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ヴォール帝国へ
父の告白 4
しおりを挟む「ようこそおいでくださいました。ロンメル侯爵夫人」
クライスラー公爵家では、エドモンドの妹でありステファンの母であるロンメル侯爵夫人がレティシアに会いに訪れていた。
「レティシア様。突然お訪ねいたしまして申し訳ございません。
……兄が、ここ何日か帝城に詰めているようだとお聞きしまして……」
そうロンメル侯爵夫人が切り出すと、レティシアは思わず乗り出すように言った。
「ッそうなのです! お父様ったら、拗ねて帝城に籠もっているのです! 今ステファンが登城して話をしてくると言ってくれましたので今日こそは帰ってくれると思うのですが……!」
「……レティシア様。お気持ちは分かりますが、淑女たるものどのような時であっても冷静に、落ち着いてどんと構えていなければなりません。慌てても事態は好転いたしませんわ」
ロンメル侯爵夫人に冷静に嗜められ、ハッと気付いたレティシアは少しシュンとしながら謝罪した。
「はい。そうでございました……。申し訳ございません。……つい興奮してしまいましたわ」
「いいえ。……この度は不肖の兄がレティシア様のお心を煩わせてしまい、誠に申し訳ございません。
……もし宜しければ、今日は天気も良い事ですし庭でお話をなさいませんか?」
そう言って謝罪してきたロンメル侯爵夫人を見て、あ、コレはだいたい何があったのか知ってらっしゃるのかもとレティシアは思った。
そしてロンメル侯爵夫人に勧められるまま執事に案内されたのは、この公爵家で1番見事な中庭。植込みが美しい模様になっており、奥にはまるで迷路のようなところもある。
その近くの眺めの良い東屋にお茶を運ばせ、侯爵夫人とレティシアは向かい合い最初は当たり障りのない話をしていたのだが……。
「……兄は、幼い頃から両親より公爵家の跡取りとして、それは厳しく教育されておりました。子供らしい事など何もさせて貰えず、ただいつも冷静な次期公爵としての行動を取るようにと強いられておりました。……私などは嫡男でなくて良かったと心から思ったものでございます」
不意に、ロンメル侯爵夫人が昔語りを始めた。レティシアはその話に聞き入った。
「そんなある日、我が家は筆頭公爵家となっている事もあり、我ら兄妹を遊び相手として皇女殿下がこの屋敷に遊びに来られる事になったのです。
……そしてこの迷路のような庭に入られ……、姿を消されてしまいました。父をはじめとした公爵家の者は青くなり大慌てで庭中を捜索しましたが、皇女殿下は見つかりません。その捜索には子供目線で探せとの事で兄と私も加わりました」
……お母様の新たな伝説ね……。どれだけやらかしてましたの、お母様……。
レティシアは話を聞きつつ少し遠い目をした。
「……実は兄は、……この時皇女殿下を探してはおりませんでした。探せと言われた兄は小さな本を持ってこの庭の大人からは見えない場所で読書をしていたそうです。そんな兄の肩にピタリと大きな何かが乗せられ……、ええ、そうです。それが兄と皇女殿下の出会いです」
『なにか』の部分でレティシアが余りにも顔を顰め反応したので、ロンメル侯爵夫人はそう言って頷いた。
◇ ◇ ◇
――皇女なんて、どうせちょっと迷路で迷子になっているだけだろう。皇子殿下達から相当な悪戯好きな皇女だと聞いている。隠れて皆を驚かそうとでもしていたものが、本当に帰り道が分からなくなったのだろう。いずれ泣き出して大人たちが見つけるに違いない。
エドモンド クライスラー10歳。
もう、他人なんて……親さえも信用出来ない。……この頃には、もうそんな冷めた子供になっていた。
そして上着のポケットに隠しておいた本を大人からは分からない場所でこっそりと読んでいると、不意に肩に何かが乗った気配がした。
ん? と思い肩の方を見ると……。
『……ゲコ』
至近距離で、緑色のカエルのつぶらな瞳と目が合った。
『~~~ッ!!』
公爵家嫡男としての今までの人生であり得ない事態にエドモンドは声も出せずに驚いた。
そしてその肩に乗ったカエルを手で払おうとすると――。
『ダメッ! そんな事したら、カエルさんケガしちゃうの! ……ほら、そーぅっと……。ね? 可愛いでしょう?」
そうやって肩のカエルを優しく手に取ったのは、自分より少し歳下であろう金の髪に濃い紫の瞳の可憐な美少女。……ただし、手にはカエル。
この、あり得ない組み合わせにエドモンドは呆然とする。……どこから突っ込んでいいのか分からない。
……まず、深く美しい紫の瞳の持ち主であることから、この少女は皇女殿下で間違いない。
しかし、何故カエルを持っている? ……しかも大事そうに。普通女性は……、いや特に貴族はこういうモノは嫌がるはずだろう!
『……皇女殿下。皆が探しております。そして、どこからそのようなモノを持ってきたのですか」
『……え? だいじょーぶよ? こんなに可愛いのだもの。さっき庭でみつけたからここの家の男の子にあげようと思って捕まえたの! 公爵も、仲良くしてくださいって言ってたもの。……ふふ。嬉しい?」
――そして、満面の笑顔。帝国の皇族は皆美形揃いだ。しかもこの皇女はまた特に可憐で可愛い。美形を見慣れている、自身も相当な美形のエドモンドだが、素直にこの少女は可愛い、と思った。
ただし、その手に持っているのはあくまでカエルなのだが。
『皇女殿下。嬉しいとかそういう問題ではありません。皇族ともあろうお方がそのようなモノを手に持たれるなど……』
『あら。皇族の礼儀作法は先生方から合格をいただいているわ。その作法の中にカエルはダメ、なんて決まりはなかったはずだけど?』
そう言って皇女はニコリと笑ってカエルを手に乗せたまま見事なカーテシーをして見せた。
『それに、男の子は虫やカエルなどの生き物が好きなのでしょう? ……何故だか、お兄様達はお嫌いなようなんだけれど……』
むう、とむくれながらそう言う皇女に、エドモンドは思わず笑った。
……そうか。コレが皇子殿下達が仰っていた、悪戯好きの皇女。そして本人は決して悪戯のつもりではなく、本気で好意のつもりの行動らしい。
そう思いながらエドモンドがふと皇女を見ると、彼女はエドモンドの顔をじっと見ていた。……後から聞くと、エドモンドが笑ったので嬉しくて思わず見てしまったらしい。
この帝国で、マリアンヌ皇帝陛下以外にはたった1人しか持っていない、その深く美しい紫の瞳で――。
エドモンドもその美しい瞳に魅入られたかのように見つめていた。……それはまるで永遠のようにも、ほんの一瞬のようにも感じた。
『ゲコ』
またカエルが鳴いたので、ハッと我に返ったエドモンドは皇女に言った。
『……まず、男子がみんな虫や生き物が好きというのは間違いです。上の皇子殿下は特に苦手でいらしたと記憶しております。……このような事をしていたら、お2人に嫌がられますよ』
本当は、もう悪戯は嫌がられているのだけれど。
『嫌がられてなんかいないの! だってお2人とも困った顔をされた後、とても楽しそうなのだもの。だから私は何度もそうしてお兄様を驚かせているの!』
『……普通の女性、特に貴族の女性は虫やこういった生き物をそう好みません。それなのに、皇女殿下は虫や生き物がお好きなのでしょう? 人はそれぞれ違うのです』
エドモンドがそう諭すと皇女は黙って、俯いた。そうしている内に皇女捜索隊がやってきて俯いたままの彼女を連れて行ったのだった。
――しかし、皇女とエドモンドはそれから何度も帝城で会うようになった。(あの時クライスラー公爵邸に皇女が来たのは、公爵が自慢の庭の迷路の話をして是非に、との話になったらしい。この件で懲りた公爵は2度と皇女を招かなかった)。
そしてエドモンドは皇女が気になり、その内これが愛なのだと気づく事となった……。
◇ ◇ ◇
「――というような感じでしたのよ。レティシア様。お兄様はその時から見事に皇女殿下を好きになり、皇女殿下も兄を憎からず思ってくださっていたようでしたわ」
ロンメル侯爵夫人はそう言ってから、ほうっと何やら恋に憧れる乙女のようなため息を吐いた。
「あの……。ロンメル侯爵夫人? お話の途中のお父様の心の描写は……。後からお父様にお聞きになったのですか?」
レティシアは不思議で聞いてみた。
「そんなものは聞かなくても解りますわ。私はこの時、2人のすぐ横から全てを見ていたのですからね。兄上の心の内が私には手に取るように分かりましたわ」
……要するに、そこはこの乙女心溢れるロンメル侯爵夫人の妄想なのだ。
――けれど。
多分、ロンメル侯爵夫人の想像に近い事なのだろうなとレティシアは思った。
親からの愛情を与えられず、ただひたすら厳しく公爵家嫡男としての教育を受けて来た父エドモンドには母ヴァイオレットの……自由奔放さ? に衝撃を受け、眩しく感じたのではないか? 皇女という高い身分で教養もありながら、虫や生き物が平気で物おじもしなかった母。
……その辺りが父から『唯一無二の存在』と言わしめたところなのかしらね……。そして、父はそんな母にどうしようもない程に惹かれた。
まあ確かにこんな人は他に居ないでしょうね……。娘の私でもビックリだわ……。
尚も皇女であった母の輝かしい歴史を(おそらくたっぷりの脚色付きで)話し続けるロンメル侯爵夫人。
……この方、前世の日本にいらしたら乙女ゲームや本などにすごくハマってしまわれそうよね……。
などと考えながら、少女時代の母の話とそこに関わる父エドモンドとの妄想に彩られた華やかな恋バナを聞き続けるレティシアだった。
ーーーーー
ロンメル侯爵夫人は幼い頃から兄と皇女の恋に憧れ続けて、2人が悲恋となった後もずっと美しくも哀しい恋物語への妄想が止まりませんでした。
しかし本来話したかったはずの、兄の今の発言問題からは脱線してました。
……害がないので全然いいわ、聞いてて楽しいし。と思うレティシアでした。
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