最果てより

九時木

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 園淵そのぶち国立病院は、B県内唯一の精神疾患を治療する国立病院で、毎年多くの患者を受け入れていた。

 後期研修を終え、30代を迎えた私は、そこでの外来はもちろん、ケースによっては入院患者も担当することがあった。

 私は開放病棟の扉を静かに開け、その日も診察のため、とある患者のもとを訪れていた。


 病棟の大部屋には4人分のベッドがあり、それぞれカーテンによって仕切られている。

 4つのカーテンのうち、3つは開けたままにされており、中には誰もいない。

 ただ1つのカーテンだけが半分ほど閉められており、窓が見える西側のみ控えめに開けられていた。

 一言断りを入れてから、私はそっとカーテンを開け、ベッドから起き上がったその女性に目を向けた。


 「こんにちは、aさん。今日の調子はどうですか」

 目の前にいる女性aは私の挨拶に対し、少し躊躇いながら「いつも通りです」と声小さく答えた。

 aは少し間を置いた後、窓の景色に視線を移し、独り言のように呟いた。

 「今日は天気が良いですね」

 「季節の変わり目で、雨や曇りの日が多かったけれど、ようやく晴れたみたいだね。

 秋になれば、体が冷えてくるだろうから、少しずつ体調にも気をつけた方がいいかもしれないな」

 私はカルテを手にしながら、彼女の様子を伺った。

 aは私と目を合わせず、ただ白衣をじっと眺めていた。
 aは何かを考え込んでいるような、真剣な表情を見せ、再び窓へと視線を逸らした。

 「確かに、外は寒そうですね」

 海沿いで揺れるヤシの木をじっと見つめながら、aは静かに話した。

 「部屋の温度は冷たくないかな」

 「丁度いいです」

 aは私の声かけに短く答え、その瞬間を記憶に深く刻み込むようにして、外の景色を見入っていた。


 1年前、私は初めてaの診察を行った。
 
 23歳であったaは、それまで病院を転々としていたらしく、各クリニックで治療を受けては自らの判断で通院を止めていた。

 最後のクリニックでは、それまでとは違い、主治医に従い通院を続けていた。しかし、その治療は彼女の自殺未遂によって中断された。

 未遂後、主治医はより専門的な治療が必要であると判断したのか、彼女を園淵国立病院に任せた。

 初診での彼女は、重度の抑鬱症状を呈しており、隔離病棟での保護が優先された。

 aはしばらく食欲不振、睡眠障害、強い衝動、自殺願望など、深刻な状態であったが、徐々に回復した。

 1年が経ち、重度の抑鬱から脱した彼女は、閉鎖病棟から開放病棟に移り、24歳を迎えた今もそこで過ごしている。


 「自然は良いですね。見ていて落ち着きます」

 煌めく海を、aはそっと撫でるような目で見つめている。

 私が相手の落ち着いた様子を眺めていると、彼女はこちらを探るようにして、またどこか有無を言わさぬような口調で尋ねた。

 「先生は、自然が好きですか?」


 「僕も好きだよ」と、私は少しだけ微笑みかける。

 彼女が続きを待つようにしてじっと黙ったので、私は言葉を選びながら答えた。
 
 「静かな場所は、心の平穏を与えてくれるからね」

 彼女は私の言葉を受け止め、その内側で真意を深く理解しようとしているようだった。

 aは人の言葉に対して、非常に慎重な姿勢を見せた。
 どんなに短い言葉でも、自身でできる限り想像を膨らませ、その人の裏側を知ろうとするような、そんな深い思慮を備えているようだった。

 「心の平穏ですか」aは答えを確かめるようにして、私の言葉を繰り返す。

 「医師も人間だからね」私は一呼吸置いてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 「人間である以上、誰しも悩みは抱えるものだよ」
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