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薄れた愛
しおりを挟むそれから1ヶ月が経った。
隼人は私が伝えた通り、私が嫌だと伝えたことをやめてくれた。
メッセージの監視も私のいる前で全て削除してくれたし、スマホのGPS機能まで勝手にオンにしていたみたいでそれを切ってくれた。
さらに園までの迎えも、美羽から連絡が来る日以外はやめると言ってくれた。
どれだけ私を監視するようなことをしてたんだとは思ったけど……。
でも言ったらきちんとやめてくれた。
桜田くんにも不審な電話やメールがいってないようだったし、良かった。
隼人の過剰な愛を除けば元々不安なんて一つもない。
「じゃあ行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい。今日は帰り遅いから先に寝てていいからね」
「分かった」
隼人はちゅっと私の口にキスを落とした。
今日もいつものように仕事をして、終えた帰り道。
桜田くんに話しかけられた。
「葉山さん」
「うん?どうしたの?」
「少し園児との関わり方に悩みがあって……聞いてもらえませんか?」
「うん、もちろんだよ。じゃあここで……」
すると桜田くんは困ったような顔をして小さな声で言った。
「ここだと人もいるので……別の場所でもいいですか?」
「いいけど……」
人に聞かれたくない話なのかな。
桜田くんも先週、独り立ちするようになりまだ担任を持ってはいないものの、
教育というよりは自主的に動いてもらうことが増えてきた。
桜田くんも容量がいい人だから、私から見て心配そうなことは無かったけれど、何か悩みを抱えているのかもしれない。
私と桜田くんは園を出た。
「お腹も空きましたし、どこか入りませんか?あまり葉山さんに時間取らせないようにするので」
「うん、気にしなくていいよ」
桜田くんにとっても話しやすい環境がいいよね。
私たちはスマホで近くのご飯屋さんを探すと、落ち着いて食事が出来そうな和食料理屋に入ることにした。
一通りご飯とドリンクを頼むと、桜田くんは本題に入った。
「すみません……本当は葉山さんに迷惑はかけたくなかったんですが……」
「心配しないで、なんでも話してみて」
桜田くんは頷くと、悩みを話し始めた。
桜田くんの悩みは要約するとこうだった。
クラスに内気な子がいて、その子とどう関係を築いていけばいいか分からないというもの。
最初はぶつかる壁なんだよね。
活発な子よりも、自分の世界を持っていて周りに興味のない子の方が関わり方が難しかったりもする。
みんなと一緒に遊ぶ楽しさも教えてあげたいけど、強要はしたくないし……。
「あくまで私の言葉だから、参考になるかは分からないけど……その子を気に掛ける時間を増やしてあげるといいんじゃないかな。その子のペースを守りつつ、何になら興味を持つか知って、そこから提案してあげるとみんなの輪にも入りやすいかも」
「なるほど……その子が興味を持っていることから入るんですね」
「うん……」
って、こんなことでいいのかな。
私、後輩が出来たのって美奈ちゃんくらいで……。
しかも美奈ちゃんの時は教育係は別の人がやっていたから、こういう後輩が出来るのってはじめてなんだよね。
全然それくらい桜田くんもやってる!ってなるかも……。
不安に思っていると、彼は嬉しそうに顔を明るくさせた。
「ありがとうございます、実践してみます」
……良かった。
「でも桜田くんなら、心配いらないと思う。すごく一生懸命だし、人のことよく見てるし」
「そうですかね?俺、そんなことはじめて言われました」
「はじめて!?それはウソでしょ~」
「いえ、前の職場は男性なんだからなんでも出来て当たり前だとか、女の子の細かい気持ちは分からないでしょ、とか決めつけられててすごくやりにくかったので……」
そんなことあったんだ……。
「だから葉山さんが丁寧に教えてくれるのが嬉しいっていうか……葉山さんが自分の上司で良かったです」
そう言われると、私も嬉しくなった。
良かった。
自分の教え方間違ってないんだ……。
「そういえば、先輩……あの彼とどうなりました?」
「え、あの彼って……」
「先輩が付き合ってる人です。隼人とか言う……」
「えっとどうにもなってないけど……」
どうして桜田くん、隼人のこと聞くんだろう。
「別れる気ないんですか?あんな異常なやつ」
「それは……」
私がうつむくと、畳かけるように桜田くんは言う。
「俺、本当に葉山さんが心配なんです。あんな変なやつに葉山さんを渡したくない」
まっすぐに目を見て来る桜田くん。
私の心配をしてくれてるんだろうけど……。
「大丈夫だよ。隼人は幼馴染でずっと昔から知ってるの。そりゃ不満に思うこともあるけど、今は私の言葉を聞いてやめてって言ったことはやめてくれるし……」
「そんなの付き合ってたら当たり前のことです。俺……葉山さんの彼氏の話を聞いてからずっと心配で……やってること、ストーカーみたいじゃないですか」
私は桜田くんの言葉に戸惑ってしまった。
「桜田くん、ただの先輩のことだし私のこと……そんなに考えてくれなくても大丈夫だよ」
すると桜田くんは手をぎゅっと握りしめた。
「ただの先輩じゃないんです。俺……葉山さんのことが好きなんです」
「えっ」
私はビックリして目を丸めた。
「好きって……」
「最初は尊敬できる先輩だったんです。でも葉山さんと一緒にいるうちにピュアなところとか、優しいところとか好きになって……先輩の付き合ってる彼女も危なそうな人でずっと心配でした」
「桜田くん、何言って……」
「本気です。今の彼氏に何か弱みでも握られたりしてるなら……俺、全力で戦います」
戦うって……そんな必要ないのに。
それに私がのことが好きだなんて……。
その時、隼人の言葉を思い出した。
『アイツは間違いなく美羽のこと、狙ってるよ。危険な男だ』
あんなに隼人のこと否定したのに……。
それから少し気まずいままお店を出ることになった。
お店のお金は桜田くんが払うと言ってきたけれど、そんなことは出来ないと私は自分の分を払うことにした。
「俺は本気です。返事……考えておいて欲しいです」
桜田くんが本気で私のことを好きだなんて……。
全然気が付かなかった。
私、桜田くんに悩みがあるって言われてノコノコついていって……けっきょく隼人の言う通り隙があるじゃない。
家に帰ると、少しだけ早めに帰宅していた隼人が出迎えてくれた。
「お帰り美羽。残業?夕飯は職場で食べてくるからいらないって言ってたけど……」
「う、うん。そうなの……」
言えなかった。
隼人にあんなふうに強く言ってしまったんだもん。
ほらみろってなるだけだ。
桜田くんのことは、自分でなんとかしないと……。
「美羽、おいで」
すると隼人が手を広げて私を出迎えてくれた。
私はそっと隼人の胸の中に飛び込んだ。
「少し疲れた顔してる。何かあったらすぐ言うんだよ」
「ありがとう……」
そう言って背中を優しくさする隼人。
ああ、隼人に抱きしめられているとすごく安心する。
「そういえば」
隼人は話を切り出すと、私に向かって言った。
「今週の日曜日休みなんだ」
「うん、私も休み。だからどこかでご飯とか……」
そこまで告げた時、隼人は言った。
「いや、ちょっと予定があって出かけて来てもいいかな?」
「う、うん……もちろんだよ」
なんだ。
てっきり一緒に過ごせるって思っていたのに……。
でも隼人にも隼人の予定があるんだもん。
仕方ないよね。
しかし、それから隼人は休みの日は家を開けるようになった。
家のリビングで、一緒に夕食を食べながら話をしていると……。
「隼人、次の日曜日も休みだって言ってたよね?」
「ああ、でもごめん。その日も予定が入ってるんだ」
えっ、また予定……?
どうして急に?
今まで隼人は私が休みの時に誰かと予定を入れることはほとんどなかった。
最近はほとんど一緒にいられない……。
その時、前隼人と一緒にいた女性のことを思い出してしまった。
女の人とかじゃないよね……?
不安になって尋ねる。
「だ、誰かと予定があるの?」
私がそう尋ねると、隼人は私から目を逸らしながら答えた。
「うーん、まぁそんな感じかな」
濁された。
なんで目を逸らすんだろう。
私には言えないことなの?
不安になって聞いたのに、さらに不安になってしまった。
するとテーブルに置かれていた隼人のスマホが振動した。
スマホに目を移した隼人はさっとスマホを手に取ると、「ごちそうさま」と言って、食器を片付け、自分の部屋に入ってしまった。
最近の隼人……なんか変だ。
不安になっちゃうよ……。
それからしばらくして、私がお風呂を済ませると、隼人もお風呂へと入っていった。
私は、隼人の部屋で彼がお風呂を済ませるのを待っている。
すると、彼のスマホがベッドの横で振動した。
またメッセージだ……。
見てはダメだ。
そう分かっているのに、気になって仕方ない。
少しだけ……少しだけだから。
私は隼人のスマホに手を伸ばした。
通知欄を見ようと隼人のスマホを手にした瞬間。
「美羽、何してる?」
「きゃっ」
いつの間にお風呂を上がったのか、隼人が戻ってきてしまった。
私は隼人のスマホを手に持ったまま固まる。
「それ、俺のスマホだけど……」
「あっ、えっと……」
私は目を泳がせることしか出来なかった。
「ご、ごめん……」
隼人にプライベートのこと、追及しないでと自分から伝えたのに、自分は知ろうとするなんて……なんて浅ましいんだろう。
すると隼人はこっちに来て優しい口調で尋ねる。
「どうかした?」
「あ、いや……その……最近一緒にいられないから何があったのかなって」
しどろもどろになりながら言うと、隼人は申し訳なさそうに言った。
「それは今言えないんだ。ごめんね……時が来たらちゃんと伝えるから」
「そ、そう……なんだ」
隼人が遠くに感じる。
言えないことってなんだろう?
時が来たら言うって?
それは……やっぱり前一緒にいた人がいいから別れようとかそういうこと?
不安でたまらない。
その不安をかき消したくて、私は吐き出すように言う。
「最近さ、全然前みたいなことしてこなくなったよね」
「前みたいって?」
「ほら、監視したりとか桜田くんに連絡入れたりとか……」
「ああ、美羽が嫌だって言ったからね」
「我慢できるの?」
私、何聞いてるんだろう……。
こんなこと聞くなんておかしい。
そう分かっているけど、あんなに私に執着していた隼人の執着がなくなったら、なんだか私のこと好きじゃないみたいに感じちゃって、すごく不安になるんだ。
自分が言ったことなのに……。
すると隼人はニコっと笑っていった。
「大丈夫だよ。美羽が行きたいって言うなら彼とも食事に行ってきてもいいし……上司と部下なのに止めたりするのはやっぱりよくなかったなって思ってさ」
「桜田くんと私が食事に行ってもいいの?」
「うん、いいよ」
いいよ……か。
そんな言葉聞きたくなかった。
正直すごい我慢してるんだって。
前みたいに私を監視したりしないと不安でたまらない隼人に戻ってほしい。
嫌なんだって言ってくれたら、もう我慢しなくていいって伝えるのに。
ああ、もう嫌になる。
自分勝手すぎて……。
当然、そんなこと言えるわけもなく私は話を終わらせた。
「そ、そうだよね!変なこと聞いてごめんね。今日はもう疲れたから寝ようか」
「うん、そうだね」
私はモヤモヤした気持ちを胸に抱えたまま眠りについた。
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