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気持ちの変化
しおりを挟む「はぁ……」
隼人と別々で暮らすようになってから3週間が経った。
私はマンスリーマンションを現在2カ月間契約している状態だ。
自分から一人になりたいと言ったのに……。
「つまらない……」
誰もいない家に帰るのは、本当につまらなかった。
仕事が終わり、家に帰るとすぐにテレビを付ける。
お笑い番組なんか見て、コンビニで買ったお弁当を食べて笑ってみたりするけれど、気分は晴れない。
ひとりって、どうしてこんなに退屈なんだろう。
今日は仕事でも園児のお母さんたちからクレームが入っていたりと、落ち込むことばかりだった。
そんな日はいつもは隼人に話をして、聞いてもらってスッキリしてるのにな。
落ち込んでいる時は隼人はすぐに「一緒にコンビニに行こう」と言って美味しいスイーツを買ってくれた。
それで翌日はそんな気持ちを残さずに働けたのに……今は、一人で暮らし出してから、毎日疲れを感じるようになった。
スイーツでも食べたら元気になるかな……。
私は家を出てコンビニに立ち寄った。
ご飯だってどうせコンビニご飯なのだから、仕事帰りにまとめて買ってくれば良かった。
外は真っ暗で、街灯がない道もあり5分先のコンビニに行くのもちょっと不安だ。
なんて、甘えすぎだよね。
小さい子どもじゃあるまいし……。
コンビニにつくと、私はいつも隼人が買ってくれるプリンを買った。
店員さんに差し出すと、その店員さんはスキャンをして少し間を置いてからニッと笑った。
「よくここで買い物してますよね?」
──ゾク。
気持ち悪い……。
痩せ型体質で色白。
前髪が長く伸び、顔まで隠れている男はぬっとした声をあげる。
「かわいいな、と思ってて……連絡先教えてくれませんか?」
笑う歯もボロボロで気持ちが悪い。
「ご、ごめんなさい!」
私はお金をトレイに置き、商品を持って逃げるように走り去った。
「はぁ……はぁ」
気持ち悪い。
怖かった。
住所とか知られてないよね?
私はぜいぜいと息をつきながら家の中に入った。
もうあのコンビニには行けないな……。
隼人がいた時はこんなことなかったのに……。
手を洗いなんだかドっと疲れた気持ちになり、テレビを付ける。
気晴らしのために買ったプリンだったけど……。
「一人で食べても全然美味しくないや」
いつも美味しい美味しいと食べていたプリンは、隼人と一緒に食べるから美味しかったんだと気がついた。
もういいや、お風呂に入ってすぐに寝よう。
洗面台に映る自分の顔を見つめる。
なんだか顔色もあまりよくないし、肌が少し荒れている。
うう、なんでこうなっちゃうんだろう。
なんだか、隼人の家を出てから何もかも上手くいっていない気がする。
お風呂から出ると、濡れたままの髪をタオルで巻いてソファーに座る。
いつもだったらここで隼人がドライヤーを持って、「早く乾かさないと風邪引くよ」って乾かしてくれるのに隼人はいない。
いたるところで隼人がもう側にいないことを実感してしまう。
自分から離れたくせに。
こんなの、おかしいよね。
気分転換のために入ったお風呂も隼人のことを考えてしまうばっかりだった。
一人って寂しい。
少しでもいいから、隼人と話したいよ……。
私は隼人の連絡先が書かれた画面を見つめる。
少しだけ……。
そう思って【通話】と書かれたボタンを押そうとしたけれど、私は首を振った。
自分から離れたいと言ったのに、連絡をするなんて都合がよすぎる。
何してるの私……。
私はスマホの電源を切った。
一人で生活するということ。
想定していたはずなのに、思った以上に辛い生活だった。
翌日。
出勤するとさっそく園長先生に呼び出された。
「葉山さん、ちょっといいかな?」
「なんでしょうか?」
「なんか今、悟くんのお母さんから電話があったんだけど、隆志くんが昨日悟くんを殴ったって言ってて……」
「えっ、私が見てる時はそんなこと無かったですけど……」
「この件、対応お願い出来る?」
「はい……」
私は園長先生から電話を取り次いだ。
電話に出ると、悟くんのお母さんはカンカンに怒っていて、「うちの息子が殴られた!」「どうして報告しないんだ!」と繰り返し怒鳴りつけてきて、私は「事実を確認しますのでお待ちください」と伝えることしか出来なかった。
隆志くんの家は今日はお母さんお迎え。
この時間じゃお母さんは、もう家を出てしまっているだろう。
隆志くんのお母さんが来たら直接聞きに行こう。
職員室に入ると、後輩の美奈子ちゃんが声をかけてくれる。
「先輩、大丈夫ですか?なんか最近元気ないですよね?顔色も悪いし……」
「そう、なんだよね。最近トラブル続きで……家でも休まらないし……」
「ってか、先輩聞きましたよ。引っ越ししたんですよね?あの彼氏とはどうなったんですか!?」
「か、彼氏じゃないってば……」
ストーカーの件があってから、隼人は私の職場に迎えに来るようになっていたから美奈子ちゃんも隼人のことを知っている。
最初こそ、イケメン!連絡先、教えて!と言われていたものの、何度も何度も仕事終わりに迎えに来るのを見て、みんなは付き合ってると思い込んでいるらしい。
また私がうっかり一緒に住んでいることを言ってしまい、さらにそれに拍車がかかった。
「もしかして別れたんですか!?」
「いやあの……別れたというか」
これは言うべきなのか……黙っておくべきか。
美奈子ちゃんは興味深々だ。
これは逃げられそうもない。
「別れたわけじゃないのよ。もともと付き合ってないし……ただもう一緒にいるのは無理かなと思って離れることにしたの」
「先輩から伝えたんですか!?」
「まぁ……」
「何があって!?」
これは言うまで何度も聞いてきそう……。
私はしぶしぶ隼人の好意を伝えられたことを美奈子ちゃんにしゃべった。
「ええ~好きって言われたんですよね?それがなんでダメなんですか?」
「だって私たちは幼馴染だし……」
「いいじゃないですか、幼馴染で付き合っても」
「だからその執着が激しくて」
「そのくらいよくないですか?今ドキ自分をまっすぐに愛してくれる男なんていませんよ」
そういうもの、なの……?
「だいたい先輩は彼氏もいないのに、なんでそんないい男逃したんですか?パイロットで年収高いでしょ?優しいでしょ?同棲も上手くいってるし~なんでもしてくれるでしょ~自分を一番に考えてくれてるでしょ~?何か不満あります?」
「ふ、不満は何もないのよ!」
「じゃあ何も問題なくないですか?」
「そ、そうかな……」
意外だった。
バサっという美奈子ちゃんのことだから、そんな男はやめた方がいいって言うと思ったのに……。
独占欲とか嫉妬とか、激しくても周りは引いたりしないものなのかな。
私がオーバーすぎるだけ?
「ずーっと好きだったんなら、どうしても結婚したいって気持ちも分かりますよ。その彼はずっと先輩のヒーローでいてくれたんですよね?」
ヒーローか……。
確かにずっと私を守ってくれていたのはウソじゃない。
「先輩だって、幼馴染でいた分好きって行為を向けられて驚いたってだけの話しじゃないですかぁ!今すぐ電話して、告白受けた方がいいですよ」
「そ、そうかな……でも、ほら私が他の男の人とくっつかないように追い払ったりとかしてたのは……」
「それも、先輩が傷つかないように幼馴染として守ってくれていたんじゃないんですか?先輩ちょっと隙あるし」
「う“……」
そんな自覚はないんだけど、他の人に分かるほど私って抜けてるのかな。
だとしたら、隼人も小さい頃から一緒にいて私のことを心配だったから、ああいう行動に出ちゃったってこと?
「早く返事しないと、隼人さん絶対モテるからすぐに別に相手出来ちゃいますよ」
隼人に別の相手が……。
確かに隼人と付き合いたいと思う人なんてたくさんいるだろう。
「だいたいパイロットでイケメンって時点で会社でも相当モテてると思いますよ~モテないなんてありえないから」
「そう、だよね……」
「それくらい先輩に一途だったってことなんじゃないんですか?」
そんな話をしていると、園長先生が来てしまったため会話は強制的に終了した。
どうしたらいいんだろう。
まさか美奈子ちゃんにこんなに大賛成されるとは思ってなかった。
確かに隼人と一緒にいると居心地もいいし、何一つ不満なんてなかった。
普通は同棲してても、生活が合わなくてケンカするって聞いたこともあるけど、ケンカも1度もしていない。
でもその居心地のよさと恋愛感情は別だ。
「葉山先生、子どもたちを送り終えたら日誌を付けてくれる?」
「わ、分かりました……」
今日も残業、かな。
それから私は残業をして、クタクタになりながら会社を出た。
あーあ、ご飯どうしよう。
疲れすぎて、何が食べたいかも浮かばないや……。
隼人のことはどうしたらいいのか、今も考えているけど、答えが出ないまま。
ここまま何も言わず、隼人とは距離を置くのがいいのか、それとも彼に今の気持ちを伝えて幼馴染という関係を続けられるところまで持っていくか。
まだ答えは出ていない。
今日は疲れすぎて考える余裕もないや……。
今、はっきり言えるのは、隼人と離れてから全然上手くいかなくなっているということだけ。
クタクタになってご飯もコンビニで買ったものやお弁当ばかり。
なんか私、本当にダメ人間になっている気がする。
ぼーっとしながら、会社から駅までの道を歩いていると。
「あれ……」
見慣れた人を見つけた。
向かいの信号のところに、なぜか隼人の姿があった。
隼人だ……。
どうしてこんなところに!?
もしかして私に会うために職場に来たとかじゃないよね?
彼は私が家を出て行って以来、一度も連絡をして来なかった。
当然職場まで来てるなんてこともなく……隼人ならやりそうだと思っていたから、意外だった。
でももう1ヶ月も経ってるし……やっぱり我慢出来なくなって来たとか?
だとしたら声をかけようかな。
少ししゃべるくらいなら、問題ないよね?
そう思い、駆け寄っていこうとすると。
「えっ」
陰に隠れていた女性が隼人に駆け寄っていった。
誰……?
すごく美人でキレイな女の人だった。
隼人はその女の人と親し気に歩いている。
あの人とどういう関係なんだろう……。
女の人が隼人の腕に手を絡めてふたりは笑い合っている。
──ズキン。
「なんだ……」
私に会いにきたわけじゃなかった。
……ずっと勘違いしていた。
あんなに私に執着してるみたいだったから、あんなに異常な行動をとっていたから、隼人は今でも私のこと考えているんだと思ってた。
でも本当はそうじゃなかったんだ。
「そう、だよね……」
だってもう、1ヶ月も経ってる。
ずっと隼人のことを考えているのは私だけだった。
「バカみたい……」
私は違う道を使って駅まで向かうことにした。
ぼーっとしながらコンビニにも寄らず帰ってきてしまったため、今日食べるものがない。
「もう、食べなくていいか……」
本当、バカだよね。
完全にうぬぼれだ……。
私は隼人の好意を「怖い」と言って拒否したのに、どうしてまだ好きでいてくれるなんて思ったんだろう。
隼人はあの女の人と付き合ってるのかな。
もし付き合ったら、私に向けてくれた優しさも、笑顔も全部あの子のものになるのかな。
同棲は解消して、ただの幼馴染になってそのうちに連絡を取らなくなって……隼人との関係も切れていくのかな。
そんなの……。
「いや、だな……」
ポツリとつぶやいてはっとした。
今、いやだって……。
なんだ、答えなんてとっくに出てたんじゃん。
そうか、私……嫌だったんだ。
隼人が私の側から離れていくこと。
「なんで、今更気づくんだろう……」
今更気づいたってもう、遅い──。
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