サイオニック・レイヤーズ

来星馬玲

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羅刹の冥土隊

捕えた獲物はもうあなたの虜

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 どうやら、バスの中には味方のサイオニックも紛れていたらしい。解毒剤を含ませていたのはぼくとアラベナ、それにヨルミだけだとアラベナは言っていたけど、その後の手際の良さを見るに、アラベナが真実の全てを明らかにしているわけではないのだろう。

 レイヤーズの仲間がどうやってサイパワーを隠していたのかは定かでないけど、アラベナの仕業か、あるいは羅刹党が利用していたという隠れ蓑のような技術を流用したのかもしれない。少なくとも、アラベナの話しぶりからはレイヤーズ側にも羅刹党を欺く手段があるのだと想像できた。

 バスは商店街から離れた山道付近で停車し、車内に居たサイオニックたちが下ろされる。勿論、ぼくとアラベナも一緒だ。そして、同乗していたサイオニックと停車場所で予め待機していたレイヤーズの仲間が合流し、羅刹党のサイオニックを次々と拘束していく。アラベナが作ったという薬の影響で彼女たちは一切の抵抗をすることもなく、表情は虚ろだ。ただ一人、ヨルミを除いて。

「……どうして、あのヨルミって人にだけ、解毒剤を?」

 ぼくの疑問に対して、アラベナが答える。

「全員の意識を奪ったら、目的を果たせないでしょう?」

「目的……?」

 要領を得ない返答に疑念を投げかけるが、アラベナはそれには答えない。

 やがて、他の一般人を乗せたバスは何事も無かったかのように発車した。羅刹党のサイオニックに洗脳された運転手はまだ正気に戻っていない様子だったから、そのまま事故も起こさずに無事に走行できるのか不安だったけど、その点に関してはアラベナが念を押してくれる。

「そろそろ暗示も解けるわ。そして、サイオニックによる洗脳は旧人類にとっては自然に擦りこまれ、あるいは消えるもの……直前に起こった出来事への違和感を覚える術も知らず、途切れることのない日常の一環としてハンドルを握っているはず」

 羅刹党のサイオニックたちが次々と連行されていく。先の戦いの影響もあるのだろう、レイヤーズの面々には重々しい雰囲気があった。

 でも、羅刹党の刺客はアラベナの前にあっさりと敗れ去った。アラベナが本気になったら、こうも簡単に事が運ぶなんて、都合が良過ぎる気がしてならない。

「今回はね、羅刹党から送られてきたスパイさんを捕まえたの。チカって子たちの一件で、レイヤーズも結構神経質になっているのよ」

「チカ……」

 チカ、それにサヨリ。ぼくは彼女たちとも情を交わしたけど、彼女たちの内面については、何も知らない。ただ、サキと結託してレイヤーズと羅刹党の双方を欺き、ある一人の親友を救うためにあの戦いに関与していたという、表面的な事実に関する理解があるだけだ。

 でも、多くのサイオニックの少女たち……二人も、サヨリの親友スズネも……カナデも……命を落とすという最悪の結末を迎えてしまったんだ。

「で、私が尋問してあげてね。せっかくだから、二重スパイとして活用させてもらったの。そうしたら、面白いほどに上手くいっちゃったわねぇ」

 アラベナはそう言いながら、何故か一人だけ連行されずに立ち尽くしていたヨルミに、狡猾な笑みを向けた。ヨルミはびくっと肩を震わせたが、俯いて押し黙ってしまう。

(アラベナのことだ……また、変な麻薬めいた自白剤でも使って吐かせたんだ)

 アラベナから脅されたヨルミは、彼女に対してすっかり従順になっていた。そして、他の羅刹党のサイオニックたちが連れて行かれる中で、ヨルミだけがこの場に残されているのも、アラベナの思惑の一端であるのは想像に難くなかったけど――。

 アラベナがヨルミに近づき、その腕を握った。ヨルミはまだ震えていたが、アラベナにされるがままだ。

「さ、あなたもついてきなさい」

 アラベナはぼくに向かって手招きをすると、ヨルミの手を引いたまま歩道を歩きだす。ぼくは一瞬まごついたけど、すぐにアラベナの後を追う。

 しばらくの間、並んで歩いていたアラベナとヨルミ。歩道は二人分がやっとの広さだったので、ぼくはそのすぐ後ろに追従する形だ。

 やがて、ヨルミがたまりかねた様子で口を開いた。

「あ、あの……」
 
 おどおどとした口調。相手が耳を傾けてくれるのか不安で仕方ないといった様子だったけど、アラベナは「なあに?」と聞き返した。

「ど、どうしてわたしにだけ……その、解毒剤……を?」

 ふっと鼻で笑う様に息を返すアラベナ。

「そうしておかないと、あなたから色々聞き出せないでしょう?」

「ひ……!」

 ヨルミが怯えるのも無理はない。彼女は先ほどの一件でアラベナに脅されているんだ。もし、アラベナの意にそぐわない仕草をすれば命を奪われると思っていても不思議じゃない。

「もし余計な情報をもらせば……羅刹党は、裏切り者のわたしを確実に殺しに来る」

 沈痛な面持ちで語るヨルミであったが、彼女の顔を窺っていたアラベナは、出し抜けに吹き出し、「あははは」と、相手を小馬鹿にするような笑い声をあげた。

 そして、不意に笑うのをやめて真顔になったアラベナがぴしゃりと言い放つ。

「そんなの、とっくに裏切り者よ、あなた」

「それは……」

 ヨルミは否定も出来ず、黙り込んだ。

「ま、いいわ」

 アラベナは話を切ると、前方に見える何かの工場と思しき建造物が見える敷地を指さした。

「あそこで寄り道、していこうかしらね」

「え? あれって……」

 以前、羅刹党との衝突があった廃工場。……いや、咄嗟にそれを連想したけど、あの時の場所とは違った。でも、大差はない雰囲気だ。

 気付いたら、ぼくたちは随分と寂れた街並みの中にいる。別に、あからさまに建物の様相が他所に劣っているとか、治安の悪そうな地域だとか、そういう類ではない。ただ、ついさっきまでぼくたちが歩いていた街中と比較すると、明らかに人の活気が欠如しているんだ。

「もうわかっているわね。あなたは私と……この子にすがるしか生き延びる道はないんだって、ね」

 アラベナがヨルミとぼくの双方を見比べる。そして、不意に漂ってくる、どこかで嗅いだ香草の匂い。

 淫靡。卑猥。そんな、官能的な気持ちにさせる香りは、アラベナの企みをぼくに理解させるのに、然したる時間もかからなかった。
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