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螺旋編 閑話:舞台裏の変化
新しい雇い先へ (閑話その五十六)
しおりを挟むユグナリスとリエスティアの正式な婚約と、樹海の部族を代表とするパールがガルミッシュ帝国との盟約を結ぶ話に進展が見え始めている頃。
ローゼン公爵領を出て傭兵ギルドの在る港町へ戻った黒獣傭兵団は、セルジアスが危惧していた状態に陥っていた。
「――……チッ!!」
「オラァッ!!」
「副団長、開けましたッ!!」
「先に行けッ!!」
「あいっ!!」
夜の港町では数々の荒立つ声が鳴り響き、町の出入り口付近で金属音が鳴り響く。
そうした状態で黒獣傭兵団の団員達は出入り口を開け放ち、門を突破し町の外へ逃げようとしていた。
ワーグナーを中心とした武闘派の団員はそれを防ぎ追撃しようとする武装した者達を蹴散らし、脱出を援護する。
そして襲い掛かる男を剣の柄で殴り飛ばしたワーグナーは、団員達と共に港町の外へ走り出た。
「――……チクショウがっ!!」
悪態を漏らしながら地面を蹴り走るワーグナーは、港町で起きる追走劇の起こりを思い出す。
ローゼン公爵領から港町に戻った夜。
ワーグナーは団員達と分散して宿に泊まるように指示し、翌日には行方を眩ませたマチスと傭兵達を捜索する為に傭兵ギルドへ赴こうと考えていた。
しかし団員の全員が宿に泊まることを宿屋の主や受付に拒否され、門前払いを喰らってしまう。
その際に団員達に向けられた言葉が、港町の広場で集合した黒獣傭兵団の全員に伝わった。
「――……ベルグリンド王国が、傭兵ギルドと結託しただと?」
「はい! 王国の政府が、傭兵ギルドと契約したって話です。それで――……」
「王国が黒獣傭兵団に、懸賞金を懸けたみたいです。しかも、かなりの高額で」
「賞金……!?」
「話じゃ、エリクの旦那も傭兵ギルドでは賞金首になってるらしいんだ。その事も含めて、契約した王国の要請で傭兵ギルドは旦那が所属してた黒獣傭兵団の方にも……」
「……チクショウッ。手回しが速ぇな……!!」
エリクを含めた黒獣傭兵団に懸賞金が付けられた事を知ったワーグナーは、予想以上の速さで王国側が追い詰めに掛かっている事を悟る。
そして宿屋にさえその情報が普及している以上、傭兵ギルドに所属している傭兵達も既にその情報を得ているはず。
それを瞬時に連想したワーグナーは、全員を見回しながら伝えた。
「――……この港から出るぞ」
「へい!」
黒獣傭兵団は反対も無くワーグナーの言葉に従い、集合した広場から港町の出入り口側へと走ろうとする。
その時、一本の矢が黒獣傭兵団の進路を塞ぐように地面へ突き刺さった。
「!?」
「――……ベルグリンド王国の、黒獣傭兵団だな?」
「……チィ、もうかよッ!!」
広場に集まった黒獣傭兵団の周囲には、既に闇夜に紛れる傭兵達が潜んでいた。
建物の上には弓を構える傭兵と、地上には剣や槍を携えた武装する傭兵達が既に囲みつつある。
そして目の前に現れた傭兵の男が尋ねるように聞くと、黒獣傭兵団は有無を言う前に武器を抜き盾を構えて傭兵達と戦闘状態に入った。
そうして夜の港町で傭兵ギルドの傭兵達と交戦し、傷と疲弊を抱えながらも黒獣傭兵団の全員が港町を出る。
しかし追撃は緩まず、町を出た黒獣傭兵団を追うように傭兵達も追って来た。
賞金目当てで追って来る傭兵達の技量は、個々に低い。
また団を組む者も少ないようで連携が取れておらず、逆に連携と個々の技量を重視している黒獣傭兵団にとって撃退も逃走も王国の時に比べれば造作も無い事である。
しかし致命的だったのは、黒獣傭兵団が拠点と出来る場所を失ったことだった。
更に討ちに来た傭兵達を幾人か殺し、更に港町の出入り口を管理している警備兵を襲い、外門の出入り口を開け放っている。
黒獣傭兵団は名実共に、この大陸で『犯罪者』となってしまった。
「――……副団長。俺達、どうすれば……」
「……」
翌日の朝、追跡を逃れた黒獣傭兵団は荒野の岩陰に隠れながら、今後の事を話し合っている。
港町で補給できなかった為に、荷物に有る水と食料は少ない。
更に帝国領から一ヶ月近い移動距離と期間を過ごし、港町で休息らしい事も出来ずに団員達の表情と身体は疲弊を色濃くしている状態だった。
その状況の中で、団員の一人が沈黙するワーグナーに進言を述べる。
「帝国領に戻って、匿ってもらうのはどうです……?」
「……いや。無理だな」
「えっ、どうして……?」
「王国と傭兵ギルドが結託した以上、奴等は黒獣傭兵団を賞金首の犯罪者だと言い立てる。……そして帝国にも、同じ事を伝えて捕まえるよう促すだろう」
「……!」
「帝国は、それを断れん。もし断りなんぞすれば、和平に悪い影響が出ると考えるだろう。……例えローゼン公がそう思ってくれなくても、他の帝国貴族共も同じように思ってくれるとは限らん。自分の領地に和平を脅かす犯罪者集団が居たら、責められちまうと考えるはずだ」
「……た、確かに……。……じゃあ、どうしようも無いんっすか……?」
団員の一人がそう聞くと、ワーグナーは小さな溜息を漏らしながら岩壁に背を預ける。
ローゼン公爵セルジアスは匿う事を保証してくれたが、それも絶対の信頼を寄せていいモノではない。
仮にローゼン公爵家を信用できたとしても、それに付き従っているだけの他の帝国貴族達が黒獣傭兵団の存在を良しと思ってくれるわけではない。
仮に和平を乱しかねないと考える帝国貴族の領地に逃げ込めば、黒獣傭兵団は再び追い詰められるだろう。
傭兵ギルドと帝国貴族達に挟み討ちに遭えば、疲弊した黒獣傭兵団は討たれるか捕まるかのどちらかを選ばされる。
それが理解できるからこそ、ワーグナーは何か別の手段が無いかと考える。
そんな時に、不意に視線を流した景色を見て何かを思い出したワーグナーは、それを団員達に伝えた。
「――……あるな」
「え?」
「何がっすか……?」
「俺達が逃げ込める場所だ」
「!」
「ど、何処です……!?」
ワーグナーの呟いた言葉に全員が刮目し、その真意を聞く。
それに応えるようにワーグナーは左手の人差し指を、ある方向に向けた。
「あそこだ」
「……えっ」
「あ、あっちの方って……確か……」
「そう、あそこなら逃げ込める。あの、樹海なら……」
ワーグナーの言葉に団員は疲弊を残した顔ながらも、それに納得し頷いて見せる。
ベルグリンド王国や傭兵ギルドと関係が無く、ましてやガルミッシュ帝国の政権や貴族達と交流の無い広大な土地。
帝国領の南部に広がる大樹海。
そこには一人だけ、黒獣傭兵団達が頼れそうな人物が居た事を全員が思い出した。
「――……王国の次は、帝国で。帝国の次は、樹海か……」
「……せめてベットで、寝れるとこが良かったなぁ」
「贅沢は、言うもんじゃないさ」
「帝国の暮らしが良過ぎたせいだな」
「言えてる」
「あんな生活、一回でも味わったらずっとやっててぇもんなぁ」
「どうせなら、帝国の騎士にでもなっときゃ良かったかなぁ?」
「お前じゃ無理だろ?」
「だな」
「なにをぉ!?」
「ハハハッ!!」
「……しかし、またあの罠道を通るのかぉ……」
「まぁ、しょうがないっすよね」
「だな」
団員達は口々に名残惜しそうな言葉を漏らしながらも、荷物を抱えて立ち上がる。
それを見てニヤりとした顔で頷き応じるワーグナーも、立ち上がりながら団員達に告げた。
「――……んじゃ、俺達を雇ってくれそうな奴のとこに、行くとするか」
「了解」
ワーグナーはそう告げ、団員達もそれに笑いながら応じる。
そして追跡を逃れながら、広大な樹海へ向かった。
賞金首となってしまった黒獣傭兵団は、それでも諦めず歩き続ける。
そこで自分達を雇ってくれるだろう人物を頼りに、希望を消さずに進み続けた。
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