虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
7 / 23

しおりを挟む
「ねぇねぇセシー、おかしいわ。今日も硬い黒パンと水だけの食事なのよ!」
手抜きどころではない粗末な食事を出されて、メイドは何をやっているのだとロミーは癇癪を起す。今日のことばかりではなく十日ほど前から食事のレベルが下がり出していた。

内装だけは立派な別荘の食堂、愛し合う二人だけの晩餐だというのに、我儘ロミーは不満タラタラであった。それを宥めるようにセシルは手を上下に動かして言う。
「ここは山の別荘だ、食材を運ぶのには日数がいる。馬車を使っても五日はかかるんだ、少し耐えてくれないか?」
「往復で10日もかかるとして遅すぎるでしょ!今日の朝には届いてたはずだわ」

別荘で暮らし始めて約5カ月目、いままでは貧しい食事など出されたことが無いと掘り返して、ロミーは納得がいかないと怒った。そんな事情はセシルとて気が付いていた、だが”長雨で悪路になったせい””馭者が怠けているせい”と己に言い聞かせている。頭に浮かんだ疑念を「なにかの間違い」と押し込めて来た。

「パンがあるだけ有難い、綺麗な水だって市井の者は飲めないことがあると聞くよ。ボク達は恵まれているほうさ」
彼は窶れた頬を揺らして千切ったパンをもそもそと咀嚼した。彼の中に食生活を改善するという意識はなさそうだ。

いよいよ我慢ならなくなったロミーは「温かいスープと炙り肉が出ないなら食べない」と怒鳴って寝室へ行ってしまった。
それを無言で見送っていたセシルは「我儘も過ぎれば嫌悪の対象だな」と呟く。
「明日は山菜でも採らせようか」

セシルは頭は悪いが謙虚に生きることくらいは知っていた。
厳しい母に「末っ子の貴方は良縁に恵まれず市井に下る事になるかもしれない、辛いことがあっても慎ましく生きなさい」と散々言われて育った。
けれど、どうしてだかセシルは現実から目を背ける癖が付いてホラを吹くようになった。
勉強が嫌いなくせに修了したと親に告げ、友人たちには有りもしない貯蓄を自慢した。「出来た三男」となにも知らない周囲は認めてしまいオフェリアとの縁談が出た。それはすぐに裏切ったのだが。

長兄はなにもせずとも家を継げるし、次兄は祖母方の子爵を受け継ぐ。三男の自分だけ何も貰えない。
「どうしてボクは最後に生まれたのだろう」

***

貧相な晩餐から数日後。

ようやく荷が届いたが三級麦とクズ芋ばかりが荷台を埋め尽くしていた。
荷下ろしを手伝う下女は「またか気の毒に」と言う、通いの下女の家のほうが余程豊かな食事をしていたからだ。
当初は若夫婦と聞いて信じていたが、いまはワケアリの恋人と気づいてしまった。
これらのものはセシルが買ったものではない、実家からのお情けに過ぎないのだ。彼は働いていないし生活費がだせるわけもない。
下女が籠を持ち上げると隅の方に干し肉を見つけた、これがあるならスープができるだろうと安心した。
面倒な女主人もこれで大人しくなるだろうと思った。
「今日で暇を貰うけどねーあの子は調理できるのかな?」
馭者も下女も別荘を管理するために住み込んでいたが、セシルの親から退職金を貰い辞めることが決定している。
そうとは知らない彼らは今後どうするのか、下女は気の毒に思うもどうにもできない。

昼食のテーブルにスープが湯気を立てていたことにロミーは歓喜した。
「やっと仕事したようね!仕方ないから食べてあげる!」
糧への礼も述べず、いきなりスープ皿に飛びついて彼女は食べ始めた。食事のマナーなど気にする女ではない。塩気が少し足りないと文句だけは一丁前に言う。

「ロミー、落ち着いて食べて頬に色々付いていて汚いよ」さすがにセシルが窘める言葉を吐いた。だが大人しく受け入れる彼女ではない。
「あにお、ういにあべでいいえお!」
「……」
口にものを入れたまま喋るものだから聞き取りが困難で彼をイライラさせた。容姿だけは彼の好みだったが性格の悪さがだんだん露見して引いてしまうことが増えた。それでも愛情は持っている、惚れた弱みは続きそうだ。

彼は食事の手を止めて久しぶりに届いた日付の古い新聞を読むことにした。
父親の配慮に感謝してから面白い記事はないかと探す、すると2面に渡り王家の公表した記事に釘付けになった。

”国中がショック!アンネリ王女の真実”という見出しが目に飛び込む。
「な、長年娘として育てられた王子!?なんだこれは……ハハハ、王女の友人だったリアはさぞかし驚いたろうな」
他人事のように流し読みしていた彼だが、次の報せに目を剥いた。

『王女改めアルベリック第二王子が御婚約、お相手はコリンソン伯爵令嬢』
そんなバカなと声を荒げるセシルに対面にいたロミーがビックリする。
「むぐ……なにを慌てているの?せっかくの干し肉を堪能してたのに飲み込んじゃったわ」
「……キミの姉が、リアが王子と婚約したそうだ」
「はぁ!?噓でしょ!あんな平凡な顔のあの子が?私は信じませんからね」

ギャンギャンと咆える彼女に、王都新聞を読めと押し付けたが「字なんて読めないわ」と突き返された。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。

【完結】とある婚約破棄にまつわる群像劇~婚約破棄に巻き込まれましたが、脇役だって幸せになりたいんです~

小笠原 ゆか
恋愛
とある王国で起きた婚約破棄に巻き込まれた人々の話。 第一王子の婚約者である公爵令嬢を蹴落とし、男爵令嬢を正妃にする計画を父から聞かされたメイベル・オニキス伯爵令嬢。高位貴族を侍らせる身持ちの悪い男爵令嬢を正妃など有り得ない。しかし、大人達は計画を進め、自分の力では止めることは出来そうにない。その上、始末が悪いことにメイベルの婚約者もまた男爵令嬢の取り巻きになり下がっていた。 2021.9.19 タイトルを少し変更しました。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

【完結済み】婚約破棄したのはあなたでしょう

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のマリア・クレイヤは第一王子のマティス・ジェレミーと婚約していた。 しかしある日マティスは「真実の愛に目覚めた」と一方的にマリアとの婚約を破棄した。 マティスの新しい婚約者は庶民の娘のアンリエットだった。 マティスは最初こそ上機嫌だったが、段々とアンリエットは顔こそ良いが、頭は悪くなんの取り柄もないことに気づいていく。 そしてアンリエットに辟易したマティスはマリアとの婚約を結び直そうとする。 しかしマリアは第二王子のロマン・ジェレミーと新しく婚約を結び直していた。 怒り狂ったマティスはマリアに罵詈雑言を投げかける。 そんなマティスに怒ったロマンは国王からの書状を叩きつける。 そこに書かれていた内容にマティスは顔を青ざめさせ……

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。

直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。 それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。 真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。 ※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。 リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。 ※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。 …ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº… ☻2021.04.23 183,747pt/24h☻ ★HOTランキング2位 ★人気ランキング7位 たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*) ありがとうございます!

復縁は絶対に受け入れません ~婚約破棄された有能令嬢は、幸せな日々を満喫しています~

水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のクラリスは、婚約者のネイサンを支えるため、幼い頃から血の滲むような努力を重ねてきた。社交はもちろん、本来ならしなくても良い執務の補佐まで。 ネイサンは跡継ぎとして期待されているが、そこには必ずと言っていいほどクラリスの尽力があった。 しかし、クラリスはネイサンから婚約破棄を告げられてしまう。 彼の隣には妹エリノアが寄り添っていて、潔く離縁した方が良いと思える状況だった。 「俺は真実の愛を見つけた。だから邪魔しないで欲しい」 「分かりました。二度と貴方には関わりません」 何もかもを諦めて自由になったクラリスは、その時間を満喫することにする。 そんな中、彼女を見つめる者が居て―― ◇5/2 HOTランキング1位になりました。お読みいただきありがとうございます。 ※他サイトでも連載しています

婚約破棄をした相手方は知らぬところで没落して行きました

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢だったアンネリーは婚約者であり、侯爵でもあるスティーブンに真実の愛がどうたらという理由で婚約破棄されてしまった。 悲しみに暮れたアンネリーだったが、偶々、公爵令息のジョージと再会し交流を深めていく。 アンネリーがジョージと楽しく生活をしている中、真実の愛に目覚めたらしいスティーブンには様々な災厄? が降りかかることになり……まさに因果応報の事態が起きるのであった。

処理中です...