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シッテンヘルム侯爵との駆け引き
しおりを挟む「そうなのですか……。近頃の殿下の不穏な噂は私も聞き及んでおります。
……公爵閣下は、なんと仰られておられるのですか? 貴女様を深く愛する閣下は、このような状況をどのようにお考えなのでしょう」
シッテンヘルム侯爵は縋るように尋ねてきた。
このように単刀直入に聞いて来るとは思わず、ツツェーリアは内心少し驚きながら答える。
「我が父は……。とても憂慮しておりますわ。もしも陛下から何かしらのお話があれば受けるつもりであるのやもしれません」
ここで公爵家として何か動くと思われてはならない。シッテンヘルム侯爵は、もしも公爵家が国王にアルベルト殿下の不誠実な行動を諌める動きを見せるならそれに同調しようと考えるかもしれない。アルベルト殿下の側近であるマルクスと可愛い娘マリアンネの婚約を守る為に。
しかしツツェーリアが公爵家として国王の考え次第で婚約者の座を降りる可能性も有り得る発言をした事で、侯爵は慌てた。
「そのような……! 貴女様以上に次代の王妃に相応しいお方はおられないのですぞ!? ここは公爵家として陛下に申し上げ殿下をお諌めするべきでは! 勿論我がシッテンヘルム家もご助力いたします!」
……本当は、侯爵がそうしたいのよね。
元々マリアンネと婚約の意思がなかったマルクスは現在アルベルト王子と不誠実な行動を共にして婚約者マリアンネと距離を置こうとしている。当然侯爵家はマルクスの家に抗議をしただろうけれど『側近として王子と共にいるだけ』と言われればそれ以上何も言えなかったはず。
侯爵もこの一年、王家相手に手を出せずもどかしい思いをしてきたはずだわ。
「……私など。よくマリアンネ様にも言われましたもの。『私では王妃に相応しくない』と」
これは本当。貴女の娘は自分が王子の婚約者に選ばれなかったからか、私に随分悪絡みしてきたのよ。……当然、父親である侯爵も知っているのでしょう?
シッテンヘルム侯爵は、サッと顔色を悪くした。
「そ、それは……」
「良いのです。実際この体たらくですもの。
……シッテンヘルム侯爵家も大変ですわね。せっかく良い婚約者を見つけられたと思ったらまさかこのような……。聞けば学園でマリアンネ様が一目惚れをなさったとか。学園ではマリアンネ様の起こされる騒ぎは有名でしてよ」
侯爵は今度は顔を赤くした。
怒りと……羞恥?
おそらくは学園でのマリアンネ様の行動は知っているはずなのに、それを娘にきちんと諌める事を怠った。この方もとんだ恥知らずなのだ。
そう思いながらじっと冷たい目で侯爵を見つめていると、彼はだんだん顔色が悪くなり俯いた。
「……我が娘マリアンネが、アルペンハイム公爵令嬢にとんだ失礼を申し上げました。私も聞き及んではおりましたが娘を強く諌められず……。申し開きもできません」
「……先程侯爵は学園での殿下の行動を非難されておりましたが、マリアンネ様の騒ぎも相当学園中に知れ渡っておりましてよ」
ツツェーリアは侯爵の謝罪をスルーした。
この場限りで口先だけの謝罪など意味がないし、何より肝心の本人はここにいないのだから。
そして学園でのマリアンネの様子を話すと、シッテンヘルム侯爵は大変驚いた様子だった。
「ッ! ……それ程までに、ございますか?」
「……そして彼女の行動から、軍務大臣を務めるシッテンヘルム侯爵家が騎士団長ハルツハイム家に無理矢理婚約を迫ったのだろうと、そうまことしやかに噂されているのを何度も聞きましたわ。ハルツハイム様ご本人も婚約を嫌がっておいでのようでしたし。
……王立学園は貴族の子弟が通う場所。おそらくは親である多くの貴族達にも知れ渡っておりますわね」
「ッ!! ……なんと……、まさかそのような」
侯爵家が無理矢理決めた婚約話や娘の『侯爵令嬢』らしからぬ恥ずべき行動が、王国中の貴族に知られている? 侯爵は羞恥に震えた。
「どなたかにお確かめになられると宜しいですわよ。さしてご令嬢と交流のない私まで詳しく事情を知ってしまう程に、生徒達の中では有名な話ですから」
……これも本当。
学園では『平凡令嬢』『非常識令嬢』『恥晒し令嬢』という三令嬢の話はほぼ全ての生徒が知っている。
ちなみに『平凡令嬢』はミランダ シュミット伯爵令嬢、『非常識令嬢』は現在アルベルト殿下達にベッタリのセイラ嬢、『恥晒し令嬢』は家の力で無理矢理婚約しその後もその婚約者に近付く全ての女性の排除をするマリアンネ シッテンヘルム侯爵令嬢。
……まあ私も婚約者である殿下に蔑ろにされている『憐れな令嬢』と呼ばれているかもしれないけれど、これは多分アロイスや父であるアルペンハイム公爵の圧である程度押さえ込んでいるのかもしれないわね。
シッテンヘルム侯爵は青ざめたまま立ち尽くしていた。
侯爵やマリアンネがした事は実際に生徒達からほぼ全貴族に知れ渡っている。侯爵の派閥の方達は、派閥のトップである彼らに遠慮して報告していないのでしょうね。……そして全貴族が知っているという事は、当然王家の方々もご存知だという事。
普通なら娘のこんな事実を知ってしまっては、今までのように大手を振っては歩けないだろう。
しかしシッテンヘルム侯爵はカッと目を見開いてツツェーリアに向かって言った。
「……そのような、そんな馬鹿げた嘘が学園で噂されているとは! それはおそらくは我がシッテンヘルム侯爵家を貶めようとしているのです!」
「…………マリアンネ様がマルクス様の周りの女生徒達に侯爵家の名を使い脅して追い払われる時、マルクス様がお仕えするアルベルト殿下も当然近くにいらっしゃいます。殿下は当然事実とご存知です。そして高位貴族の揃うクラス全員……いいえ、おそらくマリアンネ様の行動を実際に見たことのない生徒は学園で居ないと思いますわ。
……誰が誰を、『嘘』で貶めようとしていると仰るの?」
「……ッ!!」
シッテンヘルム侯爵はガクリと膝を付いた。
「そんな……、まさか本当に……。全ての生徒が見聞きしているとなれば……殿下がご覧になっているとなれば、覆す事などは出来ないではないか……。我が家はとんだ恥晒しだ……! いったいどうすれば……」
「……成るようにしかなりませんわ。今後起こり得ることをそのまま受け入れるしかありません。
……そのお覚悟をなさいませ」
ツツェーリアはシッテンヘルム侯爵にそう言って歩き出した。
どのみち婚約者マルクスの評判も落ちている。今ならば婚約を白紙にしても侯爵家側だけの瑕疵とはならないはず。
マリアンネは彼に執着しているが、今彼女を説得出来るのは父であるシッテンヘルム侯爵だけだろう。
……出来れば殿下の計画通りになるように、マリアンネにはもうすぐ来る『その時』にはマルクスを諦める決心をしてもらわなければならない。
ツツェーリアは膝を付いたまま青ざめている侯爵を、最後チラリと見てからその場を去った。
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