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キス、したの見られて詰んでる
しおりを挟むこの日、1時間目の体育館には熱気が充満していた。
バスケットシューズが床を擦るキュッという高い音が響く。
今日の体育はバスケだ。
俺は息を切らしながらコートの端で膝に手をついた。
「碧斗くんー!頑張ってぇ~」
女子たちの黄色い声援が飛び交う。
相変わらずモテモテだな……碧斗のやつ。
あいつは敵のディフェンスを軽やかなドリブルで抜き去っていく。
速い。
目で追うのが精一杯だ。
──ダンッ!
強く踏み切る音と共に碧斗の体が宙に浮く。
放たれたボールは美しい放物線を描いてリングに吸い込まれた。
「きゃあああ!かっこいいー!」
「碧斗くんナイスー!」
女子からの声援を存分に浴びて……正直うらやましい。
しかし碧斗はというと、特に何も気にしていないようだった。
額に汗を浮かべて笑うあいつは、悔しいくらいに絵になっている。
(……やっぱりカッコいいよな)
俺が呆気にとられていると、その主役がこちらに向かって走ってきた。
「凪!今の見た?」
満面の笑みだ。
「お、おう」
女子にキャーキャー言われても何も反応していないのに、俺にだけ笑顔を向けるのはやめてくれ。
なんか特別だって言ってるみたいだろ……!
周りにいるクラスメイトにバレないかヒヤヒヤする反面、その笑顔を俺が独占してるみたいでどこか心地よかった。
授業が終わり、放課後。
今日の一日はなんだか長かった。
今日は碧斗と新作のゲームをする約束をしている。
「よっしゃ! 帰るぞ!」
俺がガタンとイスを鳴らし、カバンを掴んだその時。
「あ、凪!お前日直だったよな?」
担任に呼び止められた。
「あ、はい……そうっすけど」
「悪いがこれ……職員室に持ってって、人数分ホチキス止めしといてくれるか」
「げっ……今からですか?」
うげという顔をする俺に担任は「頼んだぞ」とプリントの束を押し付けた。
最悪……。
なんで早く帰りたい時に限ってそうなるんだよ!
「凪、日直の仕事?」
碧斗がたずねる。
「ああ、見てのとおり捕まった」
俺がプリントの束をひらひらさせると、碧斗は「俺も手伝おうか?」と、その束を半分持とうとした。
「あ、いいよ。どうせすぐ終わるし……碧斗も借りた教科書返すって言ってただろ?教室で待ってて」
「分かった」
碧斗は、少しつまらなそうに肩をすくめた。
そして俺は職員室にいって作業を超特急で終わらせることにした。
ゲームのためだ!
ずっと楽しみにしてた新作ゲーム。
今日は友達として碧斗と遊ぶぞ!
「……よし終わり、と」
やっと終わったー!
碧斗待たせてるし、早く戻らないとな。
俺は、担任の先生の机にプリントを置き、急いで自分の教室に戻ろうと廊下を歩いていた。
「お、凪じゃん。今帰りか?」
「おう」
なんだよ、急いでる時に限って話しかけられるな……。
前方からきたのは、前クラスが同じだった立川だった。
ぶっちゃけ、そこまで仲が良かったわけじゃないけど、すれ違ったら軽くしゃべるくらいのダチだ。
「今年も残念だったな、凪」
「は?なんだよいきなり」
立川の周りにいたやつらもニヤニヤと笑う。
「花火大会だよ、お前来年は好きな人と行くって言ってたじゃん」
あー……その話か。
昔から言ってるからな。
イジられるのは仕方ない。
けど、じゃあ俺が来てたの見てたってことか……。
「なにが楽しくて男同士ふたりで祭り行かなきゃなんねぇんだって感じだよな」
立川が言う。
バッチリ俺と碧斗が一緒にいるとこ、見てんじゃねぇか。
なんか……めんどくせ。
別に碧斗と一緒で悲しいとかないしな!
それは俺が付き合ってなかったとしても。
まぁ、でも俺が女の子と行くんだってずっと言ってたのも悪いか。
だから早くこの話題終われ~。
なんて心の中で思っていると。
「そんでさあ、俺は見ちゃったわけよ」
立川が俺の肩に腕を回してきた。
「さらに可哀想なお前を」
「……は?」
可哀想?
なんかあったっけ?
記憶を遡っている時、立川は言った。
「俺、ちょうど見たんだよね。人混みでお前がよろけて……唇がぶつかってたとこ」
「──っ!」
俺は、頭が真っ白になった。
見られてた!?
あんな人混みで、みんな花火しか見ていないだろう中で見られてた!?
やばい、やばい、やばい……。
俺は赤くなる顔を必死に抑えた。
収まれ、収まれ……明らかに怪しまれる!
顔を隠すのに必死だった。
俺、キスした直後、どんな顔してた?
顔赤らめてあいつのことみたりしてないよなあ?
バレるんじゃないかと思って、心臓がバクバク音を立てる。
「いや~本当同情しちまったよ」
立川は哀れんだ表情を見せた後、ポンポンと肩を叩く。
ば、バレてるわけじゃないよな。
そうだ。
まさか俺と碧斗が付き合ってるなんて思いもしない。
ここは変なふうに返さず普通に、普通に返せば……。
「そ、そうなんだよ~!ドンってぶつかってよ。身体がよろけて?よりによって目の前にいるのが碧斗だったからよ~本当は女の子としたかったのに、まじ最悪だったわぁ」
最悪だ。
なんでこんなこと……。
碧斗のこと、最悪なんていいたくねぇのに!
ここから一刻も早く逃れたかった。
「ははっ、ウケる」
ああ、もう終われ。
俺は必死に願いながら時間が経つのを待つ。
すると。
「次は好きなこといけるといいな」
立川たちはポンっと俺の肩を叩いて立ち去っていった。
ふぅ……やっと去っていったか。
びっくりした。
まさか見られてるなんて思わないもんな。
立川ってああいう嫌な感じでイジってくるから嫌いだ。
俺も……そろそろ女の子と~ってやつ、言うのやめないとな。
そんなことを考えてながら教室に戻ろうとした時。
「あっ……」
視線の先に人影があることに気づいた。
「碧斗……」
ウソだろ。
なんで碧斗がここに……。
いつから聞いてた?
俺は自分が言った言葉を思い出し、血の気が引いた。
「凪がなかなか帰ってこないから、迎えにきたんだ」
パニックになった頭で立ち尽くしていると、碧斗は、今まで見たこともないようなひどく傷ついた目で俺を見てた。
聞かれて、た……!?
違う。
そんなつもりじゃ。
「ちが、碧斗!さっきのは、その……!」
パニックで言葉がうまく出てこない。
早くこの話題を終わらせたかっただけなんだ。
最悪とか本当に思っているわけじゃない。
言葉にしたいのに、頭が回らない。
「違うんだ、本当に」
俺が碧斗に駆け寄っていく。
するとようやく碧斗は口を開いた。
「……ごめん」
「え?」
「……凪が、そんなに嫌だったなんて、想像しなかった」
「ち、違う!俺、あれは……!」
「ううん」
碧斗は力なく首を振った。
「今のが凪の本音なんだろ」
突き放すような声。
碧斗はうつむく。
「俺、花火大会のあれから……意識してくれてるなんて都合よく勘違いしてた。でもよく考えたら男同士だし……凪は元々俺のこと好きじゃなかったわけで……嬉しいわけないよな」
碧斗は、自嘲するようにふっと息を吐く。
「やっぱり上手くいくわけなんてない。無理させてごめんな……」
碧斗が俺に背中を向ける。
待ってくれよ。
俺、そんなこと一言も言ってないだろ!?
キスしちまって最悪だったなんてウソだ。
「碧斗、聞いてくれ……」
「1人になりたい」
ダメだ。
このまま行かせたら、本当に勘違いして悲しいことになる。
誤解は今解かないと……。
碧斗が俺に背を向けて、そのまま歩き出す。
「待ってくれ!」
俺は衝動的に碧斗の腕を掴んだ。
しかし、碧斗は俺の手をパシンと強く振り払った。
「……っ!」
振り払われた俺の手が行き場もなく宙をさまよう。
「あお、と……」
「ごめんね」
彼は俺を見ることなく立ち去っていった。
あれは、拒絶だ……。
碧斗に本気で拒絶されたのは初めてだった。
碧斗は俺の言葉を聞いた時、どんな気持ちになっただろう。
最悪だと言われてどれだけ傷ついただろう。
なんで想像が出来なかったんだ……。
あの言葉を言って傷つく碧斗のことが。
俺は……バカだ!
ノリでも、たとえ話題からそれたかったとしても、言ってはいけない言葉だった。
自分が最低すぎて、吐き気がする。
どうやって謝ればいいのかも、もう分からなかった。
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