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一年後、春。
「所作が乱れております、さぁもう一度!」
行儀見習いの教師の厳しい声がホールに響く、ふらつく足を踏みしめて耐える姿をハラハラして見守るのは奥方とメイド達だ。
「ぐ、こんな初歩的なことができないなんて……」
頭に本を乗せてそろそろと歩を進め、己の未熟さにゲンナリするのはルチャーナである。
不揃いで艶が失せて短かった白髪は整えられ、背の真ん中くらいには伸びていた。
久しく女性らしい生活から離れていた彼女には、すべての動作が大雑把で荒く振る舞う癖が染みついていた。
優しく見守っている母リリアは「頑張ってルー!あなたなら淑女に戻れるわ!」と励ます。
「お母様~辛いです。扇ではなく剣を振りたいです」
泣き言を吐く娘に「声が男になってますよ!」と叱責の声が追って来る。男の声色に変えることに慣れてしまったルチャーナは慌てて女子に戻す。
「女子とはこんなに窮屈だったか?もう面倒臭くて嫌だよ!明日は鍛錬場へ行って良いでしょ?」
ルチャーナは愚痴を言って母親に泣きついた、しかし、帰って来た言葉に慈悲がなかった。
「あらあら、ルー。うちには広くて立派な庭があるでしょ。存分に暴れると良いわ、お父様が討ちこみ用の人形まで用意なさってくださったわ!至れり尽くせりよ」
むさい男だらけの騎士団寄宿舎に戻ることは断固反対されたのは言うまでもない。
女性騎士として職務を続けることは許可されているのだから、これ以上は我儘になる。
「うううう、結婚やめようかな……」
そう言って項垂れていた彼女に不穏なオーラを放って近づく人物がいた。そして、磨かれて銀糸のように蘇った白い髪に、薄桃色の花が飾られた。
「やぁルー。聞き逃せない言葉がキミの口から出たようだけど?」
少し不機嫌になった声色でビル改めサヴィノが耳元で囁いた。
「ぐ……いたのか、ビル」
「サヴィノだよ、間違えないでくれ俺の可愛い人。やっと口説き落としたというのに……またやり直しかな」
「悪かったよヴィー、この通りだから……人前で口説こうとするのは止めろ!」
顔を赤く染めて距離を取ろうとするルチャーナだが、サヴィノはグイグイと迫って行くのをやめようとしなかった。
初なルチャーナとじゃれつくサヴィノの様子を微笑ましいと母と侍従達は見物していた。
「あぁ、来年の今頃はルーの花嫁姿が見られるのねぇ。なんて幸せなのかしら!お孫ちゃんは3人は欲しいわ」
少し遅くなった愛娘の人生の門出を心待ちにしている母リリアは、己のことのようにウットリしている。
「お母様……妄想はやめて」
「あらぁ、予想よ。素敵な未来予想をしてなにが悪いの?でも、御祖母ちゃんになるのはちょっと抵抗あるわねぇ。でも幸せなのは変わらないわぁ!お孫ちゃんの世話なら任せて頂戴ねぇ♪」
「……」
一人で盛り上がる母に、何をいっても右から左であると娘は諦めた。何段飛びもしている母の言動はツッコミが追いつかない。
社交の場では鉄扇を振りまわしてやろうかとルチャーナは思った。
***
「捨てたと思っていた人生が……未だに信じがたいよ」
夕餉を終えた後、公爵邸のバルコニーで夜風にあたるルチャーナはそう呟いて上弦の月を見上げた。
寄り添うのはサヴィノ元王子である、彼は臣籍降下を望み時期公爵家当主になることにした。
王家は少し渋ったが快く見送り、公爵アダルジーザは複雑そうにそれを受け入れた。
「公爵には”俺の屍を超えろ”と怒鳴られる覚悟だったが、存外気が抜けたよ」
愛しい婚約者の銀糸をひとふさ掬って唇を落とすサヴィノは幸福過ぎて怖いとほざいた。
「はぁ……父上は母に敷かれているからな、大人しく認めるしかなかったのだろう」
やたらといちゃついてくるサヴィノの手をパシンと掃い、少し冷めた紅茶を嗜むルチャーナ。
「つ、冷たい……もうちょっと側にいてよ」
「嫌だ」
「ぬーーー、相変わらず素気なくてつれないなぁ」
それでも諦めずにジリジリと距離を詰めるサヴィノであるが、そっぽを向いている彼女の耳が真っ赤なことを月明かりで見てしまった。
「ルー、ひょっとして恥ずかしがり屋なのかな?それもかなり重度な……」
「う……言うな!……これが原因であのアフォとも険悪気味だったのだ!」
彼女は両手で顔を隠し、床に座り込んでしまった。初すぎるのも考え物だ。
だがサヴィノは折れなかった。
「ルー。俺はどんなキミでも愛せる自信があるよ、伸されて蹴られても好きだ。そもそも勇ましい姿に惚れたんだからね」
「ほ、ほんと?」
「うん、愛とはすべてを受け入れる心だと俺は思ってる。ルーは剣で負ける情けない俺を嫌う?」
サヴィノは恐ろしく整った顔で美しく微笑んだ。
「……ヴィー、私の心はとっくに貴方に奪われているよ、きっと出会った日から」
そして、躊躇いながら近づいた二つの陰は、一つに重なりあった。
煌々と照らしていた月明かりだったが、気まぐれな雲によって照れ屋の彼女達を隠した。
Fin
「所作が乱れております、さぁもう一度!」
行儀見習いの教師の厳しい声がホールに響く、ふらつく足を踏みしめて耐える姿をハラハラして見守るのは奥方とメイド達だ。
「ぐ、こんな初歩的なことができないなんて……」
頭に本を乗せてそろそろと歩を進め、己の未熟さにゲンナリするのはルチャーナである。
不揃いで艶が失せて短かった白髪は整えられ、背の真ん中くらいには伸びていた。
久しく女性らしい生活から離れていた彼女には、すべての動作が大雑把で荒く振る舞う癖が染みついていた。
優しく見守っている母リリアは「頑張ってルー!あなたなら淑女に戻れるわ!」と励ます。
「お母様~辛いです。扇ではなく剣を振りたいです」
泣き言を吐く娘に「声が男になってますよ!」と叱責の声が追って来る。男の声色に変えることに慣れてしまったルチャーナは慌てて女子に戻す。
「女子とはこんなに窮屈だったか?もう面倒臭くて嫌だよ!明日は鍛錬場へ行って良いでしょ?」
ルチャーナは愚痴を言って母親に泣きついた、しかし、帰って来た言葉に慈悲がなかった。
「あらあら、ルー。うちには広くて立派な庭があるでしょ。存分に暴れると良いわ、お父様が討ちこみ用の人形まで用意なさってくださったわ!至れり尽くせりよ」
むさい男だらけの騎士団寄宿舎に戻ることは断固反対されたのは言うまでもない。
女性騎士として職務を続けることは許可されているのだから、これ以上は我儘になる。
「うううう、結婚やめようかな……」
そう言って項垂れていた彼女に不穏なオーラを放って近づく人物がいた。そして、磨かれて銀糸のように蘇った白い髪に、薄桃色の花が飾られた。
「やぁルー。聞き逃せない言葉がキミの口から出たようだけど?」
少し不機嫌になった声色でビル改めサヴィノが耳元で囁いた。
「ぐ……いたのか、ビル」
「サヴィノだよ、間違えないでくれ俺の可愛い人。やっと口説き落としたというのに……またやり直しかな」
「悪かったよヴィー、この通りだから……人前で口説こうとするのは止めろ!」
顔を赤く染めて距離を取ろうとするルチャーナだが、サヴィノはグイグイと迫って行くのをやめようとしなかった。
初なルチャーナとじゃれつくサヴィノの様子を微笑ましいと母と侍従達は見物していた。
「あぁ、来年の今頃はルーの花嫁姿が見られるのねぇ。なんて幸せなのかしら!お孫ちゃんは3人は欲しいわ」
少し遅くなった愛娘の人生の門出を心待ちにしている母リリアは、己のことのようにウットリしている。
「お母様……妄想はやめて」
「あらぁ、予想よ。素敵な未来予想をしてなにが悪いの?でも、御祖母ちゃんになるのはちょっと抵抗あるわねぇ。でも幸せなのは変わらないわぁ!お孫ちゃんの世話なら任せて頂戴ねぇ♪」
「……」
一人で盛り上がる母に、何をいっても右から左であると娘は諦めた。何段飛びもしている母の言動はツッコミが追いつかない。
社交の場では鉄扇を振りまわしてやろうかとルチャーナは思った。
***
「捨てたと思っていた人生が……未だに信じがたいよ」
夕餉を終えた後、公爵邸のバルコニーで夜風にあたるルチャーナはそう呟いて上弦の月を見上げた。
寄り添うのはサヴィノ元王子である、彼は臣籍降下を望み時期公爵家当主になることにした。
王家は少し渋ったが快く見送り、公爵アダルジーザは複雑そうにそれを受け入れた。
「公爵には”俺の屍を超えろ”と怒鳴られる覚悟だったが、存外気が抜けたよ」
愛しい婚約者の銀糸をひとふさ掬って唇を落とすサヴィノは幸福過ぎて怖いとほざいた。
「はぁ……父上は母に敷かれているからな、大人しく認めるしかなかったのだろう」
やたらといちゃついてくるサヴィノの手をパシンと掃い、少し冷めた紅茶を嗜むルチャーナ。
「つ、冷たい……もうちょっと側にいてよ」
「嫌だ」
「ぬーーー、相変わらず素気なくてつれないなぁ」
それでも諦めずにジリジリと距離を詰めるサヴィノであるが、そっぽを向いている彼女の耳が真っ赤なことを月明かりで見てしまった。
「ルー、ひょっとして恥ずかしがり屋なのかな?それもかなり重度な……」
「う……言うな!……これが原因であのアフォとも険悪気味だったのだ!」
彼女は両手で顔を隠し、床に座り込んでしまった。初すぎるのも考え物だ。
だがサヴィノは折れなかった。
「ルー。俺はどんなキミでも愛せる自信があるよ、伸されて蹴られても好きだ。そもそも勇ましい姿に惚れたんだからね」
「ほ、ほんと?」
「うん、愛とはすべてを受け入れる心だと俺は思ってる。ルーは剣で負ける情けない俺を嫌う?」
サヴィノは恐ろしく整った顔で美しく微笑んだ。
「……ヴィー、私の心はとっくに貴方に奪われているよ、きっと出会った日から」
そして、躊躇いながら近づいた二つの陰は、一つに重なりあった。
煌々と照らしていた月明かりだったが、気まぐれな雲によって照れ屋の彼女達を隠した。
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