秀頼に迫られた選択〜トヨトミ・プリンスの究極生存戦略〜

中野八郎

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第一部 大坂の変

第三章 春を揺らがす決意

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 慶長十八年(西暦1613年)、春。
 駿府城の奥書院に、柔らかな陽射しが静かに差し込んでいた。
 障子越しに見える庭では、梅の花が散り始め、若草が萌え立つ季節の境目を告げている。遠景には雪を頂いた富士が春霞に包まれ、その雄大な姿が書院の静寂と溶け合っていた。
 家康は手元の手紙を何度目かに読み返し、口元にわずかな笑みを浮かべた。
 達筆な文字が行儀よく並び、大坂での日々が細やかに綴られている。紙の質も香りも上品で、千姫の心遣いが行間に滲んでいた。

 廊下の向こうから足音が近づく。控えめに戸を叩く音に続いて、静かな声が響いた。
「父上、お忙しゅうございますか」
「秀忠か。入るがよい」
 秀忠が襖を開けて膝をつき、一礼する。その表情には、いつもの慎重さに加えて、どこか安堵の色が見えた。
 家康は手紙を丁寧に畳みながら言った。
「千からの文じゃ。大坂の様子、秀頼殿との睦まじいこと、国松や奈阿姫の成長まで、事細かに記されておる。この文を読む限り、夫婦仲は順調、家族も和やかに暮らしているようじゃ」
 秀忠は少し驚いたように眉を上げた。
「千が……大坂で安らかに過ごしているのは、何よりでございます」
 家康は富士の峰を眺めながら、指先で手紙の端を軽く撫でる。その仕草に、孫娘への愛情が静かに表れていた。
「千の文には、秀頼の人となりもよく書かれておる。温和で思いやりがあり、民の暮らしを案じ、戦よりも平和を望む──まことに良き青年に育ったものじゃ」
 秀忠は父の横顔を見つめ、静かに言葉を継いだ。
「父上は、秀頼様に大いに期待しておられるのですね」
 家康はゆっくりと頷く。
「そうじゃ。秀頼は素直で器量もある。だが……」
 言葉を区切り、深いため息をついた。
「母の影が濃すぎる。あの淀殿がいる限り、秀頼は己の意志を貫くことが難しかろう。千の文にも、それとなく書かれておる」

 秀忠は少し考え込むように眉を寄せた。
「私も、千の文を読むたびに、豊臣家の空気が伝わってまいります。表向きは穏やかに見えても、内には複雑な流れがあるように感じます」
 家康は秀忠の言葉に目を細める。
「その通りじゃ。平和を望む秀頼がいても、家中に戦を望む者がいれば、天下の安寧は保てぬ。政は一人の意志だけでは動かん」
 秀忠は父の言葉を噛みしめるように、静かに頭を下げた。
「父上は、もしもの時には……」
 家康は手を軽く振り、その先を遮る。
「余は、天下のためならば悪者にもなろう。秀頼が真に自立するまでは、時に厳しく当たることも致し方ない。情に流されては、かえって皆を不幸にする」
 秀忠はしばらく沈黙し、やがて口を開いた。
「父上のご教訓、肝に銘じます。私も徳川の家を守るため、情と理の狭間で迷うことがございます」
 家康は穏やかな笑みを浮かべ、秀忠の肩を軽く叩いた。
「迷ってよい。迷いながらも己の道を見つけるのが将の務めじゃ。千も、秀頼も、そなたも──皆が幸せであれば、余も心安らぐ」
 障子の外、富士の白い峰が春霞に包まれ、父子の影を長く畳に映していた。


 同じ春の陽射しが、大坂城の庭園にも優しく降り注いでいた。
 石垣に映える若草、咲き始めた桜、梅の余香──城内とは思えないほど穏やかな空気が流れている。縁側では、秀頼と千姫が並んで腰を下ろし、庭を駆け回る子供たちを見守っていた。

「母上、見てくだされ!」
 国松が元気な声を上げ、千姫に向かって手を振る。七歳になった彼は、父に似て背が高く、快活な笑顔を見せながら庭の隅々を探検していた。
 千姫は優しく微笑み、国松に手を振り返す。
「国松、転ばぬよう気をつけなされ」
 奈阿姫は母・お藤の傍らで花を摘み、時折兄の後を追いかけている。まだ幼い彼女の仕草は愛らしく、春の庭に溶け込んでいた。
 お藤は深紅の打掛に身を包み、髪を武家らしい丸髷に結い上げている。控えめな白粉に凛とした眉、その佇まいには実務的な気品が漂っていた。帯には成田家の家紋が静かに光る。
 彼女は庭の隅々に目を配りながら、奈阿姫の手を取って花の名を教えていた。
「奈阿、これは梅の花。春の始まりを告げるもの。花の色や香りにも、それぞれ意味があるのですよ」
 奈阿姫は小さく頷き、花びらをそっと掌に乗せる。
「母上、春はきれいですね」
 その純真な声が、庭の空気に溶けていく。
 お奈津は藍色の打掛に丸髷を結い、銀の簪が春の光を受けて静かに輝いていた。控えめな白粉に薄紅の唇──京の公家出身らしい品格が自然に滲み出る。
 彼女は国松と奈阿姫の様子を見守りながら、時折千姫に穏やかな声をかける。
「国松様も奈阿姫様も、ますますお健やかに。御台様も、春の陽に映えて美しゅうございます」
 千姫は二人の側室の言葉に、胸の奥でわずかにざわめくものを感じる。だが、国松と奈阿姫の無邪気な笑顔に救われるように、静かに微笑んだ。
「殿のお心遣いがあればこそ、こうして皆が笑顔でいられるのです」

 秀頼は子供たちの姿に目を細め、静かに語りかける。
「この城に、こうした穏やかな春が訪れるとは……余は皆に守られている」
 国松が父の膝に駆け寄り、秀頼の手を握る。奈阿姫も兄を真似して、千姫の袖をそっと掴んだ。
「父上、次は何をして遊びましょうか?」
 秀頼は国松の頭を撫で、春空を見上げる。
「今日は皆で花を集めて、城じゅうに春を招き入れよう」
 お藤もお奈津もそっと寄り添い、家族の団欒が春の光とともに庭園に静かに広がっていった。

 やがて子供たちの遊びがひと段落し、笑い声が遠ざかると、庭園には再び静寂が戻った。
 千姫は縁側に残り、散り始めた花びらを指先で弄びながら、ふと遠い空を見上げる。青い空に白い雲がゆっくりと流れ、時の移ろいを静かに告げていた。
『この穏やかな日々が、いつまで続くのだろう』
 国松も奈阿姫も、今は無邪気に笑っている。だが、城の外では不穏な噂が絶えない。母君の淀殿の影も、側室たちの存在も、そして父・家康との微妙な関係も──すべてが千姫の心を静かに締め付ける。
「私は、何を守ればよいのか……」
 小さく呟き、胸の奥にわずかな痛みを覚えた。

 その頃、奥御殿ではお藤が侍女たちを静かに指揮していた。
「奈阿姫様のお着替えを整えなさい。国松様の書物は明日の朝までに準備しておくように」
 お藤の声は落ち着いており、侍女たちは迷いなく動く。彼女は廊下の端から庭を見やり、千姫の姿に一瞬だけ目を留めた。
『御台様もきっと、お苦しみのことでしょう。ですが、私は家の内を守るのが務め』
 お藤は静かに息を吐き、再び奥の実務に戻っていく。
 夕暮れが城を包み始め、家族はそれぞれの部屋へと戻っていく。千姫は最後にもう一度、庭に咲く花を見つめた。
『この小さな幸せを、どうか守りたい』
 その思いだけが、胸の奥で静かに灯り続けていた。


 少し離れたところで、淀殿は庭園の賑わいに冷やかな一瞥を送り、静かに足音を殺して広間へと歩を進めた。
 広間の空気は一変していた。

 淀殿は濃紫の打掛に身を包み、金の簪が灯火にきらめく。庭園での家族の平和な光景を見た後だけに、その表情はより一層厳しく、眼差しには鋼の光が宿っていた。
 保守派の腹心たちが静かに控える中、淀殿は扇をゆるりと動かし、鋭い視線で一同を見渡す。その瞳には、戦乱で家族を失い、豊臣家の栄光と悲劇をその身に背負ってきた女の、静かな執念が燃えている。
『この城こそが、私のすべて。徳川に屈することは、亡き太閤殿下に背くこと。秀頼は優しすぎる。千姫は表向きは穏やかだが、徳川の血を忘れるな──家の真の守りは、私がせねばならぬ』
 戦乱の記憶が心の奥で疼く。落城の恐怖、親族の死、そして今なお続く政治の駆け引き──それらすべてが淀殿の決意を固めていた。
 声を潜めて言う。
「城下の動き、浪人どもの流れ、徳川方の密偵──すべて余の耳に届けよ」
 商人風の衣装に身を包んだ長宗我部盛親が、静かに前へ進み出る。表向きは商人だが、その眼差しは情報の重みを知る者の緊張を帯びていた。
 盛親は懐から小さな帳面を取り出し、丁寧に報告を始める。
「奥方様、城下では牢人衆の動きが日に日に活発になっております。後藤又兵衛殿は浪人たちの間で人望が厚く、近頃は城下の茶屋で密かに集いを持っております」
 淀殿は扇の動きを止め、じっと耳を傾ける。
「毛利勝永殿も紀伊や摂津の牢人衆と接触を重ね、機を窺っている様子。市では徳川方の密偵が商人に紛れて情報を集めておりますが、牢人衆の結束も強まっております」
 盛親は一呼吸置き、さらに続けた。
「また、左衛門佐殿──真田信繁殿は九度山での蟄居中ですが、牢人仲間を通じて大坂の動向を探っているようです。家族の安否を案じており、まだ決心はついかねる様子ですが、時が来れば動く可能性もございます」

 淀殿は報告を聞きながら、内心で冷静に分析していた。
『牢人たちの結束、浪人頭の動き、徳川方の監視──この城の内外で、何かが静かに蠢いている。秀頼がどこまで現実を見ているか、千姫がどの程度徳川に情報を流しているか──私は豊臣の誇りと安全を守るため、あらゆる手を尽くす』
 扇を静かに閉じ、低い声で命じた。
「よいか、家の安定は余が見張る。表のことは殿と千姫に任せておけばよい。だが、奥の動きに油断は禁物──家の内こそ、真の戦場ぞ。盛親、そなたは引き続き市の動きを探れ。怪しき者があれば、必ず報せよ」
 盛親は深く頭を下げた。
「承知仕りました。市の流れは、この盛親が見張り申します」
 広間の空気はさらに張り詰めた。春の庭園の穏やかさとは裏腹に、奥御殿には静かな緊張と密やかな策謀が渦巻いている。


 城下町、とある茶屋の奥座敷。

 簾に隔てられた薄暗い部屋で、数人の男たちが膝を突き合わせていた。彼らの装いは質素だが、刀の手入れは行き届き、座る姿勢に武人としての誇りが滲んでいる。
 後藤又兵衛が盃に酒を注ぎながら、低い声で語る。
「諸国の情勢、気になるところじゃな」
 毛利勝永が静かに頷く。
「福島正則殿は広島に控え、表向きは徳川に従順だが、豊臣家への恩義を忘れたわけではあるまい。浅野家もまた静観の構えだが、家中には今も豊臣びいきが多いと聞く」
 盛親がさらに声を潜める。
「前田家は加賀百万石の威勢を保ちつつも、徳川と豊臣の間で揺れている。細川家は徳川に近く、豊臣家への直接的な支援は期待できぬ。伊達政宗は相変わらず独自の動きを見せているが、今は様子見であろう」
 又兵衛が苦々しく笑った。
「どいつもこいつも、かつては太閤殿下の恩を受けた身でありながら、今は徳川の顔色ばかり窺い、豊臣のために動く気概もない。恩義よりも保身──それが今の世の現実か」
 勝永が静かに盃を傾ける。
「皆、家を守るために仕方なく従っているのだろうが……義や誇りは、一体どこへ消えたのか」
 盛親は周囲を見回し、さらに声を落とした。
「最近、秀頼公が何やら諸大名と接触しているという噂も耳にする。最上家と何らかの動きがあるらしいが、詳しいことは誰も知らぬ。ただ、豊臣家が新たな盟友を得ようとしている──そう思えば、我らにも希望が持てるというもの」
 又兵衛が小さく鼻で笑う。
「噂は噂だが、秀頼公が本気で動けば、あの日和見どもも態度を変えよう。今はただ、時を見極めるしかない」
 茶屋の外から、夕暮れの鐘の音が静かに響いてくる。男たちは盃を置き、それぞれに散っていった。
 浪人たちの胸には、かつての主家への複雑な思い、現実への苛立ち、そして新たな時代への微かな期待が、春の夕闇と共に静かに宿っていた。

 城下に灯りが点り始め、大坂の夜が静かに更けていく。表向きは平穏な春の日だったが、その陰では様々な思いと策謀が、やがて来る嵐の予兆として密やかに蠢いていた。


 春の大坂城、格式ある書院。
 秀頼は片桐且元を伴い、最上家からの使者・義康を迎える。

 障子越しに柔らかな光が差し、両家の重臣が静かに控えている。
 片桐且元、深々と頭を下げて口火を切る。
「この度、秀頼公のご意向により、方広寺再建の折、御息女の御供養塔を建立仕りたく存じます。
 過日の不幸を悼み、両家の和をもって泰平の世を築きたく、何卒ご賛同賜りたく、かように申し上げまする。」
 義康、静かに頭を垂れ、格式ある言葉で応じる。
「亡き御息女は、家の誉れにてございましたが、政の流れにより命を落とし、家中一同、今なおその無念を忘れずにおります。
 この度のご供養、まことに忝なく、父・義光も殿のお志に深く感じ入っておりまする。
 今後は、和をもって泰平の世を築きたく、何卒よろしくお取り計らいくださいますよう、お願い申し上げます。」
 秀頼は静かに頷き、
「御息女の御霊を悼み、供養塔を建てることで、少しでもその魂が慰められますれば、これに勝る喜びはございませぬ。
 この供養塔が、両家の新たな絆となり、天下の安寧の礎となりますことを、心より願い奉ります。」
 両家の重臣たちも深く頭を下げ、
 この和睦が、豊臣家の「文化外交」戦略の象徴となることを静かに見守っていた。

 交渉の儀式が終わり、春の夕暮れが書院を静かに包む。
 公式の場を離れ、秀頼はふと義康に静かに問いかける。
「義康殿……御息女は、いかなる御方にございましたか」
 義康は障子越しの淡い光を見つめ、しばし沈黙した後、静かに語り始める。
「幼き折より、家の誉れを背負い、常に笑みを絶やさぬ者にございました。
 拙者が弱音を吐き申せば、必ずや言葉をかけ、励ましてくれたものでございます。
 都へ向かう朝も、涙一つ見せず、ただ『最上の名を汚さぬように』と申して、静かに旅立ちました。
 その背中を、今も忘れること叶いませぬ。」
 義康は一度言葉を切り、静かに息を吐く。
「政の流れに抗うこと叶わず、家族を守れなかった悔しさは、今も胸に残っております。
 されど、今日このような御供養のお話を賜り、魂が少しでも慰められますれば、
 拙者も、家のため、そして家族のため、これからの世を守る覚悟ができ申した。」
 秀頼は義康の思いを静かに受け止め、
「義康殿のご家族は、さぞや誇りに思われておられることでございましょう。
 拙者もまた、政の犠牲となる者の苦しみを知る身にございます。
 これよりは、過日の悲しみを乗り越え、共に泰平の世を築いて参りましょう。」
 義康は深く頭を下げ、
「殿のお心、確かに受け止めました。
 家族の思いを胸に、最上家も豊臣家も、共に新しき時代を歩んで参りまする。」

 二人の間に、静かな共感と新たな決意が生まれていた。
 春の光が、書院の障子をやわらかく照らしていた。


 粗末な庵の片隅、一人の老人模様の男は膝を抱え、囲炉裏の火をぼんやりと見つめていた。
 頬はこけ、髭には白いものが混じり、歯も抜けている。
 その背は丸まり、肩は細く、指先はかつて槍を振るったとは思えぬほど痩せている。
 誰もが、かつて戦場を駆け、徳川を二度も敗れさせ、天下にその名を轟かせた真田左衛門佐信繁だとは思うまい。
 今やその面影は、老いと病に覆われていた。

 咳をひとつ漏らし、肩を震わせると、膝元に置かれた仕送りの包みが目に入る。
 兄・信之と義姉・稲姫から届いた米や干し魚、薬包。
 その端には、短く「ご自愛くださいますよう」と添え書きがあり、
 信繁はそれをそっと撫でて、かすれた声で呟いた。
「兄上、義姉上……かたじけのうございます」
 ふと、寝所に目をやる。
 子供たちが寄り添い、安らかな寝息を立てている。
 長男・幸昌は、まだ十代半ばの少年ながら、父の背中を見て育ち、眉目秀麗で、どこか父譲りの芯の強さを感じさせる。
 夜具の端をしっかりと握りしめ、夢の中でも何かを守ろうとするような寝顔である。
 次男・守信は、兄よりも幼く、母の傍らで小さな手を握って眠っている。
 無邪気な寝息と、時折見せる微かな笑みが、流罪の地にも春の温もりをもたらしていた。
 娘たち――阿梅、阿菊、阿松――も、母の膝元で静かに身を寄せ合っている。
 阿梅はしっかり者で、弟妹の世話をよく焼き、母の手伝いを欠かさない。
 阿菊と阿松はまだ幼く、姉や母に甘えながら、時折小さな声で夢を語る。

 囲炉裏の傍ら、竹林院は静かに座し、子供たちの寝顔を一人ひとり見守っていた。
 細やかな手つきで、阿梅の髪を撫で、守信の夜具を整え、阿菊と阿松の肩にそっと布を掛ける。
 その横顔には、流罪の地で幾度も苦難を乗り越えてきた武家の女の強さと、母としての優しさが滲んでいた。
 竹林院は、信繁の咳に気づくと、薬包を手にそっと差し出す。
「御身を大切になさってくださいませ。この子らのためにも、どうか……」
 声は控えめながら、言葉の奥には深い思いやりと、夫への信頼が感じられる。
 信繁は竹林院の手を受け取り、
「……すまぬ。この子らの未来を、何としても守り抜きたい。そのためには、まだ倒れるわけにはいかぬ」
 竹林院は静かに頷き、
「殿のお志は、必ずやこの子らの心にも伝わります。どんな世になろうとも、家族が共にある限り、希望は消えませぬ」
 信繁は子供たちの寝顔を一人ひとり見つめ、
「この子らだけは、何としても守り抜かねばならぬ……」
 と、胸の奥で静かに誓う。
 流罪の身となり、かつての栄光は遠い昔のこととなったが、この小さな命たちの未来を開くためならば、老いた身に残る力のすべてを、もう一度振り絞る覚悟が、信繁の心に消えぬ炎となって灯っていた。

 囲炉裏の火がぱちりと弾ける。
 信繁は咳き込みながらも、静かに天井を見上げた。
 庵の外では、山桜がひっそりと咲き始めていた。
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