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「孤児院に不届き者が押し入ったと?なんだそれは、攫って人買いにでも売るつもりではあるまいな!」
騎士団最高位大将が上がって来た報告書面に目を通して声を荒げる。軍務大臣を兼ねる大将は連日の国家会議で疲弊気味だったが怒りがカンフル剤になったようだ。
「はっ、当初は隣国で蔓延る奴隷商人らの仕業かと捜査しておりましたが、どうやら自国の賤民の単独のようです。」
「うむ、詳細を報告せよ」
大将の隣に控えていた中将が憲兵隊から派遣された伝令兵へ催促して手帳を開いた。義憤で歪む顔は人相の悪さを割増しにさせる。
「はい、続けます。現在王都には三カ所の孤児院が国営で設置されており、他二か所が貴族達の私営となっております。孤児の総数は先週の段階で124名です、悲しい数字です。これら五か所すべてに不審な動きをする老女が目撃されております、実害を受けたのは国営の一つコッラベルデ園です。」
「……続けよ」
「はい、賊は夜中2時に第一寝所棟に侵入。ここは乳児を含む3歳以下ばかりが保護されております。大胆にも職員のようなふりをして入室しております。巡回中の警備員が不振に思い園長を呼び出した所、不法侵入者と発覚しました。なんともマヌケな顛末でございます」
聞き入っていた将軍は感情を失った顔のままデスクに肘を突き深くため息をつく。
それから実害とやらを続けて聞いた、押し入った賊は初老の女で引き離された孫を取り返しにきたとほざいたという。
老女は赤髪の幼児を抱きかかえて激しく抵抗したという。貴族を名乗ったことからすぐに身元が知れることになった。誘拐騒動を起こした老女は”元アゴスト伯爵夫人であると面が割れたのである。
かつて騎士団に突撃して投獄された人物と聞いて二重に将軍たちを驚かせた。
「なんと豪胆な女だ、出所したばかりで罪を犯すとはな……うーむ、騎士団の門前で騒いだ程度だったから刑期が短すぎたか」
「止むを得ません、不敬程度では1週間から半月ほどの禁固刑で終わります。しかし、此度は誘拐未遂ですから重罪ですね」
中将が言葉を拾ってそう言った、大将はやや不満そうな顔をしたがすぐに真顔に戻る。
「して、孫というのは本当に存在したのか?」
「はい、親子が捕縛された後に一時預かりで孤児院におりましたが現在は養子にだされ縁組が締結しております。旧アゴスト伯爵の遠縁の男爵夫妻の息子になりました、子が成せなかったので大変歓迎されたとか僥倖ですね」
「うむ、子に罪はないからな、良い縁で幸せになることを祈ろう」
その後、有無を言わさず逮捕された老女は、再犯の恐れありと判断されて約15年の懲役につくことになった。
これは通常より重い刑である。
***
誘拐未遂事件で一騒動になった王都では戸締まりの強化が広まる。
比較的に治安が良いとされてきた国だったこともあり、民は恐れおののいた。
「ふ……平和ボケのツケが回ってきたということか」
午前の王城周辺警邏に当たっていたルチャーナはしなやかな身を反転させて元来た通路を戻る。警邏隊は3人一組で周るので足並みを揃える様は所作の美しさも求められる。
対面から別個隊と擦れ違い、一斉に敬礼を交わす。
洗練されたその様子を、街道を行き交う人々が見惚れては「良いものを見た」と口にし散っていく。
そして、美しい佇まいである王城は、外門周辺のみ観光客に開放していた。もちろん、門には近づけない。
眼光鋭い門兵たちを一瞥して民はそそくさと見学地を後にするのが通常だった。
午後1時過ぎ、警邏の交代をして休憩に入ったルチャーナは騎士団の食堂の隅で腕を組み船を漕いでいた。食後の茶を飲んで気が緩んだと見える。
「珍しいな、油断すると素がでちまうぞ」
「……あぁ、ビルか。そんなヘマするものか」
ルチャーナは惰眠の邪魔をされて、不機嫌そうに伸びをした。自室で仮眠をとるためにそのまま席を離れる。
待てと言ってその後を追うビルだが、全く相手にされていない。
部屋の前まで付いてきたビルに「鬱陶しい」とルチャーナは怒った。
ビルは捨てられた子犬の如く悄気て見せた、いかにも演技というワザとらしさにルチャーナは噴き出した。
「……ふぅ。話だけなら聞く、なんだ?私は疲れている」
「や、約束を……その」
ルチャーナは小首を傾げてハテと言った。ビルはやや赤くなって続ける。
「約束しただろ?教会なら行くと……」
「はぁ、慈善活動の同行ならすると軽口を言ったまでだが?いつどうするなど確約しておらん」
「ぐ……そうだけどさ。ルーは意外に意地悪だな」
口を尖らせて益々顔を朱に染めるビルに彼女は悪戯心をだしてしまう。
「そうか、わかった。午後の鍛錬で私から一本取れたら一考してやる」
「ほ、ほんとうか!?絶対だぞ!一緒に街へ出て教会と孤児院へ、それからカフェで茶だ!」
「おい、最後の茶とはなんだ。それは関係ないだろ」
「いいか!ぜーったい勝ってやるからな!」
「おい!聞けよ!」
尻尾をグルグルと回す犬ころのようにはしゃぐビルは、転がるように階下の食堂へ戻って行った。
「一考すると言ったんだが意味わかってるかな?……やれやれ」
騎士団最高位大将が上がって来た報告書面に目を通して声を荒げる。軍務大臣を兼ねる大将は連日の国家会議で疲弊気味だったが怒りがカンフル剤になったようだ。
「はっ、当初は隣国で蔓延る奴隷商人らの仕業かと捜査しておりましたが、どうやら自国の賤民の単独のようです。」
「うむ、詳細を報告せよ」
大将の隣に控えていた中将が憲兵隊から派遣された伝令兵へ催促して手帳を開いた。義憤で歪む顔は人相の悪さを割増しにさせる。
「はい、続けます。現在王都には三カ所の孤児院が国営で設置されており、他二か所が貴族達の私営となっております。孤児の総数は先週の段階で124名です、悲しい数字です。これら五か所すべてに不審な動きをする老女が目撃されております、実害を受けたのは国営の一つコッラベルデ園です。」
「……続けよ」
「はい、賊は夜中2時に第一寝所棟に侵入。ここは乳児を含む3歳以下ばかりが保護されております。大胆にも職員のようなふりをして入室しております。巡回中の警備員が不振に思い園長を呼び出した所、不法侵入者と発覚しました。なんともマヌケな顛末でございます」
聞き入っていた将軍は感情を失った顔のままデスクに肘を突き深くため息をつく。
それから実害とやらを続けて聞いた、押し入った賊は初老の女で引き離された孫を取り返しにきたとほざいたという。
老女は赤髪の幼児を抱きかかえて激しく抵抗したという。貴族を名乗ったことからすぐに身元が知れることになった。誘拐騒動を起こした老女は”元アゴスト伯爵夫人であると面が割れたのである。
かつて騎士団に突撃して投獄された人物と聞いて二重に将軍たちを驚かせた。
「なんと豪胆な女だ、出所したばかりで罪を犯すとはな……うーむ、騎士団の門前で騒いだ程度だったから刑期が短すぎたか」
「止むを得ません、不敬程度では1週間から半月ほどの禁固刑で終わります。しかし、此度は誘拐未遂ですから重罪ですね」
中将が言葉を拾ってそう言った、大将はやや不満そうな顔をしたがすぐに真顔に戻る。
「して、孫というのは本当に存在したのか?」
「はい、親子が捕縛された後に一時預かりで孤児院におりましたが現在は養子にだされ縁組が締結しております。旧アゴスト伯爵の遠縁の男爵夫妻の息子になりました、子が成せなかったので大変歓迎されたとか僥倖ですね」
「うむ、子に罪はないからな、良い縁で幸せになることを祈ろう」
その後、有無を言わさず逮捕された老女は、再犯の恐れありと判断されて約15年の懲役につくことになった。
これは通常より重い刑である。
***
誘拐未遂事件で一騒動になった王都では戸締まりの強化が広まる。
比較的に治安が良いとされてきた国だったこともあり、民は恐れおののいた。
「ふ……平和ボケのツケが回ってきたということか」
午前の王城周辺警邏に当たっていたルチャーナはしなやかな身を反転させて元来た通路を戻る。警邏隊は3人一組で周るので足並みを揃える様は所作の美しさも求められる。
対面から別個隊と擦れ違い、一斉に敬礼を交わす。
洗練されたその様子を、街道を行き交う人々が見惚れては「良いものを見た」と口にし散っていく。
そして、美しい佇まいである王城は、外門周辺のみ観光客に開放していた。もちろん、門には近づけない。
眼光鋭い門兵たちを一瞥して民はそそくさと見学地を後にするのが通常だった。
午後1時過ぎ、警邏の交代をして休憩に入ったルチャーナは騎士団の食堂の隅で腕を組み船を漕いでいた。食後の茶を飲んで気が緩んだと見える。
「珍しいな、油断すると素がでちまうぞ」
「……あぁ、ビルか。そんなヘマするものか」
ルチャーナは惰眠の邪魔をされて、不機嫌そうに伸びをした。自室で仮眠をとるためにそのまま席を離れる。
待てと言ってその後を追うビルだが、全く相手にされていない。
部屋の前まで付いてきたビルに「鬱陶しい」とルチャーナは怒った。
ビルは捨てられた子犬の如く悄気て見せた、いかにも演技というワザとらしさにルチャーナは噴き出した。
「……ふぅ。話だけなら聞く、なんだ?私は疲れている」
「や、約束を……その」
ルチャーナは小首を傾げてハテと言った。ビルはやや赤くなって続ける。
「約束しただろ?教会なら行くと……」
「はぁ、慈善活動の同行ならすると軽口を言ったまでだが?いつどうするなど確約しておらん」
「ぐ……そうだけどさ。ルーは意外に意地悪だな」
口を尖らせて益々顔を朱に染めるビルに彼女は悪戯心をだしてしまう。
「そうか、わかった。午後の鍛錬で私から一本取れたら一考してやる」
「ほ、ほんとうか!?絶対だぞ!一緒に街へ出て教会と孤児院へ、それからカフェで茶だ!」
「おい、最後の茶とはなんだ。それは関係ないだろ」
「いいか!ぜーったい勝ってやるからな!」
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