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別々の選択
しおりを挟む翌日──。
仕事をして家に帰ると、隼人はいなかった。
今日は朝からの勤務だと言っていた。
いつも通りなら、19時頃には帰ってくるはずなのに。
「いない……」
20時を過ぎても隼人は戻らなかった。
今日も帰らないつもりだろうか。
スマホを確認しても連絡はない。
どうしよう……。
私はため息をついた。
昨日隼人から言われた言葉。
一晩経ったら落ち着いて考えられるんじゃないかと思ったけど、全然だ。
頭の中がグチャグチャで整理が出来ない。
そもそもなんで隼人は私なんかを好きになったんだろう。
知れたら……隼人のことも少しは理解できるのかもしれない。
もっと隼人と話さないと、きっと何も解決しない。
私は隼人にメッセージを入れた。
【明日、家で話しがしたいから、帰ってきてほしい】
私がメッセージを送ると1分以内に返信があった。
【分かった。明日は、20時には家に帰れると思う】
その返事の速さもなんだか見られてるみたいで、不快な気持ちになる。
すべてが隼人の監視下の元にあるんじゃないかと疑ってしまう。
そんな風に思いたくないのに。
そして翌日。
隼人は言っていた通り20時には帰宅した。
私はその1時間前に仕事から帰ってきたので、ソワソワしながら隼人を待っていた。
家を開けて、隼人は中に入る。
少し表情が暗かった。
「お腹空いただろ、美羽。ご飯買ってきたから食べながら話そう……」
こんな時も私のことを考えてくれる。
隼人は優しい。
こんなことにならなければ……。
何度も考えてしまった。
お互いに向かい合うように席につく。
私は冷静に彼に尋ねた。
「その……いつから私のこと好きだったのか教えてほしい」
私が尋ねると、隼人は答える。
「正直分からない。少なくとも幼稚園の頃からだったと思う」
幼稚園の頃……。
幼い頃だけなら分かる。
だってあの時はずっと一緒にいた。
隼人と遊んで、何かあったら隼人が守ってくれて、まだ恋がよく分かってない時、よく側にいる人をいいなと思うことがある。
でも……隼人の場合は違う。
「その後は?ほら、他の人を好きなったりはするでしょう?」
「ないよ。美羽が好きだと認識した時から、俺は美羽以外の女性を女性として見たことがない」
キッパリ言い放った言葉。
恋に落ちたその瞬間から、今の今まで25年近く恋心が変わらなかったんだ。
一途なんてものじゃない。
純愛と呼べるほど透明でもない。
これは……異常だ。
「じゃあそういう、異常な行動を取り始めたのはいつ頃?」
「異常な行動?」
隼人は純粋な顔を私に向けた。
この場においても隼人は自分のとっている行動を異常なものだって思っていないんだ。
「異常でしょ!?私が関わっている人を追い払ったり、私のスマホをハッキングしていたり……あんなのおかしいよ!」
私は強い口調で告げると隼人はシュンとした顔で落ち込んでしまう。
そんな顔されたら……こっちが悪いことをしてるみたいじゃない。
「いつから取るようになったのかは分からないな。それも小さいことを含めたら小学生くらいの時からしていたのかもしれない」
そんな幼い時から……。
「小さかった独占欲が成長とともに大きくなっていったんだ。美羽を取られたくない。美羽は俺のものだって強く思うようになった」
私は言葉が出なかった。
黙っていると隼人が続ける。
「23歳の誕生日の日、酔っ払いながらもお互いに相手がいなかったら結婚しようって美羽が言ってくれたのが嬉しくて……何があっても美羽を自分のものにしたいって思った」
隼人はまっすぐに私の方を見ながら言う。
揺るぎない瞳。
「あんなの、ただの冗談だよ。みんな30が来た頃には忘れてて、あんなこと口走ってバカだよねなんて言うんだよ」
「わかってる。でも俺は本気で捉えた。本気で30の誕生日に美羽と結婚するんだって決意したんだ」
なんでそんな風に考えられるの?
話しても理解できないことばかりだ。
「最初はさ、幼馴染という立場でいられれば、誰よりも美羽を知れると思った。でもそれだけじゃ足りないって気付いたんだ。美羽はモテるからいつの間にか色んな人を魅了するようになってた。もっと、もっと近づかなければって」
「それで部屋を……?」
「うん。知り合いの両親だったから家賃の何倍ものお金を払って、そこに住む人も紹介したら、俺の提案を簡単に飲んでくれたんだ。それでブッキングしたことにしてもらった」
ひどい……。
こんなことしてたなんて……。
「そんな汚いこと……隼人にはしないでほしかった。私が好きならまっすぐに私にぶつかってきてほしかったよ」
私が涙声で伝えると、隼人は表情を崩さずに言った。
「まっすぐに行ったら美羽は俺のところに来てくれた?」
「そ、それは……」
分からない。
だってずっと幼馴染だと思っていたから。
「俺はほんの少しでも美羽が他の人のところに行ってしまう可能性があるなら、それを壊しに行くよ。たった0.001パーセントでも美羽が他の人と結ばれるような世界線があったらダメなんだ」
まるでプロポーズをする時のようなまっすぐな視線。
その瞳にはなんの曇りもなかった。
でもやっていることは歪んでる。
「隼人が今してることは理解出来ない。私への気持ちも」
「そう……だよな」
騙されたような気持ちでいっぱいだった。
あんなに優しくて、側にいてくれて、ヒーローみたいな隼人は作り物だったんだって。
「でも……」
私は口を開いた。
「私も悪かったんだと思う」
「どうして美羽が謝るの……?」
「隼人の言葉に甘えていたのは、自分の選択だもん。一緒に住むことは隼人に強制されたわけじゃない。ずっと甘えて、たくさんしてもらって……それにあやかり続けた。責任は私にもあると思う」
「美羽……」
小さくつぶやく隼人。
「隼人の気持ちは今もまだ理解が出来ない。きっとこの先も理解出来ることはないと思う」
ハッキリと伝えると、隼人はぎゅっと自らの拳を握りしめた。
「でも、隼人は私にとって大事な幼馴染ってことは変わらないから」
どんなに気味が悪くても、隼人のする行為が理解できなくても……。
人として簡単に縁を切れるわけじゃない。
「私……この家を出て行く」
「美羽……」
今、私が出来るとことは隼人と距離をとること。
距離を置いて、真剣に隼人とのことを考えたい。
「家はどうするの?」
「会社近くのマンスリーを契約しようと思ってる」
「そっか」
正直どれだけ時間がかかるかも、答えが出るかすらも分からないけど……こうするしかない。
「そっか、わかった。迷惑かけてごめんね」
私は首をふる。
なのに隼人は悲しそうな顔のままだった。
そして小さな声でつぶやく。
「美羽のこと、好きになってごめん」
「…………」
私は隼人の言葉が耳から離れなかった。
それから次の日。
私はすぐに荷物をまとめることにした。
しばらくはホテルに泊まり、そこでマンスリーのマンションを契約する予定だ。
「本当に一人で暮らすの?極力美羽とは話さないようにするから、家にいてくれても……」
「ううん、もう決めたことだから」
このままここにいては絶対にダメだ。
「今までごめんね。泊めてくれてありがとう」
私は立ち切るように隼人にお礼を言った。
すると隼人は納得したのか、何も言うことはなかった。
そして私は荷物を持って玄関の扉をあける。
「美羽……風邪とか、体調には気を付けて。それから……何かあったら、俺には言いにくいかもしれないけど、誰かを頼ってほしい」
「うん……」
こんな時も隼人は私のことを考えてくれていた。
もうこれから一人でやっていかないといけない。
何があっても頼ったりはしない。
私は決意した表情で隼人に伝えた。
「またね」
「うん、また」
隼人の家から出て行く。
外はよく晴れていて、気持ちのいい風が吹いていた。
まだまだ気持ちの整理をしなくちゃいけないことがたくさんある。
隼人とも、自分の人生とも向き合わなくちゃいけない。
どんな答えが出るかは分からないけれど、私は前を向いて歩き出すことにした。
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