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第三部
第十八章 芋供え月、丸む 其の一
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時は戻る。
◆◇◆
城から宿下がりした翌日、涙に腫れた目をなだめ、静は朝餉の膳へとついた。そしてそのあと、嘉衛門と才兵衛と共に、静も懐かしい道を歩いていった。
「親方、ご無沙汰いたしております。」
部屋の入り口に座って、静は軽く礼儀正しい挨拶をする。
「おっ、静じゃねぇか。また別嬪になったな。ちょいと痩せたかい?」
手招きをして藤五が言う。『別嬪になったな』。これは、久方ぶりに女子と顔を会わせたときの藤五の挨拶であった。
静は親方の前に進むと、煙管を置いた藤五に微笑みながら、きれいな礼をして挨拶をした。
「親方こそお変わりのう、御達者で何よりでございます。」
「おう、まだまだ若ぇもんには負けねぇ。」
ちょっと格好をつけて腕組みした姿に、なぜか静の頭に大姥局が浮かび、ついクスッと笑った。
「やぁ、どしたい。」
「お仕えしている旦那さまもお達者な方なので。」
優しい目の親方に、静はいつものように正直に報告した。
「おぅ、そうかい。お前の笑い顔を見るとやっぱりホッとするぜ。美津が迷惑かけてねぇかい?」
「いいえ、ずいぶんお世話になってしまって。」
藤五は、静が栄嘉と養子縁組をしたのを案じていた。孫娘は舞い上がるほど喜んでいたが、静の思いを考えると藤五は、なんともやりきれなかった。
静の穏やかな微笑みに、藤五はホッとしている。
「お前がお城に上がるって聞いたときは、さすがの俺も魂離ったが、まぁ、お前のこった、そつなく暮らしてんだろうよ。」
静は返事をする代わりに、にっこりと笑った。
変わらぬ親しみやすい笑顔ながら、武家の娘らしくピシッと座っている静に、藤五は城での静の暮らしが偲ばれた。
「上様は優しい人だろ?」
「え?」
にんまりした唐突な藤五の話題に、静は驚いて小さな目で親方をマジマジ見た。
藤五はそんな静に構わず、扇子をパタつかせて頭の中を手繰る。
「もう何年前になるかなぁ、ずいぶんになるんだがな、街道の普請を請け負ってたときだ。 すっきりした身なりの若侍がやって来て、『一里塚に榎を植えよ』とぬかしやがった。 …こいつぁ、ただ者じゃねぇと思ったね」
パタパタと扇いでいた扇子をシャッとたたみ、床板の上にトンと立てると、藤五は見栄を切った。
「どうしてでしょう。」
真顔になった静の問いに、藤五はニヤリとする。
「お前だったらわかってんじゃねぇか? 静。」
パンッパンッと扇子でゆっくり手を打ちながら、藤五は静に問い返した。
「枝がよく繁るからでしょうか?」
少し宙を見て考えた静の答えに、藤五は満足そうに笑った。
「そうだ。さすがだな。榎は枝の木っていうほどだからよ。枝を伸ばして、葉が充分に繁る。遠目からよくわかる目印になるだけじゃねぇ、夏の間の木陰は、一息つける場所にならぁな。」
藤五は感心するように一気にまくし立て、いったん息を継ぎ、パンと自分の太ももを叩く。
「なんともまぁ心憎ぃじゃぁねぇか。俺ぁ、感じ入ったねぇ。その若侍が三葉葵の御紋の品を持ってたのも魂離ったがよぅ。」
藤五は腕組みをし、うんうんと大きく感じ入る様子を見せた。
「そうですか…、上様が……」
繁った榎にきれいな青紫模様の蝶がヒラヒラ舞い、木陰の旅人を慰める光景が、静の頭に浮かぶ。
藤五は興味深げに聴く静の方へ扇子を向け、ちょいちょいと振ると、声をやや低めてすぐに後を続け始めた。
「ところがよ、お城の四谷見附の石垣の上、あっこから街道が始まんのに、『そこは椋の木を植えよ』ってのたもうた。」
ふ~むと籐五が頭をひねる。
「まぁ、よく似た木だけどよ、何でそこだけって思ったもんだ。ご命令だから、その通りにしたんだがな、うん。お供のちょいと年上の侍も、なんか変な顔をしてやがったから、よっく覚えてんだ。」
「そうですか…」
それはきっと鳥たちを江戸城の奥まで呼び込むためだと静は思った。榎にも鳥は集まるが、椋の木はもっと集まる。
四谷見附は江戸城の外堀にあって、内堀の中にある本丸からは山手の方向にやや離れている。そこに椋の木があれば、実の時期には山から小鳥が集まり、そこからまた本丸の庭にも飛んでくるだろう。
(きっと御台様をお慰めするため。)
秀忠の妻に対する優しさがそういうものだというのを、またそれがいかに深いかというのも静は分かっていた。
「どしたい、ぼんやりして。」
「いえ、親方が上様をご存じとは驚いてしまって。」
「そうかい。」
『上様のことはご法度』。大姥局の言葉が蘇り、静は当たり障りのないことを口にした。
遠くから「親方~」という男の声が近づいてくる。
「おっと、お前の話を聞く間がなかったな。勘弁してくれ。」
藤五は片手立てて静を拝んだ。
「いいえ、お目文字に上がっただけですから。」
「そうかい?」
静の品のよい笑顔と挨拶に、藤五は感心するように顔をほころばせ立ち上がった。
「親方~」。玄関先から籐五を呼ぶ声がする。
「今いく、ちょっと待ってろい。」
藤五が外に向かって大きな声をあげ、静の近くにしゃがみこんだ。
「静、辛かったらいつでも帰ってくんだぞ。」
藤五は静の肩をポンポーンと軽く叩いた。
「ありがとうございます。」
静はえくぼを浮かべて笑うと、ゆっくりと礼をした。
「親方~」。男の催促の声がする。
「わかってっから待て。」
藤五は再び立ち上がり、外へ向かって吠えるような大声を出した。呼ばれる声の方向に数歩進んだ藤五だが、ふと振り返って、笑顔で見送る静の元にまた来る。
「いい女になってっから自信持て。な。またな。達者で暮らせよ。」
静に早口で言い、もう一度、肩をポーンと叩いた。
「はい。」
静はしっかり頷いた。その様子に藤五も満足そうに頷いた。
「お・や・か・たぁー」。また、催促の声が上がった。
「うるっせぇな、今いくよぃ。」
藤五は半纏に風を受けるように身を翻し、大股に呼ぶ声の方へと向かった。
親方はなにか知っているんじゃないかと静は思う。
(いや、親方はそんな方だ。旦那さまと同じように、いろんなことを見抜いてしまわれる。)
『辛かったら帰ってくんだぞ。』
その一言だけで、静はありがたかった。
上様のお手がついたあとの、大姥局の言葉を静は思い出す。
『そなたは、また上様のお情けをいただくことがあるやもしれぬ。しかし、お側には侍れぬ。それだけは申しておく。それが辛ければ、宿下がりしてよいし、私のそばでの宿直もやめてもよい』
(あのような辱しめを受けるなら帰ってきてしまおうか……)
静は秀忠に凌辱された夜を思い出す。
静の頭に、秀忠の恐ろしさと江への申し訳なさが入り交じる。
自分の女としての業も……。
しかし、『また手伝うてくれ』そう言った大姥局の側で働きたいとも思う。
(宿直を止めればよいかしら。)
静は逡巡しながら、懐かしい道をホタホタと歩いた。
知らずとその足は、美津を連れてよく遊んだ裏山に向かっていた。
桐の木が何本も植わっている。一番太い木に静はそっと手を添えた。
「また大きくなったねぇ。」
桐の木が身を揺らすように、サワサワと葉擦れの音を立てる。
藤五は抱えている者に女の子が生まれたら、裏山周りに桐の木を植えた。嫁入りの箪笥を作らせるためである。
静が生まれたときも、美津が生まれたときも、桐が植えられた。
そして、美津が早い嫁入りをするときに、十分立派に育っていた静の木を伐り、美津の箪笥は作られたのである。
(私の木が嘉衛門さまのお側にある。)
それで静は幸せだった。それで嘉衛門を諦めた。
その後、美津のために植えられていた木が静の木となった。その木も十分すぎるほど立派に育ったが、静への縁談はなかった。
「『松も昔の友なら泣くに』…か…。」
静は「誰を友とすればよいのか、高砂の老松さえ、昔からの友と言うわけではないのだから」という、百人一首の和歌を思い出していた。
この木は私の木。
でも、私の木ではない。
静は、さりさりした木肌をそっと撫でると、風を受けて大ぶりの葉が揺れる梢を見上げ、微笑んだ。
裏山に上がり、木の枝を拾って足元を探りながら、注意深く木の間をいくつか潜り抜けると、静は足を止めた。
目の下には懐かしい我が家が見える。
じっと見つめていると富の声が響いた。
「お八重、ちょいと来とくれ。」
「はい。おっかさん。」
お披露目の婚儀はまだだといっていたが、八重は既に住み込んでいるようである。
(お八重ちゃんが居てくれれば、お城に戻っても安心だわ。)
そう思った静の鼻の奥が、ツンと痛んだ。
(松吉も嬉しかろう。)
静はゆっくりと目を閉じて微笑み、また注意深く来た道を戻った。
静の目に、三枚の並んだ小さな葉が目についた。
(あら…)そう思った静が、その蔓を目で追う。(あったあった)。
消紫の実がクパッと開いて白い実が見えていた。
(栄太ちゃんに持って帰ってあげよう)。
静は上手に蔓をたぐり、よく熟れていそうなアケビを採った。
同じ道を山桃をもらって、小さな美津と歩いたのはいつだったか……。静は『母上と姉上のお土産じゃ』と言った太吉を思い出していた。
*****
【魂離る】 驚く。びっくりする。
【青紫模様の蝶】オオムラサキ。榎に卵を産む。
◆◇◆
城から宿下がりした翌日、涙に腫れた目をなだめ、静は朝餉の膳へとついた。そしてそのあと、嘉衛門と才兵衛と共に、静も懐かしい道を歩いていった。
「親方、ご無沙汰いたしております。」
部屋の入り口に座って、静は軽く礼儀正しい挨拶をする。
「おっ、静じゃねぇか。また別嬪になったな。ちょいと痩せたかい?」
手招きをして藤五が言う。『別嬪になったな』。これは、久方ぶりに女子と顔を会わせたときの藤五の挨拶であった。
静は親方の前に進むと、煙管を置いた藤五に微笑みながら、きれいな礼をして挨拶をした。
「親方こそお変わりのう、御達者で何よりでございます。」
「おう、まだまだ若ぇもんには負けねぇ。」
ちょっと格好をつけて腕組みした姿に、なぜか静の頭に大姥局が浮かび、ついクスッと笑った。
「やぁ、どしたい。」
「お仕えしている旦那さまもお達者な方なので。」
優しい目の親方に、静はいつものように正直に報告した。
「おぅ、そうかい。お前の笑い顔を見るとやっぱりホッとするぜ。美津が迷惑かけてねぇかい?」
「いいえ、ずいぶんお世話になってしまって。」
藤五は、静が栄嘉と養子縁組をしたのを案じていた。孫娘は舞い上がるほど喜んでいたが、静の思いを考えると藤五は、なんともやりきれなかった。
静の穏やかな微笑みに、藤五はホッとしている。
「お前がお城に上がるって聞いたときは、さすがの俺も魂離ったが、まぁ、お前のこった、そつなく暮らしてんだろうよ。」
静は返事をする代わりに、にっこりと笑った。
変わらぬ親しみやすい笑顔ながら、武家の娘らしくピシッと座っている静に、藤五は城での静の暮らしが偲ばれた。
「上様は優しい人だろ?」
「え?」
にんまりした唐突な藤五の話題に、静は驚いて小さな目で親方をマジマジ見た。
藤五はそんな静に構わず、扇子をパタつかせて頭の中を手繰る。
「もう何年前になるかなぁ、ずいぶんになるんだがな、街道の普請を請け負ってたときだ。 すっきりした身なりの若侍がやって来て、『一里塚に榎を植えよ』とぬかしやがった。 …こいつぁ、ただ者じゃねぇと思ったね」
パタパタと扇いでいた扇子をシャッとたたみ、床板の上にトンと立てると、藤五は見栄を切った。
「どうしてでしょう。」
真顔になった静の問いに、藤五はニヤリとする。
「お前だったらわかってんじゃねぇか? 静。」
パンッパンッと扇子でゆっくり手を打ちながら、藤五は静に問い返した。
「枝がよく繁るからでしょうか?」
少し宙を見て考えた静の答えに、藤五は満足そうに笑った。
「そうだ。さすがだな。榎は枝の木っていうほどだからよ。枝を伸ばして、葉が充分に繁る。遠目からよくわかる目印になるだけじゃねぇ、夏の間の木陰は、一息つける場所にならぁな。」
藤五は感心するように一気にまくし立て、いったん息を継ぎ、パンと自分の太ももを叩く。
「なんともまぁ心憎ぃじゃぁねぇか。俺ぁ、感じ入ったねぇ。その若侍が三葉葵の御紋の品を持ってたのも魂離ったがよぅ。」
藤五は腕組みをし、うんうんと大きく感じ入る様子を見せた。
「そうですか…、上様が……」
繁った榎にきれいな青紫模様の蝶がヒラヒラ舞い、木陰の旅人を慰める光景が、静の頭に浮かぶ。
藤五は興味深げに聴く静の方へ扇子を向け、ちょいちょいと振ると、声をやや低めてすぐに後を続け始めた。
「ところがよ、お城の四谷見附の石垣の上、あっこから街道が始まんのに、『そこは椋の木を植えよ』ってのたもうた。」
ふ~むと籐五が頭をひねる。
「まぁ、よく似た木だけどよ、何でそこだけって思ったもんだ。ご命令だから、その通りにしたんだがな、うん。お供のちょいと年上の侍も、なんか変な顔をしてやがったから、よっく覚えてんだ。」
「そうですか…」
それはきっと鳥たちを江戸城の奥まで呼び込むためだと静は思った。榎にも鳥は集まるが、椋の木はもっと集まる。
四谷見附は江戸城の外堀にあって、内堀の中にある本丸からは山手の方向にやや離れている。そこに椋の木があれば、実の時期には山から小鳥が集まり、そこからまた本丸の庭にも飛んでくるだろう。
(きっと御台様をお慰めするため。)
秀忠の妻に対する優しさがそういうものだというのを、またそれがいかに深いかというのも静は分かっていた。
「どしたい、ぼんやりして。」
「いえ、親方が上様をご存じとは驚いてしまって。」
「そうかい。」
『上様のことはご法度』。大姥局の言葉が蘇り、静は当たり障りのないことを口にした。
遠くから「親方~」という男の声が近づいてくる。
「おっと、お前の話を聞く間がなかったな。勘弁してくれ。」
藤五は片手立てて静を拝んだ。
「いいえ、お目文字に上がっただけですから。」
「そうかい?」
静の品のよい笑顔と挨拶に、藤五は感心するように顔をほころばせ立ち上がった。
「親方~」。玄関先から籐五を呼ぶ声がする。
「今いく、ちょっと待ってろい。」
藤五が外に向かって大きな声をあげ、静の近くにしゃがみこんだ。
「静、辛かったらいつでも帰ってくんだぞ。」
藤五は静の肩をポンポーンと軽く叩いた。
「ありがとうございます。」
静はえくぼを浮かべて笑うと、ゆっくりと礼をした。
「親方~」。男の催促の声がする。
「わかってっから待て。」
藤五は再び立ち上がり、外へ向かって吠えるような大声を出した。呼ばれる声の方向に数歩進んだ藤五だが、ふと振り返って、笑顔で見送る静の元にまた来る。
「いい女になってっから自信持て。な。またな。達者で暮らせよ。」
静に早口で言い、もう一度、肩をポーンと叩いた。
「はい。」
静はしっかり頷いた。その様子に藤五も満足そうに頷いた。
「お・や・か・たぁー」。また、催促の声が上がった。
「うるっせぇな、今いくよぃ。」
藤五は半纏に風を受けるように身を翻し、大股に呼ぶ声の方へと向かった。
親方はなにか知っているんじゃないかと静は思う。
(いや、親方はそんな方だ。旦那さまと同じように、いろんなことを見抜いてしまわれる。)
『辛かったら帰ってくんだぞ。』
その一言だけで、静はありがたかった。
上様のお手がついたあとの、大姥局の言葉を静は思い出す。
『そなたは、また上様のお情けをいただくことがあるやもしれぬ。しかし、お側には侍れぬ。それだけは申しておく。それが辛ければ、宿下がりしてよいし、私のそばでの宿直もやめてもよい』
(あのような辱しめを受けるなら帰ってきてしまおうか……)
静は秀忠に凌辱された夜を思い出す。
静の頭に、秀忠の恐ろしさと江への申し訳なさが入り交じる。
自分の女としての業も……。
しかし、『また手伝うてくれ』そう言った大姥局の側で働きたいとも思う。
(宿直を止めればよいかしら。)
静は逡巡しながら、懐かしい道をホタホタと歩いた。
知らずとその足は、美津を連れてよく遊んだ裏山に向かっていた。
桐の木が何本も植わっている。一番太い木に静はそっと手を添えた。
「また大きくなったねぇ。」
桐の木が身を揺らすように、サワサワと葉擦れの音を立てる。
藤五は抱えている者に女の子が生まれたら、裏山周りに桐の木を植えた。嫁入りの箪笥を作らせるためである。
静が生まれたときも、美津が生まれたときも、桐が植えられた。
そして、美津が早い嫁入りをするときに、十分立派に育っていた静の木を伐り、美津の箪笥は作られたのである。
(私の木が嘉衛門さまのお側にある。)
それで静は幸せだった。それで嘉衛門を諦めた。
その後、美津のために植えられていた木が静の木となった。その木も十分すぎるほど立派に育ったが、静への縁談はなかった。
「『松も昔の友なら泣くに』…か…。」
静は「誰を友とすればよいのか、高砂の老松さえ、昔からの友と言うわけではないのだから」という、百人一首の和歌を思い出していた。
この木は私の木。
でも、私の木ではない。
静は、さりさりした木肌をそっと撫でると、風を受けて大ぶりの葉が揺れる梢を見上げ、微笑んだ。
裏山に上がり、木の枝を拾って足元を探りながら、注意深く木の間をいくつか潜り抜けると、静は足を止めた。
目の下には懐かしい我が家が見える。
じっと見つめていると富の声が響いた。
「お八重、ちょいと来とくれ。」
「はい。おっかさん。」
お披露目の婚儀はまだだといっていたが、八重は既に住み込んでいるようである。
(お八重ちゃんが居てくれれば、お城に戻っても安心だわ。)
そう思った静の鼻の奥が、ツンと痛んだ。
(松吉も嬉しかろう。)
静はゆっくりと目を閉じて微笑み、また注意深く来た道を戻った。
静の目に、三枚の並んだ小さな葉が目についた。
(あら…)そう思った静が、その蔓を目で追う。(あったあった)。
消紫の実がクパッと開いて白い実が見えていた。
(栄太ちゃんに持って帰ってあげよう)。
静は上手に蔓をたぐり、よく熟れていそうなアケビを採った。
同じ道を山桃をもらって、小さな美津と歩いたのはいつだったか……。静は『母上と姉上のお土産じゃ』と言った太吉を思い出していた。
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