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20 教皇とセリ その弐
しおりを挟む「……実は此度とある国に乞われまして会合を行う事になりましてな。その国境の街まで行くので暫くこの聖国を留守にするのですよ」
セリは教皇の突然の告白に驚く。教皇さまにはいつもここに来たら会えると思っていたから。
セリの本当の祖父母は厳しくて、こんな風に無条件で可愛がってくれる人達ではなかった。だから、実の祖父以上にセリは教皇を慕っていた。
「! ……そうなんですか……。寂しくなります。どちらまで行かれるのですか?」
「ふふ。聞いて驚いてください。何と魔法大国、レーベン王国との会合ですぞ」
「……レーベン王国……」
セリは暫し呆然とした。ライナーも息を呑む。
「国交を持たないと言われているレーベン王国ですが、流石に世界の宗教の宗主である教皇とはたまに会合を持っておるのですよ。……私は魔法大国レーベン王国との会合に行き少しでも魔法を見せてもらいたいが為に教皇になったといっても過言ではございませんぞ?」
少し悪戯っぽくおどけて言う教皇に、セリは笑った。
「ふふ……。そうなのですね。レーベン王国の人たちは教皇さまの前で魔法を披露してくれるのですか?」
セリが尋ねると、教皇は食いつく様にして言った。
「それですのじゃ! 彼らは全く魔法を見せてはくれないのです! 勿論我らとて魔法は使えますが、魔法大国と言われる所以の凄い魔法が私は見たかったというのに!」
これでは何のために教皇の地位にまで登り詰めたのか! と力強く語る教皇に、本当に魔法が好きなんだとセリは感心した。
「出し惜しみ、してたんですかね? でも彼らは会合の地へは『転移』で来るのでしょう?」
セリは故郷レーベン王国では社交界デビューもまだだったし、魔力がなかった事でそれ程お茶会にも行かせてはもらえなかった。だからレーベン王国の自分の家以外の魔法使いのレベルがよく分からない。
「レーベン王国との会合は年に一度あるかないか、私は十数回程王国の人間と会合をいたしましたが、『転移』してくる者は見た事がありません。会合は毎回レーベン王国の国境近くで行われますので馬車等で来ていたのかと」
……確かに筆頭魔法使いであった父が『転移』をしているところなど見た事がないし、その様な話も聞いた事がなかった。
ライナーも、やはりダリルやアレンが言っていた通りレーベン王国の魔法使いの中でも『転移』が使えるセリは飛び抜けて魔力が高いのだ、と思いながら聞いていた。
「そう、なんですか……。強大な力を周りに知られないようにしているのかな? いえ、でもこういうのは力を知らしめた方が国にとっては有利のはずですよね……」
セリがそう呟くと教皇は頷いた。
「そうです。ですから本当は今のレーベン王国には『転移』出来る者は極端に少ない……或いは、出来る者はいないのではないかと思われます」
セリは驚いて顔を上げた。
「ッ……、でも……、国の魔法の教科書には『転移』の事が詳しく書かれていたんです。……だから私が魔法を使えるようになった時、それを思い出して使ってみたら出来たんです」
成る程、セリ様がこれだけの魔法を安定して使えるのはそれまでの勉強の成果か。そうでなければ巨大な魔力が目覚めた時、セリ様の力は暴走していたのかもしれない。……そう納得しながら教皇は語りかける。
「セリ様は、たくさん魔法を勉強なさっておられたのですな。しかも『転移』は、おそらくレーベン王国の者でもほぼ使えないものでありましょうに」
「……私には、『火の魔法』も『転移』も、同じくらい全く出来ない事だったから……」
そう少し悲しげに話すセリに教皇もライナーも胸が痛くなった。そしてそんなまったく魔法が使えない状況でも魔法の勉強をし続けたセリに純粋に感心した。
「……ふむ。しかしながらセリ様は治療魔法は昔から使えたとか。他の魔法は使えぬのに何故それだけが使えたのでしょうかのう」
「……私の『治療魔法』は2歳位で使えたんだそうです。母は僅か2歳で魔法が使えた私に大層喜んだのにどうしてと、よく嘆いていましたから」
本人も辛かっただろうが、娘を愛する母も辛かったのだろう。しかしそれを当の本人の娘に言うのは間違っていると2人は思った。
「2歳。……レーベン王国では幾つくらいで魔法が使える様になるのですかの? こちらでは物心つく頃、魔法の勉強をし出してから身についていくものですが」
教皇がそう問うと、セリは頷きながら少し困ったように答える。
「そうですね、それはレーベン王国でも同じです。だから母は幼い私が魔法を使い出した所を見て大き過ぎる期待をしたのだと思います」
「それは母君が期待されるのは仕方がない……、いや、それからセリ様の力が目覚めなかった事が不思議なのです。……実際セリ様は偉大な力をお持ちだった訳ですから。
……失礼ながら、何かセリ様の成長を妨げる何かがあったのでは……?」
「成長を妨げる……? そんな事、ありえるんでしょうか……? 私は最初から魔法が使えない、どれだけ魔法の勉強をしても……という記憶しかなくて……。あ、イタズラはしていませんよ?」
セリはそう言ってチラとライナーを見た。ライナーは「だから悪かったって……」と困り果てた様子だ。
そして教皇は、暫く眉間に皺を寄せ考え込んだ。……何かを思い出そうとしているかのように。
「セリ様。……暫くこの爺に時間をくださらんかな。少し、思い当たる事があるのです」
「教皇さま。……ふふ。私はもう平気なのに。……でも、ありがとうございます。次は私も教皇さまにお渡ししたいものがあるんです! 楽しみにしていてくださいね」
「おお。セリ様がこの爺に! なんと嬉しいことか……! これは爺も張り切らねばなりませんな」
「教皇様。俺も一緒だという事をくれぐれもお忘れなく!」
3人は笑い合い、教皇が今日の相談の事はまた連絡すると言ったので、2人はホッと安心した。
そしてセリとライナーは「ではまた!」と言って転移で帰った。……今回何故か教皇の側近はいつもよりたくさんの土産を持たせてくれた。
教皇は、セリ達が消えた辺りをじっと見つめる。
「……しかし、私の想像が当たっているとすれば、セリ様は辛い思いをされるのやもしれん……。セリ様がそれなりの身分だったならばその令嬢の能力を封じる事が出来たのはかなり身近な者だったという事じゃ。……それは身内であるかもしれん。
じゃが、これは決して許されぬ。少なくとも私はセリ様を今まで苦しめた輩を許す事は出来ん。必ず真実を、明らかにさせてもらうぞ」
そう固く決意する教皇だった。
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