(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)

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本邸の妻は発起する

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ガバイカ伯爵家本邸の使用人は執事、侍女、メイド、フットマン、料理人、馭者、庭師、護衛を合わせて13名に絞った。
記憶にある私の庶民感覚を駆使して無駄を排除した結果、必要最低限の人材に抑えたわ。

ちなみに離れこと別邸の使用人は15名ほどいるそうだが、そちらの給金の負担はイーライが被る。
事業が縮小気味とはいえ、慎ましく生活していれば問題はないでしょう。
泣きついてきたとしても知ったことではない、互いに不干渉というのがルールなのだから。


さて、本邸では夏に向けて衣替えとカーテンと敷物の張替えで忙しい。
お花畑さんたちにかまっている暇はないし、興味もない。


それに私は使用人たちを養うための資金繰りをしなくてはならない。
実父へ頼めば簡単なことだが、それでは意味はないのよ。

「蔑ろにされた嫁が自活してこそ、最大の復讐になるのだものね!気張るわよ!」
卒倒して以来蘇った記憶というものを書き綴ったノートは15冊ほどになった。

精査した結果、どうでも良い事と仕事の役に立ちそうなものを仕分けした。
そうよ、私は職業婦人になるの!

とはいえ、事務員などでは碌に稼げない、なにかを発起するなら資金も必要だわ。
なので蘇った記憶をフル活用できる仕事をすることにしたの。

これまで貯め込んでいたお小遣いを資本にすぐに動けそうな職種、小規模事業について調べるのに余念がない。
元のネタは良くわからないが『刑事は足で稼ぐ』をノートから見つけて参考にした。


恐らくドラマとやらの影響だと思う、なにか四角い箱から映像が流れるという朧げな記憶。
楽しかったりハラハラしたりできる魔法の箱だった気がする。
いま生きている現実には存在しないその不思議絡繰りは、テレビというのだ。たぶん。
写真を連写して動かすというイメージはなんとなくわかっているが仕組みはさっぱりだ。
ハッキリしないところを考察してみると、特別な職業に就かないとわからない技術なんだと思うわ。


「足で稼ぐわよ!」
従者たちはわけがわからないことを言いだした主に訝しい顔をしたが、気にしない。
護衛だけをつけて、街を歩き様々な店舗を訪ねてまわる。
街を知って人を知る、世間がなにを求めて動いているのか理解しなければならない。
市場調査というには大袈裟だけれどね。

流行り物は消えるのが早い、特に貴族は真新しいものに貪欲だった。


それで、集めた情報を色々と整理した結果。
なんというか国全体が時代遅れという感想になった。
生活も娯楽も非常に水準が低いのよ。

特に女性向けの日用品があまりにも少ないことを知ったわ。
ドレスと宝飾にばかりお金が動いている。これはチャンスがあると踏んだ。

私が頭痛と格闘して蘇った記憶ノートはお宝に化けるに違いない。

記されていた美容に関する事と食に関することはかなり細かく利用できると思う、蘇ったという表現が正解かは疑問だけどそこは仕方ない。色々と書物を読み漁ったが私のような体験をした人の記録はどこにもなかったの。
一時は”詰んだ”と思い途方に暮れたけれど、夢なのか妄想なのかどうでも良い。

そして、私程度の小娘が出来そうな事はかなり絞れてきたわ。

自力でできることは限られるけれど、立ち止まってはなにも始まらないわ。
どうしようも無くなったら実家を頼ろうと思う、けれどそれは最終手段よ。

書き溜めたノートにはやたら美容サロン、エステなどの言葉がたくさんあった。
より細かく思い出そうとすると頭痛がして吐き気が酷かった。だけどめげていられない。

でも、耐えて得た記憶情報は素晴らしい知的財産になるだろうと確信したの。
苦痛の対価に得たそれはきっと役にたつわ。


一番得意そうな美容というものを仕事にできないか毎日考えた。
「ふむ、基本となる素材はこれね……それから保湿効果のあるものは代用できるかしら」

頭に浮かび上がる美容液の素材をたくさん書きあげた。

だからといって必要となる物資がすぐに手に入るはずもない。
順風満帆とはほど遠いと思うけど頑張るわ。


「うん、やっぱり安価に手に入るのはスクワランね。これに合う香料を取り寄せないと」
唸りながらノートにしがみ付く私に侍女が不思議そうに見ていた。

幾度が質問されたが言葉を濁すしかない。
サメの油だなんて言ったらきっと卒倒するに違いない、しかもそれを女性の柔肌に塗るなど。

サメは万能なのよね、身はたんぱくで美味しい。加工品にもなるわ。
肝油は美容にも健康にも効果あるわ。たしかサメ油を飲むという習慣が漁師町にあったと思う。
抽出には手間がかかるけど面白そう、癖があるから香を付けなきゃ。

「えーと、柑橘系にハーブは欠かせないわよね。そうだ!庭師にハーブの育成を頼もうかしら、特別手当を支給すればやってくれるかな?それとも助手を増やそうかしら」

一人で盛り上がる私に壁に控えていた侍女とメイドが何故かソワソワしだした。
少し目が疲れて肩も凝ったから、一区切りつけて紅茶を頼むことにしたわ。

すると――。

「あ、あの奥様!ハーブを育てると御手当てが貰えるのですか?」
おずおずと聞いてきたのはメイドの子だった。たしか準男爵家から行儀見習いを兼ねて働いてる。
紅茶を淹れていた侍女も手を止めて食いつく。

ちょっと!落ち着いてちょうだい!

「えーっと……臨時収入が欲しいのかしら?」
半分に満たないままのカップを手にとって相手の出方を見ることにしたわ。
熱めの紅茶が舌を滑る、そろそろ冷茶が欲しい季節ね。

「お役に立てるのであればなんでもします!」
「わ、私も!ハーブならば自宅で栽培してました。うちは貧乏な子爵家ですので」

メイドと侍女が我こそはの勢いでアピールしてきて吃驚した。
そうか、うん。

女性なら美容にも関心は高いわよね。しかも小遣い稼ぎもできちゃうのだから食いつくに決まってる。
私は思いがけず良い協力者が出来た事にとても嬉しくなった。


「それじゃ私の計画の一端を説明するわね?」
「「はい!奥様!」」
そう侍女たちに教えるのはほんの僅かだけよ。どこから漏れて足元を掬われるかわからないもの。

半月後、私は本格的に事業を立ち上げる為に奔走することになるのだ。
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