玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第6章 エイゼル市に響くウェディングベル

第6章第035話 意外とまともだった馬鹿伯爵の奥さん…

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第6章第035話 意外とまともだった馬鹿伯爵の奥さん…

・Side:ツキシマ・レイコ

 「すまないなレイコ殿。まぁああいう輩を止められなかったのはネイルコード国としても申し訳なく思っている」

 カーラさんのために作った眼鏡をバンシクル王国大使の馬鹿伯爵から無傷(伯爵が)で取り返して。とりあえず事情説明を受けるためにアイズン伯爵のお屋敷にお呼ばれしてますが。いきなりアイズン伯爵に謝られました。

 「アイズン伯爵やネイルコード国に思うところはないです。幸い暴力沙汰にはならなかったですし」

 うーん。警護が足りないとか言い出せばもうキリが無いですが限度がありますし。究極的に言えば私がここからいなくなればいいわけですし。定期的に起こりうることとしてリスク管理していくしかないのかも。ちょっとモヤりますね。

 とりあえず応接室に通されまして。お茶が出されましたので、落ち着くためにもいただきます。
 私のとなりで器用にカップを持ってお茶を啜っているレッドさんを、笑みを浮かべながら見守っているアイズン伯爵が説明してくれます。

 「正教国が親ネイルコードとなったおかげで、あの周辺地域、特に正教国の向こう側の国々の趨勢が不明瞭でな」

 正教国が宗教的にも文化的にも、さらに軍事的にもこの大陸の中心的な存在のは周知ですが。小竜神と赤竜神の巫女がネイルコード国に現れ、それを正教国が認めたということで、周辺国もいろいろ混乱しているそうです。
 宗教国家クラーレスカ正教国。国土の北に赤竜神である赤井さんの住んでいる山地…人が寄りつけるところではないそうですが、そういう聖地を有している赤竜教の総本山。同時に大陸随一の軍事大国でもあります。

 「正教国がしてやられた相手だから侮るなというより、正教国自体が侮られるようになったってのが正解かな。正教国がとくに弱くなったという話でもないのにね」

 エカテリンさんの分析です。
 総祭司長にリシャーフさんが就いて、宗教を盾に無茶してきた部分についていろいろ改革を始めたとはいえ。外国からすれば、正教国が東の鄙びた国に負けて、赤竜教のシンボルたり得る存在まで引ったくられた…なんて見えないこともなく。良くも悪くも正教国を中心に安定していたパワーバランスが揺らいでいるそうです。

 元々ネイルコード国の印象も東の果ての田舎者の国ということであまり芳しくない…というより、かなり侮られているそうで。私をレッドさん共々正教国に引き渡すべきとか、連合を組んで攻めるべきとか。まぁダーコラ国や正教国が元々考えていたようなことを言い出す勢力もそこかしこに燻っている状態だそうです。
 本音としては、東征して武威を見せて自分の国を優位に立たせたいとか略奪したいとか住民を奴隷にしたいとか、そんな願望が見え隠れしているわけです。国と言えども舐められたら終わり、軍事力を自国の立場の補強に使おうというのは当たり前の話なのでしょう。ネイルコード国もそのへん油断はしていません。

 「それでも、レイコ殿込みでネイルコード国は侮れないと考えた国から、いろいろ接触が来ていての」

 そんな中でもきちんと情報収集しているところはしているわけで。ネイルコード国の国力とか発展速度とか、まぁ私もいろいろやらかしているとか。いろいろ調べた結果、ネイルコード国と誼を持ってみようとか考える健全な国も出てきていまして。本来バンシクル国もそういった国の一つだったのですが。
 あの伯爵にしたって、大使に就くからにはそう言った情報には触れられるはずなんですけどね。

 「ネイルコード国の経済とレイコ殿の存在を正確に認識してくれている国からは、改めて国交と通商について話し合いしたい…ということで、バンシクル国からも大使一行が派遣されてきたのだが。赤竜神の巫女としてのレイコ殿の話はそこそこ伝わっているようでの、巫女様のなじみの店があるのなら一度寄ってみたい…と伯爵に言ったのは夫人の方だそうな」

 「ごめんなさいねレイコちゃん。向こうの夫人にファルリード亭を薦めたのは私なのよ」

 伯爵と並んで座られている貴婦人は、アイズン伯爵夫人マーディア様。
 エイゼル市に他国から要人が来たとき、その夫人や家族らを招待してのお茶会の開催は、マーディア様かメディナール様の役目だそうです。まぁ領主の奥さんですからね、社交はお仕事です。
 王都の方にも大使館を持つ国はありますが。ネイルコード国の玄関たるエイゼル市に大使館を置き、王都には領事館…大使は置かずに文官や武官を常駐させている館を置いている国もあるそうで、バンシクルもそういった国も一つです。まぁエイゼル市と王都はなんとか日帰りできる距離ですから、これでも問題は無いのでしょうが。

 「まぁ夫人自身は聡明な方だったのだけど…」

 このヒンゴール伯爵夫人、エイゼル市街地の店々などにも詳しく。他にも招いている貴族の奥さん達とも、是非行ってみるべきお店の情報交換など、女子会か?というくらいに盛り上がって、お茶会は恙なく終えたそうですが。

 その中で出てきたのが私の話題。
 大使一行として、赤竜神の巫女の情報収集やら接触やらいろいろ本国から言い含められているようで。ガッツキはしないものの、その辺の話題への食い付きはけっこうあったそうで。その話の中で、まぁ秘密にはしていないということで、私の家の場所とかファルリード亭の話が出た…ということだそうです。
 もちろん、"私"に対する注意事項なんかも説明はしていただけたようですし、夫人の方はその辺は弁えておられる方だったようなのですが。
 どうも。夫人が帰宅してから、大使に対する報告として私に関する情報をヒンゴール伯爵に伝えたところが問題の発端となります。

 「大使の旦那のほうがね。どうにも出来の良い夫人にコンプレックス持っているみたいで。夫人からレイコちゃんの話を聞いたヒンゴール伯爵は、功でも焦ったのかのように夫人抜きでレイコちゃんの家に押し掛け。レイコちゃんが不在と知るやそのままファルリード亭に突貫し。そこが平民の店だと知ると目に付く物片っ端に欲しがった…と」

 エカテリンさんが説明してくれます。

 「バンシクル王国とは敵対しているわけでも無いし、出来れば今後も友好的に国交を進めたいと思っておる。さらに南の国との交易拠点じゃからな。今回のことはヒンゴール伯爵の失点ゆえ、ネイルコードとしてはよい交渉材料が出来たと喜ぶべきところなのだが。あそこで伯爵本人を再起不能にしたり大使館になっている屋敷を破壊するまは、ちとやり過ぎだし。幾ら赤竜神の巫女相手にやらかしたのだとしても、西の国々への心象が悪くなりすぎる」

 伯爵が説明してくださいます。反撃をするならもっと政治的に…って事ですね。違う?

 「もしカーラさんに暴力奮われていたら、引かなかったところですが…」

 「今回のことは確実に彼の経歴の大きな庇護となるだろう。まともな国なら、二度と他国との折衝などさせないはずだ。今回はその辺で手打ちにしてくれ。もちろん、それだけで無かったことになどはさせぬからな、存分に利用させていただく。…いろいろ香辛料とかの輸入が捗るぞ」

 「! それはそれは… アイズン伯爵がそう仰るのなら、今回はこれで終わりで良いです」

 アイズン伯爵がニヤっと笑います。私もニヤリング。南東の国々にはまだ見ぬ食材が!
 既に見つかっているカレーとかバニラとか。うん、いくらでも欲しいというよりは、普段から皆が使えるくらいに安くなっては欲しいですね。

 「しかし、貴族と言うだけで居丈高な人間、多いですね…」

 「己が功で爵位を得た人間ならともかく、先祖の功にあぐらかいている貴族なんてどこも似たようなじゃからな。このへんは我々も戒めなければならぬ」

 アイズン伯爵とそのご家族はそのへん問題ないですよ。クラウヤート君なんか、偉大な伯爵に発破かけられている感じですしね。
 むしろどうしてまだ伯爵なんだろうってくらいですが。エイゼル市でリアルシムシティーを続けたくて陞爵断っているって聞いてますけどね。



 次の週。
 アイズン伯爵邸にて、オルマラ・タンプ・ヒンゴール伯爵から正式に謝罪を受けることになりました。
 本当は、カーラさんに対して謝って欲しいところですが。

 「貴族街で貴族様に謝られるなんて、寿命が縮まるよっ」

 と固辞されました。まぁわかります。私も面倒くさいです。
 ただ、なんか先方がどうしても謝罪させてくれと言っているそうで。これでまたファルリード亭の方に押し掛けられてきても困りますので、渋々了承しました。


 アイズン伯爵邸の応接室にて、ヒンゴール伯爵と会います。馬鹿伯爵のとなりにはご婦人が。この人が伯爵夫人のミシャール様だそうです。馬鹿伯爵はいいおっさんという感じでしたが、こちらは三十台くらいに見えるミセスですね。

 「…この度はまことに申し訳ありませんでした」

 なんというか渋々という感じで頭を下げるヒンゴール伯爵です。いたずらした後に親に連れてこられた子供ですか?あなたは。

 「本当に申し訳ありませんでした、レイコ様。顛末を知った後に、さんざん返しなさいと言ったのですが… この馬鹿伯爵、不夜城の女の子に、細かい物見るときに目を細めているのを年寄り臭いって指摘されてそれを気にしていたようで。それがあの眼鏡というものを付けている様がカッコイイとまで言われて、手放せなくなったようで…」

 夫人が馬鹿伯爵って言っちゃいましたよ。ジトメで伯爵を睨んでいます。
 事情は分かりました…なんてことは言いませんが。これがまだ文官作業に便利だとかならともかく、なんともしょうもない理由でしたね。

 「マーディア様とメディナール様にも、良くしていただいたのに…本当に申し訳ない気持ちです。…この人、入り婿でしてね。昔は素直でいい人だと思っていたのですが。うちは代々外交を司る家系と爵位でして、その仕事を任された事になんか舞い上がってしまいまして… いえ、今回も私が補佐することで認められた親善大使の役目です。私にも相応の責任がございます…」

 「いやシャール。あそこへは、この国の貴族との交流をしに行っているわけでだな。この国の重鎮と懇意になることも、外交には大切だろう?」

 「…などと夫は申しておりますが。アイズン伯爵、実際にこの人と不夜城に出かけていた重鎮とやらの方々って本当に権限はあるのでしょうか?」

 「ふむ、全く無いな。端職でくすぶっているか、貴族年金で街に籠もっているか。まぁ実家に要職に就いている者がいる家はいくつかあるが。要職なだけに身内への接待で便宜を図るような者はまずいないだろうな」

 アイズン伯爵。ヒンゴール伯爵が誰と不夜城へ行ったのか、交友関係は既に把握しているようですね。
 ミシャール伯爵夫人も、夫の交友関係がどの程度のものかの目星は付いているようです。

 「そ…そんな? あいつら、通商の条件で便宜を図ったり、アイズン伯爵にも意見が出来るとか言ってたぞ!」

 本人いるところでそれ言いますか? それともこの期に及んでアイズン伯爵を恫喝しているつもりなんでしょうか?

 「…ほほう。それは興味深いことを聞きましたな…」

 アイズン伯爵が、怖い方の笑顔でニヤリングします。…初対面の人には結構効きますよ。

 「ひぃっ! く…嘘だったというのか? あれだけ高い酒をがぶ飲みしやがったくせにっ!」

 「…あなた、その酒代は大使館にツケていたわよね…」

 ミシャール伯爵夫人、目が笑っていない笑顔です。こちらも恐いです。

 「ひひぃぃっ! いやしかし、接待は必要経費だと言っていたではないか! お前のお茶会にかかる費用だってっ!」

 「私のお茶会の目的は便宜を図ってもらうことでは無く情報収集ですし、きちんと成果は出でいますっ! この期に及んで反省もないとは…帰国した暁には親族会議に去就を計ることにします。不夜城通いは歴とした浮気ですからね?」

 「お…お前っ! ちょっと待ってくれそれだけは」

 あ…修羅場にですか?
 なんか馬鹿馬鹿しくなってきましたね。私はもうお暇してもいいですか?



 …なんというか。眼鏡を取り戻したはいいけど、おっさんが女遊びのために使った眼鏡なんて、カーラさんに付けさせたくはありませんので。レンズだけ再利用してフレーム周りは作り直すことにしました。

 「プラスチック…よりは堅くて脆い感じかな? 木目が無い分、竹よりは削りやすくはあるけど」

 「"ぷらすちっく"って何ですか?」

 協力してくれている職人さん曰く、鼈甲ならぬ蟻の甲、ユルガルムで出た蟻の素材がフレームに使えるとのことです。ケラチンとキチンは別物質ですけどね。ただ在庫は大量にあるそうなので有効利用したいそうです。竹より堅めなのが難点ですが、その分質の良い物が出来そうとのこと。
 立体的に削り出して、重量はできるだけ軽く。鼻当ても、柔らかいボア革を張ったりして、付け心地はさらに向上。細かい修正も入れて、バージョン4ってところですか。これでほぼ完成形ですかね。
 職人さんもこれを最終形として量産を始めました。アイズン伯爵や王宮に納品する予定の眼鏡はこちらで行きます。黒フレームの眼鏡、良いですね。

 「片手持ちのレンズは持っていましたがどうにも使い辛くて。この眼鏡は手が空くので良いですな」

 「視野が広い…書類が一気に読める…すばらしい…」

 「下を向いても意外と落ち辛いもんですな。使わないときには折りたためますし、上手く出来てますね」

 サイズやレンズの度のテストのために眼鏡の試着をお願いした中年以上の文官の中には、若い頃の視野を取り戻した感激で涙を流した人もいるとか。
 試用者から噂も流れ、さっそく注文もぞくぞく入ってはいますが。まずは貴族より視力の都合で引退間近の文官への販売を優先…と、アイズン伯爵のお達しです。さらに、長く勤めてくれいた人や引退した人に眼鏡の引換券を報酬として配っています。貰った本人はすごく喜んでいるそうですけど。要はもっと働けってことですねわかります。

 「ふふふ。経験の積んだ文官を大金貨1枚で引き留められるのなら、むしろ安いくらいじゃ」

 アイズン伯爵が悪い顔しています。視力の関係で書類仕事が出来なくて引退した人や仕事が減った人が結構多いそうで。
 もちろん王都からも注文殺到ですよ。現在ユルガルムからのレンズの追加納品待ちです。向こうは望遠鏡やら顕微鏡やら、レンズ生産はすでに一杯々々のようで、マルタリクや他の職人街でもレンズを磨く工房から作る事になっています。人は歳を取る物ですからね、各街で必須の工房となるでしょう。

 アイリさんが眼鏡のファッション的価値に注目しています。例の馬鹿伯爵が不夜城でモテたという話に興味を持ったようで。
 文官が眼鏡をする→眼鏡をかけると頭が良く見える。こんなイメージが近いうちに広まりそうです。
 レンズの無い試作フレームをかけたアイリさんが鏡を覗いています。

 「顔の邪魔になるかと思ったけど。面白いわねこれ…」

 「地球では、伊達眼鏡ってファッションもありましたよ。年寄りの装飾ってイメージが着く前に広めちゃってもいいかもしれませんね。サングラスなんかもいいかも」

 とはいえ。まずは必要とする人のところへ。アイリさんは今、クライスファー陛下やローザリンテ殿下の眼鏡のデザインに夢中です。…宝石や金の装飾は、重たくなるので不可ですから。シンプルに軽くそれでいて高級そうに… 腕の見せ所ですよ。


 …眼鏡の注文の中に、ヒンゴール伯爵からの物もあるそうです。懲りていないのか諦めていないのか。
 奥さんのまともぶりを見ると、このまま罷免と帰国は惜しい感じがします。もちろん惜しいのは馬鹿伯爵の方ではなく夫人の方ですが。

 あの後、私への非礼を不問とする代わりに、夫人の方を大使に任命させるということにアイズン伯爵が成功したそうです。夫人にしても、大使の任は家の誉れでもありますから、出来れば続けたいところでしょう。
 夫人にバッセンベル領のサッコ・ジムールの顛末や赤竜騎士団のもろもろの報告書を読まされたヒンゴール伯爵は、真っ青になっていたとか。自分が手足を折られる瀬戸際だったことをやっと認識したようです。今は大使の資格もなくなり夫人の補佐に降格です。もう夫人に頭が上がらないでしょう。
 …夫人に恩が売れたと、アイズン伯爵が悪い顔していました。

 後日、バンシクル国との貿易についての叩き台が大使となった夫人との間に合意されました。まだ正式調印や布告などが残ってはいますけどね。
 とは言っても、どちらかが圧倒的に得をするような無茶な合意ではありません。ネイルコード国からの穀物輸出、バンシクル国側の関税の上限の設定、ネイルコード国とバンシクル国双方での投資の解禁。
 バンシクル国はネイルコード国より暖かい気候ですので。そこに適した産物の生産にネイルコード国側から投資が行なわれ輸入されます。逆に、バンシクル国では不足気味の小麦がネイルコード国から輸出されます。
 関税には自国産業を保護する目的もありますが、敵対的関税を防ぐために関税率には制限と両国の同意が必須と設定されます。率は主に穀物の流通価格への影響を鑑みてからとなります。
 互いに利益を出しつつも依存させることで、敵にならないようにする。ここでもアイズン伯爵の手腕が光りますね。

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