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卒業パーティー
公爵令嬢の誤算 2
しおりを挟む「レティシア……! 大丈夫?」
ベルニエ侯爵家のミーシャがレティシアのそばに駆け寄って来た。
「ミーシャ……。大丈夫よ。ありがとう。……でも、本当に良かったわ……」
この会場内はまだ先程の王太子とフランドル公爵令嬢との婚約破棄の興奮冷めやらずといった風に騒めいている。
レティシア自身もついさっき思い出した前世、その時していた『乙女ゲーム』の世界と思われたこの世界で、その内容を知っていたはずの公爵令嬢の『予言』通りにならずに済むとは思わなかった。
あの乙女ゲームでいうと、主人公ローズマリーにとっては『バッドエンド』になってしまった、という事かしら?
おそらくは『攻略本』でかなり研究するくらいにゲームをしていたのではないかと思うほど、この世界の出来事に精通していたフランドル公爵令嬢。あれ程の『予言』を出し当てて来たのに、1番肝心の場面での進め方を間違えてしまうなんて……。
――おそらく、彼女は予言を出し過ぎたのだ。他の予言はともかく1番大切な『王太子の婚約破棄』の部分を表に出してしまうなんて。
そうなるかもしれないと知っていてそんな事をしてしまう程、王太子が愚かなはずがないのに。
そもそもあのゲームで主人公ローズマリーは『予言』など出していなかった。ローズマリーは結局は自分で運命を悪い方に変えてしまった、という事なのよね……。
「私はレティシアが声を上げた時には心臓が止まるかと思う位に驚いたわよ。結果的には良かったけれど、もうあんな無茶はやめて欲しいものだわ」
ミーシャがそう言って少し恨めしそうにレティシアを見る。レティシアは苦笑しつつ「御免なさい」と謝った。
……あの時は身内で王家側であるはずの王太后がフランドル公爵家の味方として割って入って来た事で、リオネル王子に非常に不利な状況になっていた。証人として入れるのは当事者である自分しかいない、と思ったら声を上げずにはいられなかったのよね。
ゲームの登場人物である事はこの際忘れて、今自分に出来る事をしようと思った。
「まあまあ。……でも本当に良かったよ。王家にも王太子殿下にも最良の結果であっただろうし、レティシア嬢にも被害がなくてね」
ミーシャの従兄弟サミュエルもそう言って安心したのか表情を緩めてから……、不意に真顔になる。
「しかし……、王太后様はいったいどうされたのだろう。王家派であるべき王太后様がこの場でフランドル公爵令嬢に味方した事にも驚いたが、急にあのような錯乱状態に陥られるなど……」
ミーシャもそれに頷く。
「確かに、あのご様子は尋常では無かったわね。急に謝罪を始めて……、あれはレティシアに向かって謝っていたの?」
「私に向かってというよりは……私を通してなにか違うものを見ていた感じだわ。私は当然王太后様にお会いするのは初めてだし。何かが引き金になって昔の嫌な記憶を思い出されたのかしら?」
レティシアも今は休まれているのだろう王太后を案じて言った。
……だけど、王太后様が子や孫である国王やリオネル王子を押し退けてまで公爵令嬢に肩入れしていたのは、もしかして公爵令嬢ローズマリーにある意味『攻略』されていたという事かしら?
レティシアは前世で攻略本まで買ってあの乙女ゲームをやり込もうとしてはいたが、実は殆どのルートは把握していない。ちょうど受験期に入ったので攻略本も全ては読めずゲームは途中でやめてしまったのだ。
であるから、レティシアには『王道のルート』に近いものしかこのゲームの内容は分からない。だからもしもっと早くに前世の記憶やこのゲームの事を思い出していても、公爵令嬢のような『予言』は出せなかった。
このパーティー会場にはやっとやり遂げたと晴れやかな国王陛下とリオネル王太子。そして少し離れて悔しげなフランドル公爵家側の貴族たち。フランドル公爵家側の貴族たちも始まったばかりの卒業を祝う為のパーティーをすぐには帰れずにいるようだった。
そんな中レティシアやミーシャ達は、もう少し落ち着いた頃合いで帰ろうかと話しをしていたのだが――。
「――大変な目に、あわれましたね」
まだ、先程の騒ぎの動揺が収まらないパーティー会場の中。
先程の立役者の1人、ヴォール帝国のクライスラー公爵がレティシアに話しかけて来た。
「ッ! 先程は、ありがとうございました……。ご証言いただいて、本当に助かりました」
レティシアはかなり驚きながらも、この方のお陰で助かったのだわと深く感謝しながらお礼を言った。
「私は真実を述べただけ。……しかし、私に感謝をしていただけるのならば……。どうでしょう、私と一緒に帝国へいきませんか? 一生貴女を大切にするとお約束いたします」
「……えっ!?」
レティシアは突然の帝国の公爵の言葉に驚く。
どういう事? あのゲームには帝国の公爵なんて出てこなかったわよね!? しかもザマァされるはずだった子爵令嬢に……、ん? 一生? ……え? もしかしてこれって、プロポーズ!? ……でも、公爵からは全く本気度を感じないんだけれど!
「いえっ! あの私は、帝国の公爵閣下に連れてもらえるような身分でもありませんので……」
レティシアは慌てて即お断りをした。
身分の事もそうだが、昨日義母から自分の母が元帝国の貴族で20年前の政変から追われる身であった事を聞いたばかりなのだ。
帝国の公爵に、出来ればこれ以上はお近づきになりたくはない。
「……好きなお方でも、いらっしゃるのですか? リオネル殿下とは今回フランドル公爵令嬢に仕組まれただけで、なんの関係もないのですよね?」
リオネル様と自分が全く関係がない事は紛れもない事実。そしてここではっきりそれを主張しておかないといけない。今、周りはこの帝国の公爵の突然の行動に注目している。おそらく今の自分達の会話も耳を澄ませて聞いている事だろう。
「リオネル殿下とは、私はこの2年全く関わりなどありません。最近は一度偶然会っただけですし、2年前出会った時ですらただの野菜を作る仲間だっただけですわ」
レティシアはそうはっきりとリオネルとの仲を否定した。
「それならば、是非私との事をお考えください。……歳は離れていますが、一生大切に愛し慈しむとお約束しますよ」
えええ――っ?
レティシアはとにかく驚きと信じられない気持ちで目の前の美しき公爵を見詰めた。公爵はレティシアの目を覗き込むようにじっと見つめ返して来た。
……いったいどうしてそんな話になるのかしら? 公爵とは今初めてお会いしたのだけれど!?
2人の周りも騒めき出した。
「……お待ちくださいッ!」
そこに、一つの声があがる。
それを、まるで分かっていたかのように微笑みチラリとその方向を見るクライスラー公爵。
「……おや。リオネル王太子殿下。彼女は貴方様とは仕組まれただけで全く関係はないのでしょう?」
リオネル殿下は公爵のその言葉にグッと詰まりながらも、思い直したのか公爵を顔をしっかりと見据えて言った。
「私達は、確かに今までは全く関係はありません。私は婚約者のいる身でしたから……。しかし、私は彼女の朗らかさにいつも救われていた。この2年ずっと関わりを持てなくても、私の心の支えだったのです。そして……、今日婚約者であったフランドル公爵令嬢が無関係な彼女を階段から突き落とした所を見た瞬間、私は……」
リオネル殿下はそう言ってからレティシアを見た。そしてそのままレティシアを見つめながら静かにその前にひざまづく。
「レティシア嬢。……私はきっと2年前に貴女と会った時から貴女に惹かれていたのです。そして、2週間前に貴女と再会してから更に思いは募りましたが諦めるしかなかったのです。しかし今……、私はこれから貴女と共に生きていけたらと強く思います。……どうか、私の妻になっていただけませんか」
リオネル殿下はそう言ってレティシアの手を取り見上げてきた。
周りはシン……となり、皆がこちらに注目する。
……私は……信じられない思いでリオネル王子を見詰めた。私の手にそっと触れている少し冷たい彼の手が震えている。……いいえ、私の手も震えているのだわ……。
「リオネル……殿下……ッ」
……ポタポタと、溢れる涙。どうしよう。……どうして?
私は、ゲームでは主人公である公爵令嬢に『ザマァ返し』をされる、ただの王子の浮気相手であったはず。そしてきっと、本来ゲームでの私はリオネル王太子が『王太子』であるから好きだったのだ。……だけど、現実の私は違う。
――だってこんなに想いが溢れて、こんなにこのお方が愛しいのだもの――。
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