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卒業パーティー
国王と息子たち
しおりを挟む「今日はご苦労であったな、リオネルよ。……良き結果となったとはいえ、その後も大変であったろう」
国王は息子リオネル王太子を労いそう言った。
ここは国王の執務室。パーティーの日の夜にリオネル王子は国王に再び呼び出されたのだ。
「いいえ。父上こそあの後は大変な事であったと聞いております。……フランドル公爵には、重い処罰を与えられるとか?」
国王は為政者の顔で答える。
「本日のフランドル公爵家の者の対応は、不敬罪に相当すると大臣たちとの協議の結果だ。……アレがこの王国の最高位の筆頭公爵とは聞いて呆れる」
ため息混じりに答える国王に、リオネルも確かにと頷く。
「フランドル公爵派の貴族たちはいかがなさいますか」
リオネルの問いかけに国王は淡々と答えた。
「……それは当然、力を無くしていくであろうよ。まあ彼らは既に要職からは外れておるのだがな」
今までフランドル公爵派は好きなように動いていたが、それに対して王家が何もしていなかったかというとそうではない。彼らの気付かぬ間に公爵派は徐々に要職からは外されていた。大臣から副大臣といった具合に大袈裟にならない速度でその地位を奪っていったのだ。今の主要な大臣や要職は王家派か中立派で占められている。
そして小さな罪を犯した場合も公爵派の貴族ならかなり厳しく罰せられ少しずつ力を削ぎ落としている。特に武器となりうる物や不審な物を購入した事が発覚すればそれだけでその購入した物の没収は勿論、通常の倍以上の罰則金を取っていた。じわりじわりと王家は報復をし彼らの力を削いでいたのだ。
「……それは、重畳でございます。こちらは、法律関係の官吏達と共に作成したフランドル公爵令嬢との婚約破棄の正式な書類です。幾つかの案を準備いたしましたのでご覧いただけますか。あとは陛下と公爵のサインが有れば良いようにしてあります。……せっかく『解消』ではなく『破棄』となったのですから、相応の慰謝料などを請求させていただこうかと。
ご承知いただけましたら直ぐにフランドル公爵家に届けさせます」
リオネル王太子に渡された書類を国王はさらりと読む。
そこには、相当な額の慰謝料が記入されていた。それを払ったならば幾ら公爵家といえど数年は彼らは余計なことは出来ない程に困窮するだろう。まあ、彼らは当然減額を求めてはくるだろうが……。
初めこちらは穏便に婚約を『解消』と言ったのに、あちらは自ら墓穴を掘り結局はあちらの有責で婚約を『破棄』とすることになった。『解消』であったならこんな多額の慰謝料など発生しなかったものを。
そしてこれから彼ら公爵家側が王家に対し反旗を翻すような事がないように、公爵家とその派閥の貴族の屋敷周りにはかなりの衛兵などが配備されている。彼らに万一おかしな動きが有れば、すぐに衛兵によって取り押さえる事が出来る。
ここで甘い処置をして反乱などを起こされれば、たちまちこの王国は荒れてたくさんの被害を出してしまう。為政者として、心を鬼にして彼らが愚かな事を起こそうなどと考えないようにしなければならない。
その書類を読んで頷いた国王は自分のサインを記入した。
「……最初から、こうしておれば良かったのかもしれぬな。結果的には良からぬ考えを持つ貴族どもを炙り出せたとはいえ……。
王太后さえあれほどフランドル公爵家に肩入れしなければ、お前にもここまで長く辛い思いをさせる事もなく、もっと早く確実に事を済ませられたものを」
その書類をリオネル王子に渡し、国王はため息混じりに呟いた。
書類を受け取り大切にしまいながらリオネル王子は苦笑した。
「……そういえば、王太后様のご容態は如何ですか? あの時急にあのような状態になられた理由は分かったのですか?」
リオネル王子の質問に、国王は難しい顔をした。
「……先程、目覚められたそうだ。医師からの報告によるとあの時程の興奮状態ではないものの、何かに怯えたご様子らしい。やたらと『陛下』に赦しを乞うているそうだ」
「父上。……その『陛下』というのは、父上の事ではないのですよね? ……そして前国王、ということでもない」
リオネル王子はあの時は自分達の事で精一杯でそこまで深くは考えられなかったが、後で落ち着いて推測すると王太后が誰に謝っているのかに思い当たった。
「……そうだ。おそらくはヴォール帝国の2代前の女帝マリアンナ陛下に対してであろう。王太后がまだ帝国の公爵令嬢であった頃に女帝マリアンナ陛下の命でこのランゴーニュ王国に嫁いできたそうであるからな」
国王の言葉にリオネルは頷いた。それを見た国王は更に話を続けた。
「……マリアンナ陛下は争い事を好まれなかった。先代皇帝が起こした各地を巻き込んだ戦争で疲弊していた我が王国を哀れに思い、帝国の貴族をこのランゴーニュ王国に輿入れさせる事で平和的に王国との同盟関係を維持された。……王太后のあれ程の謝罪ぶりから、マリアンナ陛下が命じられた通りに動かなかった、という事であろうな」
国王は母である王太后の事を呆れたようにそう言った。
「……そうでございますね。私が聞く限りでもこの王国に嫁いできた時から傲慢な態度でお過ごしで、およそ和平とはほど遠く夫であられた前国王にも随分横柄な態度であられたそうですしね」
リオネルの側には特に王太后に対し反感を持つ者が多い。それは勿論リオネルへの態度を腹に据えかねてというのが原因だが、彼らから王太后の様々な過去のイザコザを教えられたのだ。
「マリアンナ陛下はさぞかし我が母に失望された事であろうな。
そして更には20年前のヴォール帝国の帝位争いの時、当時王妃だった王太后は勝手に第一皇子を支持すると表明した。王太后はあの時この王国の大半の貴族達から支持を失った。そして父上……お前の祖父とも完全に不仲となってしまった。
帝国と王国の絆となるべく嫁いできた母は、それで完全にマリアンナ陛下の期待を裏切ったといえる。
……それから暫くして女帝マリアンナ陛下は亡くなった。そしてその時は母が支持を表明した第一皇子が皇帝になられたからまだ良かったものの、そうでなければこの王国は帝国からかなりの圧力を受ける事となっていたであろうな」
「王太后様はずっとマリアンナ陛下の事を畏れていた、という事ですね。……そして今日、何故かその畏れがレティシアを見たことで爆発した。
……父上。あの時王太后様は『ヴォールのアメジスト』と呟かれました。小さなお声でしたのでおそらくは近くにいた者しか聞こえてはいなかったとは思いますが……。『ヴォールのアメジスト』とは、まさか」
リオネル王子は国王に確認するかのように問いかけた。
国王も王太后のあの呟きを聞いてからまさかと思っていた。……しかし、パーティー後にリオネルと共に挨拶に来たレティシア嬢の瞳を一目見て納得した。
「――そう。『ヴォールのアメジスト』とはヴォール帝国の女帝マリアンナ陛下の二つ名。その高貴な存在と類稀なる美しい深い紫の瞳を指して例えたものだ。
……そして、母親が元帝国の貴族であったというレティシア嬢。彼女の瞳は信じられない程にマリアンナ陛下に近いものだ。彼女の亡くなった母親の実家は相当皇族に近い高位貴族ではないだろうか」
「……まさか。……ッ! では、クライスラー公爵はこの事に気付いて彼女を養女にと申し出たのでしょうか? もしやレティシアはクライスラー公爵の本当の血縁なのでは? かの家も皇族とかなり近い家であったはず」
「それはないだろう。レティシア嬢の母の貴族家は亡命を強いられる程に現皇帝に近い派閥であったのだろう? クライスラー公爵家は前皇帝の派閥であった。
……まさか。だからか? 相当現皇帝に近い力のある貴族の末裔であるレティシア嬢を養女にする事で、前皇帝派であったクライスラー公爵の利となるという事か?」
「それでは、レティシアは公爵に利用されるという事ですか!? 彼女の身が危険に晒されるという事なのでしたら、なんとしてでも養女となるのを止めなければ……!」
リオネルは昨日からのクライスラー公爵の親切と、今日長年の悩みが払拭されしかも愛するレティシアと想いが通じ合えた事に浮かれ、もしかしたら大変な事に気付かなかったのかと思わず汗が滲み拳を握りしめた。
「……そのような事はないと信じたいが……。早急に公爵と話し合おう。今日はもう遅い。明日の朝食を共に取るよう遣いを公爵の部屋に遣ろう」
「そうですね。明日の昼にはレティシアも登城するのですし、それまでになんとか話を上手くまとめ上げたいものです。……彼女を、出来れば帝国にやりたくはないですが後ろ盾としては今はクライスラー公爵家が最上の存在である事も事実。何が彼女にとって最善であるのかを見極めたく存じます」
愛する女性を思い真剣に考える様子のリオネルを見て、国王は優しく微笑み頷いた。……そしてもう1人の息子の事を思い出し、ため息混じりに話し出す。
「それから、アベルの事であるが……。昨晩からアベルは自室で謹慎させていたが、今日のパーティーでの騒ぎを聞きつけ部屋から抜け出した」
「……ッ! アベルが……。まさか、フランドル公爵家に……?」
昨晩クライスラー公爵より厳しく現実を突き付けられ、少しは反省していたかと思われたアベル。しかし『謹慎』を申し付けた国王の命令に背いて脱走し、今反逆の恐れのあるフランドル公爵家に向かったとなると彼の立場は相当悪くなるのではないか。
「……おそらく、フランドル公爵家に向かおうとしておったのだろう。しかし王宮で衛兵に捕縛され今は『荊棘の間』で謹慎させている」
「『荊棘の間』……!」
……そこは、貴族や王族で罪を犯した者が入れられる牢獄。
「……そうだ。そして……アベルはドール王国の王女のところに婿にやる事とする。我が国から国3つ離れた実りの少ない国だ。しかも昨年は飢饉が起こり、豊かな我が国への援助要請が来ていてな。出来れば我が国の王家に連なる者を王配に欲しいとも言われておったのだ。本当は婿の話は断るつもりであったのだが……」
「ドール王国、ですか……」
過去のヴォール帝国の戦争でも特に手を出されなかったというほど、とてもではないが豊かとは言えない小さな国。
その国の王女の王配。アベルは今の豊かで周りから甘やかされる暮らしから、相当苦労する状況に追いやられるということだ。
「……それは、母上もご納得の事でしょうか」
王妃である母は、自分達兄弟をほぼ平等に愛してくれていると思う。その母も、アベルが酷く苦労をするだろうと分かっているこの話を聞いて納得したのだろうか?
「……ああ。このままではアベルがダメになる。ゼロからの状況に身を置き自分を見つめ直し生きて行く道がいいのではないかとな。王妃も私もアベルが王太后様や公爵家に甘やかされ取り込まれていくのを長年苦々しく思っていたのだ。
それにこのままここにいたら、必ず公爵家側はアベルを利用しようと近付いてくる。今となってはアベルとフランドル公爵令嬢との結婚は絶対に認める訳にはいかない」
確かに『思い合っているから』と公爵家は2人を結婚させようとするだろう。
そうなると今度こそリオネルの存在自体が邪魔となり、次は命を狙ってくる恐れがある。そうなればいつまで経っても、国の諍いは終わらない。
アベルを近隣国の王国の王女の王配とする。それを聞いた実情を知らぬ貴族や国民はめでたい事と喜ぶだろう。……そしてフランドル公爵の野望も潰える。おそらくこれが、全て丸く収まる1番の方法なのだ。
「アベルが、ドール王国女王の王配として立派に役目を果たせるよう、私もランゴーニュ王国の王太子として協力を惜しまないつもりてす」
リオネルがそう言うと国王も「そうだな」と頷いた。
2人はお互いなんとも言えない気持ちで今日一日を終えたのだった。
ーーーーー
今回少しブラックな、国王とリオネルでした。そして2人はレティシアの母の正体に気付いていません。
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