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20(注意:残酷表現)
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切迫した人間とは時に信じられない力を発揮するという。
”火事場の馬鹿力”がそれだ、普段の力は30%程度に抑えられている、100%の力を使うと人体が壊れてしまうのでリミッターが自然に働くのだ。
いままさに追い詰められたラミロは生命の危機からか、とんでもない腕力を見せつけた。
鋼鉄製の手錠と足枷を引き千切り、信じられない俊足で目標物へ飛び掛かった。何事が起きたのか事態を把握するのに、警備していた者達は一歩遅れを取った。大失態と言える。
ざわつく広場の一角で突飛な事件が勃発した。
「どういうつもりだ、ラミロ。悪あがきは見苦しいぞ?」
背後を取られ、千切れた手錠の鋭利な先を頸部に押し当てられたルチャーナ。不覚をとったはずの白騎士は冷静な言葉を紡ぎ、悪漢に対応した。
「う、ウルサイ!すべてのケチの始まりはお前との婚約からだったのだ!お前がもっとマシな容姿の女だったら俺は人道を外れることはなかった!ずっと貴族として幸せに暮らしていられたんだぞ。忌々しい、何故お前だったんだ。美しい女はいくらでいるというのに!」
己の愚行を顧みず、全てをルチャーナに擦り付ける暴言はあまりに身勝手過ぎた。目の前の誘惑に負けて逃避したのはラミロの弱さであるが、それを認めようとはしない。
「ふん、問答する気は更々ないぞ。貴様がアフォなことはとっくに知っているからな」
「な、なんだと!この俺を愚弄するか!俺の生家は王族と結びがある高貴な血族なのだ!謝れ!」
その台詞は何度も聞いたとルチャーナは呆れかえる。
今となっては見る影もなくなった元伯爵家の威光に、縋って生きている愚鈍の相手するのが面倒だと思った。
「それで、何がしたいんだ。私を人質に取って恩赦を願うのか?残念だが国の法はそこまで甘くない。大罪人を許すくらいなら私と共に処するだろうな。」
ルチャーナの言葉にラミロは怯んだが、凶器を持つ手は緩まなかった。
「嘘を言うな!公爵家の娘を見殺しにするものか!特にお前を溺愛するアダルジーザが黙っていないだろう!だが俺も鬼ではない、俺の妻になるのなら許してやるぞ!そして俺は貴族に戻るのだ!さぁ命が惜しければここに宣言しろ、ラミロ・アゴストを伴侶にするとな!」
したり顔でそう宣うラミロは身分が貴族ならば極刑は免れると本気で思い込んでいる。一方で、相変わらず平然としているルチャーナは言った。
「私は騎士だ、どのような事があっても覚悟の上で望んだ職務だぞ?騎士の矜持の基に全うできるは誉なのだ、喜んで死のう」
「な、なななな……死を恐れないだ……と、そんなバカな!?」
優勢だと高を括っていたラミロだったが、人質を抱えていた腕に緩みができた。凶器を握る手には汗が滲み滑りかけている。
そして、それを見逃すほど白騎士は甘くなかった。
ルチャーナは腕を掴み取り渾身の力を込めてアフォをぶん投げた。
「へぶぎゃ!」
踏まれたカエルのような声を上げてラミロは伸びた、辛うじて意識があったのを見た彼女は止めとばかりに襲い掛かった。
「たしか俺の子を育てろだったか?巫山戯てくれるものだな、おい!」
愚鈍男の腹を幾度も蹴り上げ、宙に舞ったそれを殴って地に伏せた。それを繰り返すルチャーナの姿は狂気に満ちていた。
「ひぎぃ!悪かった……ふべっ、ご、ごめんばざい。ぐぎゃああ!」
汚い血の飛沫が散る度に見物していた民衆から歓声があがった。もっとやれと煽る声に白騎士は応えるように拳を揮った。
数分後、ラミロの顔は原型をとどめておらず、体中が青痣だらけだった。
「やり過ぎたか、これは始末書かな?」
しかし、白騎士は満足そうに笑って、愚者の身柄を看守へ渡した。
***
「定刻通り刑を執行する、最期に残したい言葉があれば調書に記そう」
黒衣を纏った執行人が淡々と規定通りの台詞を述べた。この時ばかりは刑を見守る野次馬たちも静かになる。
静寂の中、一陣の風が刑場に吹いた。
囚人のほとんどは何もないと首を振って、大人しく目隠しを受け入れた。
だが、やはりラミロだけが穴という穴から水を垂らして命乞いに必死だった。先ほどルチャーナにボコられて強打した体はすでに瀕死とも言えるのだが……。
「嫌だ―!嫌だ―!マッマ、マッマ助けてぇぇ!お願いだーーー!」
力まかせに暴れ狂う男に看守は5人がかりで抑え込んでやっと断頭台まで追い詰めた、ボロボロの身体のどこに余力があるのか見守る人々は頭を傾げる。
「許されざる罪を犯した者たちはここに粛清されます。そして彼らの魂は神の御許に帰ります、神よ、この不幸をどうか御赦しください。慈悲深き神に祈りを――」
派遣されてきた司教が厳かに祈りを捧げた。その最中もラミロの生き意地汚い断末魔の声が周囲に響いた。
「ぎゃぁあああ!死刑を止めろーーー!それでも神に仕える者かーーー!」
やがて咆え過ぎた彼は枯れた喉をヒーヒー鳴らすばかりになった。
頭部を抑え込む嵌め板が無慈悲に閉じられた。そして、ギロチンに繋がれるピンと張った縄に刃が添えられる。
午後15時00分。
「――執行」
”火事場の馬鹿力”がそれだ、普段の力は30%程度に抑えられている、100%の力を使うと人体が壊れてしまうのでリミッターが自然に働くのだ。
いままさに追い詰められたラミロは生命の危機からか、とんでもない腕力を見せつけた。
鋼鉄製の手錠と足枷を引き千切り、信じられない俊足で目標物へ飛び掛かった。何事が起きたのか事態を把握するのに、警備していた者達は一歩遅れを取った。大失態と言える。
ざわつく広場の一角で突飛な事件が勃発した。
「どういうつもりだ、ラミロ。悪あがきは見苦しいぞ?」
背後を取られ、千切れた手錠の鋭利な先を頸部に押し当てられたルチャーナ。不覚をとったはずの白騎士は冷静な言葉を紡ぎ、悪漢に対応した。
「う、ウルサイ!すべてのケチの始まりはお前との婚約からだったのだ!お前がもっとマシな容姿の女だったら俺は人道を外れることはなかった!ずっと貴族として幸せに暮らしていられたんだぞ。忌々しい、何故お前だったんだ。美しい女はいくらでいるというのに!」
己の愚行を顧みず、全てをルチャーナに擦り付ける暴言はあまりに身勝手過ぎた。目の前の誘惑に負けて逃避したのはラミロの弱さであるが、それを認めようとはしない。
「ふん、問答する気は更々ないぞ。貴様がアフォなことはとっくに知っているからな」
「な、なんだと!この俺を愚弄するか!俺の生家は王族と結びがある高貴な血族なのだ!謝れ!」
その台詞は何度も聞いたとルチャーナは呆れかえる。
今となっては見る影もなくなった元伯爵家の威光に、縋って生きている愚鈍の相手するのが面倒だと思った。
「それで、何がしたいんだ。私を人質に取って恩赦を願うのか?残念だが国の法はそこまで甘くない。大罪人を許すくらいなら私と共に処するだろうな。」
ルチャーナの言葉にラミロは怯んだが、凶器を持つ手は緩まなかった。
「嘘を言うな!公爵家の娘を見殺しにするものか!特にお前を溺愛するアダルジーザが黙っていないだろう!だが俺も鬼ではない、俺の妻になるのなら許してやるぞ!そして俺は貴族に戻るのだ!さぁ命が惜しければここに宣言しろ、ラミロ・アゴストを伴侶にするとな!」
したり顔でそう宣うラミロは身分が貴族ならば極刑は免れると本気で思い込んでいる。一方で、相変わらず平然としているルチャーナは言った。
「私は騎士だ、どのような事があっても覚悟の上で望んだ職務だぞ?騎士の矜持の基に全うできるは誉なのだ、喜んで死のう」
「な、なななな……死を恐れないだ……と、そんなバカな!?」
優勢だと高を括っていたラミロだったが、人質を抱えていた腕に緩みができた。凶器を握る手には汗が滲み滑りかけている。
そして、それを見逃すほど白騎士は甘くなかった。
ルチャーナは腕を掴み取り渾身の力を込めてアフォをぶん投げた。
「へぶぎゃ!」
踏まれたカエルのような声を上げてラミロは伸びた、辛うじて意識があったのを見た彼女は止めとばかりに襲い掛かった。
「たしか俺の子を育てろだったか?巫山戯てくれるものだな、おい!」
愚鈍男の腹を幾度も蹴り上げ、宙に舞ったそれを殴って地に伏せた。それを繰り返すルチャーナの姿は狂気に満ちていた。
「ひぎぃ!悪かった……ふべっ、ご、ごめんばざい。ぐぎゃああ!」
汚い血の飛沫が散る度に見物していた民衆から歓声があがった。もっとやれと煽る声に白騎士は応えるように拳を揮った。
数分後、ラミロの顔は原型をとどめておらず、体中が青痣だらけだった。
「やり過ぎたか、これは始末書かな?」
しかし、白騎士は満足そうに笑って、愚者の身柄を看守へ渡した。
***
「定刻通り刑を執行する、最期に残したい言葉があれば調書に記そう」
黒衣を纏った執行人が淡々と規定通りの台詞を述べた。この時ばかりは刑を見守る野次馬たちも静かになる。
静寂の中、一陣の風が刑場に吹いた。
囚人のほとんどは何もないと首を振って、大人しく目隠しを受け入れた。
だが、やはりラミロだけが穴という穴から水を垂らして命乞いに必死だった。先ほどルチャーナにボコられて強打した体はすでに瀕死とも言えるのだが……。
「嫌だ―!嫌だ―!マッマ、マッマ助けてぇぇ!お願いだーーー!」
力まかせに暴れ狂う男に看守は5人がかりで抑え込んでやっと断頭台まで追い詰めた、ボロボロの身体のどこに余力があるのか見守る人々は頭を傾げる。
「許されざる罪を犯した者たちはここに粛清されます。そして彼らの魂は神の御許に帰ります、神よ、この不幸をどうか御赦しください。慈悲深き神に祈りを――」
派遣されてきた司教が厳かに祈りを捧げた。その最中もラミロの生き意地汚い断末魔の声が周囲に響いた。
「ぎゃぁあああ!死刑を止めろーーー!それでも神に仕える者かーーー!」
やがて咆え過ぎた彼は枯れた喉をヒーヒー鳴らすばかりになった。
頭部を抑え込む嵌め板が無慈悲に閉じられた。そして、ギロチンに繋がれるピンと張った縄に刃が添えられる。
午後15時00分。
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