『悪の幹部ですが、正義のヒーローの愛が重すぎて殉職しそうです』

るみ乃。

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第3章 やさしさが、鎖に変わるまで

11.泥の中の若き太陽

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 数年前の話……

 雨は容赦なくて、訓練施設はどこもかしこも灰色だった。
 空も地面も、僕の靴の中まで、全部ぐちゃぐちゃ。

「……ハァ、ハァ……っ!」

 息が切れてる。でも、やめる気はなかった。
 だって、止まったら、なんか負けたみたいじゃん。

 仮想敵のアンドロイドに食らいつきながら、僕は思う。
 どうせまた言われるんだ。
 傲慢な天才。扱いづらい問題児。協調性ゼロ。

 はいはい、好きに言えば?

 結果を出せば黙る。
 それでいい。そうやって生きてきた。

 その時、足を取られた……

「あっ」

 情けない声が出た瞬間、身体が前に投げ出される。
 泥の感触。冷たくて……息が詰まる。

 視界の端で、アンドロイドの拳が振り上がった。
 訓練用、って言葉が頭をよぎる。

 ……でも、当たったら痛いよね。たぶん……普通に。

 まあ、いいか。
 そう思ってしまった自分に、少しだけ笑いそう。

「そこまでだ」
 低い声が、雨を切った。
 次の瞬間、金属が弾かれる音。アンドロイドが停止する。

 僕は泥の中から、のろのろと顔を上げた。
 そこに立っていたのは、知らない男だった。
 傘もささず、雨に濡れたまま、無表情。

 ……なにこの人。渋っ。

「……邪魔、しないでください」

 口から出たのは、可愛くない言葉だった。
 でも、本音。

「僕、まだやれます」

 強がりだって、自分でも分かってる。
 それでも、そう言わずにはいられなかった。
 男は怒らなかった。ただ、僕の前に膝をつく。
 距離が、近い。

「やれることと、やるべきことは違う」

 淡々とした声。なのに、不思議と胸に刺さる。

「死んだら『正義』なんて言葉はただのゴミだ。
 ……君の命は、君一人のものじゃない」

 ……なにそれ?!

 説教のはずなのに、腹が立たない。
 むしろ、変な感じがした。
 男はポケットからハンカチを取り出して、僕の頬を拭う。
 泥が取れて、指先が触れた。

 あったかい……ずるいなぁ……。

 そんなことされたら、反則だ。
 僕の時間が、そこで止まった。
 雨音も、訓練場のざわめきも、全部遠くなる。

 ああ……この人だ

 理由は分からない。でも、直感だけはやけに冴えていた。

『この人の“正義”、僕が守りたい』

 息が、少し早くなる。胸の奥が、じわっと熱い。
 後に世界を救うヒーローになるかどうかなんて、どうでもいい。
 この時の僕にとって大事だったのは、ただ一つ。

 泥だらけの僕を、
「厄介な天才」じゃなくて、
「生きてる人間」として見てくれたこと。

 ねえ、瀬戸さん。
 こんなふうに手を伸ばされたらさ。

 僕が、離れるわけないでしょ?
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