愛のない契約結婚~絶対に離婚するつもりだったのに、年下CEOに愛されすぎておかしくなりそう~

cheeery

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彼と出会ったのは大学二年の秋のことだった。

ゼミの先生が開催したOB飲みの場で隣に座った、落ち着いた雰囲気の男性。
それが佐伯俊という男だった。

私より4つ年上のOBでとても大人っぽく感じられた。

「桐谷さんって、真面目そうだね」
「どうしてそう思うんですか」

「今みんな飲み会で自分のことしか考えてないのに、キミだけ周りのことばかり見てるから……」

彼の言われた通りだった。

飲み会とかみんなが集まる場は苦手だ。
周りのグラスが開いていないか、メニューを頼みたい人はいないかばかり気にしてしまう。

そんなことをしているうちに輪に入る機会を失い、気づけばひとりぼっち。
だから楽しむことができない。

「もっとこういうテキトーな場はテキトーに楽しんだ方がいいよ。そっちの方が隙ができてみんなも話しやすくなるだろ?」

冗談めかして笑う彼の言葉がその時、すとんと心の中に入ってきた。

そうか、こういう場は頑張らなくていいのか。
肩の荷が下りた気がした。

「それじゃあ桐谷さんの話でも聞かせてもらおうかな~」

彼は人の話を引き出すのが上手い人だった。

配慮もできて、こういう場で一切自分のことを話したりしないのだけど、彼の前だけはなぜか自分の話ができた。

「お疲れ様でした」

「それじゃあね、桐谷さん」

久しぶりにこういう飲み会が楽しいと思えた。

連絡先を交換して、また時間が会ったら飲みにでも行こうよと彼は言ってくれた。

私とまた一緒にいたいと言ってくれる人なんていなかったから、その言葉が嬉しかったんだ。
その日から彼は、よく連絡をくれるようになった。

【今日仕事の営業中に前、桐谷さんが感動したって言ってた広告を見かけたよ!俺も、けっこう好きだった】

【そこの会社と取引できるように頑張らないとな】

いつの間にか、彼から来るメッセージが楽しみになっていった。

そしてしばらくやりとりをしていた時「仕事終わりにちょっと会わない?」と聞かれた。

もちろん「はい」と返事をして向かったのは大学近くの小さな居酒屋。
カウンター席に並んで座ると、肩が少し触れそうな距離だった。

「こういうところで飲むの、久しぶりだな」

「私も普段はあんまり……」

「だよね。桐島さんは飲み会あんまり好きじゃなさうだしな……っていうか、いつまでも桐島さんじゃ仰々しすぎるか……美和って呼んでもいいかな?俺も俊でいいよ」

この時の私は警戒心よりも、先に名前を覚えてくれていることに嬉しくなってしまった。

「名前、覚えてるんですね……」
「当たり前じゃん」

ゼミの中で誰も私の名前を知っている人はいない。

真っ直ぐ言われて、顔が熱くなるのを感じた。
それからまたたくさん話をした。

俊さんは今、広告業界にいて取引先との商談をして自分で契約を勝ち取ったり、自分が憧れている会社と一緒に仕事ができたりして、充実した生活を送っていた。

もともと広告に興味があった私は、彼の話を聞くのが好きで俊さんの前でだけ、私は自分の心を開くことが出来た。

いつも気を張っていると、彼だけが気を張らなくていいんだよって言ってくれる。
それが心地よかったのかもしれない。

それから何度も飲みに行き、その次は映画。
会うたびに自然と距離は縮まっていった。

そして帰り際、改札前で立ち止まった俊さんが、少し不器用に言った。

「……俺たちさ、付き合うっていうのはどうかな?」

一瞬、言葉が出なかった。

駅のざわめきの中、彼の声だけが耳に残る。

「え……」

思わず見上げると、俊さんは普段の穏やかな表情のままなのに、どこか照れくさそうに眉尻を下げていた。

「いや、いきなりでごめん。でももっと一緒にいたいって思ったんだ」

学生時代から大学に入ってからも恋愛なんて縁がなかった私にとって、その言葉はあまりにもまっすぐで。
信じられないくらい、嬉しかった。

「……はい。お願いします」

この人となら……私も上手くやれる。
そう確信できた。

それから私たちは、恋人となった。

彼と一緒に過ごす時間が、大学生活の一番の楽しみになっていった。

「美和は頑張りすぎるところあるよな」

「でも、そういうところも好きだから」

自分が嫌いな自分を肯定する言葉を、彼は何度もかけてくれた。

それが落ちついて、私は彼にだけ心を許せた。
この人は、自分のいる場所を作ってくれる人だ。

それから、彼とのお付き合いは順調に続いていった。

「……就職場所決まったのか?」

「はい!」

「やったな!しかも自分の行きたいって言ってた場所に行けるなんてすごいじゃん」
「へへっ……頑張って良かったな」

自分が行きたい場所に内定が決まり、全てが順調。

「きっと美和なら仕事でも結果を残せるよ」

それは全部俊くんのお陰だと思った。

俊くんは、私を変えてくれた人。
だから私も俊くんに出来ることはなんでもしてあげたい。

そしていつか……彼と結婚できたらいいな。

そして社会人としての生活が始まった。

残業や研修に追われる日々の中で、俊さんと会う時間はほとんどなくなった。

お互いに忙しいこともあってか、連絡がほとんど帰って来ない。
でもかえって来る時はいつも私を元気づけるメッセージを送ってくれたから頑張れた。

【今はふたりとも頑張り時だな。俺も美和が頑張ってると頑張らなきゃって気持ちになるよ】
【終わったらゆっくりご飯でも行こうな】

その言葉を楽しみに、私は胸の寂しさをやり過ごした。
 
ある金曜の夜。
仕事帰りに、会社の近くの商業ビルを歩いていたときだった。

人混みの中でふと見慣れた横顔を見つけて、足が止まった。

あれは……俊さん?
彼は誰かと並んで歩いていた。

いや、並んでではない。
女性と腕を組んで歩いている。

だ、誰……。
女性は落ち着いた雰囲気で、私よりも大人びて見える。

笑った口元が彼の肩に寄り添っていて、その距離感はとてもなんでもない関係の人とは思えなかった。
違うよね。

ただの会社の同期とかだよね。

ちょっと距離が近いだけの人で……。

そんなことを言い聞かせながら私は近づく。
そして声をかけた。

「……俊さん」

彼が振り向く。
その瞬間、彼は明らかに動揺した顔をしていた。

「……誰?」

そう言った瞬間、私の視線は自然と彼の左手に落ちた。
そこには、見慣れない銀の指輪が光っている。

指輪……なんでしてるの……。

唇が震える。
答えを聞くのが怖い。

隣にいた彼女が不思議そうに私を見て言う。

「俊……この方は?」

彼は張り付いた笑顔を浮かべてから言った。

「あー……大学の時のゼミの後輩。久しぶりだね、桐島さん」

どうして……。
どうしてそんな他人みたいなフリできるの?

胸の奥で叫びが反響し、足先から冷えていく。

「俊くん、なに言ってるの……」

「俊くんなんてやめてくれよ。そんな呼び方してなかっただろ」

彼がなにを言っているのか、私は全然分からなかった。

「よくしてあげてた後輩の子なんだ」

後輩なんかじゃない……。

「俊くん、変なこと言わないで。好きだって言ってくれたでしょ。もう2年も付き合ってる」

言葉を継ごうとした瞬間、彼の声が私の上から被さった。

低く、でも周囲に聞こえるようなはっきりした声。

「……それだよ。もういい加減やめてくれないかな?」
「えっ」

「そうやってしつこく迫って、メールもしつこく送ってきてさぁ。大学でOBとして行った時に優しくし
てあげただけなのに勘違いされて……困るんだよね」

世界が止まった気がした。

「俊、くん……」

声が震える。

彼は私を見ず、隣の女性へ視線を向ける。

「ごめんね、驚かせたよな。ずっと心配させたくなくて言えなかったんだけど……俺、この女にストーカーされてるんだ」

彼女は怪訝そうに私を見ていた。

ねぇ俊くん、変なこと言わないで……私のこと好きだって言ったじゃん。
将来結婚しようとも言ってくれた。

それなのに、ストーカーだなんて変なこと言わないで。

「連絡……って、だって、私たちずっとやりとりして……」
「変な妄想をぶつけてくるのはもうこりごりだ」

頭が真っ白になる。

三年間、私が信じてきた言葉や笑顔が、今この場で「妄想」にすり替えられていく。

「あんまりしつこいと警察に相談するから。行こう奈々」

「……違う……私は……」

必死に声を振り絞ったのに、彼は振り返らなかった。

隣の女性の肩を軽く抱き寄せ、立ち去ってしまった。
そうか、私は……浮気相手だったんだ。

どうして気づかなかったんだろう。
思えば不自然なところはたくさんあったのに。

不都合なところは見ないようにして、彼とだけの居場所を築いていった私には、もうなにも残っていなかった。

全部……なくなってしまった。
友達もいない、居場所もない……。

これからどう生きていったらいいのだろう。
残された私は、その場に立ち尽くすしかなかった。

その日の夜。
彼から着信があった。

出ないと決めていたけれど、長くコール音が鳴るたびに私の胸は期待する。
もしかしたら、あの時のあれはドッキリだったのかもしれない。

彼がふざけてあんなことを言っただけかもしれない。
都合いいことばかりを考えて、私はその着信に出てしまった。

「もしもし」

「もしもし、美和か?出てくれて良かった」

あんなことがあった後でも彼の声を聞くと、ほっとする。

「ほら、あんなんでも付き合ってたからさ……中途半端にするのは申し訳ないなと思って」
「えっ」

「別れようぜ」

彼から出てきたのは、謝罪でも弁解でもなかった。

『だってお前……1人でも生きていけそうなんだもん。可愛げねぇつーか……』

ドクン、ドクンと心臓が音を立てる。

私はなにを期待していたのだろう……。

「ちゃんと言ったからな!もう関わってくんなよ?」

そう言って電話は切れた。

「……ははっ」

私は本物のバカだ。

一度裏切られた相手にまた期待して電話に出て、なにを言ってもらいたかったんだろう。
この日から人というのはあっけなく裏切るものなのだと知った。
 
胸の中にぽっかりと穴が空いたような、冷たい虚無感が広がっていく。

これからどうしよう……。
彼と対等に戦えるように仕事をも頑張ってきた。

俊くんと並びたくて、同じ会話ができるようになりたくて……。
でもそれももう意味がない。

生きる意味を失った私。
しかし。

「桐谷くん、おめでとう」

幸運なことにそのタイミングで私は上司に認められ出世が出来た。

仕事はやっぱり楽しい。
仕事に向き合っている時は俊くんのことを忘れられた。

その時に思ったんだ。
裏切らないのは仕事と数字だけだと。

私はその日から、何かを信じることをやめた。
愛なんて不確かなものに縋るのはもうやめよう。

私は仕事だけに生きる。
そうすればもう、傷つくことはないのだから──。

 
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