ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

文字の大きさ
72 / 89
ヴォール帝国へ

父の告白 3

しおりを挟む


 ……コンコンッ……

 部屋の中の反応を窺うように、扉がノックされた。


「……お姉様。入ってもいい?」


「…………どうぞ」


 レティシアは少し不機嫌な声で、弟ステファンを部屋に招き入れた。

 そして実際、ステファンが部屋に入るといつも笑顔の姉が珍しく顔を顰めている。


「……お姉様。……まだ、怒っているの?」


 ステファンのその言葉にレティシアは弾かれたように言った。


「……ッ当たり前でしょう!! お父様ったらあれからずっと屋敷に帰っていないのよ!! 怒るに決まってるじゃない!」


 ――エドモンド クライスラー公爵が娘であるレティシアに爆弾発言をしてから3日。それから父は一度も公爵邸に帰っていなかった。



 ◇ ◇ ◇


 あの日、帝城から帰ったレティシアは公爵家に帰る道中に父の従者ハンスと話をし、そして冷静に色々と考えて思った。


 ……母の最期の事は、父には責任はない、と。


 むしろ、20年以上愛し続けた女性を自分の行動のせいで死なせてしまったと知った父は誰よりも、……もしかすると娘の自分よりも苦しんだのではないだろうか?


 あの話を聞いた時自分もショックのあまり父に酷い態度をとってしまったが……。


 なんの罪もない、政争に巻き込まれそれでも密やかに堅実に生きていた母ヴァイオレットを、自分の息子がその母を想い忘れられないから邪魔に思ったという身勝手な理由で死に追いやったというクライスラー前公爵の事は決して許せない。


 けれども、父エドモンドはその母ヴァイオレットを誠実に愛しずっと探し続けてくれていた。捜索中偶然子供だったハンス兄妹を人里離れた場所で発見する程に。それほどあちこちを探し続けてくれていたのだ。
 ……しかしそのせいで愛する人が死に追いやられるだなんて、誰が思うだろうか? そんな事は父に予想出来るはずがないのだ。
 そして母の最期の事実を知り、父は誰よりも苦しんだ。


 ――そう。父は私に罪を告白し、おそらく自身を裁いて欲しかったのだ。


 ……それなのに。

 どうして帰って来ないの、お父様!!


 レティシアはその事に怒っているのだ。

 勿論、父を裁こうというのではない。だってレティシアが考えて、父には罪はないのだから。


「……うん。多分だけれど、今度は怖くなっちゃったのかな? お姉様に何を言われるのか、……そして冷たい態度を取られるんじゃないかって思えて怖いんだよ」


 怒るレティシアに、弟ステファンは躊躇ためらいがちにそう言った。


「でもそれで3日もお屋敷に帰らないなんて、お父様ったら子供じゃないんだから! ……やっぱりここは私が帝城へ行ってお父様に……」


 レティシアはそう言って立ち上がろうとしたがステファンがそれを止める。


「だから、ダメだってお姉様! 帝城へ行って、今のお姉様は冷静に父上と話が出来るの? コレは我が家の機密事項にしようって話をしたでしょう? クライスラー公爵家の派閥全部の貴族に関わってくる事だからって!」


 そう、あの日帝城から帰ったステファンとレティシアは今回の事全てを話し合った。

 ステファンはレティシアが母親の死の真相を知り公爵家を憎んでいるのではと心配したが、意外にも姉は冷静だった。後から聞けばハンスと話をして冷静に物事を考えられるようになったとの事なので、後で父からハンスを誉めて特別手当でも出してもらわなければならない。
 ……が、今はその父が居ないのでまだ話が出来ていないのだけれど。

 とにかく、レティシアは前公爵には思うところはあるが、父に関しては怒る要素は何もない。むしろレティシアと同じくらいには母の死にショックを受けていたと思うと言った。
 だからステファンはこの事実がもし公になった場合はこの公爵家と、それに連なる貴族達が最悪どうなるのかという説明を姉にした。最悪、家のお取り潰しや処刑などもあり得ると。

 レティシアはその話を聞いてゾッとした。
 前公爵は許せないが、他の人たちが酷い目にあうことなどは望んでいない。


 それで2人で話し合って決めたのだ。この話は、一生誰にも話さない、と。そして前公爵は父が僻地に幽閉している。筆頭公爵の立場にあって自らの推す皇子が皇帝となり、この世の栄華を味わった人が実の息子に追いやられたのだ。前公爵はこれから今までと全く違う侘しい暮らしとその扱いに苦労していくのだろう。

 ……他の人に影響がいく位なら、それでもういいではないか。これ以上どれだけ復讐なんてしても……、もう母は帰らない。


「それなのに、その話を持ち出した肝心要のお父様が帰っていらっしゃらないから! こちらがこんなにヤキモキしてるんじゃないのよー!」


 レティシアの苛立ちの雄叫びにそれも一理あるとステファンは思った。


「……だから、お姉様。僕が今から帝城に行ってくるよ。お父様の首を引っ掴んででも連れて帰ってくるから待ってて」


 レティシアは弟のその言葉に頷いた。



 ◇ ◇ ◇



「ステファンではないか! ……今日は呼び出してはいないがどうしたのだ?」


 ステファンが登城し父クライスラー公爵の部屋に向かっていると、皇太子アルフォンスと廊下で鉢合わせた。


「皇太子殿下。……ご機嫌麗しゅう。今から父の所へ向かう所なのです」


 ステファンは正直今は余り会いたくなかったと思いながらもそうは感じさせない笑顔で答えた。


「ああ。クライスラー公爵か。……公はどうかなされたのか? 3日も帝城に詰めるなど。従兄弟どのを養女にされてからはずっと仕事を早く終わらせすぐに屋敷に帰られていたのに」


 クライスラー公爵の最近の変わりようは帝城でも噂になっていた。
 当初レティシアが皇帝の姪であるとの事情を知らぬ者達は、初めは彼女を公爵の愛人かと思っていた位だった。レティシアが来てからは表情が豊かになり、毎日すぐに屋敷に帰るようになっていたからだ。


「……それでどうやら仕事が随分と溜まっていたようでして。父は暫く帝城に泊まっていたのですが、姉が心配しておりますので迎えに来た次第です。姉が嫁ぐまでの時間は限られておりますので」

「……そうだったな。あと半年程か? ……ステファン、お前もせっかく出来た姉が嫁いでしまうのは寂しいだろう」

「……はい。姉は、……レティシア様はいつも私に優しくしてくださいますから……」


 ステファンだって勿論姉が行ってしまうのは寂しい。だけど姉がその婚約者である隣国のリオネル王子と想い合っているのは2人の(邪魔をして)様子を見ていればよく分かったし、姉が幸せになるのならそれが1番良いと思っている。

 ……とにかく今の問題は、父だ。残り少ない姉との時間を無駄に過ごしていいのか?


「ですから、父に言ってやろうと思ってこちらに参ったのです。……実は父と姉はつまらない喧嘩をいたしましたので、早く仲直りしないと姉は半年を待たずして王国へ行ってしまいますよと脅しをかけようと思っております」

 割と本気でそう言ったステファンの真剣な様子をアルフォンスは驚いて見た。

「そ、そうか……。クライスラー公爵にも意外に可愛いところがあるのだな。……大丈夫だ。秘密にしておく。
……従姉妹どのには半年間は帝国に居てもらえるよう公爵をきっちり脅しつけてでも説得してきてくれ。そうでないと我が父である皇帝も拗ねて大変な事になるだろうから」


 アルフォンスも割と本気でそう言った。
 自分に娘というものが居なかった父皇帝は、愛する妹皇女の娘という事もあるだろうが相当レティシアを気に入っている。彼女がもし予定よりも早く居なくなるような事があれば、アルフォンスにとっても結構面倒臭い事になるのが分かる。


 そんな利害の一致したアルフォンス皇太子からもエールをもらい、ステファンは父クライスラー公爵の部屋に向かったのだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役令嬢は修道院を目指しますーなのに、過剰な溺愛が止まりません

藤原遊
恋愛
『運命をやり直す悪役令嬢は、やがて愛されすぎる』 「君がどんな道を選ぼうとも、俺は君を信じ続ける。」 処刑された悪役令嬢――それがリリアナ・ヴァレンシュタインの最期だった。 しかし、神の気まぐれで人生をやり直すチャンスを得た彼女は、自らの罪を悔い、穏やかに生きる道を選ぶ。修道女として婚約を解消する未来を望んだはずが、彼女の変化を見た周囲は「何が彼女をそこまで追い詰めたのか」と深く誤解し、過保護と溺愛を隠さなくなっていく。 「俺が守る。君が守りたいものすべてを、俺も守る。」 そんな中、婚約者のルシアン殿下もまた彼女を見守り続ける。冷静沈着な王太子だった彼は、いつしか彼女のために剣を振るい、共に未来を築きたいと願うようになっていた。 やがてリリアナは、王国を揺るがす陰謀に巻き込まれながらも、それを乗り越える力を得る。そして最後に殿下から告げられた言葉――。 「リリアナ、俺と結婚してくれ。」 「わたくしでよろしければ、喜んでお受けします。」 繰り返される困難を経て、彼女が辿り着いたのは溺愛たっぷりのハッピーエンドだった。

悪役令嬢な眠り姫は王子のキスで目を覚ます

永江寧々
恋愛
五歳の頃、父親に言われた『お前は今日から悪役令嬢になりなさい」という命令で決まったティファニーの人生。 幼馴染である公爵令嬢のマリエットが『ヒロインになりたい」と言い出した事で『ヒロインには悪役令嬢が必要なの』という余計な言葉を付け足したせいでティファニーがその犠牲となった。 あれから十年間、ティファニーはずっとマリエットのために悪役令嬢を貫き通してきた。 すぐに眠ってしまう奇病を持つティファニーが学校でお咎めなしでいられるのは莫大な寄付をするマリエットの父親の後ろ盾あってのこと。拒否権などなかった。 高校に入ってマリエットが遊び人と名高いグレンフェル家の次男、コンラッド王子と婚約するという噂が流れた事でティファニーは解放も近いと歓喜していたのだが、休憩がてら眠っていたティファニーにキスをした男がいた。 コンラッド・グレンフェル王子だ ファーストキスだったのにとショックを受けるティファニーに『責任でも取ろうか?」と無責任な言葉を吐き、キスをした理由について『寝顔が好みだった」と言う王子に怒り狂うティファニーは二度と関わりたくないと願うが王子から迫ってきて…… 自分の人生を取り戻すためにマリエット専属の悪役令嬢を貫きたいティファニーだが、何故か王子にキスをされると必ず目を覚ましてしまう謎に頭を抱えるもあまりにも理不尽なマリエットに我慢ならず、反応を窺いながらの悪役令嬢ではなく相手の事などおかまいなしの本物の悪役令嬢になることを決めた。 「お望み通りやってやりますわ。本物の悪役令嬢をね」 ※小説家になろう様にも投稿しています。 11月4日、完結致しました。 足を運んでくださいました皆様、温かいコメントをくださいました皆様、本当にありがとうございました。 心より感謝申し上げます。 もし次の作品を見かけました時は、気まぐれに足をお運びいただけたら光栄です。 本当にありがとうございました。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー
恋愛
公爵令嬢アクア・ラズライトは、卒業パーティーの最中に婚約者であるジュリアス殿下から「悪役令嬢」として断罪を突きつけられる。普通なら泣き崩れるか激昂する場面――しかし、超合理的で節約家なアクアは違った。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

処理中です...