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ベーコンから染み出た油で芋と玉葱を炒めて大鍋に牛乳と湯を注いだ、ユラユラと登る湯気が外気にゆれる。
美味しい匂いがすると言って、孤児院から子供たちがワラワラと釣られてやってきた。
シスターの号令で手伝いを始める子供たち、とても慣れている。
炊き出しの前に彼らが昼ご飯を食べるためだ、白濁したスープと黒パンを配って食事が始まる。
シスターが恵に感謝の言葉を述べ、それに倣って皆が言葉を紡ぎ祈りを捧げ食べだした。
「行儀が良いんだな、感心する。騎士団のヤツらに見せてやりたいね」
「ははっ、そうだな。アイツらは粗暴すぎるから」
子供たちの食事が終わると、困窮者たちが食事に預かろうとポツポツ集まりだした。
彼らは懐から木皿を取り出してふたつの列を作った、年齢はバラバラだったが誰も彼も目が虚ろなのは同じだった。
用意したスープの具が満遍なく行き渡るようにとビルが大きな木杓を回す。
その合間を縫いシスターとルチャーナがお玉で掬い取って配った。
見慣れない人物に些か躊躇する人物もいたが、炊き出しは順調に進む。そして、開始から20分も過ぎた頃。
ギィギィと何かを回す音が近づいてきた、少し遠目でもわかった。
元婚約者のラミロだ、頬はだいぶコケて老け込んではいたがギラギラした厭らしい目は変わらない。
ルチャーナは少し気分が悪くなったが、平静を装って作業を続ける。
異変を感じたビルは攪拌するのを止めて彼女の横に並んだ、彼の気遣いに気が付いたルチャーナは申し訳なさそうに眉を下げる。
「気にすることはない、キミは毅然としてると良い。」
「うん、ありがとう」
知らず震えていた手をお玉の把手から離した、代ってビルがスープを配り始める。
ルチャーナはパンを配る補助にまわる、そしてギチギチと軋む不快な音が目の前に現れた。
落ち窪んだ目に黒い影を落としている、決して気のせいではない。死神にでも憑りつかれている顔だった。
「皿を渡して……あぁ膝の上でも構わない取りに行くから」
ビルがラミロが差し出した歪な皿を受け取ってスープを注ぎだした。
ルチャーナはパンを配る神父様の陰からラミロを盗み見た。
車椅子に斜めに凭れている彼は何かを抱きしめて撫でていた、よくよく目を凝らして観察すると干乾びた草束だとわかる、それは藁人形のようだ。
ラミロは襤褸切れをそれに着せて愛でているのだ、まるで己の子供のように。
彼の心は壊れてしまったのかとルチャーナは恐ろしくなった。所々解れて手垢で黒ずむ人形、それが余計に不気味さを醸し出している。横目に見ていた浮浪者が嫌そうに目を逸らす。
初見の者は呪われそうだと畏怖するに違いない。
神父様がスープ皿を受け取り黒パンを乗せてからラミロに手渡した。
ラミロは礼を言うでもなく痩せた右手で受け取った、動き辛かろうと神父様が車椅子の背後に周り動かしてあげた。
「あぁ……マッマ……あっちの木下でエタンと食べるよ……ふふふ」
「そうかい、動かしてあげよう。でも私はキミの母ではないよ神父のダドリだよ」
「えーそうなの。……ふふ、そうだねマッマは男じゃないものフフフフ、悪かったねダドリ神父」
右手に皿を左手には藁人形を抱いたラミロは愉快そうに笑いながら連れられて行った。
じっと観察していたルチャーナは、ふっと息を吐いた。
枯れた木下でもくもくと食事をとるラミロは”壊れたフリをしている”と看破した。
『追い詰められた輩はなにをするかわからない』
そう警告した父アダルジーザの言葉を反芻する、こちらが隙を見せれば何をしでかすかわからない。
逆恨みほど醜く怖いものはない、長く騎士職に就いている父の言葉は軽くない。
配膳が粗方終わった頃合いで、ルチャーナはビルに目配せした。
”仕掛けるのか?”と目で言っている、肯定するように彼女は静かに頷いた。
「ラミロ、お前の罪を暴いてあげる」
意を決したルチャーナはエプロンを剥ぎ取ると不気味な笑みを浮かべてアフォを演じる男に近づいた。
「やあ、久しぶり。ラミロ・アゴスト。いいや、元アゴストか、だって貴様には爵位がないものな。覚えてるかいヒョロガリ女のルチャーナ・サントリオだよ。ははっ貴様には敬語など使ってやるものか!恥知らず、気が触れたフリをして何を隠しているんだい?まぁ全部知ってるけどね」
藁人形を撫でていたラミロの目が最大限に見開かれた、最後の矜持が奪われた瞬間だった。
美味しい匂いがすると言って、孤児院から子供たちがワラワラと釣られてやってきた。
シスターの号令で手伝いを始める子供たち、とても慣れている。
炊き出しの前に彼らが昼ご飯を食べるためだ、白濁したスープと黒パンを配って食事が始まる。
シスターが恵に感謝の言葉を述べ、それに倣って皆が言葉を紡ぎ祈りを捧げ食べだした。
「行儀が良いんだな、感心する。騎士団のヤツらに見せてやりたいね」
「ははっ、そうだな。アイツらは粗暴すぎるから」
子供たちの食事が終わると、困窮者たちが食事に預かろうとポツポツ集まりだした。
彼らは懐から木皿を取り出してふたつの列を作った、年齢はバラバラだったが誰も彼も目が虚ろなのは同じだった。
用意したスープの具が満遍なく行き渡るようにとビルが大きな木杓を回す。
その合間を縫いシスターとルチャーナがお玉で掬い取って配った。
見慣れない人物に些か躊躇する人物もいたが、炊き出しは順調に進む。そして、開始から20分も過ぎた頃。
ギィギィと何かを回す音が近づいてきた、少し遠目でもわかった。
元婚約者のラミロだ、頬はだいぶコケて老け込んではいたがギラギラした厭らしい目は変わらない。
ルチャーナは少し気分が悪くなったが、平静を装って作業を続ける。
異変を感じたビルは攪拌するのを止めて彼女の横に並んだ、彼の気遣いに気が付いたルチャーナは申し訳なさそうに眉を下げる。
「気にすることはない、キミは毅然としてると良い。」
「うん、ありがとう」
知らず震えていた手をお玉の把手から離した、代ってビルがスープを配り始める。
ルチャーナはパンを配る補助にまわる、そしてギチギチと軋む不快な音が目の前に現れた。
落ち窪んだ目に黒い影を落としている、決して気のせいではない。死神にでも憑りつかれている顔だった。
「皿を渡して……あぁ膝の上でも構わない取りに行くから」
ビルがラミロが差し出した歪な皿を受け取ってスープを注ぎだした。
ルチャーナはパンを配る神父様の陰からラミロを盗み見た。
車椅子に斜めに凭れている彼は何かを抱きしめて撫でていた、よくよく目を凝らして観察すると干乾びた草束だとわかる、それは藁人形のようだ。
ラミロは襤褸切れをそれに着せて愛でているのだ、まるで己の子供のように。
彼の心は壊れてしまったのかとルチャーナは恐ろしくなった。所々解れて手垢で黒ずむ人形、それが余計に不気味さを醸し出している。横目に見ていた浮浪者が嫌そうに目を逸らす。
初見の者は呪われそうだと畏怖するに違いない。
神父様がスープ皿を受け取り黒パンを乗せてからラミロに手渡した。
ラミロは礼を言うでもなく痩せた右手で受け取った、動き辛かろうと神父様が車椅子の背後に周り動かしてあげた。
「あぁ……マッマ……あっちの木下でエタンと食べるよ……ふふふ」
「そうかい、動かしてあげよう。でも私はキミの母ではないよ神父のダドリだよ」
「えーそうなの。……ふふ、そうだねマッマは男じゃないものフフフフ、悪かったねダドリ神父」
右手に皿を左手には藁人形を抱いたラミロは愉快そうに笑いながら連れられて行った。
じっと観察していたルチャーナは、ふっと息を吐いた。
枯れた木下でもくもくと食事をとるラミロは”壊れたフリをしている”と看破した。
『追い詰められた輩はなにをするかわからない』
そう警告した父アダルジーザの言葉を反芻する、こちらが隙を見せれば何をしでかすかわからない。
逆恨みほど醜く怖いものはない、長く騎士職に就いている父の言葉は軽くない。
配膳が粗方終わった頃合いで、ルチャーナはビルに目配せした。
”仕掛けるのか?”と目で言っている、肯定するように彼女は静かに頷いた。
「ラミロ、お前の罪を暴いてあげる」
意を決したルチャーナはエプロンを剥ぎ取ると不気味な笑みを浮かべてアフォを演じる男に近づいた。
「やあ、久しぶり。ラミロ・アゴスト。いいや、元アゴストか、だって貴様には爵位がないものな。覚えてるかいヒョロガリ女のルチャーナ・サントリオだよ。ははっ貴様には敬語など使ってやるものか!恥知らず、気が触れたフリをして何を隠しているんだい?まぁ全部知ってるけどね」
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