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レーベン王国 ラングレー侯爵家
しおりを挟む「……と言う訳で、クリストフ殿下は全てをご存知です」
弟ハインツの話を聞いたシルビアは、ブルブルと震えている。顔は蒼白で、しかし怒りを抑えるかの如く目は憎しみに溢れていた。
「……姉上。どうして能力を隠されていたのですか。どうして一年前、その隠された能力を使おうとお考えになられなかったのですか……! そうすれば兄上や母上も死なずに済んだのかもしれないのに……!」
そう言ったハインツに、シルビアは睨みつけ叫ぶように言った。
「お前に何が分かるというの!? ……私はあの時、この能力を隠すと決めた。これは一生隠し続けると、そう決めたのよ! ……それでも、結局は皆出来損ないのセリーナを可愛がり続けた。母上なんてわざわざセリーナを追いかけて地下室の外に出ていったのよ!? 私を置いて!!」
「!? ……セリーナを、追いかけて?」
ハインツは姉の言葉に驚きを隠せない。
「そうよ!! お母様はいつもセリーナばかりを気遣っていた。……あの時だってそう! 地下室でもずっとセリーナばかりを守ろうとしていた。だからそっとセリーナに言ってやったのよ、セリーナが外で囮になればお母様1人なら私が守れるってね。そして私が鍵を開けてやったら馬鹿正直にあの愚かなセリーナは外に出て行ったのよ!」
……パンッ……!
ハインツは思わず姉を叩いていた。
本当に、勝手に身体が動いた。自分もあれ程妹を疎んでいたのに。自分勝手だと自分でも思う。しかし、命を奪おうとまでは考えた事は無かった。……どうしても許せなかった。
「ッ……! 何をするの! お前も私と同じようにセリーナを憎んでいたくせに! あの場にいたのがお前だったなら、きっと同じ事をしていたはずよ!」
ハインツはギュッと姉を叩いた右手をもう片方の手で握る。……全身が震えている。身体中の血液がまるで沸騰しているかのようだ。
「……そうです、私も同じ……。しかし姉上、貴女はセリーナだけでなく母も兄も……全て見殺しにしたのだ! 姉上がこの侯爵家を……、いやこのレーベン王国をこのような事態に陥らせたのは、全て姉上のせいだ!!」
ハインツは思わずそう叫んでいた。
「ッ! ……なんですって……!?」
シルビアは反論しようとしたが……。
「失礼つかまつります! 第一騎士団でございます。
シルビア ラングレー侯爵令嬢。王命にて貴女を王宮にお連れいたします」
レーベン王国の第一騎士団の騎士達が数名、執事の案内を受け武装も取らずこの部屋にやって来ていた。……騎士が来たならば速やかにこの部屋に寄越すようにと、帰ってすぐにハインツが執事に命じておいたのだ。
彼らは礼をとりながらもシルビアに近寄る。
王宮からの使いであれば通常は断ることは出来ない。だが今回騎士団が武装のまま来た事から普通の呼び出しではない事は明らかだった。
「ッなに……? いったい、なんなの! どうして王宮からの使いが……? 私は侯爵令嬢よ。あなた達にそんな扱いを受ける筋合いはないわ! ……ハインツ! いったいコレはどういう事なの!?」
シルビアは必死に抵抗しながらハインツを睨んだ。
「……姉上。コレは姉上を保護する為でもあるのですよ。法に直接触れる事ではないかもしれませんが、この事が世間に知られれば人々は怒り狂い、姉上は無事では済まないでしょう」
ハインツがそう告げると、シルビアは顔色を変え俯いた。……そして次に顔を上げた時にはシルビアは微笑みを浮かべていた。
「……いやね、ハインツ。私がいったい何をしたというの? あなたもさっき言ったけど、私は法に触れるような事は何もしていない。……そして、私を縛り付ける事など誰にも出来ない!」
そう言うや否や、シルビアは顔からその微笑みを消し魔法を展開させようとした。
……が、魔法は発動しなかった。
「ッ!? 何故ッ! 何故魔法が使えないの!?」
慌てるシルビアをハインツは冷たく見詰める。
……本当に、攻撃魔法を使おうとするとは。私は姉の何を見て来たのだろう。そして妹セリーナの事も……。私は何も見えていなかった。……何も分かっていなかった。
そして静かに姉に告げる。
「姉上。貴女に先程お渡ししたのは『魔法封じの腕輪』です。……その腕輪は王宮のお抱え魔導士によって作られたもの。一生、貴女の腕から離れる事はありません」
「…………えっ……」
シルビアは驚愕で何も言えなくなった。そして慌てて腕輪を外そうとするが、外れるはずがない。
そうこうしている間に、シルビアは騎士達によって支えられ部屋から連れ出されていく。
侯爵家の玄関まで行くと、そこには車椅子に座った父が居た。
「ッお父様……!」
シルビアは、父が助けてくれると思った。自分は今まで良い娘として暮らして来たし、だいたいの事はメイド達がしていたとはいえこの一年父の側でずっと看病もして来た。
そんな可愛い娘がこんな目にあっているのを、父が放っておくはずがない。
「お父様……! 酷いのです! この人達やハインツが私を悪者に……!」
「シルビア。……お前には、ゆっくり考える時間が必要だ。
何故今このような事になっているのか。お前の行動によって周りがどうなったのか。じっくり、深く考えてみるがいい。
……私も、お前への愛情が足りなかったのかもしれぬ。……手紙を書く。お前もお前の気持ちを手紙に書いて私にぶつけてくれ。
……騎士殿。娘を宜しくお願いする」
そうして侯爵は騎士達に深く礼をした。
騎士達も侯爵に深く礼をし、そして扉に向かい進み出す。
「……お父様! 酷いわ! 私は何もしていないわ! みんな酷い! 助けて、助けてお父様ぁッ!」
馬車が走り出すまで、シルビアの叫び声は聞こえた。
玄関に2人残されたバークレー侯爵とハインツ。
「……父上。姉上までもがこのような事になり、申し訳ございません。
…………父上は姉上の『封印』の能力の事、ご存知ではなかったのですか」
ハインツは父に問いかけた。
「知っていたのなら、その能力を伸ばさせていた。せっかくの恵まれた力を持ちながら、それを活かさずこのような事になるとは……。筆頭魔法使いが聞いて呆れるわ。娘の能力も心も伸ばせぬなどと」
そう言って父は項垂れた。
そんな弱る父を見ていられず、ハインツは視線を姉の出て行った門扉にやる。
「そして……、やはりセリーナは……」
「……そうだ。間違いない。セリーナこそが偉大なる魔法使い。……私が屋敷の門に辿り着いた時、ちょうど妻が魔物に致命的な攻撃を受けた所であった。慌ててセリーナの元に駆け付けようとしたその時、あの子からまばゆい光が溢れ……。そして次に気付いた時には魔物も、セリーナも居なかった。セリーナのハンカチをかけられた妻が倒れていただけであった」
ハインツはそれを聞き、項垂れる。
先程姉が全て悪いと言ったが、自分はどうなのだ? 言い出したのは姉だったが自分もそれに合わせてずっとセリーナに冷たくあたっていた。
両親も兄も、それでもずっとセリーナを見守っていたのいうのに。
「……セリーナ、が……。あの子がいなくなったのは、私のせいです。ずっと力の無いあの子を疎んじ酷い仕打ちをして来ました。私があの子に、もうここに居たくないと、そう思わせる行いをして来たのです……」
涙し懺悔するハインツに、侯爵は車椅子を動かしハインツの手を取った。
「……誰しもが、間違いを起こす。そしてほとんどの者は目の前にある見えるものしか見る事が出来ない。その陰にある事情や努力、思惑も表面的には分からぬものだ。……ハインツよ。お前はそれが分かる人となれ」
そう言った侯爵の目には涙が浮かんでいた。
目が覚めれば妻と長子を失っていて、末の娘は行方知れず。自分の身体も思うようには動かせず更に今度は長女までこのような事になったのだ。……辛くないはずがない。
しかも、一年前の大災害が起こったのはある意味自然現象かもしれないが、止める手立てはラングレー侯爵家が持っていたと分かったのだ。
シルビアと、セリーナ。
セリーナの強力な魔法で魔物達を掃討しシルビアがダンジョンを『封印』で封鎖していれば、今レーベン王国はこのような事態に陥ってはいなかった。
……やるせない思いが2人を襲う。
今回の事がどこまで公表されるのかは分からない。全ては王家の考え次第だ。
……苦しいが、生き残った自分たちは今出来る事すべき事をして生きていくしかない。
2人は重い未来を感じながらも、前に進まねばと決意したのだった。
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