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ズルいのは分かってる【碧斗side】
しおりを挟む【碧斗side】
好きになってはいけない相手を好きになってしまった。
自分の心に芽生えたこの気持ちは絶対に伝えてはいけない。
心にしまってひそかに目で追っているだけでいい。
そう思っていたはずなのに、あの日……俺は欲が出た。
『じゃあ俺……碧斗と付き合うわ』
本当は、失恋の痛みを誤魔化すための、凪の無茶苦茶なノリだと分かっていたのに。
そっとひとつ手を伸ばす欲が出てしまったんだ。
『うん、いいよ。付き合おうか』
ズルいのは分かっている。
でもこうでもしないと、一生親友のままであることも分かっていたから……。
一生凪が、女子に告白をする瞬間を友達としてみないといけないのが、耐えられなかったのかもしれない。
だからあの言葉に俺は、こじつけたんだ。
ごめんな、凪……。
好きになって……ごめん。
中学の頃の俺は自分の生き方なんてどうでもよかった。
適当に生きて、適当に生活して周りからの見られ方なんて気にせず、流されるままに生きてきて……。
俺の人生はそんなものだと諦めて笑う。
そんなちっぽけな人生を生きて来ていた。
俺の記憶に、家族団らんという言葉はない。
父さんと母さんはいつもケンカをしていた。
耳を塞ぎたくなるような言い争う声だけが聞こえてきて、いずれ……。
『碧斗、聞いてお母さんとお父さんは別々の人生を歩むことになったから』
ふたりは離婚した。
俺は母さんに引き取られることになり、父さんは家を出ていった。
それから残った家で、母とふたりで暮らすことになった。
と言っても母が家にいることはめったにない。
母は「あなたのため」と言いながら、朝早くから夜遅くまで仕事に明け暮れた。
平日の夜に母の顔を見ることはなく、休日も疲れ果てて寝ている背中を見るだけだった。
静まり返ったリビングのテーブルの上に、いつも無造作に置かれた一万円札が数枚。
温もりの代わりに渡されるその紙切れを握りしめ、俺はコンビニで買った弁当をひとりで食べた。
テレビの笑い声が、がらんとした部屋にむなしく響く。
学校にいる友達は「今日の夜はハンバーグだ」とか「週末は海に行って遊びに行くんだ」とか家族で楽しそうな話をよくする。
でも俺にはそれがわからなかった。
うらやましいと思うと同時にさみしさが襲ってきて、もうそんな話を聞くのも嫌になってしまった。
中学に上がると、だんだん学校に行くことすら面倒になりはじめた。
俺と彼らは違う人間だ。
教室で笑い合うクラスメイトたちが、まるで違う生き物に見えた。
昨日のテレビ番組、部活の愚痴、親がうざいという話。
彼らが夢中になる話題のどれひとつ、俺には共感できるものがなかった。
夕食の匂いがする家に帰り、「おかえり」という声に出迎えられる。
俺の世界にそんな温かなものはない。
俺にとって家は、蛍凪灯の白い光が照らすだけの静かな箱だ。
そんなことを感じるようになってからは、学校には行かず出歩くようになった。
夜外に出て、目的もなく街を彷徨う時間が増えていった。
温もりもなければ、期待もない。
そんな空っぽの俺に、彼らが声をかけてきたのは、必然だったのかもしれない。
「おい、お前……見ねぇ顔だな。何中だ?」
振り返ると、派手なシャツを着た男が数人を引き連れて、俺を見下ろしていた。
隣の中学の連中だろう。
面倒なことに巻き込まれた、と思った。
「……別に。関係ないだろ」
俺が冷たく言い放つと、男は意外そうに眉を上げた。
そして、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「ハッ、生意気な一年坊主だな……来いよ!どうせ退屈してんだろ」
男の言葉に、俺はなにも答えなかった。
でも行くところなんてない。
家でひとりでいるよりはマシだ。
俺は無言で立ち上がり、彼らの後をついて歩き出した。
「おい、碧斗……お前やるじゃん!」
「すげぇ強えー!」
彼らといると、なにも考えなくてよかった。
夜になればバイクの後ろに乗せられて、目的もなく街を走り抜け、コンビニの前でたむろをする。
ケンカを吹っ掛けられたら、そのケンカも全部受けた。
「碧斗がいればケンカ最強じゃね?」
「強い男は大歓迎だぜ」
「ずっとここにいるといい。ここがお前の居場所だ」
居場所。
その言葉がやけに響いた。
家に帰っても、誰もいない。
冷たい部屋で、コンビニの弁当をひとりで食うだけの日々。
それに比べれば、この場所は、ずっとマシだった。
そして俺は中学のほとんどを、彼らと過ごした。
ケンカの腕は上がり、名前だけがひとり歩きしていく。
悪いうわさが広まって、待ちゆく人に白い目で見られたっていい。
だって。
「碧斗、よくやったな!」
帰れる場所があるから……。
しかし、ある時。
そうではなかったのだと知ることになる。
いつものように溜まっていた路地裏。自販機で全員分のジュースを買って戻る途中、壁の向こうから聞こえてきた仲間たちの会話に、俺は足を止めた。
「碧斗のやつ、金払いいいじゃん?仲間にしといたほうがいいだろ」
「碧斗がいると女も寄ってくるしな」
「本気で俺らがダチって思ってんだろ?可哀想なやつだぜ」
手に持っていたジュースの缶が、やけに冷たく感じる。
ああ、そうか。
けっきょく自分に居場所なんかなかったんだ。
受け入れてもらえた。
自分がいる場所はここだと勘違いしていただけだ。
俺が俺だから、という理由でそばにいてくれる人間なんてどこにもいない。
それは父親もだし母親も。
みんな誰も俺のことなんか見ていないんだ。
俺たちがやっていた悪事は、やがて学校と警察の知るところとなった。
仲間だと思っていた連中は、あっさりと俺を主犯格に仕立て上げ、散り散りになって消えた。
それから俺は数ヶ月、部屋に引きこもった。
もう誰とも会いたくないし、関わりたくない。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
「碧斗」
ドア越しに母親の声がする。
「碧斗、お願い……高校だけは……行ってちょうだい」
毎日、毎日、母親はそう懇願した。
「高校にいってほしくてお母さん頑張ってたの。他のことはいい。だから高校だけは……」
(俺のことなんか、どうでもいいくせに体裁だけは気にするのかよ)
そう思いつつも、母が毎日仕事に追われているのは自分を育てるためあることは分かっていた。
そしてついに俺は折れた。
聞いてやるよ。母さんの願い……。
でももうこれっきりにしてほしい。
俺は、遅れていた勉強を取り戻すように机に向かった。
幸い勉強はやってみると、簡単にできた。
そして家から少し離れた学校を受験して無事に受かることができた。
今度はただ静かに三年間を過ごそう。
誰にもウワサされることなく、母の言う通り適当に高校に行って卒業する。
それでいい。
しかし、そう上手くはいかなかった。
「久遠碧斗です」
「なあ、あいつ……」
「絶対そうだよな!ヤバいらしいよ、中学の時……」
どこから漏れたのか、俺の過去のウワサは入学して数日も経たないうちに、あっという間にクラス中に広まっていた。
「あいつって人のこと殴ってたんだろ?」
「人を傷つけてもなにも思わないって言い放ったらしいぜ」
そのウワサの中には事実とは違うこともあったけど、あんなことをしていたのだから色がついても仕方ないと思った。
誰も俺の席には近づかない。
クラスでは完全に孤立していた。
……まぁ、そうだよな。
高校だってちょっと家から離れたってくらいだ。
そんなウワサはすぐに追いついて広まるに決まってる。
俺は諦めた表情で、窓の外を流れる雲を眺めていた。
まっ、別にいいんだけど。
居場所なんてどこにもないって知ってたし。
そんなことを考えていた時。
「あのさ、久遠!喋ろうぜ」
不意に、机の横から声がかかった。
見ると、クラスで一番うるさいグループの中心にいるような男が俺に話しかけてきていた。
たしか……浅見凪とか言ってたか。
「飛行機雲?あれすごいよなあ!」
うざいな……。
なんなんだよ、話しかけてくんなよ。
俺に話しかける浅見を見て、みんながやばいみたいな目で見ている。
俺は、関わるなと威嚇するようにそいつを睨みつけた。
「うるさい、邪魔。話しかけてくんな」
俺がそう言い放つと、浅見は口を尖らせて言ってくる。
「少しくらいいいじゃんか!俺、お前のこと知りてーの」
めんどくさいやつだな。
しゃべりたいなら別のやつにしろよ。
他にたくさんいるだろ。
「俺のこと知ってもいいことないと思うけど?」
浅見の方に視線を向けずに言う。
「なんで?」
……バカなのかよ。
そんなの決まってるだろ。
「あのさぁ、俺のウワサ知らないの?」
浅見の馴れ馴れしい態度に苛立ち、俺は冷たく言い放った。
「あれ通りだから、俺……性格悪いし、人が傷つくの見てもなにも思わない」
これでおびえて離れていくだろう。
そう思っていたのに……。
「うん、でも俺……お前とまだ話してないし、本当かどうかは分かんね」
「……は?」
なにを言われたのか、理解できなかった。
「だから本当だって言ってんだろ」
「でもそれは俺が決める!」
まっすぐにそんなことを言い放つ浅見。
やっぱりバカなのか……。
「だから友達になろーぜ」
凪は俺に手を差し出した。
こいつの考えてることが分からない。
でも分かりたくもなかった。
放っておけばいい。
「勝手にしろよ」
そのうち飽きてどこか行くだろう。
そう思っていたのに……。
「今日も来たのかよ」
「当たり前だろ」
あいつはそれから毎日、当然のように俺の側に寄ってくるようになった。
教室移動も昼休みもそうだ。
まるで友達みたいに隣にいる。
なんなんだ、意味がわからない。
俺と一緒にいたってなんの得もないのに……。
「お前さ、俺と一緒にいない方がどう考えてもいろんな人と仲良くなれるだろ」
ある日、俺は机に頬杖をついたまま尋ねた。
俺と関わる浅見のことを白い目で見るやつだって多い。
そんなことしなけりゃ、クラスの中心人物になれたのにさ。
すると浅見は、きょとんとした顔で首を傾げる。
「別に色んな人と仲良くなる必要なくね?俺は久遠と仲よくなりてぇって思ったんだし」
なんなんだ、こいつは……
ピュアでまっすぐすぎて戸惑った。
「なんで俺なんかと友達になりたいって思うの?」
俺がたずねると、凪は迷いなく答えた。
「直感だな!俺、久遠と仲良くなる気がした!」
相変わらずなに言ってるか分からないけれど、こいつはきっと俺のことを裏切ったりしないだろうって分かった。
まっすぐで、俺のことを見て選んでくれた。
それが俺にとっては心の救いになっていったんだ。
それからは、悠馬と一樹も友達になってくれて、学校も楽しいと思えるようになった。
ウワサも時間が経つにつれて、気づけばみんなしなくなっていった。
こんな生活が待ってるなんて思いもしなかった。
楽しいと、心から笑える毎日。
凪が、俺に光を照らしてくれたんだ。
凪は俺の太陽みたいな存在だ。
「……碧斗?おいって、聞いてんのかよ」
「え、あ、ごめん」
凪が不思議そうに俺の顔をのぞき込む。
その距離の近さに、心臓が少しだけ速くなった。
ああ、すきだ。
一番難しい人を好きになるなんて……なんでこう人生って上手く行かないんだろうな。
「飛行機雲が出てたからぼーっとしちゃった」
「うお!!!本当だ、すげー!」
あの日みた飛行機雲みたいに、友情は特別なものに変わってしまった──。
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