10 / 21
10
しおりを挟む
その後、メルゥは傷が癒えても、なんだかんだと理由をつけて騎士寮に寄生しようとした。終いには寮母として雇えとまで言い出したので身元引受人が現れるまで掃除婦をやらせることにした。したり顔の彼女だったがゴネ得とはいかない。
半月がかりで辺境村からやってきた彼女の母が、ダイビング土下座の勢いで謝罪して身柄を引き取った。
なにもない田舎へ戻るのは嫌だと泣き叫ぶメルゥだったが、騎士に簀巻きにされて馬車へ放り込まれる。そのままドナドナされていく彼女は王都へ戻ることはないだろう。
厄介払いができたことに安堵した騎士団、もちろんルチャーナとその父アダルジーザ公爵も僥倖だと胸のすく思いを述べた。しかし、彼らはあることを失念していた。
彼女メルゥが”子連れの物乞い”として徘徊していた理由と原因を。
平穏を取りもどしたと油断していたある日、招かれざる客がやってきた。
出入り自由に開放していた騎士団鍛錬場の在り方が仇となった、屈強な騎士達を相手に無法者が押しかけるなど誰が予想できただろうか。
いつものように白騎士を拝顔する集団の中に異物が混じっていた、埃と垢で汚れていたが元は上等であっただろう装束の親子が赤子を連れて観戦していたのだ。それは元貴族ラミロ親子に違いなかった。
異臭を放つその家族に婦女子たちが嫌がり罵りだした。うら若き乙女たちは浮浪者にしか見えない彼らを疎ましく思って当然だろう。
またもくだらない諍いが始まったと騎士達はウンザリした、だが余程のことがなければ仲介する義理はない。
場を纏めていた中尉と少尉がルディに屋内鍛錬に切り替えるよう指示をした。
「毎度自分のせいで申し訳ありません」
「いいや、お前は被害者だろう。そろそろ規制せねばなるまいと上が動いているところだ」
壁の隙間から見学することを暗黙の了解としてきたが、そうもいかなくなったと上官たちは苦笑する。
後ろから付いてきたビルが肩を竦めて言う。
「規制か、許可証なく出入りはできなくなるということか」
「……恐らく、外壁を修繕や頑強にするよりは予算はかからないだろう」
「そうだな、我らが王は税の使い道にはうるさいからな」
「不敬だぞ、民から預かる血税を大切にするお考えだろう、壁を直すより荒れた国道へ予算をふるべきさ。それに南方の町が川の氾濫に悩んでいただろう?水害で困らぬよう堤防を改善したほうが良い、まずはそっちが優先だ」
「はは、ルーらしい意見だ」
堅い話が苦手と見えるビルが違う話を振って来た、美しい歌姫がいる酒場に行かないかと誘うがあっさりふられる。
仕事をしろと、潰れた柄で頭を小突かれたビルは舌をだす。
「たまには良いじゃないか~なぁ?」
「いまは仕事!」
そんなやりとりをしていると騎士団の出入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。
誰かが叫び”通せ”と暴れているようだ、手順を踏み面会にきたようではない。
無法者が来ることがない為か、対応にあたるのが引退した老兵や事務官だったので舐めているのだろう。
怒鳴り声がドンドン激しく大きくなった、聞きつけた者達が門扉の方へ集まりだす。
多勢に無勢となったというのに来訪者は怯む様子がない、それどころか身分を名乗って恫喝している。
「触るな下賤が!私は伯爵家が三男ラミロ・アゴストだ!そして次期公爵となる者だ!」
「そうよ!バンビちゃんは騎士団総団長の娘の婚約者よ、控えなさい!そしてうちのメイドをかどわかした白騎士なる者を出しなさい!慰謝料と迷惑料を払わせるのよ!」
「そうだマッマの言う通りだ。女タラシの騎士を呼べ、そいつのせいで我が家は疲弊する事態になったのだぞ!クソッ!メルゥがいないとパンひとつ買えないのだ!高貴な私が五日も水しか口にしていないのだ!こんなことはあってはならない!」
とうに失った身分と3年前に自ら反故した婚姻の事情を宣うアフォ親子に、場にいた者は全員目を眇めている。
「やれやれ……」
やや遠目から様子を伺っていたルチャーナは不遜な態度を崩さない親子を見て呆れてしまう。
愚かな彼らは騎士団所属のほとんどが貴族だということを忘却しているようだ。特に上層の任に着く者は高位ばかりである。つまり、元伯爵家など相手にならない身分を持つ。
そして、騎士が先へ通さんと犇めくその合間から、白い頭を目ざとく発見したラミロが吠えた。
「おまえ!おまえだ!その白い頭のやさ男!メルゥを篭絡して攫った鬼畜野郎め!」
「は?」
名指しされたルチャーナは違う意味で驚いた、かつての婚約者の顔をすっかり忘れている軽い頭の男に動揺した。
「あ!あぁ、なるほど。夫婦揃ってとんだ勘違いをしたものだ、うむ!実にお似合いだね」
「ぐあぁあ!この野郎!」
話は噛み合わないが愚弄されたと取ったラミロはルチャーナに掴みかかろうとした。
だが、騎士らに阻まれて数歩動くこともままならない。
揉み合いとなったその場に、たまたま視察に来ていた第二王子が将軍と総騎士団長を伴って現れた。ルチャーナ達は敬礼を取って数歩離れた。面倒なことになったと視線を落とした。
「この騒ぎは……ふむ、騎士団に押し入る命知らずがいるとは面白い所に出くわしたぞ。長き歴史を紐解いてもこのような珍事は載っていないだろう、なぁ将軍?」
「はっ、実に愉快な事でございます。見たところ身分詐称をする詐欺師のようですね」
直ちに収束させよという王子の一声で騎士団総出でアフォ親子を捕縛した。ラミロ親子は悲鳴を上げる間もなく縛り上げられ地下牢へ放り込まれた。ただ、赤子だけは丁重に保護され孤児院へ引き取られるようだ。
「ところでこの珍事、ぜひ詳細を聞きたいな。ねぇ兄上も同席してね?」
王子殿下はなぜかルチャーナの真横に立つ平騎士に向かってとても良い笑顔を向けるのだった。
半月がかりで辺境村からやってきた彼女の母が、ダイビング土下座の勢いで謝罪して身柄を引き取った。
なにもない田舎へ戻るのは嫌だと泣き叫ぶメルゥだったが、騎士に簀巻きにされて馬車へ放り込まれる。そのままドナドナされていく彼女は王都へ戻ることはないだろう。
厄介払いができたことに安堵した騎士団、もちろんルチャーナとその父アダルジーザ公爵も僥倖だと胸のすく思いを述べた。しかし、彼らはあることを失念していた。
彼女メルゥが”子連れの物乞い”として徘徊していた理由と原因を。
平穏を取りもどしたと油断していたある日、招かれざる客がやってきた。
出入り自由に開放していた騎士団鍛錬場の在り方が仇となった、屈強な騎士達を相手に無法者が押しかけるなど誰が予想できただろうか。
いつものように白騎士を拝顔する集団の中に異物が混じっていた、埃と垢で汚れていたが元は上等であっただろう装束の親子が赤子を連れて観戦していたのだ。それは元貴族ラミロ親子に違いなかった。
異臭を放つその家族に婦女子たちが嫌がり罵りだした。うら若き乙女たちは浮浪者にしか見えない彼らを疎ましく思って当然だろう。
またもくだらない諍いが始まったと騎士達はウンザリした、だが余程のことがなければ仲介する義理はない。
場を纏めていた中尉と少尉がルディに屋内鍛錬に切り替えるよう指示をした。
「毎度自分のせいで申し訳ありません」
「いいや、お前は被害者だろう。そろそろ規制せねばなるまいと上が動いているところだ」
壁の隙間から見学することを暗黙の了解としてきたが、そうもいかなくなったと上官たちは苦笑する。
後ろから付いてきたビルが肩を竦めて言う。
「規制か、許可証なく出入りはできなくなるということか」
「……恐らく、外壁を修繕や頑強にするよりは予算はかからないだろう」
「そうだな、我らが王は税の使い道にはうるさいからな」
「不敬だぞ、民から預かる血税を大切にするお考えだろう、壁を直すより荒れた国道へ予算をふるべきさ。それに南方の町が川の氾濫に悩んでいただろう?水害で困らぬよう堤防を改善したほうが良い、まずはそっちが優先だ」
「はは、ルーらしい意見だ」
堅い話が苦手と見えるビルが違う話を振って来た、美しい歌姫がいる酒場に行かないかと誘うがあっさりふられる。
仕事をしろと、潰れた柄で頭を小突かれたビルは舌をだす。
「たまには良いじゃないか~なぁ?」
「いまは仕事!」
そんなやりとりをしていると騎士団の出入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。
誰かが叫び”通せ”と暴れているようだ、手順を踏み面会にきたようではない。
無法者が来ることがない為か、対応にあたるのが引退した老兵や事務官だったので舐めているのだろう。
怒鳴り声がドンドン激しく大きくなった、聞きつけた者達が門扉の方へ集まりだす。
多勢に無勢となったというのに来訪者は怯む様子がない、それどころか身分を名乗って恫喝している。
「触るな下賤が!私は伯爵家が三男ラミロ・アゴストだ!そして次期公爵となる者だ!」
「そうよ!バンビちゃんは騎士団総団長の娘の婚約者よ、控えなさい!そしてうちのメイドをかどわかした白騎士なる者を出しなさい!慰謝料と迷惑料を払わせるのよ!」
「そうだマッマの言う通りだ。女タラシの騎士を呼べ、そいつのせいで我が家は疲弊する事態になったのだぞ!クソッ!メルゥがいないとパンひとつ買えないのだ!高貴な私が五日も水しか口にしていないのだ!こんなことはあってはならない!」
とうに失った身分と3年前に自ら反故した婚姻の事情を宣うアフォ親子に、場にいた者は全員目を眇めている。
「やれやれ……」
やや遠目から様子を伺っていたルチャーナは不遜な態度を崩さない親子を見て呆れてしまう。
愚かな彼らは騎士団所属のほとんどが貴族だということを忘却しているようだ。特に上層の任に着く者は高位ばかりである。つまり、元伯爵家など相手にならない身分を持つ。
そして、騎士が先へ通さんと犇めくその合間から、白い頭を目ざとく発見したラミロが吠えた。
「おまえ!おまえだ!その白い頭のやさ男!メルゥを篭絡して攫った鬼畜野郎め!」
「は?」
名指しされたルチャーナは違う意味で驚いた、かつての婚約者の顔をすっかり忘れている軽い頭の男に動揺した。
「あ!あぁ、なるほど。夫婦揃ってとんだ勘違いをしたものだ、うむ!実にお似合いだね」
「ぐあぁあ!この野郎!」
話は噛み合わないが愚弄されたと取ったラミロはルチャーナに掴みかかろうとした。
だが、騎士らに阻まれて数歩動くこともままならない。
揉み合いとなったその場に、たまたま視察に来ていた第二王子が将軍と総騎士団長を伴って現れた。ルチャーナ達は敬礼を取って数歩離れた。面倒なことになったと視線を落とした。
「この騒ぎは……ふむ、騎士団に押し入る命知らずがいるとは面白い所に出くわしたぞ。長き歴史を紐解いてもこのような珍事は載っていないだろう、なぁ将軍?」
「はっ、実に愉快な事でございます。見たところ身分詐称をする詐欺師のようですね」
直ちに収束させよという王子の一声で騎士団総出でアフォ親子を捕縛した。ラミロ親子は悲鳴を上げる間もなく縛り上げられ地下牢へ放り込まれた。ただ、赤子だけは丁重に保護され孤児院へ引き取られるようだ。
「ところでこの珍事、ぜひ詳細を聞きたいな。ねぇ兄上も同席してね?」
王子殿下はなぜかルチャーナの真横に立つ平騎士に向かってとても良い笑顔を向けるのだった。
36
あなたにおすすめの小説
どうぞお好きになさってください
はなまる
恋愛
ミュリアンナ・ベネットは20歳。母は隣国のフューデン辺境伯の娘でミュリアンナは私生児。母は再婚してシガレス国のベネット辺境伯に嫁いだ。
兄がふたりいてとてもかわいがってくれた。そのベネット辺境伯の窮地を救うための婚約、結婚だった。相手はアッシュ・レーヴェン。女遊びの激しい男だった。レーヴェン公爵は結婚相手のいない息子の相手にミュリアンナを選んだのだ。
結婚生活は2年目で最悪。でも、白い結婚の約束は取り付けたし、まだ令息なので大した仕事もない。1年目は社交もしたが2年目からは年の半分はベネット辺境伯領に帰っていた。
だが王女リベラが国に帰って来て夫アッシュの状況は変わって行くことに。
そんな時ミュリアンナはルカが好きだと再認識するが過去に取り返しのつかない失態をしている事を思い出して。
なのにやたらに兄の友人であるルカ・マクファーレン公爵令息が自分に構って来て。
どうして?
個人の勝手な創作の世界です。誤字脱字あると思います、お見苦しい点もありますがどうぞご理解お願いします。必ず最終話まで書きますので最期までよろしくお願いします。
王家の面子のために私を振り回さないで下さい。
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。
愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。
自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。
国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。
実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。
ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。
振られたから諦めるつもりだったのに…
しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。
自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。
その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。
一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…
婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
“ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う
棚から現ナマ
恋愛
いままで虐げられてきたから “ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う? 侯爵令嬢のアイリス=ハーナンは、成人を祝うパーティー会場の中央で、私から全てを奪ってきた両親と妹を相手に “ざまぁ” を行っていた。私の幼馴染である王子様に協力してもらってね! アーネスト王子、私の恋人のフリをよろしくね! 恋人のフリよ、フリ。フリって言っているでしょう! ちょっと近すぎるわよ。肩を抱かないでいいし、腰を抱き寄せないでいいから。抱きしめないでいいってば。だからフリって言っているじゃない。何で皆の前でプロポーズなんかするのよっ!! 頑張って “ざまぁ” しようとしているのに、何故か違う方向に話が行ってしまう、ハッピーエンドなお話。
他サイトにも投稿しています。
姉の代わりになど嫁ぎません!私は殿方との縁がなく地味で可哀相な女ではないのだから─。
coco
恋愛
殿方との縁がなく地味で可哀相な女。
お姉様は私の事をそう言うけど…あの、何か勘違いしてません?
私は、あなたの代わりになど嫁ぎませんので─。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
妹の方がかわいいからと婚約破棄されましたが、あとで後悔しても知りませんよ?
志鷹 志紀
恋愛
「すまない、キミのことを愛することができなくなった」
第二王子は私を謁見の間に連れてきて、そう告げた。
「つまり、婚約破棄ということですね。一応、理由を聞いてもよろしいですか?」
「キミの妹こそが、僕の運命の相手だったんだよ」
「そうですわ、お姉様」
王子は私の妹を抱き、嫌な笑みを浮かべている。
「ええ、私は構いませんけれど……あとで後悔しても知りませんよ?」
私だけが知っている妹の秘密。
それを知らずに、妹に恋をするなんて……愚かな人ですね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる