キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩

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37.雨音に包まれて

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 ――私は、マンションの軒下で傘をさして外に出た。
 三歩進んだところで、誰かに後ろから腕を引かれる――刈谷くんだ。
 彼は、はあはあと息を切らし、血相を変えている。
 私はまだ、気持ち的に会う準備ができていないのに……。

「もしかして、風華が家にお邪魔してない?」

 予想外の言葉に、目が丸くなった。
 首を振った。
 家にいるのは、ママだけ。

「来てないけど、どうしたの?」
「俺の部屋に『探さないで』ってメモが置いてあった」
「えっ! ……それ、どういうこと?」

 彼は荒い息を整え、私から手を外す。

「少し言い過ぎちゃって……。今までこんなことはなかったのに」

 雨の音が、より一層強く私たちを囲んで耳の奥を突いた。

「あいつ、尋常じゃないほど寂しがりやでさ。言葉に注意してきたけど、気が緩んでしまったせいかキツく当たっちゃって」

 震える声。心配としてにじみ出ている。
 そう言えば、妹さんとは血が繋がってないって言ってたっけ。

 刈谷くんとは、少し距離を取ろうと思っていた。
 恋の応援ができそうにないから。

 でも、妹さんの件なら、話は別。
 友達として、なにができるだろうか――。

 ふっと息を漏らした。
 カバンから財布を出して、中のお助け券を彼に差し向ける。

「これで、私が刈谷くんを助けてもいいかな」

 もう二度とお助け券を落とさないように、ポケットに入れるのはやめた。
 まさか、この瞬間に使うことになるなんて。

「えっ、それは……」

 彼はハッと驚く。
 私が肌見離さず持っていたことに、きっと驚いたのだろう。
 しかも、文字は滲んでるし、紙はシワシワだし、ドロで汚れてる。
 捨ててもおかしくないくらい原型をとどめていないのに、大切に持ち歩いてるなんて――どうかしてる。

「使っちゃいけないと思ってた。刈谷くんに頼ってばかりじゃ、強くなれないから」
「ミナ……」
「でも、いま使いたい。刈谷くんのためなら。……だから、使っちゃダメかな」

 彼は震えている手で、お助け券を受け取ろうとした。
 でもその手は急に伸び、私の手首を引き――。

「……っ!」

 彼の香りが、一瞬にして全身に包み込んだ。
 力強い腕。不安を表してるかのように。

「ごめん……。1分でいいから、充電させて」

 心臓が跳ね、傘が落ちて、転がった。
 間接的に伝わってくるぬくもりは、私の心を揺さぶっている。

「最近参ってた。悩み……一人で背負い込んでたらすげぇ苦しくて。いつしかミナに支えてもらってたみたい。……情けないよな、俺」

 彼の体が震えていた。
 彼のためにと思って突き放していたことが、こんなにも苦しめていたなんて。

「頼っちゃいけないって思ってるのに、気づいたら声をかけてた。俺の中でミナの存在がデカかったみたい」

 地面に跳ね返っている水が、さらに足元を冷やしていく。
 刈谷くんを突き放していた自分が、少し遠く思えるほど。

「情けなくなんてない。私、刈谷くんがいてくれたから強くなれたよ。このお助け券はお守りだった。勇気をくれたのは刈谷くんなんだよ」
「ミナ……」
「一緒に探そう。……きっと見つかる。ううん、見つけ出そう」

 答えを出すのに、ずいぶん遠回りした。
 彼が今まで通り接してくれようとしてくれていたのに、私は逃げ回っていた。
 たぶん私に足りなかったところ。
 母親の件も同じ。母の気持ちなんて、全然考えなかった。

 雨は少し小ぶりになった。
 私たちの心が、少しずつ晴れ間を見せているかのように――。

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