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35.救われた日から、恋は始まった
しおりを挟む――私は家に帰宅して、傘を畳み、玄関に立った。
土砂降りの雨音が、扉一枚挟んでいても背中に叩きつけてくる。
うるさいと思っても、雨音は鼓膜を刺してきた。
『……心配? 形が違うだろ。おまえのは、思いやりとは思えない』
お兄ちゃんは間違ってる――。
心配だから、いつも部屋で待ってた。
心配だから、紗穂さんと別れさせた。
心配だから、ミナさんに近づかないように忠告した。
それを言おうと思った。
でも、お兄ちゃんは自分を正当化しそうで、言えなかった。
産みの母親は、実の兄ばかりかわいがっていた人。
離婚のとき、「お兄ちゃんの隆を引き取る」って言ったときは、体の震えが止まらなかった。
平等に愛してくれていれば、きっといまとは違う。
新しい服や物は兄に買い与え、私のは全部お古。
性別は違うのに、青や緑の飾り気のないものばかり。
その時点で、存在することに意味があるのか、見失っていた。
でも、命を救ってくれたのは、いまの兄である刈谷聡太。
こんな私でも、助けてくれる人がいるんだと思って、恋をした。
最初は気づいてもらおうと思って、遠目から見てた。
上履きのことも、そう。
でも、見てるだけじゃ、ダメなんだって――。
けれど、居場所を奪ってきた――紗穂という女が。
ずっと苦しかった。
せっかく引き離せて気持ちが楽になったのに、次はミナという女が現れて……。
部屋に置いてあるスマホが鳴った。
濡れた靴下のまま家に上がり、部屋でスマホを持ち上げた。
先ほどまでお兄ちゃんの部屋で一緒にいた庄司くんからだった。
そっか……。お兄ちゃんを追いかけるのに夢中で、庄司くんを置き去りにしていたことを忘れてた。
通話ボタンをタップして、耳に当てる。
『風華ちゃん、さっきは辛そうに見えたけど、平気?』
その言葉に、少し胸の奥がスッと楽になった。
「うん……。なにも言わずに出ていってごめんね」
『お兄ちゃん、怒ってなかった? 僕が部屋に上がり込んだから』
「……いいの。私が庄司くんを呼んだんだし、気にしないで」
彼は同級生で、小学生のころからの唯一の友達。
私がお兄ちゃんを好きなことを知っている。
『辛いときは、いつでも電話して』
この言葉がお兄ちゃんからだったらいいなと、何度も思う。
「ありがと。でも、本当に平気だよ」
拳をぎゅっと握った。
どうしたらお兄ちゃんの気持ちが外を向かなくなるのだろう。
紗穂さんをちょっと驚かしたら、すぐにいなくなった。
きっと、そこまでお兄ちゃんのことを大事に思ってなかった。
そんな人とは、幸せになれない。
あのときは引き離して正解だった。
紗穂さんが離れて、ようやく一息ついたのに、お兄ちゃんは最近はミナさんの家へ。
私の心を置き去りにしているのかさえ、気づかないまま。
だから、知らせるしかない。
私という存在が、お兄ちゃんにとってどれだけ大事な人か。
――でも、もし失敗したら?
お兄ちゃんに嫌われるかもしれない。
そしたら、今度こそ私は――。
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