キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩

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31.それ以上でも、それ以外でもない

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 ――ミナと気持ちがすれ違った日の夜、ミナから一本のLINEが入る。
 俺は彼女の家のインターフォンを押すと、彼女は扉から出てきた。
 今朝彼女の首に巻いたマフラーを、目の前に差し出される。

「マフラーありがとう。すごく温かかった」

 今朝とは表情が一変。
 少しやさしい目つきになっていたことに少し驚く。
 俺は笑顔でマフラーを受け取る。

「さっきママと話し合ったの。ママには、ママの考え方があったんだって。大切にしてもらえなかったわけじゃなかったみたい」

 わだかまりが解けたみたいで、ホッとした。

「少しは心のつかえが取れた?」
「うん。気持ちを伝えないことですれ違ってた。刈谷くんの言う通り。これからはもう少し広い視野で考えてみようと思う」

 少し前向きになった彼女を見て、微笑ましく思った。
 すると、ポケットの中のスマホ鳴る。
 取り出すと、一本のLINE通知が。
 自然と笑みがこぼれた。

「なにかいいことあったの?」

 ミナは首を傾けた。

「内緒」
「えぇっ、教えてよ~」

 LINEは、ミナの母親からだった。
 『ミナと和解できました』と書いてある。

 あれは、引っ越し当日。
 ミナの家の前で、偶然ミナの母親と再会した。
 会ったのは卒業以来。不思議と話が止まらなかった。
 彼女は俺が娘と一緒の高校に通うことを知ると、『少し気にかけてあげてね』と。
 たぶん、あれは挨拶の延長線上だった。
 でも、彼女に恩返しがしたかった。

「実はさ、ミナに言われて考えてたんだ」

 軽く視線を落として、呟いた。
 恩返しはもう終わり。
 ミナはもう一人で歩いていける――俺がうしろから支えなくても。
 だから、決めた。

「なんのこと……?」
「追いかける人、違うって言われて、たしかにそうだなって」

 一つ一つ丁寧に伝えているけど、少し息苦しい。

「紗穂とはわだかまりが解けて気にしてあげなきゃいけないのに、ミナばかりに頼ってた」

 ミナがいつもそばにいたから。

「自分で考えなきゃいけない問題なのに、ミナに丸投げするのはなんか違うなって」

 ミナの表情に影が宿り、ふいっと目線を逸らした。
 ここ数週間で、ミナは変わった。
 俺の支えは、必要ないくらい。

「紗穂のことは俺自身の問題だから、これからは自分で解決するよ」

 もう決めた。
 今度は自分が前に進む番だ――ミナに負けないように。

 お助け券は一度も使われなかった。
 お守り程度にはなったかな。
 なんて思いつつも、ミナの表情が気になってしかたない。
 ミナは軽くまぶたを伏せて、首を振った。 

「……私も、そうした方が……いいと思う」

 低く落ちた声。
 俺はマフラーをぎゅっと握りしめた。

「じゃ、おやすみ」

 彼女に背中を向けて歩いた。
 しかし、少し進んだところで足音が鳴り、服の裾が引っ張られる。
 すかさず振り向く。
 ミナは目をハッとさせ、ビクッと体を揺らした。

「……あ、ごめん。私ったら、なにしてるんだろ……」

 瞳を揺らせたまま、俯いている。

「ミナ……」
「本当になんでもない」

 引き止めた理由が知りたかった。
 でも、それを聞いたら、俺たちの関係が壊れてしまいそうな気がした。
 ミナは背中を向けた。
 小さく肩を落とし、俺にギリギリ届くくらいの小さな声で呟く。

「……私たち、なにも変わらないよね」

 俺が離れていくと思ったのだろう。
 不安を背負ってる背中が、やけに小さく見えた。

「変わらないよ」

 このひとことが、彼女の心に届いてくれるだろうか。

「じゃあ、おやすみなさい……」

 ミナはそっと指を離して部屋に入っていった。
 ……これでいい。
 俺らは友達。
 それ以上でもそれ以下でもない。

 大きく息を吸って、空を見上げた。 
 三日月が、やけに静かに白く輝いていた。
 俺の心を見透かしてるかのように。

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