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羅刹の風神、雷神
地底世界はサイエンス・フィクションの夢物語?
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自らを、被検体であるぼくの主治医と称した、アラベナ。彼女の案内に従い、ぼくは真っ白な部屋の床下に隠されていた階段を降りていく。
階段は左程長くは続かなかった。少し進んだところで円形の扉に突き当たったからだ。アラベナは手慣れた動作で壁に備えられている電卓のような装置のスイッチをピアノの奏者みたいな流暢な手つきで操作した。すると、ぶぅぅぅぅんという低い音が壁沿いに伝わり、扉が左右に開かれた。
視界が一気に開けていき……そこには、眩しいくらいの緑の世界が広がっていた。
「わあ……」
ぼくは思わず感嘆の声をもらしていた。地下に建設されたレイヤーズの基地の更に奥に、こんな無数の植物が生い茂っている楽園を想起させる空間が存在していた。地下だというのに、真昼間の明るさがあらゆるものに鮮やかな色彩を与えていたんだ。
もしこのような場所があると聞かされてもにわかには信じ難い話だっただろう。それでも、いきなりこんな情景を見せつけられてしまっては、疑いようがなく、ただただ圧倒されてしまう。
濃厚な緑の香りは本物としか思えなかったし、ここにあるものが造り物であるとは考えられなかった。それでも、実物の感触を確かめたくて傍らに生い茂っている、樹木の根元から生えているひこばえの先端を何気なく摘まんでみた。確かな生木の弾力があった。
「しばらく手入していなかったからね。まあ、これもあるべき姿と、言えなくもないわね」
ひこばえに触れているぼくを見つめながら、アラベナが言った。
「もっとも、これもまた私が手を加えて現出させた世界。今という時代はね、もうありのままではいられない」
アラベナの話はどうにも抽象的な感じで、ぼくには理解が追いつかない。ただ、彼女が自ら創り出したと思われる緑の園に対する想いは伝わってくる。
見上げれば、遥か高い所にドーム状の天井が繋がっていたけど、それら全体が豊かな日の光を放っているように見える。一体、どういう仕組みになっているのか……まるで見当がつかない。
「地球空洞説って知ってるかしら?」
不意に投げかけられた問い。どこかで聞いたような気がしたけど……曖昧な記憶だったので、「いいえ」とだけ答えた。
「昔の多くの科学者たちが夢見た、地球の内部に広がっているとされる仮説上の世界。まあ、今日では否定されているけどね」
「あ……そう言えば、何かのSFでそんなのがあったような」
「あら、もしかして、SF小説とかがお好み?」
「ええまあ……あまり詳しいほどではないですけど」
ぼくは少し言葉を濁してしまう。ちょうど最近に読んでいた、『窮鼠の黙示録』という変な内容の文庫本がSF小説と銘打たれていたので、そこから得た知識くらいしか思いつかなかったけど……。その巻末に、作家と作品名がずらっと並んでいるページがあったので、内容は知らないけど題名だけは知っているSF小説なら、色々ある。
そう……例えば、今、頭をよぎった……地底世界ペル……ペル?
「ペルシダー」
アラベナの言葉に、はっとなる。そうだ、確かそんな題名……。
「昔のSFにちなんでね、この世界をそう名付けたのよ」
アラベナが上を指さす。その先にあるのは、ぼくがさっき眺めたドーム状の天井だったけど、何を伝えようとしているのか気になった。
「あそこでは本物の日光を集約していて、増幅させたうえでこの世界全体を照らしているの。植物が……いえ、植物に限らず地上の生き物が生育していくのに適しているのは、やはり本物の太陽光よね」
それから、アラベナの案内に従いながら、タイル状の石が敷き詰められている道を進んでいった。左右には草木の生い茂っている情景が延々と続いている。
ただ……ここまでの道のりでふと違和感を感じることはあった。ここが自然を模した世界であると言えばそうなんだけど、それにはまだ、足りないものが。
木陰をくぐり抜ける度に顔に当たってくる日光。それは失われていたはずの記憶の断片を思い起こさせた。
(冬華荘?)
いや……一度失われた冬華荘での記憶はすべて作られたものであったと聞いているし、そもそもそことは雰囲気の違う、どこかの建物の窓。その窓から差し込んでくる朝日がぼくの顔に暖かな熱を与えているんだ。
寝起きのぼくは眩しさを感じて眼をしばたたかせたが、瞼を介して刺し入ってくる光の筋には心地よい、自然な温かさがあった。
そして、記憶の中のぼくは目をはっきりと開け、大きく欠伸をした。身体中に必要な酸素が行きわたる感覚は至福の瞬間だった。
おはよう……と、誰かの声が聞こえてくる。
(え? 誰だろう?)
ぼくの記憶はとても親し気にその声の主と言葉を交わしていた。言葉の内容は判別できなかったけど……とても親しい間柄であるのは確かだ。
(誰? アユミ……?)
それは女性の声に間違いない。ぼくと親しい女性……真っ先に連想したのがアユミであったのも当然だろう。でも……やっぱり違った。
アユミじゃないとすれば……誰だろう。アンジュではないし、ましてやナギとも違う。ぼくの自分の記憶をより鮮明なものにしようと意識を集中させる。
知りたい。知りたい。ぼくの心の奥底にいる女性の正体を……作られた記憶とも違う、ぼくという存在の本質に密接に関わって来るであろう女性の姿を。
突如、意識がオーバーラップを始めた。すべての情景は目まぐるしく変わっていきながら、すぐ前の情景も重なって映し出されていく。
これは……なんだ? ぼくは……どこへ向かっている……?
遠くの方でぼくの名を呼ぶ声がする。アユミじゃない……アラベナの声だ。アラベナ……思えば不思議な名前。緑色の髪を除けば、アジア人に見えるけど……。
あ……意識が明滅する。この感覚を……ぼくは知っていた。
そう、夢から覚める時だ。
階段は左程長くは続かなかった。少し進んだところで円形の扉に突き当たったからだ。アラベナは手慣れた動作で壁に備えられている電卓のような装置のスイッチをピアノの奏者みたいな流暢な手つきで操作した。すると、ぶぅぅぅぅんという低い音が壁沿いに伝わり、扉が左右に開かれた。
視界が一気に開けていき……そこには、眩しいくらいの緑の世界が広がっていた。
「わあ……」
ぼくは思わず感嘆の声をもらしていた。地下に建設されたレイヤーズの基地の更に奥に、こんな無数の植物が生い茂っている楽園を想起させる空間が存在していた。地下だというのに、真昼間の明るさがあらゆるものに鮮やかな色彩を与えていたんだ。
もしこのような場所があると聞かされてもにわかには信じ難い話だっただろう。それでも、いきなりこんな情景を見せつけられてしまっては、疑いようがなく、ただただ圧倒されてしまう。
濃厚な緑の香りは本物としか思えなかったし、ここにあるものが造り物であるとは考えられなかった。それでも、実物の感触を確かめたくて傍らに生い茂っている、樹木の根元から生えているひこばえの先端を何気なく摘まんでみた。確かな生木の弾力があった。
「しばらく手入していなかったからね。まあ、これもあるべき姿と、言えなくもないわね」
ひこばえに触れているぼくを見つめながら、アラベナが言った。
「もっとも、これもまた私が手を加えて現出させた世界。今という時代はね、もうありのままではいられない」
アラベナの話はどうにも抽象的な感じで、ぼくには理解が追いつかない。ただ、彼女が自ら創り出したと思われる緑の園に対する想いは伝わってくる。
見上げれば、遥か高い所にドーム状の天井が繋がっていたけど、それら全体が豊かな日の光を放っているように見える。一体、どういう仕組みになっているのか……まるで見当がつかない。
「地球空洞説って知ってるかしら?」
不意に投げかけられた問い。どこかで聞いたような気がしたけど……曖昧な記憶だったので、「いいえ」とだけ答えた。
「昔の多くの科学者たちが夢見た、地球の内部に広がっているとされる仮説上の世界。まあ、今日では否定されているけどね」
「あ……そう言えば、何かのSFでそんなのがあったような」
「あら、もしかして、SF小説とかがお好み?」
「ええまあ……あまり詳しいほどではないですけど」
ぼくは少し言葉を濁してしまう。ちょうど最近に読んでいた、『窮鼠の黙示録』という変な内容の文庫本がSF小説と銘打たれていたので、そこから得た知識くらいしか思いつかなかったけど……。その巻末に、作家と作品名がずらっと並んでいるページがあったので、内容は知らないけど題名だけは知っているSF小説なら、色々ある。
そう……例えば、今、頭をよぎった……地底世界ペル……ペル?
「ペルシダー」
アラベナの言葉に、はっとなる。そうだ、確かそんな題名……。
「昔のSFにちなんでね、この世界をそう名付けたのよ」
アラベナが上を指さす。その先にあるのは、ぼくがさっき眺めたドーム状の天井だったけど、何を伝えようとしているのか気になった。
「あそこでは本物の日光を集約していて、増幅させたうえでこの世界全体を照らしているの。植物が……いえ、植物に限らず地上の生き物が生育していくのに適しているのは、やはり本物の太陽光よね」
それから、アラベナの案内に従いながら、タイル状の石が敷き詰められている道を進んでいった。左右には草木の生い茂っている情景が延々と続いている。
ただ……ここまでの道のりでふと違和感を感じることはあった。ここが自然を模した世界であると言えばそうなんだけど、それにはまだ、足りないものが。
木陰をくぐり抜ける度に顔に当たってくる日光。それは失われていたはずの記憶の断片を思い起こさせた。
(冬華荘?)
いや……一度失われた冬華荘での記憶はすべて作られたものであったと聞いているし、そもそもそことは雰囲気の違う、どこかの建物の窓。その窓から差し込んでくる朝日がぼくの顔に暖かな熱を与えているんだ。
寝起きのぼくは眩しさを感じて眼をしばたたかせたが、瞼を介して刺し入ってくる光の筋には心地よい、自然な温かさがあった。
そして、記憶の中のぼくは目をはっきりと開け、大きく欠伸をした。身体中に必要な酸素が行きわたる感覚は至福の瞬間だった。
おはよう……と、誰かの声が聞こえてくる。
(え? 誰だろう?)
ぼくの記憶はとても親し気にその声の主と言葉を交わしていた。言葉の内容は判別できなかったけど……とても親しい間柄であるのは確かだ。
(誰? アユミ……?)
それは女性の声に間違いない。ぼくと親しい女性……真っ先に連想したのがアユミであったのも当然だろう。でも……やっぱり違った。
アユミじゃないとすれば……誰だろう。アンジュではないし、ましてやナギとも違う。ぼくの自分の記憶をより鮮明なものにしようと意識を集中させる。
知りたい。知りたい。ぼくの心の奥底にいる女性の正体を……作られた記憶とも違う、ぼくという存在の本質に密接に関わって来るであろう女性の姿を。
突如、意識がオーバーラップを始めた。すべての情景は目まぐるしく変わっていきながら、すぐ前の情景も重なって映し出されていく。
これは……なんだ? ぼくは……どこへ向かっている……?
遠くの方でぼくの名を呼ぶ声がする。アユミじゃない……アラベナの声だ。アラベナ……思えば不思議な名前。緑色の髪を除けば、アジア人に見えるけど……。
あ……意識が明滅する。この感覚を……ぼくは知っていた。
そう、夢から覚める時だ。
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