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44.もっと、近くでーー
しおりを挟む――私は自宅のソファーの上で、スマホを握っていた。
ブランケットを肩にかけ、小さく包まる。
刈谷くんにLINEを送ってから、約1時間。
返事がまだ届かない。
時計の秒針がやけに胸をざわつかせ、小さく息を漏らした。
レースカーテンの向こうで、月明かりがぼやかせている。
スマホをテーブルに置いて、カーテンを締めた。
手を離すと、インターフォンが鳴る。
出ると、刈谷くんだった。
家に来てくれるなんて。
心臓が狂ったように暴れた。
小さく深呼吸して、扉の前へ。
ドアノブに手を伸ばした。
でも、指先がその先に進めず――。
「ごめん。伝えたいことがあるって言っておいてなんだけど……、扉越しでいいかな」
扉一枚挟んだまま、声を届けた。
「でも俺はミナの顔が……」
「勇気がないの。ちょっと、緊張してて……」
相変わらず、言いたい言葉が喉の奥に詰まってる。
でも、少しずつでもいいから、吐き出す準備をしなきゃいけない。
「わかった」
彼は諦めるように呟く。
私は一旦息を飲んで、先走る気持ちを抑えるように胸に手を当てた。
「伝えたい言葉が整理できなくて、余計なことを喋ったらどうしようとか、考えちゃうタイプだった」
人生初めての告白は、失敗に終わった。
思い返せば熱のない定型文……誰も喜ばない。
「でも、刈谷くんに伝えることの大切さを教えてもらった」
彼がいなければ、いつまで経っても変われなかった。
「……でもね、私、また間違えちゃったみたい」
目線を落とし、吐息を吐く。
「一番大切な人に、伝えなきゃいけないことを後回しにしていた。それが、自分にとってどんなに大切なことか、気付かないまま」
リビングテーブルに置いていた”お助け券”を取り上げて、再び玄関へ。
玄関扉のドアノブに指先を触れた。
この扉を開いたら、もう戻れないし――戻らない。
一旦息を呑んで、うんと頷き、ドアノブに力を込めて押し開けた。
「ミナ……」
ようやく視界に入った刈谷くん。
髪の毛が乱れ、息が揺れている。
顔を見るだけでも、胸がときめくなんて。
もしかしたら、紗穂さんからの告白に、イエスの返事をした後かもしれない。
それでも、お助け券を彼の目の前へ。
「これ、ありがとう」
「どうして、ミナが……」
彼の目が、お助け券を追ったまま止まった。
「風華さんから受け取ったの」
「あいつ……」
「これは、勇気を与えてくれた宝物。これ以上嬉しいプレゼントなんて、ない……」
我慢――なんてきれいごと。
弱い自分を認めたくなくて、言い訳してた。
でも、それは幸せになることに背中を向けていただけ。
もしかしたら、上手く行かないかもしれない。
手遅れかもしれないけど、想いを届けることができたら、絶対に後悔しない――。
「もう弱虫なんて言わせない。これからは、目で、口で、声で、胸を張って、大事なことを伝えたい」
耳の奥が心臓の音に包まれ、大きく息を吸って、胸に手を当てた。
「……刈谷くんが、好き。友達なんかじゃ嫌。もっと近くにいたい――」
定型文だなんて、もう言わせない。
自分の言葉で気持ちを伝える。
もし次に自分を鏡に映すとしたら、自信ある姿になっていたい。
「自分が幸せじゃなきゃ、意味がない。刈谷くんがそう教えてくれたから」
瞳に涙が浮かんだ。
しっとりと汗ばんだ手には、一番の勇気が込められている。
刈谷くんは、お助け券を出している方の私の手を、両手でそっと包みこんだ。
「俺さ、実はミナの母親と知り合いでね」
「えっ」
驚いた目を上げると、彼は穏やかに微笑んだ。
「ここへ引越してきた時に偶然再会したんだ。『娘のミナをよろしく』ってね」
「刈谷くん、ママと繋がってたんだ……」
彼は軽く頷いた。
「たぶん軽い挨拶だった。俺は勝手に使命感みたいなものを背負ってたけどね」
手に伝わってくる温もりが、胸の高鳴りを加速させた。
「でも、救われていたのは、俺のほう。”友達”の境界線を引いてきたときは、もう今まで通りにはうかないかなって。……でも、どうしてこんなにミナのスープが何度も飲みたくなるんだろうって考えたら、一つの答えにたどり着いたよ」
彼は緊張を逃すかのように、すっと息を吸った。
指先を震わせ、まっすぐな瞳で私を見つめる。
「ミナが好きだよ。……俺の中の一番を突っ走るくらいね」
返事をするよりも先に、鼻の奥が痛くなり、目頭がじんわりと熱くなった。
「紗穂には悪いことをしたけど、これからはもっと正直になる。それが俺の幸せだから」
心臓がトクンと跳ね、瞳が揺れた。
夢じゃないかと思った。
でも、風が頬を撫でてくすぐったいから、夢じゃない――。
「わ……たしも……。我慢から卒業するね」
彼はふっと微笑んだ。
私の手を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
冷気が漂う服からは、彼の香り。
安心したのか、一粒の涙が頬に流れた。
このまま友達でいることが、怖かった。
でも、その殻を破ったら、胸に恋の音が溢れた。
薄暗い空に浮かぶ月は、沈んだ太陽の代わりに、静かに輝き始めていた――。
二人の間には、それぞれ事情を抱えていた。
お助け券に、コンソメスープ。
この二つのアイテムは、勇気の象徴だった。
どんな日も、お互い手を重ね合って、一緒に乗り越えてきた。
上手くいかない日は、声に出していけばいい。
大人になるって、きっとそういうことだ――。
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