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さよならしたい
しおりを挟むそれから1週間。
”私も、隼人のことが好きだったんだ”と気づいてから。
私は何度も隼人と隼人の隣にいた女の人のことを考えてしまった。
考えないようにしてるのに、今隼人はその女の人と一緒に楽しくやってるのかなって考えてしまって、仕事も身につかない。
もうこれ以上こんな気持ちを抱えていたくない。
私はそう思って、隼人に連絡をした。
【隼人、答えが出たの……だから聞いてほしい】
メールで送ると返信はすぐにきた。
【人に見られても嫌だろうから、俺の家で話そう】
もうハッキリと伝えるんだ。
幼なじみという関係性を終わりにして、このモヤモヤした気持ちにもケリをつける。
その週の土曜日に私は隼人の家に行くことになった。
そして土曜日。
「おじゃまします」
隼人の家を待ち合わせの時間に尋ねると、すぐにドアを開けてくれた。
「どうぞ」
久しぶりで変に緊張してしまう。
彼の顔を見ると、顔色もよくて調子がよさそうだった。
私とは全然違う……。
そうだよね、だって今隼人を支えてくれる彼女がいるんだもんね。
部屋の中は私が出て行った時とほとんど変わっていなかった。
キレイに整頓はされているものの、私が置いて行ったものなどもまだ残っていた。
隼人はあの子を家に連れてきたりしてないのかな?
それとも私のもの、あの子が使っていたり……。
それさえも嫌だと思ってしまう。
もう関係ないのに……。
隼人が何をしようが、彼の勝手なのに……。
モヤモヤしたまま、リビングに行くと隼人は温かいハーブティーを出してくれた。
「これ、ほっとするから飲んだらいいよ」
「ありがとう」
「少し顔色が悪いんじゃない?」
「そ、そうかな」
隼人のことばかり考えてしまって、夜も眠れなかったなんて言えたもんじゃない。
それに、彼がいないことで食生活もがらりと変わってしまったからな……。
カップに手をつけてハーブティを飲む。
「美味しい……」
それを飲んだらほっとして、力が抜けて私の目からじわりと涙がにじんだ。
今まで上手くいかなかったこと、ご飯もまともにとらず、隼人が女の人と歩いていることにモヤモヤしてばかり。
その全てを包み込んでくれるようで安心して……。
張り詰めた糸がぷちんと切れてしまった。
「美羽、どうしたの?なんで泣いてるの?」
隼人がさっとハンカチを私に差し出す。
優しくしないで。
だって今日いいにきたのは、ハッキリさせようと思ったから。
自分の気持ちを断ち切るためだから。
「隼人……聞いてほしいの」
私はそう伝えると、まっすぐに隼人を見つめた。
「離れてる間考えて、答えが出た」
「うん」
隼人は真剣に私を見つめる。
私は息を吸いこみ、ハッキリと告げた。
「私……隼人とはもう縁をきりたい」
私がそう告げると、隼人の乾いた言葉が聞こえる。
「は?」
「幼馴染ってことも全部なかったことにして、お互いに別々の世界で暮らしていこう」
隼人が私に対して向けて来る感情は歪んでいると思った。
どう考えても、理解できるものじゃない。
最初はそう思っていたのに、今はそん感情を向けて欲しくてしょうがないと思ってる。
でも……彼はもう別の女性の方に目が向いてるから……。
今、彼と離れることを決めて私たちはもう関わらず暮らしていくのが一番いい選択肢だと思った。
「もう連絡先も消す。それで私たちは他人としてお互いに違う道に進んでいこう」
私の提案に隼人はひどく冷静な声で尋ねた。
「それが美羽の答え?一人になって考えて出した答えがそれ?」
「そうだよ」
「そうなんだ……」
隼人は悲しげな顔をした後、立ち上がりどこかに行ってしまった。
隼人……?
まだ話は終わってないのに。
そして何かを手に取りこっちへ戻ってくる。
彼の手にあったものは、金属製の手錠だった。
なに、これ……。
「隼人、なにして……」
「残念だよ」
彼はそれを持ち、私の前に立つ。
「美羽ならもっと正しい選択をしてくれると思ってた」
「わ、私は……これが一番いいと思って……」
「何もよくないよね?俺と美羽が他人として生きる?そんなの出来るわけないでしょ」
低い声で吐き出された言葉。
隼人の表情は見えない。
「美羽なら戻ってきてくれるんじゃないかって思ってた。だってさぁ一人になったら寂しがって、あんなに俺の名前を呼んでたじゃないか。あの時の美羽は本当に可愛かった。隼人……寂しいよって。可愛すぎておかしくなるかと思ったよ」
「は、隼人……まさか」
私の家の中の様子を盗撮してた!?
「私の家の中……盗撮してたの?」
「当然だろ?美羽を一人にさせるわけないじゃないか」
いつ!?
どうやって……。
「ど、どこに仕掛けたの!?」
「どこっていたるところだよ。運送屋を買収して、美羽が荷物を移動させる前に盗聴器を仕掛けたんだ。本当に可愛かったよ、寂しがってる姿。ずっと早く戻って来てほしいって思ってたんだ」
やっぱり隼人はおかしい。
愛が重くて狂ってる。
「それなのに……俺から離れたいって言うんだね。だったらさぁ、もうさぁ逃げられないように、拘束するしかないよね?」
「ちょっと、隼人……待って」
「もう待たないよ。今まで十分待った。俺は耐え続けてたと思わない?」
隼人は手錠をチャリ、チャリ、とならしながら私に近づいてくる。
「監禁して美羽を一生愛し続けてあげる」
そう言って隼人はゆっくりと私に一歩近づく。
「美羽が年を取ろうが、何も出来なくなろうが俺は美羽のこと骨の髄まで愛されるから」
「は、隼人何言ってるの……?」
怖い。
隼人が怖い。
「ああ、そうだ。あのコンビニの男……消しといたから安心してね」
「……っ!」
「もうこの辺を歩けないようにしてるから大丈夫だよ」
「は、やと……あの人にも……」
「当然じゃないか」
──チャリ、チャリ、チャリ。
「美羽は俺の愛をなめすぎてるね」
隼人はじりじりと私との距離を詰めた。
「美羽に選択肢なんてはじめからないんだ。美羽が進む道は俺への愛を実感し受け入れることだけだ」
どうして……。
彼女がいるんじゃないの?
隼人の行動意味が分からないよ……。
「か、監禁ってウソだよね」
「俺は本気だよ。美羽が俺の前から姿を消すっていうなら、こうするしかない」
じりじりと近づいてくる隼人。
後ずさりをするけれど、隼人が止まることはない。
隼人から表情が消えてしまった。
怒っているのか、何を思っているのか分からない。
「ねぇ、こんなのおかしいって……」
「そうさせたのは、美羽でしょう?もう遅いんだよ。美羽はあまりに愛おしいからおかしくなっちゃったんだ」
隼人は私の手をパシンっと掴んだ。
「はや、と……」
「大丈夫、痛くないようにするから」
そう言って、隼人は私の片方の手を手錠で繋いだ。
「ねぇ、やめてよ隼人」
そしてさらにもう片方の手をとると、カシャンと手錠を繋いだ。
隼人のもう片方の手には鎖が握られている。
「こんなの犯罪よ」
「知ってるさ。俺は美羽を手に入れるために幾度となく手を汚してきた。今更刑が増えたところで何も思わない」
そしてベッド脇にその鎖を繋げると、そこに私の捕まっている手錠ごとくくりつけた。
「大丈夫。全部面倒みてあげるから。何不自由なく暮らせるようにしてあげるよ。美羽はここにいてくれるだけでいいんだ」
やっぱり隼人は異常だ。
おかしい。
狂ってる。
隼人は私の手首に優しく触れると、そこにキスをした。
「痛かったら言ってね」
こんなことしてるのに、ひどく優しくて。
「美羽を愛してる」
愛に満ち溢れてる。
安心させるように私をぎっと包みこんで離さない。
おかしい。
本当におかしい。
でももっとおかしいのは私だ。
私は小さく手を振るわせた。
「美羽、俺が怖いの?」
そうじゃない。
私……今、嬉しいんだ。
隼人からの大きな愛がまだ残っていたのだと実感して、嬉しさで震えてる。
ねぇ、私もおかしいのかな。
隼人の異常さに気づいたのに。
歪んだ愛だと分かったのに。
彼から逃げず、また自分から戻ってきた。
そしてこんなことされて、喜んでる。
私もおかしくなってしまったのかもしれない。
「ねぇ、隼人……わたしのこと、すき?」
彼に与えられる過剰な愛に酔っている。
ぼーっと熱にあてられたまま、私は隼人を見つめる。
隼人は一瞬、驚いた顔をした後、私と同じ目線になるようにしゃがんだ。
そして私の手に口づけをしながら伝える。
「ああ。好きなんかの言葉じゃ足りないよ。美羽のためならなんだって出来るくらい愛してる」
「本当に?一緒に歩いてた女の人じゃなくて?」
「ああ、そっか。そのことも気にしちゃってたね。あれはね。俺が計画したんだ、美羽に嫉妬させるようにわざと、美羽の帰り道に職場の女を呼び出したんだよ」
「そんなことしたの?」
ああ、やっぱり狂ってる。
隼人はおかしいんだ。
あんなに普通なのに。
ううん、普通よりもカッコよくて、優しくてエリートなのに、私が絡むとおかしくなっちゃうんだ。
なんでなんだろう。
「俺が愛してるのは美羽だけだ。美羽だけを愛してる」
私がいなければ、隼人は普通でいられたんだと思うと愛おしい。
まっすぐに伝えられた愛情が重たくて、でも愛おしくて仕方がない。
ああ、私まで普通が何か分からなくなってしまう。
「ずっと監禁して。それでいいよ」
「美羽?」
「だって私も隼人が好きだから」
そう告げると、隼人は驚いた顔のまま固まった。
「美羽、今なんて言った……?」
「私も隼人が好き」
何度だって言う。
だって気づいてしまったから。
居心地のいいこの関係が幼なじみという関係ではないこと。
「すき、だよ」
歪んでいてもいい。
私も彼を縛り付けて離したくないと思ってる。
私が伝えると、隼人の手は小さく震えていた。
「信じられない……夢みたいだ。美羽が俺を好きだって言うなんて」
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