サイオニック・レイヤーズ

来星馬玲

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羅刹の風神、雷神

耽読者の少女はキミをあやすように……

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 選抜されたレイヤーズの精鋭が、隠れ蓑を破ったうえで人口衛星によって位置を特定されている、カナデの向かった羅刹党の拠点を目指して出撃した。選ばれたのは直接戦闘に長けているとされる十一名で、その中にはナギやミツ、現場で陣頭指揮を執るキリエも含まれていた。

 ぼくは……レイヤーズの管理する施設内に残された。羅刹党が狙っているのは被検体のぼくであり、ぼくには戦闘経験もない。当然と言えば当然だ。

 ただ、レイヤーズが羅刹の基地へ直接乗り込むのは初の出来事でもあり、有事の際の備えも怠らないようにと、厳命されている。レイヤーズの基地内に残った仲間のサイオニックたちの間にも緊張感が張り詰めていた。

 カナデが一人で行動に出る決意をしたのは、アラベナが関与しているに違いないと思っていたけど、誰もアラベナについて直接言及する者はいなかった。

 でも……ナギと話した通りなら、そもそもの原因はぼくにあるのかもしれない。

 現在、ぼくはレイヤーズの地下施設の入り口も兼ねているパーキングエリア……そこの売店にいる。店前には休業の看板が出されており、部外者が立ち入れないようになっていた。店内には最低限の照明しかつけられていない。防御が手薄になれば、羅刹党側からの奇襲の可能性もあり、部外者を巻き込む恐れもあったためだ。

 カウンターの内側で木製のスツールに腰を下ろしているのは、毎日ここの店番をしている女性……今日の作戦会議の時に初めて知ったけど、名前はシオリというらしい。漢字でどう書くのかはまでは聞いていないけど、仕事の合間にブックカバーをつけている本を取り出しては読書にふけっている様子から、「栞」という文字を連想していた。

 やはり、彼女は待機中である現在も文庫本を取り出して、開かれたページに目を落としている。アンジュに連れ去られる前のぼくは地下施設に閉じこもっていたから、見慣れた光景というわけではないけど、ずっと前からそうしているんだなと思わせるナチュラルな雰囲気の中に、彼女は居た。

 ぼくはカウンターのすぐ隣の窓沿いに置かれている椅子に座ったまま、外の風景を見やった。駐車場には車が二つ停車していたけど、動くものは何も見当たらない。遠くの方の道路を時折通り過ぎていく自動車の走行音を聞いていると、何だか寂しい気持ちになった。

 こうして平穏の中にいると、今頃はサイオニック同士の本格的な争いが始まろうとしているなんて、嘘みたいだ。でも、じっと物思いにふける度に思い出される戦いの爪痕はあまりにも生々しく、これから繰り返されようとしているのだという危機感がぶり返してくることもあり、落ち着かなくなる。

 何気なく、シオリの方へ視線を移す。カウンター越しに見る彼女は、素朴な少女という印象だった。自然な表情に、仄かな安らぎを感じる。

 不意に、シオリが顔を上げた。合わさる、ぼくと彼女の視線。見ていたことに気づかれ、気まずくなる。

「ん? なに?」

 きょとんとした顔で首をかしげるシオリ。可愛らしい茶色のポニーテールが少し揺れていた。

「い、いや……その……」

 口ごもってしまう。

「えっと、何を読んでいるのかなぁ……って」

 ぼくは咄嗟に思いついた出まかせを言った。内心、もし悪い印象を与えてしまったらどうしようという不安もあった。でも、それは杞憂だったかもしれない。

「あー、これね」

 シオリはそう言うと、本の表紙の面の方をぼくに見せる。もっとも、紙製のブックカバーをしてあるから、それでは内容がわからないのだけど。

「『食人木の怪』っていうの。何ていうか、有名なSF小説をパクったような内容だけどね……」

 何だか、変な感じのSF小説。『旧鼠の黙示録』という題名がぼくの脳裡を過った。

 よく見ると、ブックカバーにも見覚えがある。自分がそこに住んでいたわけでもないのに、どこか懐かしさを感じる古い街並み。ぼくの座っている位置からは、それに書かれている文字までは見えないけど、『さすらひ堂』という書店の名前が書かれているに違いないと確信できた。

(もしかしたら……)

 ぼくが読んでいた本は、レイヤーズの仲間が近所で買ってきたものであると聞いていた。誰が読んでいるのかは知らなかったけど、読書好きの仲間が一人いて、その子が読み終わった本を施設内の書棚に置いておくそうだ。ぼくがこの施設に来てからは、退屈させないようにという他の仲間の配慮から、ぼくの部屋の傍にまとめられていた。

 本棚の傍には『さすらひ堂』のブックカバーが複数枚積み重なっていた。読書好きの彼女は少し神経質なところがあるから、本を読む時はブックカバーの使用を強く勧めているそうだ。だから、ぼくもそれに倣っていたんだ。

「あの……旧鼠の黙示録って、知っていますよね?」

 疑念を口にする。わざわざ尋ねる理由は特になかったけど、どうしても聞きたくなっていたんだ。

「きゅうそ? ……ああ、あれね」

 うんうんと頷いて見せる、シオリ。

「あれ、裏表紙の一文を読んで、面白そうだなって思って買ったの。最初の方は前に読んだ有名なパニック小説と似たような内容で正直退屈していたんだけど、泣いている女の子が出てきた辺りから、人の情愛? みたいなのが深く掘り下げられていってね」

 ぼくが読んでいない部分まで話し始めるシオリ。

「頼りなかったダメ男の主人公が、女の子を護るために成長していくところとか、すっごく面白かったの。それに、まさか、あの犬が……」

「待って、待って」

 ぼくは慌ててストップをかける。シオリは言葉を切ると、訝し気にぼくの顔を見つめた。

「どうかしたの?」

「ぼくはまだ読み終わっていないから……その」

「ああ、ごめんなさい」

 合点がいったというように、シオリが詫びた。それから彼女は少し考える仕草をしてから、話し始めた。

「ということは……私が置いていた本、読んでくれているんだね。嬉しいな」

 シオリの顔が少し明るくなった。いや、さっきまでは暗かったというわけではないのだけど、それまではぼくと彼女の他に人影の見当たらない店内にあった、固く凝り固まったような空気の重みが、一気に氷解した――そんな感じがしたんだ。

「私、変な趣味してるから、他の人に薦めても断られちゃうし、誰も読んでくれていないのが寂しかったから……」

 それから、ぼくが既に読み終わった本の話をすると、シオリは本当に嬉しそうに話を聞いてくれた。ほんの三冊ほどだったけど、シオリにとっては自分が読んだ本に関する話題を誰かと共有するのが嬉しいことなのだという。

「そっかあ、キミも読んでくれているのなら、これからは自分で本を探すのがもっと楽しくなっちゃうかもね」

 シオリは嬉々とした表情で、そう言った。

「えっと……ぼくも、自分が読んでいる本の中身を知っている人が近くにいるって、嬉しくなるよ」

「うんうん、キミとは趣味も合いそうだしね」

(うーん、それはどうだろう?)

 正直なところ、シオリとの会話についていけているかは怪しい。ただ、彼女がはきはきとした声で読んだ本の感想を語っているのを聞くのは、ぼくも明るい気持ちになれたんだ。だから、こうしてただ言葉を交わすだけであっても、大切にしたい時間。そう感じていた。

「それでさ、今度、一緒に読書会にいかない?」

「読書会?」

「『さすらひ堂』の二階で毎月やっているんだよ。まあ、私は店の仕事もあるし、レイヤーズの管理の外へは勝手に出られないから、毎回行くわけにもいかないんだけどね。お互いにお薦めの本を紹介し合ったりしてさ。もちろん、変なSF小説の話題ばかりじゃないよ?」

「でも……ぼくが読んでいるのって、全部シオリさんのものだと思うから」

「あー、そっかぁ」

 シオリは少しおどけた顔をして見せた。

「じゃあさ、今度、近所の図書館を紹介してあげよっかな? キミだったら、きっと興味を持ってくれると思うんだけど」

「う、うん。まあ……」

 曖昧な返事しかできない自分が、少しもどかしい。ぼくだって、シオリの誘いには関心があったし、図書館があるなら行ってみたい気持ちもあったけど。

「……でも、ぼくも勝手に出歩けないから」

「……そうだよねぇ」

 シオリも少し落ち込んだ声で答えた。

 今は羅刹党との争いが激化しかねない状態で、現に、また戦闘が始まろうとしている。今度の闘いで羅刹党の拠点を鎮圧できれば、暫くは羅刹党も大人しくなるかもしれないというのが長官のキリエの言葉でもあったけど、十分な準備段階も踏まずに交戦する羽目になっているんだ。とても、そう容易く解決できるとは思えない。

「私もね」

 ぼくの思考を中断させる、シオリの声。純粋に楽しんでいた先ほどまでの会話とは打って変わって、暗い感情が吐露されていた。

「サイオニックになってからは、ここでの暮らしを余儀なくされたの。監視の目の外では勝手に動けないし、それまで簡単に手に入ったものが、一気に遠のいていった感じ」

「やっぱり、みんなレイヤーズに縛られているんだね」

「うーん、それも一理あるけど……」

 シオリは少し間をおいてから、ぼくを諭すように語り始める。

「レイヤーズがいなかったら、私だって羅刹党に拉致されていたかもしれないからね。結局、サイオニックっていう、それまでの人間とは違う人種ができちゃったからには、受け入れてくれる新体制の設立は必須だったと思うよ。私は……レイヤーズは、サイオニック同士が助け合うために存在している、サイオニックにとって必要とされている組織だって信じてる」

「うん……そう、だよね」

 シオリの言うとおりだ。レイヤーズが存在しなければ、アユミたちのように、羅刹党によって強制的に戦闘員として酷使されるサイオニックはもっとたくさんいたのだろう。そして、それは今よりも多くの悲劇を生んだに違いない。

「だからね。こうして、みんなが帰ってくる場所を護るのが私の役目なんだなって。私なんかを仲間として受け入れてくれたみんなのためにもね」

「うん」

 ぼくは深く頷いていた。シオリは素朴で可愛い見た目だったけど、内に秘めた信念はとても力強く、頼もしく思えるほどのものなのだと気づいた。

 それに比べて、ぼくはどうだろう? アユミ……それにアンジュを失ってからは、心にぽっかりと、大きくて深い穴が穿たれたようだ。

 大切な人が次々と離れていってしまう現実に対する憤り、そして、自分の中にある不気味な感情のうねり。サイオニックに対するあらゆる境遇が理不尽で、辛いものであると感じていた。

 ぼくはアユミに何かをしてあげたいと思っていたけど、結局、彼女を救えなかった。アユミの親友のアンジュもぼくと求め合ったけど、アンジュはライキに殺されてしまった。誰も助けることのできない己の無力さがもどかしく、ぼくはサイオニックを生み出した姿の見えないこの世の意志そのものを、憎悪していたのかもしれない。

「いいんだよ、辛いのものは辛いって受け止めてもね」

 ぼくは我に返る。シオリの発言は、まるでぼくの心の中を読んだかのようだった。

「みんな苦しんでる。自分一人だけが辛いわけじゃない……そう言う人もいるけど、自分の中の辛い、苦しいって感情は、やっぱり、他の人ではわからないものだもんね。少しでも、わかり合える人がいてくれたら、多少は和らげるかもしれないけど……」

(わかり合える人)

 ぼくは……アユミやアンジュにとってのそんな人に成りたかった。それに、カナデのことももっと理解していれば、今回の件も未然に防げたはずだ。

 シオリが椅子から立ち上がった。そのままカウンターを周ってぼくの方に近寄ってくる。

「え?」

 訳も分からずに戸惑っていると、シオリが両手を広げて、ぼくをそっと抱きしめてくれた。密着する、女の子の感触。女性の甘酸っぱい香り。それはアユミのものにも似た優しさと……前に感じた、母親を思わせる包容力に満ちていた。

「し、シオリさん……」

「こうすると効果的だって、アラベナさんが言ってた」

「……アラベナ?」

 確かに……アラベナの抱擁にも逆らい難いものがあった。ただ、アラベナのやっていることに対しては、今も不信感でいっぱいだったが。

「私も、最初はアラベナさんが怖い人に思えた。でも、本当は心優しい人だって知ったの。だって、アラベナさんは……」

 言葉を切るシオリ。何だろうと思っていると、駐車場の方で何やら大きな物音が響いた。山積みになった瓦礫を崩したような音、続いて、車のエンジン音。

 シオリはぼくから身を離すと、外の光景に目を向けた。そこには見慣れない車が一台、止まっている。

「なんだろう……?」

 シオリが呟いた。ぼくも何が起こっているのわからず、ただ事態の変化を見守っていた。

 やがて、玄関の自動ドア――電源の切ってあるそれを、手で無理やり開けて入ってくる人影。二人……いや、三人。相手の顔を認めると、固唾を飲んで見守っていたシオリの顔がパッと明るくなる。

「何だ、チカじゃない」

 どうやら、見知っている相手らしい。シオリは警戒を解くと、手を振りながら相手の方へと近づいていく。

「ねえ、一体どうしたの? なんか、凄い音がしていたけど……」

 バシッ。何かを弾いたような音が響いた。その途端、ばたりと倒れるシオリ。

 ぼくは驚きの声を上げた。急いで、うつ伏せに横たわっているシオリの傍へ駆け寄る。

「シオリさん!」

 しかし、シオリにかけようとした手は、別の誰かによって掴まれ、そのまま強い力でグイと持ち上げられてしまう。

「う……な、なにを」

 その相手の顔を見て、愕然となった。固い質感のショートヘア。歪められた口元。強い憎悪の籠った眼差し。

 それは……サキだった。
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