26 / 46
25.肩越しのぬくもり
しおりを挟む――バイトから帰宅すると、刈谷くんは家の前に座っていた。
柵の外は冷たい雨。彼の表情も、その冷たさに紛れ込んでいるように見えた。
家の前に進むと、彼は気づいて立ち上がった。
「ごめん。悩んでたら、ここに来てた。話……聞いてもらってもいいかな」
これまで時おり見せていた、影を被っている表情。
私は軽くうなずいて、家に招いた。
彼をソファーに座らせた。
キッチンで煮込んだコンソメスープを温め、彼の前へ。
「よかったら、どうぞ」
「ありがとう」
部屋に充満している、コンソメスープの香り。
彼の隣に座ると、彼はフゥフゥしながらスープを飲み始めた。
それを眺めながら、彼の悩みを探していた。
でも、見つからない。
彼はスープを飲み干した。
カップを見つめ、口を開く。
「実は、半年前まで彼女がいて。そいつと別れた理由が風華だって、さっき知ったよ」
胸の奥に、小さな針が刺さったような痛みに襲われた。
「そんな……」
「別れるように脅されてたって。さすがにこればかりは引いたよ」
彼は小さくため息をつき、悲しそうに笑った。
「別れたときは、気持ちを整理するのに必死だった。プレゼントしてもらったものや写真とか……捨てられなくて」
彼女を大切にしていたことが、痛いほど伝わってくる。
「いまは、よりを戻したいと言われて混乱してる」
なぜか時計の秒針が聞こえなくなるほど、心臓の音が耳の奥に響き渡った。
「……刈谷くんは、彼女のこと……まだ忘れられない?」
聞くつもりはなかった。
でも、答えを早く見つけたいような気がして、私の口から言わざるを得なかった。
「えっ」
彼は驚いたように見上げた。
残念ながら、私は目が合わせられず、キッチンのシンク前に向かった。
これ以上言いたくない。
けれど、友達としての自分がいる。
「気持ちが残ってるから、迷う……んだよね」
「ミナ……」
「だったら、ちゃんと考えてあげないと。好き……だったんだよね」
彼はスープ皿を持って立ち上がり、キッチンに向かってきた。
私の隣で、シンクにゆっくりとスープ皿を下ろす。
返事を聞く覚悟がまだない。
彼の心が少しずつ変わってしまいそうで、怖かった。
「……ごめん、ちょっと風邪引いたかも」
勢いよく蛇口をひねった。
シンクで飛び跳ねてきた水が、やけに冷たい。
「大丈夫?」
「心配しなくていい」
「でもっ!」
「……ごめん。今日は帰ってくれないかな」
彼が心配してくれてるのに、直視できなかった。
「看病するよ。食器は俺が――」
「これくらい自分でできるから」
脈が暴れて、イライラする。
「具合悪いときくらい、俺に任せ……」
「大丈夫。一人でできるから!」
無意識のうちに、声を張り上げていた。
後悔したときには、すでに遅し。
彼は驚いたように目を丸くする。
サーーーー……。
流水音が、やけに耳に残った。
……相談、してくれたのにね。
「ごめん、一人でいさせて……」
現実から逃げるように、目をぎゅっとつぶる。
彼は一旦離れ、カサッと音を立てたあとに私のすぐ後ろで足を止め、私の肩になにかをふわりと重ねた。
首を傾けて見ると、ソファーに置いていたブランケットがかけられている。
『風邪引いたかも』って言ったから、きっと私が寒いと思っていたのかもしれない。
「じゃあ、ちゃんと薬飲んでね。お大事に」
ゆっくり振り返ると、彼は部屋を出ていった。
そんな小さな優しさに、胸が熱くなる。
「……っ!」
ふわふわのブランケットをぎゅっと掴んで、唇を噛み締めた。
……結局、関係が変わってしまうことを恐れて、なにも力になれなかった。
今度は私が刈谷くんを助けてあげたいと思っていたのに。
シンクには、空っぽになったスープ皿。
コンソメの香りは、まだ残っているのに――。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる