのかと穏やかな性格のフリードベルも怒った。婚礼衣装の彼は剣を佩いていないことがかなり悔しいと歯ぎしりする。
「フリードや、良ければこれを貸そうか?」
「はい、父上。有難くお借りします」
新郎親族席にいた父王からサーベルを借り受けたフリードベルは真っすぐと珍獣カレドナの方へ歩いて行く。
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