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遊学篇
アイリスは帰国する
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陰謀の茶会を終えて安堵したのもつかの間、連日のように謝罪の文がアイリスの元へ届いた。
だが論点がズレた内容を目にして彼女は頭を抱える。
「双子がいやなら第五王子をどうだときましたか……まだ8歳ですよね?」そういう問題ではないのにとアイリスは手紙を破り捨てる。
自分の周りはどうして神経を逆なでする人物ばかりなのだろうと嘆く。
王妃の人柄から政略結婚を進めるタイプには見えない。ならば理由は?
それは叔母から知る事になる。
「ロゼはね……愛のない結婚で王妃におさまったから、その反動かと思うの。王侯貴族では当たり前なのだけどね、彼女には愛した婚約者がいたの。でも叶わなかった。ちょうどアイリスと同じ年齢の頃、王家から妃候補に無理矢理仕立てあげられてね。実際は王の横恋慕が原因なのよ。わたしはポールと愛で結ばれたから気の毒で……」
叶えられなかった自分の恋をアイリスで疑似体験したいかのようだと叔母は言う。
「そんな……気の毒ですけど私の人生は王妃のものではないわ!」
「そうよね、ごめんなさい。彼女に代ってお詫びするわ。結局政略結婚を薦めてると気が付かないのよ」
叔母が頭を下げるが頭を振るアイリス、虚しいうえにさらに「妥協しないお前が悪い」と責めらてる気分になっていくのだ。
そこでアイリスは一度帰国することに決めた、拗れた関係諸々をリセットしたいと思ったのだ。
「半年にはちょっと早いけれどしかたないわ」
***
「……そういうわけで一旦帰国することにしたわ。レットと離れるのは寂しいのだけど」
「ううん、仕方ないわ。王妃の縁談攻撃は止まないのでしょ?逃げるのも手よ」
二人はしばしの別れを惜しみ抱き合って、お互いの背を叩き合った。
「スカーレット嬢、そこは私とかわって欲しいな」
セイン王子が恨めしそうに見る。
「やーよ!どうせ殿下は一緒に帰国して道中もイチャイチャするんでしょ!」
「レット、いちゃいちゃなんてしないから!別の馬車だから!」
大慌てで否定するアイリスにセイン王子は「ぐっ」と声をあげて胸を押さえた。
「心が痛い……リィの意地悪」
「しりません」
「相変わらずねぇ、あなた達……なんで進展しないの?」
それから二人は休学届を提出し、翌日には帰国の馬車に揺れていた。
一週間の旅路は優雅とはいかないが、それでもトラブル続きだった滞在を振り返れば安息の日々だ。
「ふへぇ~もうすぐ国境ねぇ」
「お嬢様、だらけ過ぎです」
ルルと二人きりの馬車の中はついつい素が出てしまうアイリス。
「だーって遊学中がハードすぎたのよ、変なのばかり絡んでくるから」
「……類友なのでは?」
なかなか痛いところを突いてくる侍女の言葉に白目を剥くアイリスである。
***
ベルグリーンを出て約7日、先触れを出しておいた侯爵邸は大歓迎ムードだった。
「おかえりリィ!少し痩せ……てないわねむしろ?」
「た、ただいま!お母様!鍛錬は毎日やってましたよ!ほんとです、見てくださいこの力瘤!」
若干ふくよかになった愛娘に安堵の表情で迎えた両親だ。
「うんうん、無事でなによりさ。今夜は御馳走だぞ!」
「わぁ!楽しみです御父様!」
また太りますねぇとルルは小さく呟いた。
「で、なんで殿下がいるんですか?」
「招待されたから」
アイリスの対面に座ったセイン王子は分厚いステーキを切り分けている。
負けじと彼女も更に分厚い肉と格闘していた。これでは遊学先と変化がないと彼女はぼやく。
「お肉うまーい」
「肉は格闘技だねぇ」?
「なんですかそれ」訝しい目で王子に質問するアイリス。
「ん?自分の力で狩れる獲物がいちばん美味しく感じると聞いたことがあってね。」
「つまり私達は牛を倒せる気概を持ってるということですね?」
「……食欲失せるからやめろよ」
すぐ横でウィルフレッドが苦言する。
「あら、いたんですか兄様、ついでにただいま!」
「ひどいな!」
帰国歓迎の晩餐を終えてサロンへ移動した時、アイリスを呼び止める声がした。
「お父様?」父がいつになく真剣な眼差しで書斎へ来るよう言いつけた。
何事かと急いで向かえば、母と王子がソファに座っている。
不安が過るアイリスに悪い話ではないからと母が宥めて座るよう促す。
「いったいなんですの?怖いわ」
渋々と座るアイリスの横へ父がドカリと腰を下ろした。
嬉しいような悲しいような複雑な感情を抱えた顔を父はしている。勿体つけるその様子がさらに不安を煽る。
「……実はセイン殿下から婚約の打診を受けた」
「……え?」
思わず王子の顔を見るアイリス、バツが悪そうな笑みを浮かべるセイン王子に気まずくなる。
「ど、どうして……」
「それとなくアプローチはしてきたけれどね、知らないとは言わせない」
喉が渇いて苦しくなったアイリスは水を貰い一気に飲み干した。
「……ふぅ、いつも冗談半分で言うから……半信半疑でしたよ」
「それは、ごめん。やっぱり恥ずかしいからね濁してた部分は多い、でも本気だから」
それから沈黙が走り、気まずい雰囲気にのまれそうになった。
快活な母さえ押し黙っていた、父に至っては普段からチキン野郎だったので死にかけの虫のようだった。
「なぜ私なんですか?」
「ご両親の前で言わせるの?……無理……勘弁して。後で二人きりの時言うから」
二人きりなどさせませんよ、と母が威嚇したのは言うまでもない。
返事はサロンでとアイリスが言い出し、セイン王子の手を引いて部屋を出て行った。
残された両親はボソリと言う。
「ふつう逆じゃないかな?」
「そうよねぇ?」
だが論点がズレた内容を目にして彼女は頭を抱える。
「双子がいやなら第五王子をどうだときましたか……まだ8歳ですよね?」そういう問題ではないのにとアイリスは手紙を破り捨てる。
自分の周りはどうして神経を逆なでする人物ばかりなのだろうと嘆く。
王妃の人柄から政略結婚を進めるタイプには見えない。ならば理由は?
それは叔母から知る事になる。
「ロゼはね……愛のない結婚で王妃におさまったから、その反動かと思うの。王侯貴族では当たり前なのだけどね、彼女には愛した婚約者がいたの。でも叶わなかった。ちょうどアイリスと同じ年齢の頃、王家から妃候補に無理矢理仕立てあげられてね。実際は王の横恋慕が原因なのよ。わたしはポールと愛で結ばれたから気の毒で……」
叶えられなかった自分の恋をアイリスで疑似体験したいかのようだと叔母は言う。
「そんな……気の毒ですけど私の人生は王妃のものではないわ!」
「そうよね、ごめんなさい。彼女に代ってお詫びするわ。結局政略結婚を薦めてると気が付かないのよ」
叔母が頭を下げるが頭を振るアイリス、虚しいうえにさらに「妥協しないお前が悪い」と責めらてる気分になっていくのだ。
そこでアイリスは一度帰国することに決めた、拗れた関係諸々をリセットしたいと思ったのだ。
「半年にはちょっと早いけれどしかたないわ」
***
「……そういうわけで一旦帰国することにしたわ。レットと離れるのは寂しいのだけど」
「ううん、仕方ないわ。王妃の縁談攻撃は止まないのでしょ?逃げるのも手よ」
二人はしばしの別れを惜しみ抱き合って、お互いの背を叩き合った。
「スカーレット嬢、そこは私とかわって欲しいな」
セイン王子が恨めしそうに見る。
「やーよ!どうせ殿下は一緒に帰国して道中もイチャイチャするんでしょ!」
「レット、いちゃいちゃなんてしないから!別の馬車だから!」
大慌てで否定するアイリスにセイン王子は「ぐっ」と声をあげて胸を押さえた。
「心が痛い……リィの意地悪」
「しりません」
「相変わらずねぇ、あなた達……なんで進展しないの?」
それから二人は休学届を提出し、翌日には帰国の馬車に揺れていた。
一週間の旅路は優雅とはいかないが、それでもトラブル続きだった滞在を振り返れば安息の日々だ。
「ふへぇ~もうすぐ国境ねぇ」
「お嬢様、だらけ過ぎです」
ルルと二人きりの馬車の中はついつい素が出てしまうアイリス。
「だーって遊学中がハードすぎたのよ、変なのばかり絡んでくるから」
「……類友なのでは?」
なかなか痛いところを突いてくる侍女の言葉に白目を剥くアイリスである。
***
ベルグリーンを出て約7日、先触れを出しておいた侯爵邸は大歓迎ムードだった。
「おかえりリィ!少し痩せ……てないわねむしろ?」
「た、ただいま!お母様!鍛錬は毎日やってましたよ!ほんとです、見てくださいこの力瘤!」
若干ふくよかになった愛娘に安堵の表情で迎えた両親だ。
「うんうん、無事でなによりさ。今夜は御馳走だぞ!」
「わぁ!楽しみです御父様!」
また太りますねぇとルルは小さく呟いた。
「で、なんで殿下がいるんですか?」
「招待されたから」
アイリスの対面に座ったセイン王子は分厚いステーキを切り分けている。
負けじと彼女も更に分厚い肉と格闘していた。これでは遊学先と変化がないと彼女はぼやく。
「お肉うまーい」
「肉は格闘技だねぇ」?
「なんですかそれ」訝しい目で王子に質問するアイリス。
「ん?自分の力で狩れる獲物がいちばん美味しく感じると聞いたことがあってね。」
「つまり私達は牛を倒せる気概を持ってるということですね?」
「……食欲失せるからやめろよ」
すぐ横でウィルフレッドが苦言する。
「あら、いたんですか兄様、ついでにただいま!」
「ひどいな!」
帰国歓迎の晩餐を終えてサロンへ移動した時、アイリスを呼び止める声がした。
「お父様?」父がいつになく真剣な眼差しで書斎へ来るよう言いつけた。
何事かと急いで向かえば、母と王子がソファに座っている。
不安が過るアイリスに悪い話ではないからと母が宥めて座るよう促す。
「いったいなんですの?怖いわ」
渋々と座るアイリスの横へ父がドカリと腰を下ろした。
嬉しいような悲しいような複雑な感情を抱えた顔を父はしている。勿体つけるその様子がさらに不安を煽る。
「……実はセイン殿下から婚約の打診を受けた」
「……え?」
思わず王子の顔を見るアイリス、バツが悪そうな笑みを浮かべるセイン王子に気まずくなる。
「ど、どうして……」
「それとなくアプローチはしてきたけれどね、知らないとは言わせない」
喉が渇いて苦しくなったアイリスは水を貰い一気に飲み干した。
「……ふぅ、いつも冗談半分で言うから……半信半疑でしたよ」
「それは、ごめん。やっぱり恥ずかしいからね濁してた部分は多い、でも本気だから」
それから沈黙が走り、気まずい雰囲気にのまれそうになった。
快活な母さえ押し黙っていた、父に至っては普段からチキン野郎だったので死にかけの虫のようだった。
「なぜ私なんですか?」
「ご両親の前で言わせるの?……無理……勘弁して。後で二人きりの時言うから」
二人きりなどさせませんよ、と母が威嚇したのは言うまでもない。
返事はサロンでとアイリスが言い出し、セイン王子の手を引いて部屋を出て行った。
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「ふつう逆じゃないかな?」
「そうよねぇ?」
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