笑いの授業

ひろみ透夏

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【神楽坂の章】

1 短所が長所に(2)

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「先生ってさ、ほんと、あっちゃんに似てるよねぇ」


 掃除の時間、担当しているクラスの生徒、佐倉さくら咲美えみが、教室のすみでゴミをまとめている神楽坂かぐらざか先生に話しかけてきた。
 長い髪の先をいじりながら、黒目がちの大きな瞳で先生を見つめている。


「あっちゃんって、どなた?」

町田まちだのあっちゃんだよ。元BCG48《ビーシージーフォーティエイト》の。ほんとに知らないんだね」

「BCG48《ビーシージーフォーティエイト》……。」

 神楽坂かぐらざか先生が二の腕をさすりながら、首を傾げる。

「モノマネしているお笑い芸人さんのことは、なんとなく知っているのよ。でも、ご本人のことは、あんまり……」


 するとそこへ、佐倉さくらの親友である珠木たまき早苗さなえが、男子のように短いショートカットの髪をなびかせながら、素早い足取りで駆けよってきた。


「ていうかさ、ガッキーのほうが似てるんじゃない?」

「ああ、確かに。あと、ちょっとショコタンの雰囲気も入ってるよね」

「イメージだけで言うなら、フカキョンがぴったりじゃね!」

(楽器《ガッキ》に、車高短《シャコタン》……。 鮫鹿《フカキョン》?)

 テレビをあまり見ない先生は、ふたりの会話がまったく理解できなかった。


「ねえ先生、カレシいるの?」

「ぶっちゃけ学生時代、めちゃくちゃモテたでしょ?」


 いつのまにか神楽坂かぐらざか先生は、女子生徒たちに囲まれ、質問攻めにあっていた。

「やだ、全然そんなことなかったよ」

「またまた~。もっと化粧盛れば、アイドル級にかわいくなるよねぇ」


 しかし実際、神楽坂かぐらざか先生は学生時代にモテなかった。
 それどころか、そのマイペースな性格のおかげで、まわりと調子を合わせることができず、いつもクラスメイトたちから浮いた存在になっていた。
 それはしだいにいじめへと変わり、先生は学校に行けずに、自分の部屋に引きこもりがちになるほどだった。


 そんな学生時代の神楽坂かぐらざか先先を救ってくれたのが、当時の担任の『先生』だった。


「あなたが短所だと思っているその性格は、やがて長所に変わるときがくるのよ。わたしには、あなたの個性が輝いて見えるもの」


 みんなから注目され、みんなから笑顔を向けられる。
 人生で初めてそんな経験をした先生は、かつての恩師がくれた言葉を思い出していた。


 真っ白なカーテンをゆらして、開け放した教室の窓から、春の香りをのせた風が吹き込んでくる。学生時代にも吹いていたであろうその風に、いまは命の輝きや、心弾むような躍動感を感じることができる。


(わたしは教師になったことで、あの頃に味わえなかった輝かしい学生生活をやり直すことができそうです。『先生』ありがとう。わたし、もっともっと生徒たちの興味とか趣味などを勉強して、みんなと仲良くやっていきます)


 教師を志すきっかけを与えてくれた恩師に感謝しつつ、神楽坂かぐらざか先生は生徒たちとの関係を深めるため、さらなる熱意を燃やしていた。


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