ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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卒業パーティー

コベール子爵邸 1

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「……ようこそ、コベール子爵家においでくださいました。私は主人のロジェ コベールにございます。お越しいただき光栄にございます」


 コベール子爵は目の前に立つ貴人に挨拶をした。存在感のあり過ぎるこの公爵に、「これは、国王陛下にご挨拶した時よりも圧力があるのでは……」などと考えてしまう。


 一目で高位貴族と分かる威厳のあるその姿。黄金の髪に薄紫の瞳の美しき貴人。コベール子爵は緊張しながらその男性を見入る。男性はニコリと笑った。

「コベール子爵殿。突然お伺いいたしまして申し訳ございません。お初にお目にかかります。……私はヴォール帝国の公爵エドモンド クライスラーと申す者」

 
 意外にも、柔らかい態度で挨拶をしてくるクライスラー公爵。
 それでも油断してはならない、とコベール子爵は気を引き締めた。


「偉大なるヴォール帝国の公爵閣下に我が家にお越し頂けるとは、恐悦至極に御座います。私はつい先程領地より戻ったばかりでして、このような格好で誠に申し訳ございません。すぐにお茶の用意をいたしますので、どうぞそちらにお掛けください」


 子爵は妻からの急ぎの手紙を見て慌てて馬車を走らせ王都の屋敷に帰ってきたばかりでマントを脱いだだけの旅装も解かぬ姿。コベール子爵の領地は一部が帝国に面した小さな土地。帝国と王国を結ぶ正式な街道からは外れているので、普段なら馬車で5日はかかるところを昼夜構わず走らせ3日で着くほどの強行軍だったのだ。……後で御者には特別手当をやらねばなどと、心の中で少し現実逃避をしてみる。


「それは、大変お疲れの事でしょう。……しかし、今日のご令嬢の卒業パーティーには間に合わず残念でございましたね。
……ああ、お構いなく。私は今日はそのレティシア嬢の事でお伺いしたのです」


 クライスラー公爵はパーティーに間に合わなかったことをどこか責めているかのような口調で言ってから、少し姿勢を正し本題に入った。

 レティシアのこと、と聞いてコベール子爵は身を固くする。


「……今日の離宮での卒業パーティーにて一つ騒動がございました。その件についてはこの王国の公爵令嬢の『予言』に引きずられる事なく無事に収まり、結果この王国の王太子殿下は公爵令嬢との婚約を破棄なさいました。
その場でレティシア嬢はフランドル公爵令嬢より王太子殿下の『浮気相手』などと言われましたが、無事に誤解は解けました。この後おそらくはフランドル公爵家は罰を受けることとなるでしょう」


 今のコベール子爵の心配事の一つであった、『フランドル公爵令嬢の予言』にレティシアが巻き込まれていた件が無事解決した事を聞かされ、子爵はとりあえずそれについては安堵する。
 ……しかし、何故帝国の公爵が我が家にその報告を? と益々疑念は大きくなった。

「……それは、誠に安堵いたしました。私はこの時期は毎年領地での仕事がありまして、妻からのその件の知らせを受け慌てて帰って来たという次第でしたので」

「……そうですか。しかし、せっかくのご令嬢の卒業式だったというのに領地へ行かれるとは……。軽く子爵家の事情はお聞きしましたがレティシア嬢はこの家で冷遇されているのですか?」

 公爵は強くコベール子爵を見据えながら確認してきた。

「……いいえ! レティシアは我が家の大切な娘です。
お恥ずかしながら我が家の長男の卒業時に『決して来るな』と言われましたもので、子供というものはこういう時に親に来られては嫌なものかと思い込んでおりました。今回帰りまして、妻からは人によって違うものだと叱られましたが」

 公爵の気迫に飲まれそうになったものの、子爵のレティシアを思う気持ちは長男を思う気持ちと変わりない程本物だ、と自信を持って言える。子爵はその思いでそう答えた。

 その答えを聞いた公爵は少し驚き、そして頷いた。

「……それは、事情も知らずに失礼な事を申し上げました。今回のパーティーでは他の貴族は『予言』に巻き込まれない為か親が付いて来ている家が殆どだったと聞きましてね。その中でレティシア嬢はお一人のようでしたので、この家で辛い思いをされているのかと邪推してしまいました」

 そう素直にその件について公爵は謝罪した。


「いいえ。私どもももっとレティシアの事を気にかけるべきでございました。公爵閣下にはこのように娘を気にかけていただき、誠にありがとうございます」


 ……まさかこの件だけを話に来た訳ではないだろうが、意外にも公爵のレティシアを思っての話に子爵は意表を突かれた思いだった。


「今やレティシア嬢は私が気にかけるべき立場におなりですから。
……実はその婚約破棄騒動の後、この王国の王太子殿下よりレティシア嬢に婚約の申入がございました。そして私がこの国で後ろ盾が弱いと思われるレティシア嬢の後見を買ってでたのです。……既に国王陛下からの許可もいただいております」


「ッ!!」


 子爵は驚きで言葉も出なかった。

 王太子殿下がレティシアに婚約の申し入れ!?
 今日のパーティーでフランドル公爵令嬢との婚約破棄が成り立ったばかりらしいのに、何故我が娘とそのような話になっている!? それにレティシアからはそんな話は聞いていない。先程は時間が無くて話せなかったのかもしれないが……。それでも今まで浮いた話の一つもない様子であったのに。


 そして、この王国の数倍の規模であるヴォール帝国の公爵が、小さな王国の子爵令嬢の後見をするだと!? 常識的に考えてあり得ない話だ。
 ……いや、レティシアがこの王国の将来の王妃となれば、その後見をすることにある程度は意味があるのだろうが、それにしても不自然過ぎる……!


「……閣下。私はまだ娘より詳しい話を聞けておりませんが、大帝国の公爵閣下に我が娘の後見をしていただくなど、余りにも不釣り合いな話でございます。小さな王国のたかが子爵家の娘にございます。帝国とは関わりもございませんし、出来れば御辞退申し上げたく存じます」


 公爵の機嫌を損ねない様に言葉選びに気を付けながら、子爵は恐る恐るそう言ったのだが――。

 目の前の公爵の表情がスッと消える。部屋の温度が2、3度は下がった気がした。


「ふ……。……帝国とは関わりがない? 笑えない冗談ですな。レティシア嬢はあれほど帝国貴族の特徴のあるお姿だというのに。顔は、子爵に似ておられるようですが」


 公爵に睨まれるように見据えられながらそう言われ、コベール子爵は背筋に冷たいものが走った気がした。先程までの友好的な空気は一瞬で消え去っていた。


「貴方は生粋のランゴーニュ人のようですな。あの子の、レティシア嬢の母親の事を詳しく話していただきましょうか」




 ◇ ◇ ◇


「あの子の母は……。王都に住む元帝国人であったようでして……」


 コベール子爵は適当な嘘を言ってなんとか誤魔化すつもりだった。


「その様な戯言ざれことは結構。私は真実を知りたいのだ。……彼女を、どうやってこの国に連れて来た? そして何故街で平民として過ごさせていたのだ?」


 しかし公爵はその子爵の言葉を切って捨てた。……彼は、ただ真実だけを求めていた。

 そして子爵は、この帝国の公爵はレティシアの母であるヴィオレ本人の事を知っているのだ、と確信した。……しかしこのまま彼に真実を話し、万一レティシアに危険が及ぶ事になりでもしたら――。

 子爵はゴクリと息をのみ、話を続ける。

「……いいえ、これが真実でございます。私は街に行った際レティシアの母と出逢い、つい浮気心が出てしまったのです。しかし妻に悪いと思いすぐに別れ――」


 ダンッ!!

 子爵はびくりとして公爵を見た。するとそこには、見ただけで死に至らしめそうな程の鋭い目をした公爵がいた。そして先程の音は公爵が机を蹴った音だった。

 怒れる公爵に子爵は嫌な汗が流れる。

 ――どうすれば、レティシアを守る事が出来る? このまま公爵が本気になれば、結局はレティシアに被害が及ぶ。事実を話すべきか? いやしかし……!


 青褪めながらもそのまま黙り込んでしまった子爵に、公爵は一つ息を吐いた。……憤る気持ちを抑えている様だった。


「……では、質問を変えよう。あの子の、レティシアの母親の名は?」


 子爵はその位ならと思った。しかもその名も偽名かもしれないのだから。


「……ヴィオレ、でございます」

「ヴィオレ……」


 公爵はその名を復唱し、少し考える。

「ヴィオレ……『violet』、ヴァイオレット、か……!」

 そして公爵はその名を『ヴァイオレット』と呼んだ。


 それを聞いた子爵は初め「?」となったが……。


 この王国と帝国では同じスペルでも読み方が違う。

 『ヴィオレ』はこの王国での彼女の呼び名。そして……。


「……彼女が生まれた時、その深く美しい瞳を見た彼女の祖母がその名を付けたそうだ。……『ヴァイオレット』、と」


「……ヴァイオレット……」

 公爵のその話を、コベール子爵はヴォール帝国の事を調べる中で聞いたことがあった。

 ――ヴォール帝国の先先代の女帝マリアンナは、その孫である皇女が産まれた時、自分と同じ深く美しい紫の瞳を持っていたことから『ヴァイオレット』と名付けた、と――


「……ッ! まさか……」

 クライスラー公爵は冷たく笑い、足を組んで横柄に言った。

「――レティシアを、返してもらいますよ。
そして……この失われた20年の、彼女の話を聞かせていただきましょう」



 今度こそコベール子爵は観念するしかなかった。




ーーーーー


レティシアは、クライスラー公爵がずっと愛して探していた皇女ヴァイオレットの娘でした。公爵はパーティーでレティシアを見た時からその姿と雰囲気、なによりもその深い紫の瞳でそれを確信していました。
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