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ヴォール帝国へ
父の告白 1
しおりを挟むレティシアは父クライスラー公爵の想いが嬉しかった。
「はい。……初めは陛下と母の話を致しました。その後は、今後の事など改めてお話をしていただいて……。陛下にとてもこちらに良いように考えていただいていると感じました。……お父様が、お力添えくださったのですね」
皇帝がレティシアの事情を初めから分かってくれていたのは、父クライスラー公爵が陰で動いてくれたからだと思っていた。そうでなければレティシアが将来必要とする事を最初からあれ程皇帝側が分かっているはずがない。
「ふふ。どうかな。私はレティシアがどうしたら1番幸せになれるかを考えているだけだよ。
……そうか、2人で皇女の話を……」
ずっと愛している皇女の話が出た事で、父は当時に想いを馳せている様子だった。
「そうなのです。母の昔の話もたくさんお話しいただいたのです。……だけどお父様、私の中のお母様の印象がすっかり変わってしまったのですけれど……」
今回伯父である皇帝から聞いた若い頃の母の話。……母はとんでもないお転婆な皇女だった。
若い頃から相当な美少年だったと分かるこの美しい父が愛したただ1人の女性。……母は皇女時代は高貴で可憐な皇女様だったのかと思っていたのに! というか、この美しい父が本当にそのお転婆過ぎる皇女を好きだったのだろうか?
そんなレティシアの気持ちをよそに、公爵はニコリと笑った。
「ああ、ヴァイオレット皇女の幼い頃のことを聞いたのだね。皇女は昔から唯一無二の存在であられた。あのような方は2人と居ない。全てを超越されたお方だった」
……うっとりした表情でそう語る父を見て、その時レティシアの頭に浮かんだ言葉は。
――『恋は盲目』!!
まさにこれは今の父の為の言葉だろう。
いやでも、父はその状態が20年以上続いているのだ。……まさに筋金入りだ。世界中が黒と言っても白と本気で答えるほどの惚れっぷりなのだろう。
おそらく『信じられない!』という疑いの目で自分を見ているレティシアに気付いた公爵は苦笑する。
「私にとってヴァイオレット皇女とは、それほどの存在なのだ。皇女の全てが輝かしかった。彼女を思い出すだけで胸が温かくなる。……彼女は私の光なのだ」
「……光……」
父にとっての光。……それが、自分の母だった。これほど母を思ってくれている父が母と結ばれなかったのは、あの政争に巻き込まれたからとはいえなんとも切なく感じた。
せめてあの4年前の事故がなければ、母と父は再び出会い……もしかして上手くいったりしたのだろうか?
黙り込んだレティシアを見て、父が声をかけた。
「レティシア?」
「あ……ごめんなさい、つい考えてしまって……。もしもお母様が事故にあっていなければ、お父様や陛下にも会えていたのにって……」
レティシアの知る母は、朗らかで優しいけれど芯の強い、そんな女性だった。そんな成長した母と会えていたなら、2人はどんな顔をしただろう?
そう思いながらふと前を見たレティシアは、父の様子がおかしい事に気付く。顔色が悪く、少し震えているように見えた。声を掛けようとすると……。
「レティシア。……済まない。君に、伝えなければならない事がある……」
父はそう言って苦しげに顔を顰めた。
そして一つ大きく息を吐くと、レティシアを食い入るように見て言った。
「レティシアの母ヴァイオレット皇女が、この帝城に暗殺者を送られ行方不明になるきっかけを作ったのは前クライスラー公爵、私の父だ。……そして……王国で彼女を馬車で襲ったのも……」
――え。
「……そもそも、対立する派閥側にいたヴァイオレット皇女と私の関係を危惧した我が父である公爵が皇女を襲わせたのだ。それに気付いた私も彼女を助けるべく手の者を送ったが……、当時の私はまだ10代の若造だった。父側の者にしてやられ助ける事が叶わなかった」
懺悔をする様に語っていた父にレティシアは言った。
「それは……、20年前の事はそういう事なんだろうって、分かってます。色んな人達の思惑が重なって人1人を助けたくとも助けられない。そんな時代だったって……分かります。
そうじゃなくて……、4年前? どうして4年前のお母様の事故が帝国と……公爵家と、関係してくるんですか!?」
……王国で、伯父であるコベール子爵も言っていた。『母の死は事故ではなかったのかもしれない』と。
最初感情が抜け落ちたようにポツリポツリと話していたレティシアが、最後は感情的に父であるクライスラー公爵に詰め寄った。
クライスラー公爵は苦しげに、しかし誤魔化す事はしないとレティシアに向き合い答えた。
「その通りだ。本来、もう関係がないはずだった。それなのに……。いつまでも皇女を想い探し続ける私に業を煮やした我が父は、父の部下達にいつか皇女を見つけたなら必ず殺せと命令していたのだ。
……そして4年前、私は前皇帝崩御により帝位に就かれた現皇帝の戴冠式参列の礼にランゴーニュ王国を訪れた。その時公爵になったばかりの私の供には父の従者もいた」
ドクンドクン……。
レティシアは自分の心臓の音がまるで耳元で聞こえるようだった。いや、身体全体が心臓のように脈打っているのだ。
……今、目の前にいる父が別人のように見える。
「帝国から訪れた貴族を歓迎してランゴーニュ王国の大通りにはたくさんの人々の出迎えがあった。……その中に、1人の美しい女性がいるのを、その父の従者は見つけてしまったのだ。そうしてその従者は密かに貴族の馬車を手に入れ、そして……」
「……やめて、聞きたくないっ! そんな事っ……、聞きたくない……! ……どうして……! どうしてそんな……。お母様は何もしていないのに、帝国を追われて、それでも一生懸命生きていただけなのに、どうして……!!」
レティシアは、思わず叫んでいた。
……波瀾万丈な人生を歩んだ母。それでも母はそんな事などなかったかのように笑って朗らかに生きていた。強い女性だったと思う。レティシアを愛情込めて育ててくれた。
レティシアが思い出すのはいつも笑顔で前を向いている母。……そして、馬車に轢かれて過ごした最後の夜の、少し寂しそうな母。
レティシアの目からは涙が溢れていた。
「……レティシア……!」
公爵はレティシアの腕を掴もうとした。……が、レティシアはそれを振り払う。
「……触らないで! いや……! どうしてお母様がそんな目に合わなきゃならなかったの……!?」
レティシアは涙が止まらなかった。
「レティシア……!」
尚も声を掛ける公爵にレティシアは言った。
「いや……!! ……今は、何も話したくない……! 顔も見たくない!」
レティシアはそう言って部屋を出て行こうとしたが……、ここは帝城。右も左も分からない。
どうしようかと思ったところで、公爵が「ハンス」と1人の男の名を呼んだ。するとすぐ横の部屋からよく父公爵といる侍従が現れた。
「……レティシアを、屋敷まで送ってやってくれ」
「……かしこまりました」
今は父から離れようとしたのに、結局は父の力なしにはここを出る事も叶わないのだ。……そう思うとレティシアは自分の無力さに嫌気がさした。
だけど、今は心の中がぐちゃぐちゃで。そして今は父から母の死に対する言い訳も聞きたくなくて。
仕方なく、レティシアはそのハンスという男の後をついて行き屋敷に戻る事にしたのだった。
ーーーーー
レティシアはほんわかした雰囲気から、突然とんでもない事実を突きつけられてしまいました……。
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