サイオニック・レイヤーズ

来星馬玲

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羅刹の風神、雷神

残虐性の権化たる少女は、命という玩具を弄ぶ

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 雲一つ見当たらない、晴れ渡った群青色の空。薫風に運ばれて、色づいてきた深緑の匂いが地面をなめ回すように流れていた。

 都内から離れた、山の麓。車一台が通れそうなほどの横幅の山道の入り口を前にして、仁王立ちになっている長身の女性――レイヤーズの施設を一人で抜け出してきたカナデの姿があった。

 丈の短い和服から露出し、外気に晒されている豊満な胸元。ニーソックスほどの長さもある藤色の足袋を身に着けていることで際立っている豊かな太もも。それらが早すぎる晩春の香りに撫でまわされ、若干小麦色をしている地肌に、仄かな紅色の着色料をしみ込ませたような色彩が浮き上がっている。

 カナデはふーっと息を吐き、体内に溜まっている熱を発散させた。そして、もう一度深呼吸を繰り返し、肉感的な身体の中に、陽気を深く取り込む。

 洞察に富んだ眼差しが、山道の奥行きを見定める。道なりは緩やかな斜面であったが、カナデの心境は、途方もなく険しい道のりを目前にしており、少しでも気を抜けば立ちすくみ、あらゆるものを見失うほどの不安定な土台の上にいた。

 カナデは己の下腹部の辺りに手を添えて、軽くさすった。確かな、命の炎の温もり。自らの子宮の中に、それを感じる。

(わたしには、力がある。あの人のために振るうことのできる、大きな力が)

 子宮の中には、かつてないほどのサイオエナジーの熱量が息づいていた。それは心に至福をもたらしてくれるものであり、同時に戦うのに必要な力でもある。そして、そのサイオエナジーを与えてくれた者をより愛おしく思う源泉でもあった。

 見方を変えれば、他者のサイオエナジーを与えられたことによって、感情を支配されたともいえる。事実、今までのカナデであったなら、一人で先急ぎ、敵地に乗り込むなど、あり得ない話だった。だが、今のカナデはそれで良いのだという意志で以てこの場に立っており、疑念は失せてしまっていた。

(ライキ……一刻も早く、決着をつけなければ)

 カナデは被検体Gと激しくまじりあった際、被検体Gの心の中に巣くっている大きな闇の存在をはっきりと感じていた。被検体Gがこの世で最も愛おしい者という認識に支配されているカナデにとって、その闇は愛する者のためにも取り除かなければならないものだった。

 闇の奥底で、残虐な光を放つ相貌。愛おしい者を苦しめる元凶は、紛れもない、ライキの姿。カナデはそう信じて疑わない。

(……行こう)

 強い決意を秘めた者の足取りで、山道に踏み入るカナデ。ここから先は、羅刹党が潜伏している敵地。一瞬の油断もできない。

 数分の時が流れたところでカナデは、前方に潜んでいる、こちらの様子を窺う者たちの存在を察知し、瞬時に身構えた。

 誰かが息を呑む気配。ピリピリとした緊張が、咽てしまいそうな草木の濃い匂いの中を伝わる。

 カナデの様子を窺っている者たちが、すぐに手を出してくる様子はなかった。レイヤーズの中でも特に強力な戦士であるカナデとまともに戦ったところで、とても敵わないと悟っているのかもしれない。

 カナデは強い闘志を胸に秘めてはいるが、余計な戦闘は望んでいない。豊満な胸をより大きくはり、鋭い目つきで相手を威嚇する。それだけで、周囲に隠れている者たちを動揺させるには十分であった。

 前へと力強く突き進んでいく歩み。カナデの脳裡には、近隣に存在する、羅刹党の基地の大方の構造が把握されていた図面が、刻印されている。時期尚早というのがレイヤーズの上層部の意見であったのかもしれないが、最早生きる糧となっている者への愛情が、羅刹党という巨悪に対する怒りへと裏返っているカナデ。敵地へ乗り込むために必要なデータが揃っているという事実は、一刻も早く決着をつけねばならないという彼女の確固たる意志を突き動かすのに、十分なものであった。

 ふと、足を止めるカナデ。心持は尚も決着へ向けて意気込んでいたが、子宮を中心にして渦巻いているサイオエナジーが、ある不穏な気配を敏感に感じ取ったのである。

(この気配……強い)

 強力なサイオエナジーの持ち主が、急速に接近してくる。あるいは、ライキが直接出向いてきたのだろうか。

(…………いや?)

 違う。ライキの動きではない。……確証はなかったが、カナデは自らの直感を疑わなかった。

 パチリ。軽快で甲高い音が鳴らされた。その途端、カナデの左右の深緑を、電気が奔ったような衝撃が貫く。

 そして、次の瞬間――。

「ほらほらほらぁ。なーに隠れてんだよ、とっとと出てきなぁ」

 ソプラノ調の声が、山道に木霊した。やはり、ライキとは全く異なる。

 やがて、前方から現れる人影。不自然なほどに警戒心のない足取りで、カナデの方へと近づいてきた。その人物の登場に呼応する形で、カナデを遠巻きにして監視していた、羅刹党の構成員の証であるタイツ状の戦闘服に身を包んだ女たちが、バラバラと飛び出してきた。

(……何者?)

 カナデの視線は、先ほどの声の主に釘付けとなっていた。それ以外の自分を取り囲んでいる羅刹党の女たちなどは、まるで眼中にないといった様子であったが、事実、この場にいる大多数の女戦闘員は、カナデがその気になれば容易く一蹴できる程度の実力しかない。
 
 それほどの強者であるカナデであっても、底知れぬ存在として警戒しているのは、他の戦闘員たちとは異質ないで立ちをした、一人の少女だった。
 
 腰の辺りまで伸ばされたツインテールの髪の毛が、陽の光を浴びて朱色に輝いている。ゴスロリ調の黒と白の衣装が、碧力の背景とは何とも不釣り合いな印象だった。

 顔立ちはとても幼い。羅刹党の下級の戦闘員は、二十歳前後かそれに満たない者が大半であったが、その少女はそれよりももっと若い、子供のような面持ちだった。

 だが、子供と呼ぶには些か歳を重ねている風にも見える。カナデが第一印象として彼女に子供っぽさを感じた理由は、一見無邪気な瞳の奥で揺らめいている、邪悪な炎を一瞬で見抜いた故であったのかもしれない。

 カナデは瞬時に見極めていた。子供っぽい理屈によって生じる、悍ましいほどの残酷な意思の宿ったサイオエナジーの強大な熱量を。

「あんたがレイヤーズの刺客だろう? ずっと待っていたんだからねぇ」

 少女はそう言うと、にやにやと笑みを浮かべる。

「……あなたも羅刹ね。私はライキにだけ用があるの。道を開けなさい」

 少女はカナデの言葉を聞くと、ケラケラと笑い出した。相手を子馬鹿にしているような態度だった。

 カナデは少女の返事を待たずに、周りにいる戦闘員たちに対しても凛とした口調で告げる。

「あなたたちも、今すぐ手を引きなさい。無駄な争いはしたくない」

 戦闘員たちの間に、明らかな動揺が起こる。中には、カナデの言葉一つで逃げ越しになっている者すらいた。

「うおい。勝手に話を進めるなよ!」

 突然の怒声。少女が苛立ちを露わにして、カナデの方へじりじりと詰め寄る。

「ワタシはこの時を待ちわびていたの。それなのに、水を差すことばかり言ってくれちゃってさ」

「……私は戦いを終わらせるために来たの。この子たちだって、それを望んでいるはず」

 カナデを取り囲んでいる羅刹の戦闘員たちは、皆、狼狽えていた。出来ることなら逃げ出したいという願望が見て取れる。

「ふん、バカだね。こいつらは所詮、ノンプレイヤーキャラクター。命令以外の動きは許されていないんだもの。ほら……」

 少女が手を掲げ、一人の戦闘員を指さした。指さされた戦闘員……彼女の顔がさっと青ざめた。カナデがそれの意味するところを悟る前に、女戦闘員の絶叫が響く。

「ひぎ! ……へぐ……あがぁぁぁぁ!」

 女戦闘員は腹部を抑え、全身を折り曲げる。そのまま地面に突っ伏し、身体が激しく痙攣し始める。

「うが……がぁ! ひがぁぁ!」

 理性が消し飛び、肉体を襲っている激痛を訴えるためだけのものと化した発声器官。生から無理矢理に切り離される者の悲痛の叫びが、山間一帯に轟く。

 カナデは垣間見る。苦しみにのたうつ彼女の胎内……サイオエナジーの中枢に、命を喪失させることのみを目的とする殺戮の炎が滾っている様子を。

 やがて、横向きに倒れたまま動かなくなった戦闘員。一人の女の人生の終着点としては余りにもあっけない、一瞬の出来事であった。

 少女が倒れている戦闘員の女に歩み寄る。そして、腹部を思いっきり踏みつけた。踏まれた女は「ぐふぅぅぅ」と息を吐きだしたが、それは体内に溜まっていた空気が放出されただけに過ぎない。カナデは、彼女が既に死んでいることを見抜いていた。

「カエルみたいな気持ち悪い声出しちゃって。女の子なんだからさ。もっと可愛い声でイッちゃいなさいよ。……ねえ」

 少女がくすくすと笑うと、周りにいる他の戦闘員たちを一瞥する。皆、恐怖のあまり震え上がった。少女はそのうちの一人に対して、異常な速度で近づくと、首根っこを掴んだ。

 首を掴まれた戦闘員が身をよじって抵抗する。恐ろしい相手を直視できないといった風に、視線があちこちに投げかけられた。

「アン様……や、やめて……」

 辛うじて出された声。アンというのが、この殺戮劇を演じている少女の名前らしい。アンと呼ばれた少女は怯える相手を子馬鹿にするように首を振った。長いツインテールがパサリと揺れる。

「やめなさい!」

 カナデが叫ぶ。腰に差していた刀をさっと引き抜き、切っ先をアンという名の少女へ向けた。

「はあ? こいつ、オマエの敵だよぉ?」

 アンが、戦闘員の首を掴んでいた手をパッと離す。アンから解放された戦闘員はそのまま倒れ込み、地面に手を突き、ゲホゲホと咳き込んだ。

 カナデは構えている剣を収めない。この相手との戦闘は決して避けられない……カナデはそう確信していた。

「やっぱ、聞いた通りだなぁ。レイヤーズって奴らは敵の命も助けようなんてヌルい考えでやってんだ」

 アンは両手を左右に伸ばし、舞台に上がっている演者のように大げさな仕草で天を仰いだ。

「こいつらもさあ。負けても助けてもらえるって甘い考えでいたから、何の役にも立てないんだ。……モブキャラはモブキャラらしく、儚く散っていけばそれでいいのにさ。……こんな感じにィ」

 パチリ、と指が鳴らされる。すると、四つん這いになって咳き込んでいた戦闘員が「うっ」と呻いた。表情が酷く青ざめている。

 次に起こることを察知するカナデ。カナデは急いで、その戦闘員を助け起こそうと駆け寄る。

「う……か……ああああ」

 苦しむ戦闘員。それは嬌声に近い響きだった。カナデは剣を構え、女戦闘員の子宮にある殺戮の火種を取り除こうと意識を集中させた。しかし。

(駄目……捉えられない)

 カナデの表情が絶望に染まる。そして、救済を得られなかった女もまた。

「ひう……あふ! くあぁぁぁぁん!」

 女戦闘員が絶頂する。それと同時に、子宮の内部の火種が膨張し、数多の熱線となって彼女のサイオエナジーの中枢を蜂の巣状に貫いた。

 やがて、命の灯を死の火線でかき消された戦闘員が、がっくりとうなだれる。股間から溢れるアンモニア臭が、彼女の生の最期の名残だった。

「今度はわりかし、かあいい声出して死んだね」

 アンはうきうきとした調子でそう言った。

 カナデは怒りとも悲しみとも憎しみともつかない、激動の感情に突き動かされた瞳で、アンを睨みつけた。理性が慟哭している。この狂った殺人鬼を相手に、自分がどこまで冷静でいられるかわからない。

「今のでわかったろ~。こいつらの子宮には、ワタシのサイパワーの一部を植え付けてあるんだよ。いつでも、好きなタイミングで殺せるようにね」

「何故……そんなことを……」

 カナデは辛うじて、それだけ言った。今にも爆発しそうな己のサイパワーを堪えながら。

「決まってるじゃん。これから始まる、タノシイタノシイ命のやりとり……ワタシとレイヤーズのバトルゲーム。こいつらは、それを盛り上げるためにだけいるんだ」

 カナデは戦慄した。モブキャラ……ノンプレイヤーキャラクター……今もなお、恐怖におびえている感情を持った女たちを、このアンという名前の少女は、自らの遊戯に使うコマとしてしか見ていない。

「せっかく、羅刹に入ったってのに、言われるのはサ……勝手に戦うなだの、勝手に殺すなだので……ひっでえクソゲーつかまされたって辟易してたんよ。でも、レイヤーズが攻めてくると分かった途端、お偉いさんも手のひら返し。ようやく、ワタシの腕前を披露する時がやってきたわけ」

 ゲーム脳の殺人狂。ただの人間であっても十分過ぎるほどに危険な存在に違いないが、単なる妄想の産物に過ぎなかったものを実現させてしまうサイオニックであることを加えれば、その恐ろしさは到底計り知れない。

「オマエさ、ワタシのこと、ライキを倒すまでの通過点くらいにしか見てなかったろ? 正直むかつくけど、ワタシの方がライキなんかよりも色んなテクを持ってるって、いい加減に理解したんじゃないの?」

 アンがくっくっくと含み笑いをする。

「さあ、やろうよぅ。時間無制限、コンティニューはなしで死んだらゲームオーバー。ルールは簡単、でも、やってみると奥が深いかもよ?」

 アンはそう言うと、両腕を蛇のようにうねらせ、格闘ゲームのキャラクターを見よう見まねで模倣したような構えを見せつけた。その構えは素人であったかもしれないが、放たれる狂気のサイパワーは他の多くのサイオニックを軽く凌駕している。

 アンの全身から湧き出る殺戮のオーラ。それに呑まれる時、対峙する者の身体中の血潮は吸い上げられ、アンの妄念を新たな鮮血で染め上げる。そうやって培われてきたのであろうアンの底知れない力を前にして、カナデは慄然としていた。
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