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隣国の王子
しおりを挟むそれからアルベルトとツツェーリアは何事も無かったように貴族達に挨拶を交わしていた。すると前方から美しく麗しい兄妹がやってきた。
「アルベルト王太子殿下。アルペンハイム公爵令嬢。お久ぶりでございます」
今日のパーティーには隣国の王子と王女も招待されていた。視線で少し会話をするアルベルトとエディット王女。
……アルベルトは側近2人に恋の相談をした事をきっかけに思い切ってエディット王女に手紙を出し気持ちを伝えていた。アルベルトとツツェーリアとの連名での季節折々の手紙や挨拶を交わすように見せかけて王女の気持ちを確かめ、2人は両思いとなっている。
エディット王女達とアルベルトとツツェーリアは初め4人で当たり障りのない話をしていたが、不意に兄王子が言った。
「せっかくですので、アルベルト殿下。我が妹と踊ってはくださいませんか」
アルベルトは思わずツツェーリアを見る。……ツツェーリアは、少し苦笑した。
……本当に愛する人とダンスをするのに事情を知っている私に気を遣ってどうするのですかと。
「せっかくのお誘いですので、是非踊ってらして」
「……では、アルペンハイム嬢は私と踊っていただけますか」
横から兄王子がツツェーリアをダンスに誘う。ツツェーリアは「喜んで」と頷いた。
エディット王女は微笑み、アルベルトも少し控えめに微笑みながら2人で進み踊り出した。
そして兄王子とツツェーリア達も踊り出した。
「……似合いの2人だ。そうは思いませんか」
兄王子がアルベルト達を見て言った。
……ああ。この人は私達の本当の事情を知らないのよね。そして、妹エディット王女をアルベルトと一緒にさせたいと今もそう考えている。
国の為? それとも……、やはりこの方もエディット王女の想いを、もしかするとアルベルト王子が彼女に惹かれている事にも気付いているのではないかしら?
「……そうでございますね」
そう考えながらも何でもないような顔で、ツツェーリアは微笑みを浮かべたままジッと兄王子を見た。
「そうお思いならば、貴女のその婚約者の座を明け渡してはいただけませんか。国内の一貴族との愛のない結婚より国同士の強い繋がりとなる我が妹王女の方が国の為になりましょう。それに貴女もお気付きのはずだ。……あの2人は惹かれあっていると」
兄王子は周りに気付かれない程度の声でツツェーリアにそう迫った。
……ツツェーリアは心の中で大きくため息を吐く。
「そうお思いなのでしたら、我が国の国王陛下にそのように奏上なさっては?」
「……ッく……! それが叶わないからこそ貴女に申し上げている」
兄王子は悔しそうに言うが、こちらだってそうだ。
「……であれば、私から陛下に申し上げても同じこと。それにそのような事は私に申されるよりもせめてご本人であるアルベルト殿下に申されてはいかがでしょうか?」
国王陛下が決めた婚約の解消など、一貴族であるツツェーリアに言われても困る。……そもそも、父公爵も自分も水面下で幾ら陛下に申し上げてもダメだったのだから。
この隣国の王子にこの婚約解消の件に協力してもらう事も一瞬頭をよぎったが、それはツツェーリアが決める事ではない。アルベルトとエディットがその必要性を感じたならばそうするだろう。
……そしてツツェーリアから見て、妹思いな兄は感心ではあるものの一国の王子としては不用意な言動をしていると思う。
「……ッ! それは、何度か申し上げてはいる。しかし芳しい返事はいただけず……! 知っておられるか? 2人が密かに文通している事を。そして妹はあと2年、婚約者を作るのは待ってくれと泣いて両親に頼んでいるのだ。一国の年頃の王女があと2年婚約者が居ないなど異常事態だ。……そしてそれは、おそらくは貴女達の婚約が解消されるのを待っているからなのだ。……貴女は愛し合う2人の為、身を引くべきなのだ!」
その辺りの話はアルベルトから聞いてはいた。それを家族が心配する気持ちもよく分かる。
しかし、婚約解消を成し遂げたいのに出来なくて歯痒く辛い思いをしているのは彼らだけではない。
───ツツェーリアとアロイスも。そしてアルペンハイム公爵家の両親も。
ブルーノやマルクス達も、みんな成し遂げたい思いがあるのにそれが叶わない。皆、もどかしく辛い想いをしている。
ツツェーリアは、だんだん腹が立ってきた。
目の前の、我が身の不幸ばかりを他人に嘆き続けるこの男。そしてそれを周りのせいだと責任転嫁しているのだ。
それにこの事はツツェーリアも『婚約解消』に向けて動いているから良いが、本当にアルベルトとこの国の為結婚して生きていくと決意している状況だったならば許せない言動だ。
「……相手を蹴落とそうと画策しているようでは何をもなし得ないということですわ。自分の願いを叶える為なら周りの事を考えないような方の国民は大変ですわね。……陛下もそうお考えなのではないでしょうか」
つい情け容赦なくバッサリと言い切ってしまった。
「んな……ッ!!」
兄王子は分かりやすく表情を変え、ダンスの足が止まる。
ツツェーリアもゆっくりと動きを止め、兄王子を強くジッと見つめた。
周りの貴族達はどうしたのかと2人に視線をやった。
「ッお兄様……!」
そこに速やかにやってきたのはエディット王女だった。そして兄王子をキッと睨んだ後、ツツェーリアに対して頭を下げた。
「……ご無礼をいたしました。ツツェーリア様。兄は貴女様のあまりの美しさ、聡明さに心揺さぶられてしまったようでございます。殿下のご婚約者であるお方に対して大変不躾な態度でございました。改めて謝罪をさせていただく事としまして、この場はこれにて失礼させていただきます」
そしてツツェーリアとアルベルトに美しいカーテシーをし、少し不満そうな兄王子を連れて退出した。
会場内は一瞬時が止まったかのように静まったが、アルベルトが目配せをすると再び音楽が流れ出し人々は何事も無かったかのように動き出した。
「───済まない、ツツェーリア。彼は貴女にとても失礼な事をしたようだ」
少し周りから離れてから、そう言ってアルベルトはツツェーリアに謝罪した。
「……いいえ。私も言いたい事は言ってやりましたので」
ツツェーリアが真顔でそう答えると、一瞬固まったアルベルトは次の瞬間吹き出した。
「───そうだった。貴女が大人しくやられているはずかなかったか。いやしかし……本当に申し訳なかった。彼らには改めて抗議をしよう」
「……良いのですわ。私も余計な事を申しましたので痛み分けという事で。
あの方はエディット殿下を心配し私に婚約の解消を求めて来られたのです。……出来るものならとっくにしておりますとも」
呆れたように言ったツツェーリアの言葉にアルベルトは一瞬目を見開いた後、ため息を吐いた。
「彼はあの通りの真っ直ぐ過ぎる性格なので、この話はしないと王女は話していた。彼自身、私や陛下にも何度もその話をしに来ている」
「そのように仰っておられましたわ。
……それにしても陛下のご意志は本当にお固いのですね。隣国の王子にも筆頭公爵家にも……本人達からも請われても一切聞き届けてくださらないのですもの」
「……それだけ、ツツェーリアの王妃としての価値が高いのだろうな」
そして──。ツツェーリアがそれを願わなければ、幾らエディット王女に惹かれていても自分はツツェーリアのその手を決して離さなかっただろう。
アルベルトはツツェーリアのその美しい瞳を見ながらそう確信に近い思いを抱いていた。
「私は幼い頃からこの国の王妃教育を受けておりましたから。しかしエディット王女殿下も立派な王妃となられましょう。先程の兄王子へのご対応も見事でしたわ」
「───そうだな。彼女も素晴らしい女性だ。この国を正しく導いてくれるだろう」
エディット王女は素晴らしい女性だ。……ただしツツェーリアを除けば。
そんな風に考えてしまう自分に、心の中でアルベルトは苦笑したのだった。
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