キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩

文字の大きさ
10 / 46

9.友達になろう

しおりを挟む


 ――真っ暗闇の公園を出たあと、刈谷くんを自宅に招いた。
 あのまま外にいたら風邪を引いちゃうし、隣の家ならすぐ帰れる。
 自分にできることを探していたら、この程度しか見つからなかった。

「手料理、あんまり上手じゃないけど、よかったら……」

 夕飯用に作ったコンソメスープをテーブルに置いた。
 彼はイスに座った。
 スプーンでスープをすくい、フゥフゥしながら口へと運ぶ。

「わっ、うまっ……!」

 冷えた体に、温かいスープ。
 よほどお腹が空いていたのか、スプーンを動かす手が止まらない。
 私は向かいのイスに座り、ふっと笑みをこぼす。
 
「辛いことがあった日は、このスープを飲んでるんです。しょっぱさが涙を押し込んでくれるから」

 テーブルにコンソメスープが並んだ日は、我慢を重ねた日。
 家族はその事実を知らない。
 心の中だけの秘密。

「……なにがあったか聞かないの?」

 彼はスープカップに触れたまま俯く。
 たぶん、私がさっき心配だったって言ったから。
 静かに首を振った。

「聞いちゃいけないと思ってます」

 本当は、公園に居たときに聞きたかった。
 でも、喉の奥の蓋が最後まで開かなかった。

「どうして?」
「刈谷くんの背中が、そう言ってたので……」

 気持ちを素直に言える人と、言えない人がいる。
 私は後者。
 無理に聞きたくない。

「そっか。ありがと」

 彼は薄く微笑んだ。
 でも、私は感謝されるほど力になっていない。

「ねぇ、日下部のどこが好きなの?」

 質問があまりにも急だったせいか、胸がドキンと鳴った。
 刈谷くんに心の中を知られるのが怖くて、キッチンへ向かった。
 作業台に手をつく。

「……そんなの言えません」

 声を絞り出し、短く答えた。

「どうして?」
「だって、私たち友達じゃないですし」

 話しても、恋心なんてわかってもらえない。
 胸の中にしまっておけばいい。

「ミナはそうじゃなくても、俺は友達だと思ってる」

 胸元でぎゅっと拳を握った。
 黙っていると、彼は上目を向ける。

「どうして友達になれないの?」
「……気づいていますよね。みんなは簡単に人をバカにする。私のそばにいたら迷惑がかかります。それに、ママだって……」

 ハッと目を見開いて、口元を手で覆った。
 感情的になっていたせいか、余計なことを喋ってしまった。
 換気扇の音が、心と同じように室内を揺らす。

「一人で頑張ってたら辛くなるよ。俺みたいに」

 ゆっくりと振り返る。
 彼は目を合わせて、口元を微笑ませた。

「迷惑かけていいよ」
「えっ」
「……だから、友達になろう」

 その言葉が、私の心にふわりと新しい風を送った。
 迷惑かけていい――なんて言ってくれた人、初めてだから。
 でも、嬉しかった。

「なに、それっ……! 友達になる意味とぜんぜん繋がらないよ」

 クスクスと笑っていると、彼は「ごちそうさま」と言って、スープ皿を持ってキッチンへ。
 シンク内にゆっくり下ろすと、にこりと微笑んだ。

「笑うとかわいいじゃん」
「へっ?!」

 突然変なことを言うから、目が飛び出しそうなほどびっくりした。

「もっと自信持って。おまえは、自分が思ってる以上にいい奴だから」

 自分は価値がない人間だと決めつけていた。
 でも、彼は弱いところもしっかり受け止めてくれる。
 そんな優しさに、心の霧が少しずつ晴れていく。

「そっ、そんな……。私なんて、ぜんぜん……」

 恥ずかしくて俯いていると、彼は再びテーブルへ。

「俺は知ってるよ。ミナの強いところも、弱いところもね」

 心臓がトクンと鳴った。
 初めて会った日に抱いた彼への警戒心は、もうすっかり溶けていた。

 空になったスープ皿は、私たちの心の涙を乾かしているかのようだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...